スカイダイバー   作:高田正人

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第50話:Mountaineer

 

 

◆◆◆◆

 

 

 廃墟となった教会の礼拝堂。一人の聖職者の青年が、シンボルさえ失った祭壇の前でひざまずき祈りを捧げている。

 

「ホワイトノイズが贋作と接触した」

 

 その背に声をかける機体の一団がいた。以前公園でシェリスに蹴散らされた面々だ。

 

「知っています」

 

 どこ吹く風といった青年に、リーダーとおぼしき男は歯がみする。

 

「司祭、我々はもう待てない」

 

 怒気をはらんだその言葉に、青年は立ち上がると振り向く。

 

「皆さんの憤慨はもっともです。私も行動しましょう」

 

 端整な容貌と、閉じているのと大差ない細い目は、シェリスに仕えるヴィディキンスという人造と瓜二つだ。

 

「行きましょう」

「……承知」

 

 彼に促され座席から立ち上がったのは、鉱化症候群が四肢の末端にまで進行したサムライだ。

 

「待て、イヴァーニン」

 

 その背に、リーダーの言葉が投げかけられる。

 

「我々は祖国を、エンクレイブを何よりも敬っている。それを忘れるな」

 

 わずかに振り返り、青年は肩越しにリーダーを見た。

 

「もちろん。私も敬っております」

 

 呼吸器をつけたサムライを連れて立ち去る青年は、誰にも聞こえない小声でこう付け加えた。

 

「――あの方を」

 

 

 

 

 聖アドヴェント学院の空中庭園。入園した俺を待っていたのは、ティーセットをテーブルに用意したキシアだった。

 

「お帰り、シェリス。座りなよ」

 

 俺が席に着くと、いそいそとキシアはティーカップに紅茶を注ぐ。

 

「今まで僕は、いわゆる肉体というものを持っていなかったんだ。でも、あの聖遺物を触媒に受肉が叶った。だからこれを君に渡せる」

 

 キシアは一枚の紙を質料ホログラムで具現し、そこにペンを走らせる。

 

「大綱ではホワイトノイズが聞き耳を立てている、というわけね」

「そういうこと」

 

 紙を受け取り俺は目を通す。

 

「これは起動キーね」

「次の依頼だよ、ハッカー」

 

 天使は俺を指名した。

 

「報酬は?」

 

 俺は紅茶を一口飲んで尋ねる。

 

「まず現金。ほかにもあるよ。そして何よりも――」

 

 キシアの口が笑みの形になる。教会の彫刻で表現される天使のアルカイックスマイルに似た、得体の知れない笑みだ。

 

「君の夢を一つ叶えてあげよう」

 

 天使のように中性的な少女の口から聞こえたのは、むしろ異族のデーモンが言いそうな内容だ。

 

「私の願いが何か、知っててそう言ってるの?」

「もちろんさ。君はね――」

「――その口を閉じろ」

 

 調子づいて言葉を続けようとするキシアに、俺は強い不快感が押し寄せるのを感じた。廃油のような粘ついた怒りが上乗せされる。

 

「どうして?」

 

 困ったような顔でキシアが首を傾げるが、その白々しい仕草が苛立ちを加速させた。

 

「人の願いに土足で踏み込んでくると虫酸が走る。知ったかぶりの天使風情が何様のつもりだ? 身の程を知れ」

 

 痛罵に鼻白んだ様子のキシアに、少しだけ怒りの温度が下がった。

 

「今まで随分と御しやすいヒトばかり相手にしてきたようね。夢を叶えるって言葉をちらつかせれば、みんな媚びへつらってきたのかしら?」

 

 こいつが何者だろうと、ここまで調子に乗ったのは需要があるからだ。さぞかしこいつの甘言に心酔した連中は多かったのだろう。気に入らない。

 

「つまり君は、チートを嫌う健全な精神の持ち主ってことかな?」

 

 キシアの見当はずれの指摘を俺は嘲笑した。矯正整式でその笑いは穏やかな笑みになる。

 

「本当にお馬鹿さんね。言わば私は最高の登山がしたいの。自分の脚で麓から山頂まで踏破するから意味があるのよ。航空機から山頂上空へ突き落とされて、登山家が喜ぶとでも思っているの?」

 

 俺は自力で天蓋を踏破したい。それでこそ、俺はスカイダイバーを名乗れる。キシアの押す乳母車に乗って天蓋を遊覧したいわけじゃない。

 

「正論だね」

 

 意外にもあっさりとキシアは認める。

 

「でも、助力なら歓迎するわ。私が挑むのは、下準備なしでは中腹にさえたどり着けない天蓋よ」

「チートでも?」

「ハッカーがチートを嫌悪するとでも?」

 

 俺もまたあっさりと認める。チートも反則も異能も技術も使い方次第だ。

 

「君は複雑な精神の持ち主だ」

「人間なんてみんなそうよ」

 

 何やらキシアは呆れているが、天使とやらは随分と単純な精神らしい。

 

「それで、これは何の起動キーかしら」

 

 俺が一番肝心な点を尋ねると、キシアは真面目な顔で囁いた。

 

「――『セレフィスカリフの遺産』だよ」

 

 

 

 

 下校しようとした俺を、校門で三人の人間が待ち構えていた。

 

「チューニングよ。同行してもらいます」

 

 俺にそう告げたのはリーダーとおぼしき短髪の女性だ。若作りしているのが丸わかりの、赤い唇だけが目立つ冷たげなネコの旧人だ。その後ろには、眉毛も頭髪もない無表情の双子が控えている。揃いの白いスーツが目に眩しい。

 

「嫌だと言ったら?」

「このミッションを他のハッカーに任せるだけです」

 

 女性は教書を開くと、一枚の仮想スクリーンを俺に突きつけた。そこには、満面の笑顔でダブルピースをするリエリーが写っていた。ただし、周囲ではビーハイヴの機体が彼女に銃を突きつけているのだが。明らかにリエリーの目には涙が浮かんでいる。

 

「あのバカエルフ……」

 

 俺はため息をついた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

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