Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
この『物語』はぼくが歩き出す物語だ。
肉体が...という意味ではなく青春から大人という意味で...
ぼくの名前は「間桐慎二」
最初から最後まで謎の多い英霊「ジャイロ・ツェペリ」と出会ったことで……
思い返してみるに……
ぼくが聖杯戦争に参加したのはいったいなぜなのだろう?
他の魔術師と同じく単純に聖杯が欲しかったからなのか?
あるいは幼い頃からいつもそばにいた義妹に対する憐憫か…
人は美しいものが好きだ……
ピカピカに新しければさらに良く…
そしてそれが走っているものならこの世で最も美しい。
ぼくが初めて馬に乗ったのは5歳の時。1991年9月25日。イギリスの『ウインドナイツ』と呼ばれる町に留学に行った時。
キッカケは覚えていない。
鞍の上から見た筋肉の動きやヒヅメが土を蹴る音が美しいと思ったし、走る動作を通して馬が何を感じ何を思っているかわかる気がした。
留学先のホストファミリーであった『ジョージ・ジョースター』さんはぼくのその姿を見て「あの子は乗馬の天才だ」と思ったそうだ…
そしてぼくもその気になった。
初めて乗った馬の名前は『ダニー』…11歳の老馬、品種はアパルーサだった。
『ダニー』は所謂、駄馬と呼ばれた馬だった。年取ったあばれ馬で、性格のいじけた馬だった。
牧場のはぐれ者で、厩舎の日陰者だったが、どういう訳かぼくには心を開いたようで、ジョースターさんは「馬術が優れているということは、馬に好かれるということだ」と訳知り顔で語っていた。
みんながぼくをスーパールーキーと呼び、ちょっと本気を出せば、ぼくは誰よりも早く馬を走らせることが出来た。
鼻持ちならないガキだったと思う。現に増長したぼくを『ジョースター』さんは厳しく戒めた。
「男たる者紳士たれ」
正直、そこら辺のヤツに言われたらブッ飛ばしてやるッと思う所だが、ぼくと馬を出会わせてくれた『ジョースター』さんの言葉だからか、なんだか従う気になれた。
特に『マナー』については、一際厳しく教え込まれた。
『マナー』とは相手に対する『敬意』が含まれるだそうだ。
1992年10月1日。
ぼくは帰国した。
相変わらず酒浸りの親父。ナニ考えてるか分からんお爺様。正直どうでもよかった。
生まれ育ってから大して親らしい親、祖父らしい祖父をやってこなかった連中なんざどうでもよかった。
こんなヤツらよりも、『ジョースター』さんの方がよっぽど、ぼくを導いてくれたと思うし、ぼくを
いつも通りの辛気臭い洋館。
しかし、一つ変わったことがあった。
義妹が出来たことだ。
名前は桜。1つ歳下の女の子。
前髪で隠れた目に光はなく、まるで人形のような女の子。
ハッキリ言って、別にどうでもよかった。
何のためにここに引き取られただとか、なんでこんなに無口なんだとか、どうでもよかった。
ただなんとなく、コイツに優しくしてあげたくなった。
別に『本物の紳士』ってヤツなんざに興味はなかったが、まぁ、気まぐれと言うやつだろう。
亀みてーに部屋に引きこもってばっかの愚妹を引き連れては、あっちこっちに連れて行ってやった。
「…兄さん」
ぼくをそう呼ぶようになっても桜は相変わらずネクラで可愛げのないヤツだったが、まぁ、しょうがねぇので構ってやった。
日本に帰国してからしばらくして、会員制の乗馬クラブに入った。
冬木市の乗馬クラブはぼくからすればハッキリ言って低レベルで、入部したその年に開催されたクラブ主催の障害馬術大会では、最年少出場で最年少優勝をした。
そのままあれよあれよと県内外問わず馬術大会に参加しては優勝のトロフィーを持って帰り、新聞に取り上げられ、みんなが馬の下からおせじを言い、「天才だ」なんて言いながら、握手とサインを求めてきた。
馬に乗って勝つということは人類の歴史の勝利の象徴であり、権威の象徴なのだ。
1998年の秋。
ぼくはいつものように馬に乗っていた。
別に練習をしてた訳じゃあない。ただ何となく乗っていた。
すると突然、馬はぼくを振い落とした。
訳が分からなかった。
馬はみんなぼくに対して敬意を持って従ってきたからだ。
