Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#2 緑色の霊廟

1997年5月5日。間桐慎二は12歳となった。

留学から帰ってきてからも、誰も彼の誕生日を祝わない。

間桐慎二は留学前の記憶がほとんどない。

何故ならば彼にとって、『ウインドナイツ』で学んだ数多くの事が、あまりにも…あの薄暗い洋館の記憶を吹き飛ばす程の『黄金』のような思い出であったからだ。

 

彼には友人がいなかった。

その格別した天賦の才は、常人を寄せ付けないスゴ味があった。

誰かに憧れられることなどとっくに()()()()()彼にとって、同級生や同じクラブのメンバーのことなど、全く眼中になかった。

それよりも、大会で結果を残し続け、栄光を勝ち取ることにしか興味はなかった。

 

しかし、その洋館には唯一彼の誕生日を祝う者がいた。

彼の妹…『間桐桜』は最初こそその心を強く閉ざしていたものの、彼のどこか鼻につく…されど確かな温かさに、次第に心を開いていった。

 

ちょうど彼の12歳の誕生日は、映画館で『ドロシー・パーカー』という女優が主役を務める映画の上映日だった。

慎二…兄の部屋にその女優のポスターが貼ってあったのを覚えていた彼女は、その時初めて自分から話しかけた。それは彼女にとって大変勇気のいることであった。

 

「へ〜〜〜…いいじゃん、行こうぜ」

 

その小さな一歩は確かに報われた。

人によっては、その小さな一歩を尊い行動だと感動する者もいるだろう…ただ彼はそうでもなかった。どこか話半分な態度はいいかげんな印象を持たせたが、それでも彼女にとっては充分だった。

 

そうしていざ映画館に着いた時、目に入ったのは想像以上に長蛇の列であった。

 

「おげっ」

 

兄は露骨に顔を歪めた。

並ぶのが面倒くさいのだろう。

だが…

 

「あそこ空いてるんじゃあねぇか?空いてるかもなァ〜〜〜」

 

わざとらしくそんな事を言いながら、最前列にシレッと割り込んだ。

何が彼をそんなチャチな悪事に駆り立てたのだろうか。

彼女のまだ幼い時分には理解不能だった。

 

「あの…列の先頭は…そのォ……ここで……えと…あ、朝から……6時から……並んでいるんですけど」

 

「へ〜〜〜…そうなの……スゴイんだね……じゃ、体、気、つけてね〜〜っ」

 

「列の後ろは…む、向こうだ……並んでたんだ!…ズッとぼく!」

 

間桐桜は何も言えなかった。

兄はヒドい事をしている。

こんなことを望んでいたわけじゃあなかった。

『もういい…後ろから並ぼう…』その一言は、『映画を観に行こう』の何倍も…何十倍も勇気がいることで…そんな兄を咎める事を言うことは、彼女にとって不可能であった。

 

「うるせえんだよ!!てめー〜ガタガタと!この場所は…いいか!ぼくが『買った』んだよッ!聞いてみるか!?係員によォォォーッ」

 

最前列に並んでいた気弱そうな少年の胸倉を掴み、声を荒げる兄の姿は…威嚇する蟷螂みたいで、恐ろしかった。

 

どうしてこうなってしまったのだろう?

 

こんな兄の姿は初めて見た。

こんなことならば、最初から映画に行こうなどと誘わなければ…きっとこんな兄の姿を見なくて済んだ…()()()()()()()()()……どこかぼんやりと彼女は考えていた。

 

「なぁ!買ったよな!こいつモメ事起こしそうなんだ!ツマミ出してくれないか!」

 

とうとうポケットから数万円を取り出してまで、『邪魔者』を排除しようとした時、いつのまにいたのだろう?兄の背後にまで迫ってきた赤毛の少年が声を荒げた。

 

「何言ってんだッ!モメ事起こしてんのはお前の方だろ!」

 

「なんだあ〜〜〜てめーーーッ」

 

その赤毛の少年…『衛宮士郎』のことを……間桐桜は後に知ることになる。

この時から彼女にとって既に、『衛宮士郎』は『勇気』の象徴(シンボル)だった。

 

 

 

 

普通の人間…魔術回路を持たない人間は、原則として『魔術師』とはなれない。

 

魔術回路は魔術師にとっての資質とも言えるものであり、決して増える事も減る事もない“内臓”とされる。増やす事、減らす事は、無論、できる。が、人体の臓器に例えている以上、そんな事をすればどうなるかは言うまでもない…

 

だが何事にも『例外』は存在する。

 

ここで『間桐』の特性について解説しておこう。

魔術属性は「水」。

魔術特性は「束縛・吸収」。

成果が必ず自分の体に返る為、呪詛には適さない。

間桐の魔術は、他と違って「他人から奪う」以外に用途が無く、他人の痛みだけを糧にし、他人の喜びを還元する教えがない。

使い魔に関して優れた技法を持ち、主に蟲を使役するが、その気になれば鼠だろうが馬だろうが大体の動物は支配下に置ける。

 

