スカイダイバー   作:高田正人

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第46話:Idle Talk

 

 

◆◆◆◆

 

 

「第一種接触禁止対象の〈人智〉が、〈隔壁〉を越えて何の用だ」

 

 人智。大綱から思考のプロセスを移植して作り出された推論機能。本来はヒトの制御下にあるが、時折制御を外れる危険な個体がある。その中の一体がホワイトノイズだ。

 

「僕のことを知ってるんだ。アレも口が軽くて困るなあ」

 

 少女は見せつけるように、旗袍からのぞく脚を組み直す。

 

「用事は言ったでしょ。お話ししようよ?」

「女子の無駄話に付き合うほど俺は暇じゃない」

 

 徐々に意識が明瞭になっていく。ここは現実じゃない。大綱の情報空間だ。人を無断で自分のホームグラウンドに引きずり込むとは、やはりチューニングが毛嫌いする人智だ。俺が舌打ちしながら立ち上がろうとした時、キシアと同じ顔の少女は口を開いた。

 

「――ノヴィエラ・ネクレーリャ・セレフィスカリヤ」

 

 以前ステイルメイトから聞いたエンクレイブの王女の名が、今度は危険な人智の口から発せられる。

 

「彼女と僕は面識がある」

 

 カードを先に切ったのはホワイトノイズの方だった。渋々俺は席に座りなおす。注文した料理はまだ来ない。

 

「楽にしていいよ」

 

 ホワイトノイズは偉そうにわざわざ言う。

 

「君には心から同情するよ。騒動の渦中にいるのに、必要な情報が何一つ与えられない。今の君は、真っ暗闇で孤独に踊るバレリーナだ。可哀想だね」

 

 弄ぶような口調と目つきに、俺は心底苛立った。ヒトに敵対する人智とはいかほどの存在かと思いきや、神経を逆撫でするしか能がないとは予想外だった。

 

「お前、人を煽る能力だけは一丁前だな」

「そうでもないよ。これを見て?」

 

 俺の皮肉に一瞬ホワイトノイズは眉を寄せたが、すぐに気を取り直した様子で右手を広げる。整式が一瞬で組み上がった後、その手の平には集積コアが一つ載せられていた。

 

「デザートローズ考古学博物館の防壁の集積コアだ。これにちょっとノイズを流すだけで、君たちが眠らせた警備システムが起きちゃうよ?」

 

 俺は内心失笑した。人を煽るためなら口八丁手八丁というわけか。こうも分かりやすく俺を脅そうとするなんて、古典的を通り越して化石と言ってもいいやり方だ。

 

「ハッキングも一丁前ですって見せびらかしたいお年頃か。思春期のガキかお前は」

 

 俺が躊躇なくあざ笑ってやると、ホワイトノイズの顔からこちらを見下す笑みが消えた。

 

「その思春期のガキに、ヒトはいつも助力を求めている」

「俺には関係ない話だ」

 

 どこの誰か知らないが、こいつが増長したのは人間のせいらしい。確かに、自立した人智が大綱で貪婪に情報を吸収した結果、並みのハッカーでは歯が立たないモンスターに成長する場合がある。そしてもちろん、そのモンスターを利用するのは企業であり人間だ。

 

「僕はエンクレイブと契約している身でね。彼らの望みを叶える代わりに、対価を求める」

「エードルトとシーケンサーはお前の関係者か。道理で根性がねじ曲がっているわけだ」

 

 面倒な話だ。俺の今のボディであるノヴィエラという王女。この少女が誘蛾灯のように、気に食わない石頭から煽りにパラメーターが特化した人智まで引き寄せている。

 

「君の周りにも変な連中が多くいるでしょ。特にあの騎士気取りの女の子には深入りしない方がいい。あの子は正真正銘の劇物だ」

 

 突然ホワイトノイズは話題を逸らす。騎士気取りと聞いて思いつくのは一人しかいない。ストリンディ・ラーズドラングだ。

 

「どういう意味だ?」

 

 しばらくの沈黙の後、ホワイトノイズは意地悪げな笑みを浮かべて呟いた。

 

「――プロジェクト・オルカ」

 

 ホワイトノイズは、なぜこの名称を口にしたのか。俺が知っていると踏んで、揺さぶりをかけたかったのか。それとも、俺が知らないと思って、嫌みで言っただけなのか。俺はその名称を知っていた。

 

「『盤上の子供たち』!? やはりあの女は深淵帰りか!?」

「おっと、口が滑ったよ」

 

 すぐに取り繕うホワイトノイズ。

 

 俺の脳裏で、あの企業間闘争の夜が再生される。アシッドレインの汚染映像を脳内に流し込まれたストリンディの、あの身の毛もよだつような絶叫と退行した姿は忘れようにも忘れられない。

 

「用件を言うと、君が今持っている聖遺物を、僕に渡して欲しいんだ」

 

 何食わぬ顔でホワイトノイズは俺に言ってきた。やはりお喋りは建前か。まあ、当然だな。

 

「お前の言うアレが欲しがってるぞ」

「アレと僕は違う。はっきり言って、アレにはもったいない代物だよ」

 

 嫌悪感を隠さずにホワイトノイズはそう言う。外見は瓜二つなのに、この人智とあのキシアという存在は別物らしい。

 

「お前の都合など知ったことか」

 

 俺がはっきりと拒否すると、ホワイトノイズは見せつけるように手の平の上で集積コアを転がす。

 

「強がらないでよ。君が承諾するなら、これには手をつけないで……」

 

 俺は戯れ言が終わるのを待たず、人差し指から伸ばした有線を集積コアに突き立てる。

 

「黙れ粗大ゴミ。次までに交渉の仕方を勉強しておけ」

 

 警備システムをノイズで作動させた俺を見て、第一種接触禁止対象の人智は目を丸くして絶叫した。

 

「え……えぇええええええええええ!?」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

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