どんなあばれ馬も、駄馬も、老馬さえも、ぼくがちょっと本気を出せばみんな従った。
なのに、ぼくは唐突に払い落とされた。
それだけでなく、まるで薬物を投与された猿のように暴れまくり、倒れ伏したぼくの背中を何度も蹴りまくった。
この時にたまたま近くにいた厩務員がいなければ、そのまま蹴り殺されていたかもしれない。
気を失い、病室で目が覚めた時、まず最初にクソの臭いがした。それもとっくに嗅ぎ慣れた馬糞の臭いなんかじゃあない。シンプルなクソの臭い。
ぼくはクソをもらしていた。にも関わらず、不快感もない。ケツに痒みもない。
嫌な予感がした。だんだんと、理解が追いついてくる。
シーツを引っ剥がすと、足の指が変な方向に曲がっていた。にも関わらず、違和感も、痛みもない。
いや違う。
頭が真っ白になった。
時間だけが過ぎていく。
病室には独り。
あれだけぼくをもてはやした奴らは1人も来なかった。
親父もジジイも来なかった。
ぼくは独りなんだと思った。
「ちくしょおお〜」
思わず溢れ出る涙と鼻水。
そして情けなく震えた声が、まさかぼくの口から出るだなんて。
現実を受け入れたくなくて、そのまま眠った。2時間くらいだったと思う。これは夢だ。悪夢なんだと祈りながら眠って、目をさましてからしばらくして
いよいよ夢なんかじゃあないと悟って、また……泣いた。
「に、兄さん……脚が…」
それは聴き慣れた妹の声だった。
誰も来なかった病室の唯一の客だった。
「その脚じゃ……もう…
プッツン。たしかにそう聞こえた。
「知ってんだよォ!!いつからてめー物知り博士さんになったんだッ!?てめーごときの脳ミソでわかった風な口聞いてんじゃあねえッ!」
「ひっ……でも…わ、わたし…」
「やめろ……やめろォ〜!…ぼくに話しかけるな…ッ…」
惨めな気分だった。とにかく惨めだった。
いつも、いっつも、ぼくの後ろを着いてくるだけの妹。
鈍臭くて、グズで、マヌケで、ネクラで……
どうしようもねぇと思っていたけども…それでもぼくを慕っていたから、尊敬しているから、可愛がって
『失望』される。
そしてぼくに対して無関心になるのだ。
…誰も関心なんか払わない。
みんな見捨てる。
「これ…食べてください……兄さん」
そう言って桜は持ってきた鞄から何かを取り出した。それは紙袋に包まれていた。
「え…?」
「ローストビーフサンドイッチ…です…兄さん…好きでしたよね…?」
「な、なんで……?…スゴイぞ……売りモンじゃあねぇ……作ったのか…?」
一拍おいてから頷いて、そのまま紙袋を破いて、ぼくに手渡してきた。
よく見るとオニオンと卵も入っている。
そういえば、お腹が空いてきた。
食べてみると、旨い。いつの間にこんなもの作れるようになったのか。
「美味しいですか?」
久々に桜の顔をちゃんと見た気がする。ぎこちない
笑顔…?ぼくは桜の笑顔なんて、見たことがなかった。いや、もしかしたら見たことがあるのかもしれない。
だが、こうやってまっすぐに桜の笑顔を見たのは、初めてだった。
それは人の心をなごませる様な…ホッとする気持ちになる様な…そんな笑顔だと思った。
こんな元気で温かな笑顔をまた見たいと思った。
ぼくが聖杯戦争に参加したのはなぜだろう?
分かっている。
◆
長い年月をかけて摩耗し切った空間。
ある血脈の執念の果て。
その闇の中心で蠢く、一際巨大な腐蝕。
蟲の声。
それはキイキイと、金切り音のようであった。
不快な臭い。
性臭のような、排泄物のような、吐瀉物のような、酒のような、蜜のような、混じり合って、まさに混沌であった。
地下室の真ん中には一人の少年がこの世ならざる蟲に集られている。
じぶじぶと音を立てて、大小様々な蟲が、身体中を我が物顔で這い回る。
大きいモノは拳大の甲虫。小さいモノは爪程の線虫。
少年の顔は苦痛に歪んでいる。痛みに喘いでいる。屈辱に塗れている。
口を、鼻を、耳を、肛門を、尿道を、あらゆる穴を蟲が抉じ開ける。
あえてグリグリと身を捩らせながら、あえて苦痛が増すように、身体中を侵していく。
キイキイと鳴く声は、嘲笑と似ていた。
「うごおおおおおおおお!」
少年は吠える。自らを奮い立たせるように。
そしてまた、夜が明ける。