スカイダイバー   作:高田正人

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第47話:Idle Talk2

 

 

◆◆◆◆

 

 

「どうしてこんなことするの!?」

 

 立ち上がった俺の背に、ホワイトノイズの余裕の消えた声が浴びせられる。

 

「さあな。当ててみろよ」

「あの集積コアは本物だよ!」

「だからなんだ?」

「警備システムが作動したんだよ! 企業警察が押し寄せてくる!」

 

 俺は適当にあしらいつつ、がらんとした厨房に入り込む。店主はどこかに消えていた。

 

「そうだな。一本もらうぜ」

 

 よくできた情報空間だ。俺が知らない厨房まできちんと構成されている。俺は冷蔵庫を勝手に開け、中からビール瓶を一本取り出した。

 

「エンクレイブとそこの王女に乾杯」

 

 カウンターに寄りかかって瓶の中身を空ける俺を見て、ホワイトノイズは頭を抱えた。

 

「ああもう! 泣き付いても絶対に助けてあげないからね!」

「不要だ。もう用は済んだからな」

「……え?」

 

 きょとんとするホワイトノイズに、俺は拍子抜けした。

 

「お前ポンコツだろ。俺の操作する人造がもう依頼の品を持っているんだぞ。後は逃げるだけだ。今さら警報を鳴らされてもたいしたダメージじゃない」

「で、でも……」

 

 俺はつい説明を続けた。久しぶりのビールがひどく美味く感じたからだろうか。

 

「後始末は既にセイバイ・カンパニーのサイバネ工作員に頼んである。連中だってプロだ。俺たちが逃げる時間くらい稼いでくれるし、こういうトラブルだって初めてじゃない」

 

 腕利きの傭兵とハッカー同士が激突するのが企業間闘争だ。ありとあらゆる予想外の問題が、戦場では頻発する。せいぜいセイバイ・カンパニーの優秀なお手並みを期待しよう。

 

「お前は警備システムに干渉できることをネタに俺を脅そうとした。仮に俺が屈して聖遺物を差し出したとしても、さらにお前がふっかけてくる可能性だってゼロじゃない。だったら、盤をひっくり返してご破算にする方が気分がいいだろう?」

「僕はそんなことをするつもりはなかったよ。ちゃんと君が応じてくれたら、手を引くつもりだった」

 

 俺は飲み終えたビール瓶をカウンターに置く。右手の五指から伸びた有線がビール瓶に絡みつき、一瞬でデータに還元する。

 

「俺を脅しておきながら『僕は約束を守る人道的な人智です』って主張が通ると思うか? そもそも、だ――」

 

 俺が聞こえるように舌打ちすると、露骨にホワイトノイズは身を引いた。

 

「――お前の一挙一動が鼻につくんだよ」

 

 気に食わない。俺がホワイトノイズに邪険なのはこの一点に尽きるし、この一点だけで充分すぎるほどだ。

 

「は、話にならない人だよ、君は……」

 

 怯えと呆れが混じった顔でホワイトノイズは俺を見る。

 

「そうか。残念だったな。次までに、人間がどれだけ無鉄砲で無作為で無軌道か勉強しておくんだな。俺は帰る」

「待ってよ、どうやって――」

 

 俺はホワイトノイズの疑問を聞き流し、飯店の壁に手を当てる。

 

「こうやって、だ」

 

 その瞬間、人智の表情が怯えの一色になった。現実と見まごう精度の情報空間。その一部がただのオブジェと化してリアリティを消失し、描画さえ剥がれて構文がむき出しになっている。その先に足を踏み出せば、俺の意識はボディに戻る。

 

「……スカイダイバー」

 

 ホワイトノイズが消え入るような声で呟く。第一種接触禁止対象が作り上げた情報の牢獄さえも、俺の有する数理は打ち砕く。それは以前、俺が天蓋に挑んだ際の付録のようなものだ。ただの参加賞でしかない。

 

「違う。俺はそこにたどり着いていない。間違えるな」

 

 俺はスカイダイバーではない。俺のスカイダイビングは、成功しなかったのだから。

 

 

 

 

「――ベアリングウォール、聞いてるかしら? トラブルよ」

 

 意識が肉体に戻ると同時に、俺はマンティスたちに連絡を取る。今の俺はノヴィエラの華奢な少女の体だ。久しぶりに男だった頃の自分を味わえたが、その記憶を反芻する暇はない。

 

「コンフィズリー、もうとっくに承知だぜ。どうした? あんたもへまをする人間だってアピールか?」

 

 回線の向こうから、甲殻種族のハッカーの軋るような声が響く。

 

「野良の人智に絡まれたの。依頼の品をよこせ、さもなければ警報を作動させるって脅されたわ」

「おいおい、そりゃ恐ろしいなあ。で? か弱いお嬢ちゃんは屈してしまったってわけか」

「まさか。私自身の手で警報を作動させてやったわ。手間を省いてあげた私ってとても親切よね」

「そのとおりだ! ぎゃはははは!」

 

 ボーダーラインの悪趣味なジョークは同郷の甲殻種族に通じたらしい。しかし無遠慮に響く下品な笑いは、マンティスの冷静な声に上書きされる。

 

「無駄口はそれくらいにしろ、コンフィズリー。さっさと戻れ」

「ええ、早急にここから出ましょう」

 

 俺は通信を切り、意識を博物館内の人造に向ける。

 

「アアーッ! セキトリ! セキトリがいる! 撃てないーっ!」

「ウワーッ! リキシがロビーで四股を踏んでる! オミゴト!」

 

 既に館内は企業警察と、セイバイ・カンパニーがばらまいたバイオ・リキシが交戦中だ。サイバネ工作員はいい仕事をしてくれた。これなら今夜の一件は、過激なタニマチによる巡業テロとして片づけられるだろう。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

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