スカイダイバー   作:高田正人

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第72話:Grief Work

 

 

◆◆◆◆

 

 

「私は、ハッカーとして千差万別なミッションをこなしてきたわ」

 

 シェリスの口調が元に戻る。

 

「クラン秘伝の武技を個人的にインストールしたサイバー武人の追跡、ビーハイヴの縄張りで意図的にばらまかれた違法パーツの調査、自己進化したアサルトソフトウェアのサルベージ、ウマイ・ラーメンのスープの出汁となるショーグン・ニワトリの捕獲」

「あなたは、みんなの役に立ってきたのですね」

 

 ストリンディの率直な感想に、シェリスはつまらなそうに答えた。

 

「どうでもいいわ。私の行動が都市を生かそうと殺そうと関心がない。依頼を果たし、報酬をきちんともらう。それだけで充分よ」

 

 それはハッカーの規範と言うべきスタイルだ。その赤みがかった瞳が、静かにストリンディを見据える。

 

「私が取り組んだミッションの道義的な是非は、ハッカーである私にはない。それはハッカーを雇った企業が負うべきものよ。ハッカーは装置。引き金を引けば弾の出る銃と同じ。銃そのものに理由はない。銃を握る者に理由が生じるの」

 

 こともなげにシェリスは言う。ストリンディには未知のその理論は、シェリスの人生を貫いてきた指針なのだろう。

 

「そして私からすれば、あなたも同じよ。ストリンディ・ラーズドラング」

 

 けれども、シェリスはただの持論を述べて終わらない。

 

「あなたが負おうとしている責任とやらは、あなたではなくあなたの上官が負うべきものよ。上官が命令し、部下が遂行する。どんな時も、命令の責任は命令した者が取らなければならないの。それが責任者の存在理由よ」

 

 そこまで言うと、シェリスは真面目な顔から一転して笑みを浮かべる。

 

「だから私は、あなたは悪くないと言ってるの。むしろずいぶんと頑張ったわね。地獄の底からよく帰還したわ。たいしたものよ、あなたは」

 

 その温かな言葉に、ストリンディはすがってしまいそうになる。いや、そこですがってしまえば楽だっただろう。

 

「私は――逃げただけです」

 

 でも、ここでシェリスにすがってしまえば、戦友たちはどうなる? 彼らの正気も人生も将来も、何の意味もなく深淵に呑まれたのか? 自分だけが幸せになることなど許されるのだろうか?

 

「私は、あなたのように強くなれません。一兵卒でもなく、騎士でもなく、ましてハッカーでもない私は、これから何をよすがに生きればよいのでしょうか?」

 

 それでも、ついストリンディはシェリスに問うた。人生の屋台骨をシェリスにあずけるような質問。それこそがすがっていると言われても仕方がない行為だ。

 

「仕方がないわね。私が教えてあげるわ」

 

 だが、シェリスは彼女の質問をはぐらかしはしない。

 

「――これからあなたは、もう二度とあなたたちのような犠牲者を出さないために戦うのよ」

 

 シェリスの答えをストリンディは予想していたのだろうか。期待していた答えだったのだろうか。それは、彼女自身でさえ分からない。

 

「欺瞞でも偽装でも鍍金でも構わないわ。あなたはこれからも騎士であり続けなさい。ただし、少しだけ柔軟性があって、少しだけ融通が利く賢い騎士になるのよ」

 

 ストリンディを置き去りにして、シェリスは続ける。

 

「プロジェクト・オルカは、公議に取り入ろうとするクランが提言したもの。当のクランはプロジェクトの失敗によってとっくの昔に解散したけど、肝心の公議は今も深淵の攻略を諦めてはいないでしょうね。あらあら、そうなると第二、第三のシャチが深淵を目指してもおかしくないわ」

 

 白々しい態度でシェリスはストリンディを横目で見る。

 

「ああ、可哀想な子供たち。誰かが助けてあげなくちゃ、震源のエサになってしまうでしょうね。どこかに是を是、非を非とはっきり断言できて、正義を実行できる力を有した騎士様がいないかしら。ねえ?」

 

 意味ありげな視線でシェリスはストリンディを見る。

 

「あなたは、私をけしかけるつもりですか?」

「まさか。でも、ここで剣を折って戦いに背を向けてしまったら、何のために皆が犠牲になったのかしら。こうも考えられない? あなたは皆に託されたのよ。『深淵に呑まれる犠牲者は、自分たちで最後にして欲しい』って。少なくとも、あなただけが彼らの犠牲の価値を知っている」

 

 シェリスは椅子から立ち上がると、ストリンディに顔を近づける。

 

「だからあなたは、深淵から帰ってきたのよ。たった一人の帰還兵さん」

 

 キスする寸前の距離でシェリスの顔がある。耳朶に彼女の吐息を感じる。けれども、その仕草に艶美さはない。柔らかなまつげに縁取られた彼女の瞳に宿るのは、どこまでも鋭利で怜悧な意志の光だ。その光が、言葉を通じて深く深くストリンディの心の最奥にまで突き刺さっていく。

 

「わ、私は――そのために……?」

 

 シェリスはかすかに笑う。けれどもはぐらかすことはしない。

 

「どう取るかはあなたの自由よ。『主宰は乗り越えられない試練はお与えにならない』。ハイエンド教会の聖職者ならば、もっともらしくそう言うでしょうね。でも私は、とあるグレート・ケンゴーの言葉の方が好きだわ。『神仏を崇びて、神仏を頼らず』」

 

 

◆◆◆◆

 

 

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