今日も母港は平和です   作:カチカチチーズ

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今日も母港は平和です

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 地球。地表のおよそ7割が水によって覆われている青き星。

 人類はそんな自然あふれる星によって文明を築いていき時には同じ人類同士で戦いながらも彼らは自らの繁栄を手に入れてきた。人類史の始まりから行われてきた闘争の歴史、それはこれからも何度でも繰り広げられていくことだろう。

 少なくとも、歴史を知る者はそう理解していた。

 だがしかし、そんな道理は容易くひっくり返る事となった。

 ある日、突如とした海よりその姿を現した正体不明の存在、誰が呼び始めたのか、それともそう名乗ったのか、人類の敵として彼女ら〈セイレーン〉は人類の繁栄を揺るがした。

 光学兵器や無尽蔵に湧き出る軍艦、おおよそ尋常ではない不可思議極まりない現象すら引き起こす少女と機械の入り混じる異形の彼女らによって刃りはその制海権を瞬く間に奪われることとなった。地表の7割を水が覆っているという星の特徴上、制海権を奪われるというのはあまりにも人類にとって痛打となるモノであった。

 例えば、重桜やロイヤルといった島国が諸外国と関わるには海を渡る必要があり、石油をはじめとする海洋資源を獲得しようにも制海権を取られているという現状ではどうしようもない。そして、なによりも貿易という面で見れば壊滅的だ。というのも、貿易業というモノは陸運・海運・空運という三種類に分けられている。その中で海運というものは貿易業においておよそ9割を占めている。その9割が制海権を失うことで脅かされているという事になる。

 そもそも海運は時間はかかるが一度に多くのモノを輸送することができるといったコスト面でも非常に優れており、また車や大きな工業製品といった重量物や石油や鉄鉱石などを始めとする資源の大量輸出や大量輸入といった分野に優れている。先に上げた重桜やロイヤルは島国故に他の大陸国家と比べても非常に重要な貿易分野である。そういった経済的な視点、食料事情的な視点、軍事的な視点、様々な視点からして〈セイレーン〉という圧倒的な外敵は人類にとって最大最悪の敵と言っていい存在であった。

 

 自分たちの武器も効かないそんな敵にどう立ち向かえばいいのか。

 人類全体にあったそんな絶望。しかしそんな暗雲に一縷の光が差し込んできたのだ。

 〈KAN-SEN〉そう呼ばれる存在が生み出されたのだ。

 曰く、この世界とは異なる世界で起こった大戦と呼ばれる戦争の記憶を持って生まれた人の形をした艦船、メンタルキューブといういったいどこから現れたのかわからない、中身は超ド級のブラックボックスによって生み出された彼女たち。不倶戴天の敵である〈セイレーン〉に近しいながらもまだ人類よりな彼女たちと共に人類は過去のいざこざ、敵対関係を水に流すことで一丸となり軍事連合〈アズールレーン〉を結成、かつての繁栄を取り戻すために、自分たちの世界を護る為に人類は〈セイレーン〉とぶつかり、制海権のいくつかを取り戻すことに成功した。

 それは奪われていた営みのある程度を取りもどすことができた、という大戦果であり────だからこそ、不満は大きくなるものなのだ。

 

 

 〈KAN-SEN〉と共に人類の英知を集結したというのに完全に〈セイレーン〉を撃退することができていない。

 その事実一つが、いや他にもある。軍事連合〈アズールレーン〉に加盟している国家は多々あれどその中でもとりわけ力を持っているのはロイヤル・ユニオン・鉄血・重桜の四大国家。小さな国家ならばそんなことに気にしている暇もなく我慢するしかないのだが、大きな国家というものはどれだけ危なくなってもどこかしら余裕というものが存在するものであり、その余裕があるがゆえに不平不満が生まれてくる。〈セイレーン〉からどこどこの海を奪い返した、となれば喜びよりも先にどうして自分たちの国家に必要な海ではなくあちらの国の方の海なのか、どうして我々がこうも奮闘しているというのに時間がかかる援軍は本当に本気で戦っているのだろうか?

 そんな風にどこかの国がしくじれば噴出し、どこかの国の利益となれば口に上がる、往時の不和というものは鳴りを潜めたとしても決して消えることはなく時を選ばず湧き出てくる。むしろ、ここぞという時に狙いすましたように最悪な形で噴き出した挙句に取り返しがつかないような事態を引き起こしてしまう。

 〈セイレーン〉という共通の強大な外敵を前にして過去のいざこざ一切を水に流して手と手を取り合い世界を取り戻す?〈アズールレーン〉という巨大な船での呉越同舟、そんなもので軋轢や不和がなくなるなど決してあり得ない、そんな事がうまくいくのはそれこそゲームが物語の中だけの話であり、ましてや人類というモノは真にわかり合うなど不可能であるがゆえに二隻の船に分かれるのは当然と言えた。

 

 今まで通り、人類と〈KAN-SEN〉の力で〈セイレーン〉を倒すことを望む、〈アズールレーン〉。

 自分たちだけの力では足りないならば同種の力でもって、毒をもって毒を制すというスタンスで〈セイレーン〉に挑む〈レッドアクシズ〉。

 人類と〈KAN-SEN〉はこの二つの陣営に分かれ、〈セイレーン〉をそっちのけで構想を始めていった、これもまた人類の業というべきか。人類は闘争から逃れることは決してない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 などと、まあ、長々とこの世界における人類の現状を述べて言ったわけだが何事にもイレギュラー、つまり例外というモノは存在している。

