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入店と同時にストリンディとシェリスに浴びせられる「いらっしゃいませニャ~♪ 旦那様ニャ~♪」という糖蜜を煮詰めたような店員の挨拶。メイド姿の店員は全員ネコの系統の旧人と思いきや、カチューシャにネコの外耳をつけた人間やドワーフもいる。彼女たちにかしずかれているのは、誰も彼もリキシと間違えそうな肥満体ばかりだ。
レストラン「ド・プリムヴェール」。過剰なカワイイを提供する店員と、過剰なカロリーを提供するメニューが売りの店だ。ちなみに「ド」は「ど」阿呆や「ど」ぎついと同じ接頭辞の「ど」である。
「はいニャ。お待たせニャ。ご注文のスーパーデリシャスダブルヨコヅナパンケーキニャ。美味しく食べて楽しく盛り上がってニャ、お二人さんニャ」
恐らく「とにかく語尾にニャをつけてお客さんに媚びるニャ」と店のマニュアルにはあるのだろう。店員の過剰すぎる「ニャ」付きの説明と共に、向かい合わせに座るストリンディとシェリスの目の前に巨大なパンケーキが置かれた。フルーツやらクリームやらチョコソースやらアイスやらがデコレーションされ、パンケーキがほとんど隠れている。
「行きたいところって……ここなのね」
少し――いや、かなり引いているシェリスとは裏腹に、ストリンディは満面の笑みで大きくうなずく。
「はい! ここのお店の特大パンケーキはペアかカップル専用なんです。いつも一人で側を通り過ぎては、ため息をつくだけだったんですが、今日はシェリスさんがいます。やっと完食できますよ!」
今さら説明するまでもないが、ストリンディは大食いである。戦闘に特化した騎士という人種だからかどうかは不明だが、大抵の山盛りの料理は苦もなく平らげてしまう。そんな食のコンキスタドールであるストリンディにとって、ここの特大パンケーキはぜひ挑戦したい目標だった。その夢が今叶い、ストリンディは今まさに幸せを謳歌していた。
「カップルねえ……」
しかし、その多幸感に突如白刃が差し込まれる。ブラックのコーヒーをたいして味わいもせずに口に運ぶシェリスを見て、ストリンディの燃え上がっていた情熱が急速に冷めていく。
「あ、いえ、違います! その、シェリスさんはお気になさらないで下さい! そそそそれとももしかして、シェリスさんには意中の殿方が……」
将来を誓ってもいなければ親友でもない相手とペアやカップル扱いされれば、シェリスとしては迷惑なだけだろう。慌てて弁解するストリンディに、シェリスは心底興味のない目を向ける。
「私は恋をしたことがないわ」
「即答ですね」
「他人に関心が一切ないのよ、私は」
あっさりと彼女はそう言ってのける。強がりではなく本気でそう言っている。
「そんなことはないですよ」
だが、ストリンディはシェリスの主張を退ける。
「即答ね」
「だって、こうして今日は私を誘ってくれました。嬉しいです」
アイスが溶けてしまう前にパンケーキを切り分けつつ、ストリンディはほほ笑む。今日一日側にいただけだが言える。シェリスは彼女が自分で思っているほど、鉄面皮でもなければ冷酷でもないのだ。
「楽しんでもらえたかしら」
否定も肯定もせず、シェリスはあくまでも淡々と尋ねる。
「はい。私、今日のことは忘れません」
大きめに切り分けたパンケーキを皿に載せてシェリスの方に差し出してから、ストリンディは心を込めてうなずく。
「果たして本当にそうかしらね……」
彼女には、シェリスがなぜ冷めた様子でそう呟くのか、分からなかった。
一斉に「また来てニャ~♪」と見送る店員たちを背に、二人がド・プリムヴェールを出た後。
「あれ、あの子……」
すっかり満腹になったストリンディの満足しきった顔が、突如真面目なものに変わる。
「迷子のようね」
人気のない骨董店の近くで、一人の少年が途方に暮れた顔で周囲を見回してる。
「放っておけません。少しよろしいでしょうか?」
「構わないわ。一応、エスコートはあなただもの」
シェリスは平然と応じる。
「ありがとうございます」
軽く一礼してから、ストリンディはシェリスから離れると、柔らかな笑みを浮かべて少年に近づき、膝を曲げて視線を合わせる。
「お父さんかお母さんとはぐれてしまいましたか?」
少年は突然そう言われて少しおろおろしていたが、やがてうなずいた。
「大丈夫です。私が一緒に捜してあげますから安心して下さい」
少年の頬に指を当てて涙を拭ったストリンディの背に、声がかけられた。
「ああ、せっかくだから手伝ってあげる」
振り向くと、シェリスが指先から有線を伸ばしてた。
「ちょっと失礼するわ。耳孔経由で大脳から直接短期記憶をメモランダム化して……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
慌ててストリンディは立ち上がると、恐ろしいことを言うシェリスと少年との間に立ちはだかる。しかし、自分の行動の方が不審だと気づき、彼女はぎこちない笑顔を少年に向ける。
「だ、大丈夫ですよー。この人は少し手っ取り早いだけで、恐い人じゃないですからねー」
言いつつ、ストリンディは自信がなくなってきた。
「……たぶん、ですけどー」
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