スカイダイバー   作:高田正人

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第48話:Tearjerker

 

 

◆◆◆◆

 

 

 砂漠に面したサンドピット自治区の港。ここには砂上船という砂漠を航行する船が係留されている。周辺の住宅に住むのは、砂漠の生物を捕らえて生計を立てている漁師たちが多い。その中の一軒。ロロルカという名の漁師が住む家の扉が、施錠されていたにもかかわらず音を立てて開けられた。勝手に照明が点けられ、室内が明るく照らし出される。

 

「なっ!? なんだぁ!?」

 

 寝室から小型クロスボウ片手に飛び出してきたのは、ペンギンを思わせる体形のイルカの旧人だ。

 

「こ、こんばんは……おっさん」

 

 彼の目が、見知った少年の姿を捕らえる。ロロルカは漁師だが、砂漠の遺跡の調査に向かう考古学者たちを送迎することも多々ある。その一団に、この少年はよくアルバイトとして混じっていた。

 

「ウズムク!? お前今何時だと――」

「こんばんは、ロロルカ」

 

 ウズムクを怒鳴りつけようとしたロロルカが固まった。二人の間に割り込んできたのは、知らない一人の少女だったからだ。

 

「だ、誰だあんたは!?」

「私はコンフィズリー。あなたの親しいお友だちよ」

「は? はあ?」

 

 彼女の後ろから、どやどやと危険そうな連中が家に入ってくる。

 

「手短に言うわ。私はこのウズムクのお友だち。あなたはウズムクのお友だち。そうなると、私とあなたはお友だちね。そして、あなたはお友だちのためなら何でもしたいと思っている。つまり、あなたは今から親友のために砂上船を出してくれる。OK?」

 

 ロロルカは開いた口が塞がらなかった。明らかに自分は今、強引かつ勝手に話を進められている。

 

「ウズムク、いったいどういうことだ?」

 

 ロロルカはとりあえず既知の人物に助け船を求める。だが、ウズムクもすがるような顔でこう言った。

 

「……お願いだよ。船、今すぐ出して欲しいんだ」

 

 ロロルカは合点がいった。

 

「悪い連中に捕まったな」

 

 彼のため息混じりの言葉に、少女は悪びれもせずに笑う。

 

「悪徳者よ。時間外だから料金は割増で払うわ」

 

 

 

 

 夜明け前の砂漠を、古びた砂上船が疾走する。操舵室で舵を握るのはロロルカだ。考古学博物館の方角が騒がしくなり、大勢の企業傭兵や企業警察の面々が武器を手に走っていくのをよそに、一行は闇に紛れてサンドピット自治区をこっそりと後にした。今頃向こうは大騒ぎだろう。つくづく、コンフィズリーたちは悪事に慣れているとウズムクは思う。

 

「……滅茶苦茶だよ、あんたたち」

 

 簡略な防砂と防寒の数理に守られた甲板で、ウズムクは隣に立って空を眺めていたシェリスに言う。

 

「悠長に交渉していたら『今は眠いから朝まで待ってくれ』って断られるわ。退路を断って『仕方ないから出航するしかない。せいぜいふっかけてむしり取ってやれ』という選択肢しかないようにするの」

 

 強制も強要もしない。しかし、強引な手段で交渉の席に着かせる。彼女の手法は違法ではないが真っ当ではない。

 

「やっぱりあんたたち、悪徳者だ」

 

 甲板に杖をつきつつ、シェリスはこちらを見る。

 

「その代わり、ちゃんと料金は払うわ。これは絶対に譲れない」

 

 実際、ロロルカも報酬の額で船を出すことに同意したように見える。一応正統な取引だ。

 

「――お世話になったわね、ガイドさん」

 

 遠ざかるアーコロジーの明かりに目をやり、不意にシェリスはそんな言葉を口にした。その淑やかな仕草と声に、ウズムクの心臓が跳ね上がる。シェリスは確かに悪徳者だ。でも、それを納得した上で、それでもウズムクは彼女の可憐さに目を奪われて止まなかったのだ。

 

「べ、別に。オレはガイドだからな」

 

 照れ隠しに格好をつけて甲板の手すりに寄りかかるウズムクを見て、シェリスは薄く笑う。丹念に育てたバラから、一枚の花弁が落ちるかのような仕草だ。

 

「あなたの口利きでこの船に乗れたのよ。朝まであのアーコロジーにいたくなかったから、本当に助かったわ」

 

 その言葉が、ウズムクの心に染み渡る。初めて、自分は彼女の役に立てたのだ。

 

「こ、これくらいガイドとして当然のことさ。なあ?」

 

 賢明にクールに振る舞ったウズムクだったが、シェリスは静かに言葉を続ける。

 

「お別れね。あなたはあなたの夢を死に物狂いで叶えなさい」

 

 ああ、そうだった。彼女は眠らない機械都市の住人だ。奇跡のようなこの出会いは、もうじき終わってしまう。

 

「応援……してくれるよな」

「気が向いたらね」

 

 ウズムクの心臓の鼓動が早くなる。ならば、別れる前にこれだけは伝えておきたい。

 

「その、オレはあんたのことが……」

「最後に一つだけ、私の秘密を教えてあげる」

 

 勇気を振り絞ったウズムクの言葉を、シェリスは遮る。

 

「え?」

 

 シェリスは自分の頭を指差す。

 

「――俺のここは、正真正銘の男なんだよ」

 

 哀れなウズムクの衝撃は、計り知れなかった。

 

 

 

 

 操舵室のロロルカは一部始終を見ていた。ウズムクがシェリスに惚れているのは一目で分かった。彼を応援したくて船を出したのは事実だ。だが、今シェリスは甲板を去り、ウズムクは一人手摺りにすがりついて泣いている。少年の恋は実らなかったらしい。真相を何も知らず、けれどもロロルカは気を利かせ、一切を見なかったことにするのだった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

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