スカイダイバー   作:高田正人

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第9話:Gig

 

 

◆◆◆◆

 

 

 正体不明、という一点において、アドロの目から見たシェリス・フィアはまさにハッカーの鑑と言える存在だった。分かりやすく自分を機体化し、奇抜なデザインの武装を誇示し、グロテスクなまでに改造した教書を持ち歩く。そういった凡百なボーダーラインのハッカーとは、彼女は一線を画していた。あんな凡夫どもとは、正真正銘レベルが違う。

 

 出で立ちはどこから見ても上流階級のご令嬢。細くて華奢な体つきと、温室で丹念に育てられた花のように可憐な容貌。ちなみに、アドロはシェリスの外見を可憐だとは思っているが、異性として魅力的とは思っていない。彼の好みは自分よりも年上でかなり太めで、一緒にアニメ「空想科学サムライ少女パンデミック」を見てくれる大柄な女性だ。

 

 しかしながら、一度彼女が口を開けば、あるいは教書を開けば、そこにいるのは歴戦のハッカーそのものだ。不敵な自信に裏打ちされた豪胆さと、思わず舌を巻くような軽妙で皮肉の効いた口振り。狂人一歩手前の面々がたむろする下層都市を、彼女はまるで自分の家のリビングのように平然と闊歩し、思いのままに振る舞っている。

 

 アドロは危険な情報屋として生計を立てつつも、どこかで安全と平穏を求めている節がある。機会があれば足を洗い、安穏と暮らしたいと願っていた。しかし、シェリスと出会ったことにより、彼は自分の願いがちっぽけで貧相なものだと思い知らされた。この少女の姿をした魔物は、危機と狂気のカクテルを飲み干してなお、悠然とほほ笑んでいるのだ。

 

 

 

 

「一つ聞いていいかしら?」

 

 教書を閉じたアドロにシェリスが尋ねる。

 

「なんだよ」

「この後予定はある?」

 

 アドロは耳を疑った。

 

「おいおい、俺を口説こうなんて困るな。俺たちはあくまで依頼人と情報屋。そうだろ?」

 

 アドロはシェリスに異性としての魅力は感じない。どう反応していいか分からず、アドロはおどけてみせた。

 

「あなた……もういいわ」

 

 シェリスは一度大きくため息をつき――

 

「伏せろ。さもなきゃ死ぬぞ!」

 

 突如豹変したシェリスに驚く暇もなく、アドロはつんのめった。彼女の杖に転ばされたと理解した後、近くの壁に何かが突き刺さった。クロスボウの矢だ。転ばなければそれが自分に刺さっていたとアドロは理解し、背筋が寒くなる。周囲の人間が怯えた表情で逃げていく。

 

 攻撃されている。けれども、教書とゴーグルに仕込んであるはずの警報が作動していない。こんな時に故障したのか、あるいは攻撃する側が念入りに迷彩を施しているのか。

 

「ヴィディキンス!」

 

 シェリスは怖じることなく誰かの名前を叫ぶ。

 

「ようやくお呼びですか、我が愛しくも愚かしいマスター。私はいい加減待ちくたびれていたところです」

 

 それまで無言だった人造が口を開いた。閉じているのとほぼ変わらない細い目で彼女を見ている。情緒権利が何も開放されていない人造特有の平板なしゃべり方だが、妙に気に触る物言いだ。

 

「やかましい! 減らず口を叩く前にまず仕事をしろ!」

「了解です。それがあなたの切なる願いならば」

 

 人造は静かにシェリスの前に立ち、周囲をうかがう。

 

「あんたは隠れてろ! きっと俺を追って――!」

 

 生き馬の目を抜く下層都市の住人だが、アドロはさすがにこの少女を盾にして逃げることはしたくなかった。立ち上がって彼女をかばおうとするアドロだったが、驚くことにシェリスは彼を押しのけた。

 

「隠れるのはお前だよ。報酬に上乗せしてサービスだ。その頭の中にある商売のネタを守ってやる」

 

 可憐な少女の口元が、釣り針で引かれたように吊り上がる。その笑みは凶悪かつ凶暴な形だ。

 

「まずはそこだ!」

 

 シェリスが手を振り上げる。その五指から細い有線が宙を舞い――

 

「それで迷彩を施したつもりか!? 雑すぎるぞ!」

 

 絶叫が夜気をつんざく。建造物の陰から両手を滅茶苦茶に振り回して出てきたのは、先程すれ違ったエルフだった。

 

「はははっ! 視神経経由で大脳をシェイクされる気分はどうだ!?」

 

 エルフは手に持っていたクロスボウを投げ捨て、教書と接続したゴーグルをはずそうと掻きむしる。恐らくシェリスは有線をエルフの教書に接続し、数理暴走を引き起こしたのだろう。膨大かつでたらめな論理を脳髄に流し込まれ、エルフはその場に倒れた後全身を引きつらせる。

 

 その首筋に、シェリスは一枚の原画を貼り付ける。たちまちエルフの全身は、原画に組み込まれた封鎖数理の光に覆われた。言わば冷凍されたスカイマグロのような状態だ。これは相手を無力化させるだけではない。致命傷を負った人間を自動的に分解かつ転送する、公議が都市に組み込んだ〈転移〉というシステムを起動させないためでもある。

 

「ほかの方々もいらっしゃい。本命がいなくては舞踏会は盛り上がりませんもの」

 

 シェリスは丁寧な口調で挑発する。口調が普段のそれに戻っていた。

 

(こいつ、違法アドレナリンをインプラントから垂れ流しているのか?)

 

 とアドロが思ったほどの、両極端な態度と言葉遣いだ。しかしすぐ、彼はシェリスが完全な生身だったことを思い出す。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

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