スカイダイバー   作:高田正人

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第45話:Rumormonger

 

 

◆◆◆◆

 

 

「実を言うと、俺はグレイスケールに会ったことはない」

 

 ソファに座り、テーブルに脚を乗せたアドロが、隣のウズムクに話しかける。

 

「でも、奴の噂はボーダーラインで情報屋をやっていれば嫌でも耳に入る。今時珍しい完全に生身のハッカー。オーバーロード作戦の当日、単身で企業の防壁を破った“企業殺し”。師があの人形遣いステイルメイト」

 

 アドロは教書を開き、数枚の仮想スクリーンを展開する。そこに写るボーダーラインの光景は、こんな僻地で暮らすウズムクにとって始めて見るものばかりだろう。肉体をこれ見よがしに機体化した傭兵たち。炎上する大企業のフロント建造物を背景に、笑顔でダブルピースをするハッカーたち。全身を外骨格に包み、機甲文楽人形を従えた傀儡師。

 

「正真正銘の一匹狼だったが、噂には事欠かない奴だった」

「“だった”?」

 

 ウズムクが食いつく。

 

「もう何年も奴は姿を消している。でかい作戦を計画しているとか、天使にさらわれたとか、農業プラントで働いているのを見たとか、真相は誰も知らん」

 

 ボーダーラインの情報は日々刷新される。しかし、グレイスケールの動向は時折噂になるのだ。

 

「だが、グレイスケールが雲隠れしてから、企業間闘争に殴り込んできたハッカーが一人いる」

 

 それは半ば願いでもある。誰にも媚びず、何にも従わないあのハッカーは、ボーダーラインという乱痴気騒ぎの坩堝に染まらずにいながら、そこを体現していたのだ。彼が人知れず消えてしまうのは、あの街の住人にとって認めたくない現実だったのだろう。

 

「それがあのコンフィズリーだ」

 

 あの日、アドロの自宅で勝手にコーヒーを飲んでいた可憐な少女。彼女こそが、グレイスケールを継ぐハッカーだったとは。

 

「奴のやり口はグレイスケールそっくりだ。完璧な生身、どの企業にもクランにも属さないフリー、そして精密かつ冷酷なハッキングの手腕。奴こそは、グレイスケールが後継者として育てた傑作だ」

 

 仮想スクリーンが切り替わり、コンフィズリーの姿を映し出す。四鏡会のサイバー武人と取引する姿。自らが作り上げた機械化歩兵の残骸に寄りかかる姿。補助ドラッグで加速するハッカーたちをよそに、紅茶を一杯キめる姿。アップルパイを口にして頬が緩んでいる姿。最後の一枚だけを見ると、彼女が凶悪なハッカーとは思えない可愛らしさだ。

 

「グレイスケールって奴があの子じゃないのか?」

 

 コンフィズリーの様々な姿に目を輝かせていたウズムクだが、不意にそんなことを言ってきた。

 

「違うな。これがグレイスケールだ」

 

 アドロは教書を操作し、グレイスケールの姿を仮想スクリーンに映し出した。その姿は、髪を短く刈り込んだ痩身の青年だ。猛禽かオオカミのような鋭い目をしている。

 

「カゲムシャかもしれないだろ? それか、整形してあの子になったんだよ」

「いや、コンフィズリーは生身だ。共生真菌どころか生体パーツさえ一片もない。俺の予想だと、あいつは上層都市スカイライトのお嬢様が下層都市の陰謀で没落し、復讐のためにハッカーになったんだよ」

 

 持論を披露するアドロを見て、ウズムクは呆れ顔で鼻を鳴らす。

 

「あんた、マンガの読み過ぎだぜ」

「ロマンの分からん子供だな、お前」

 

 そう言いつつ、アドロは仮想スクリーンを消す。

 

「さて、コンフィズリーの奴はそろそろ帰ってくるかな……」

 

 博物館の館内の映像を、彼はゴーグルに投影し、そして……

 

「……おい」

「なんだよ」

 

 ウズムクにアドロは簡潔にこう告げた。

 

「お前はクビだ。もう俺たちと関わるな」

 

 

 

 

 雨。雨音。雨の匂い。目を開ける。闇を切り裂くサーチライトを放ちつつ、場違いな聖歌を垂れ流す物体が上空を通り過ぎていく。ハイエンド教会の宣教飛行船だ。

 

「――何があった」

 

 ふらつく足で俺は立ち上がる。なぜか、自分の体に違和感がある。急に五体が大きくなったような感じだ。俺の体は、もっと細くて華奢だったはず。いや――

 

 毒性雨が降りしきるボーダーラインの通りを、俺は耐蝕コートのフードを降ろして歩き出す。記憶が混乱する。今まで、俺は何をしていた? 口の中に苦い唾がこみ上げ、俺は側溝にそれを吐き出す。企業間闘争でへまをして、数理攻撃を脳神経に食らったか? 補助ドラッグや数理サプリメントを入れた記憶はない。ずっと悪い夢を見ていたのか。

 

「よう、グレイスケール。ひどい顔だな」

 

 行きつけの飯店“火山口”に転がり込むと、ウシの旧人の店主が俺を見て顔をしかめた。

 

「何か呑むか?」

「映日果酒をくれ。それと何か簡単なものを」

「模造炸蝦丸なんてどうだ?」

「素敵だ」

 

 厨房に引っ込む店主の背から目を上げて、俺は椅子にもたれ掛かった。妙に体のバランスが取れない。

 

「意識が混線しているね。大丈夫かい?」

 

 天井を見上げていた俺は視線を下げる。カウンターに並ぶ椅子に足を組んで座っているのは、赤い旗袍を着た中性的な顔立ちの少女だった。

 

「初めまして。グレイスケール」

 

 聞き覚えのある声。見覚えのある顔。しかし何もかもが異なる。

 

「僕はホワイトノイズ。お話ししようよ、飛べなかったスカイダイバー」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

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