そして1番の特徴、容易く『()()()()』できる『技術』と『知識』である。

 

500年前から当主を務め、未だその命を永らえさせている妖物、間桐臓硯は、延命のためにその身体の殆どを蟲に代えた。

 

生まれながらに魔術回路を持たない間桐慎二は、この技術と知識に目をつけたのだ。

 

彼は魔術師になる必要があった。

その為ならば、全てを犠牲にするほどの覚悟があった。

その決意の強さ…意志の強さは…皮肉にも間桐臓硯と同一とも言えた。

 

蟲蔵と呼ばれる緑色の霊廟。

数多の蟲が波打つ蠱毒の壺。

その中央に少年は横たわる。途端に穴蔵から大小様々な蟲が這い出でる。

身体を覆い尽くし、口を、耳を、鼻を、尿道を、肛門を、あらゆる人体の『穴』を侵す。

その中の拳大の蟲…蚊に似たその翅蟲は、血に似た赤い液体を腹に蓄えながら、フラフラと少年の首筋に留まった。

やがて人差し指ほどの口針を突き刺すと、ドクドクと音を立てて、餓鬼のように大きな腹はみるみると痩せ細っていく。

 

その液体の名は『魔術髄液』

ただの人間を魔術師に仕立て上げる霊薬。

脊髄に打ち込むことで僅かな刻の間、疑似的な魔術回路を形成する。

 

それはあくまでも贋作。

されどそれを本物へと改造する術を、間桐は持っていた。

 

刻印蟲。

それは三尸の虫、地獄に通じる密告の徒。

宿主の体内に巣食い肉を喰らう事で魔力を産み出す寄生虫。

それが浅ましい売女が撓垂れるが如く体内の神経に絡みつき、我が物顔で根を下ろす。

 

この時点で常人であれば、既に発狂しているだろう。

蟲に身体を犯される苦痛と屈辱。

自らの存在が塗りつぶされる恐怖。

這われる不快感。そこら中を刺す口針の痛み。粘液ははしたなく音を立て、時々金切り声に似た鳴き声が頭に響く。

 

それでも、終わりではない。

ここで終わりではない。

 

本物の魔術回路を持たない彼は、元来の魔術師のように、目覚めていない魔術回路を開けない。そもそも無いのだから。

 

()()()()()

 

新たに作り出さなけばならない。

それは無謀。それは蛮勇。それは生来の否定。

だから何だとばかりに、その身を団子蟲のように丸める。

 

僅かでも集中を乱せば、瞬く間に即死する。

 

人はそれを修練と呼ばない。

人はそれを鍛錬と呼ばない。

人はそれを修行と呼ばない。

 

人はそれを自殺行為と呼ぶ。

 

イメージ。熱された鉄の棒。あるいは炎の短剣。あるいは燃える矢。

真っ直ぐと背骨にズブズブと挿入っていく。痛みはない。もう慣れた。

 

何も観えない。

何も聴こえない。

何も臭わない。

何も感じない。

 

身体の奥の奥まで到達し、融解する。

次第に感覚が人間性を取り戻していく。

ここまで、2時間。

 

顎が痛い。

歯を食いしばりすぎた。

奥歯を噛み砕いたのかもしれない。

 

そんな彼のぼんやりとした素朴な思考は、眼前に広がる数多の蟲に再び飲み込まれていった。

 

彼はこれを繰り返している。

彼はこんなことを毎日繰り返している。

 

カツカツと下駄の音がした。

視線だけくれてやると、妄執に取り憑かれた枯れ木が、呵呵と嗤う。

 

「慎二、精が出るな……だがおぬしなら理解っておろう?それほどまでに尽力してなお、成果が出るとは限らぬことを…」

 

「如何にも心配してますって顔、作らなくていいんだぜ…クソジジイ」

 

「今ならまだ魔道から足を洗えよう…これ以上孫の苦しむ姿は観たくない……きっと桜も同意してくれるじゃろうなァ…」

 

ダンッ!

少年の拳が、其処らの虫を叩き潰す。

体液が溢れたその残骸を、他の蟲が瞬く間に喰い尽くす。

 

「でも断る」

 

「なんと強情な孫よ、ワシは嬉しいぞ」

 

醜悪な笑顔に、昏い悦びが灯る。

老怪が去った後、少年は舌打ち一つすると、口の中に溜まった粘液を吐き捨て、床を蛞蝓の様に這いながら、階段を昇っていった。

 

 

 

 

嗚呼…その優しさが、今は…本当に…本当に辛くて…この暗い闇の中で、その光を失わないようにしたのに。

決して多くを語らないあなた(おまえ)は、いつだって、そう、いつだって…()()()()()()()()

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