 無論、例外といっても壮大なモノでは決してなく、全体的に見れば小さな一つでしかない。

 だが、そんな小さな例外にとってはどうしようもない人類の業や〈セイレーン〉など大した問題ではなかった。

 

 〈アズールレーン〉に属する母港の一つ。

 〈アズールレーン〉と〈レッドアクシズ〉、そして〈セイレーン〉の争いとは全く関係ないどころか既に蚊帳の外であると言わんばかりに平和しかない母港。そんな母港の指揮官とKAN-SENの日常────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「み゛み゛み゛み゛!」

 

「シガールみたいな鳴き声を出すなよ。そんな悲鳴をあげたって、仕事は仕事だ。減るわけないだろ」

 

 

 母港にある施設の中でKAN-SENたちが暮らしている寮舎がある区画と広場を挟んだ形で建っているこの母港の最重要施設の一つである作戦本部、その執務室にて一人の青年が不協和音を響き喚いていた。

 指揮官もとい軍属としての制服を雑に椅子に引っ掛けて自身の目の前にある書類から視線を逸らすように椅子にもたれ天井を見上げている青年は見た目からして二十台後半から三十代前半ほどだろうか、重桜あたりの顔立ちをした彼はこの母港を取りまとめる最高責任者である指揮官なのだが、指揮官という立場としての威厳もとい佇まいはどうしたと言わんばかりに残念な態度である。

 そんな不協和音を響き喚く指揮官に苛ついたのか、執務室の中央に置かれたソファーに腰かけていた黒と赤を基調とした胸元がやや開けた服を着て、長い髪をポニーテールに纏めた女性がやや強い口調で文句を言う。

 

 

「み゛み゛……いや、まあ、うん、そりゃそうなんだけどもね。何事も現実逃避ってしたくなるもんだろ?」

 

「まあ、わからなくはないが……それで?何に詰まってるんだ。お前の事だ、量が問題じゃあないんだろ。それに今日の秘書艦は俺だ。当然だろう、お前を手伝うのは」

 

「ん、科学研究で───」

 

 

 彼女、ジャン・バールが呆れたように見せてみろ、とソファーから立ち上がって指揮官のデスク前まで来たと同時に指揮官が書類を見せようと書類について説明する瞬間、既にジャン・バールの姿はデスク前から消えソファーへと逆戻りしていた。

 その姿に指揮官は嘘だろ?とでも言いたげな表情で

 

 

「うっそだろ、ジャン・バール」

 

「あまり俺に甘えるなよ」

 

「手伝うって言ったのはお前では?おい、秘書艦」

 

 

 先ほどまでの、俺とお前の仲だろう?というような雰囲気はどこへ行ったのか、掌を返すジャン・バールに文句を返す指揮官だが、彼女は視線をずらして聞いてない振りをしている。そんな彼女に恨みがまし気な視線をやりつつも、嘆息しつつ目頭を揉んで意識を切り替えてから再び書類へと向き直る。

 元より、科学研究についての書類など面倒極まりないモノで、指揮官とてどのように進めればいいのかぶっちゃけよくわかっていない。明石といった技術屋に聞くのが最善のモノをジャン・バールに聞くのは指揮官の判断ミスだろうが、少しぐらいは意見を出してほしいのが指揮官の本音であるのだが、それも仕方ないことである。

 ならば、科学研究についての書類は後回しにして、できる書類からさっさと終わらせてしまうしかない、と件の書類は横にどけて新しい書類へと目を通していく。

 

 

 書類仕事の時だけ眼鏡をかけて、真剣な眼差しで書類を捌いていく指揮官。

 

 秘書艦の時でしか見ることはない、そんな指揮官の姿をジャン・バールは指揮官が捌いた後の書類を種類ごとに分けていく傍ら、盗み見る。彼の指揮する母港に来てから彼此数年。共に深く信頼する仲となり、こうして軽々と冗談を言い合えるようになりジャン・バールは満足していた。

 時折、発狂することはあるがそれは一つの愛嬌のようなものだと感じるようになった自分にジャン・バールはフッと軽い苦笑を浮かべて……

 

 

 

 

 

 

「───ハァーッ、仕事終わり、お疲れ、時間は二時!遅いけど昼飯行こうか、ジャン・バール…………っと、おやおや」

 

 

 面倒な書類も終わり、後回しにしていた書類だけが残りはしたがそれ自体も明石と話し合えばいいだけで、悠々と遅めの昼食にでもしゃれ込もうと指揮官はジャン・バールへと視線をやれば……

 

 

「……すぅ……」

 

「ちょっと、待たせすぎたか」

 

 

 ソファーに横たわる秘書艦の姿があった。

 指揮官は彼女の向かい側のソファーに腰掛けながら、テーブルに並べられている書類へと目を通していけば、しっかりと彼女の仕事が終わっているのが見て取れる。

 ならば、言うことはない。

 指揮官は薄めの毛布をジャン・バールにかけてから、一度その寝顔を見て執務室を後にした。

 

 

────今日も今日とて、母港は平和です。

 

 

 

 

 

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