スカイダイバー   作:高田正人

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第75話:Migratory Bird

 

 

◆◆◆◆

 

 

 俺は当惑した。元より騎士としての使命が服を着て歩いているような存在が、このストリンディ・ラーズドラングだったはずだ。それがなぜか、今は親しげに俺に体をすり寄せる寸前まで近づいている。まるで人形を親として刷り込まれたひな鳥だ。

 

「勝手にしなさい」

「ふふ、はい」

 

 俺がつれない態度を取っても、ストリンディは浮かれたままだ。

 

 だが、考えてみれば、こいつは孤独な存在だ。騎士という公議に仕える兵器としてデザインされたにもかかわらず、プロジェクト・オルカに徴用されて深淵で発狂し、そのくせ今は騎士として運用されている。見た目は高潔な騎士だが、中身は周囲の都合で振り回され続けた少年兵のままなのかもしれない。そう考えると、何だか少し哀れにも思える。

 

「正直に言って、実は私、男性が少し苦手なんです」

 

 俺がいい加減な反応をしているにもかかわらず、ストリンディは何やら人生相談めいたことをしてきた。

 

「もちろん嫌悪しているわけではないですよ。ただ、接し方が分からなくて。時には好意を抱いて下さる方もいらっしゃいましたが、交際の申し込みは全て断らせていただきました」

「あら、そう」

「だから、あなたが同性でよかったと思っただけです」

 

 俺にとってはストリンディが誰と付き合おうと興味がないが、今は一応俺がこいつの雇い主だ。

 

「――私のご主人様、って思ってもいいですか?」

 

 俺は改めてストリンディを見る。どことなく熱っぽい視線でストリンディは俺を見る。

 

「……ああ、その、なんて言うか、大変申し上げにくいんだけど」

 

 何となく分かってきた。どうやら俺は、こいつの心の欠けたピースに当てはまる存在になってしまったらしい。この元少年兵の騎士が、表面上は誰に対しても親切で健全だが、その実誰とも親しくできないでいるのを俺は知っている。こいつのトラウマにまで踏み込み、さらにそれを知ってなお肯定する。確かに、我ながら白馬の王子のような行動だ。

 

「はい?」

「百聞は一見にしかず。ちょっとこれを見てもらえる?」

 

 俺は教書を開いて整式を起動させる。有線を指から引き出してストリンディに握らせる。前回はこいつの免疫に阻まれたが、俺を無邪気に信じきっているストリンディは、こちらからのアクセスを無防備に受け入れた。もっとも、俺が今攻撃に転じても、即座にかわされるだろう。

 

 

 

 

「ここは……?」

「前と同じ自閉した情報空間よ。ちょっと、他人には知られたくないことを話すから」

 

 俺たちが立っているのは、仮想空間で再現されたボーダーラインだ。もっとも、背景は張りぼてで動きはほとんどない。

 

「ご安心下さい。私、口は堅いので」

 

 胸を張るストリンディを無視し、俺は一人の人間の姿形を映像で再現した。

 

「これを見て」

「どなたですか?」

 

 俺の目に写るのは、くたびれた耐蝕コートを着た痩身の青年だ。短く刈った髪の下の鋭い目には、何も写ってない。完全な生身。肉体のみで機体と渡り合うハッカー。少しずつ記憶から薄れつつある、昔の俺の姿だ。

 

「名前はシェリク・ウィリースペア。通称グレイスケール。それがこの私、シェリス・フィアの正体よ」

 

 ストリンディの反応には、たっぷり五秒を費やした。常人を遙かに上回る反応速度を誇る騎士が費やす五秒は、いったいどれだけ思考を無駄にした結果だろうか。

 

「…………はい?」

 

 俺は矯正整式をねじ伏せ、笑顔を見せつつ自分の頭を人差し指でつついた。

 

「端的に言うと、だ。この俺は見てくれこそ女だが、脳髄の中身は正真正銘の男なんだよ」

 

 

 

 

 それから、俺は事細かに説明してやった。俺がかつては男だったこと。スカイダイバーを目指して天蓋に挑戦して失敗し、肉体を失ったこと。その精神を少女の体に移植され、今はこうして女の姿をしていると言うこと。全てを理解してしまったストリンディは、あたかも震源を目にしたかのようにその場にくずおれ、ぶつぶつと何やら呟いていた。

 

「そんな……嘘です……そんなことが……なんで……?」

「かくも世の中は不思議と不条理と不義理で満ちている。といったところだな。ご愁傷様だ」

 

 俺がそう言うと、ストリンディは非難がましい目で俺を睨む。

 

「……ひどいです」

「何がだ?」

「一緒に温泉に入りました」

「水着を着ていたな」

「着替えを見られました」

「俺もお前に着替えを見られたな」

「何も感じないんですか?」

「ハッカーにとってボディは贅肉だ。肉欲なんて、脳神経のノイズ同然でしかないんでね」

 

 強がりではなくて事実だ。心底関心がない。

 

「あなたは……いえ、やめておきます」

 

 何かを言いかけ、ストリンディは首を左右に振った。

 

「これからはしばらく仕事仲間だ。忌憚のない意見を聞かせてくれ」

 

 俺が促すと、ストリンディは少しためらってから言葉を続けた。

 

「あなたはまるで渡り鳥のようですね。つがいを捜すことも巣を作ることにも目を向けず、本能の促すままに遠くへ飛んでいく方に思えます」

「……感傷的な意見だな」

 

 俺は小さく呟く。それはきっと、俺に対する正しいイメージだ。

 

「だが、俺はきっとたどり着ける。これが終わればな」

 

 

◆◆◆◆

 

 

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