Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
2月6日。
目が覚めた。
身体の調子がイイ。
修行を始めてから、毎日毎日…身体中が痛くてしょうがなかったが、ここ数日は不思議と痛みがない。
これが所謂……
『
歯磨きして小便してから居間に行く。
今日は藤村はいないみたいで、セイバーは家政婦みたいにテーブルを拭いているし、ライダーは新聞を読んでいる。
桜はまだ起きていないようだ。
というか……しばらく起きてこないだろう。
昨日も高熱だったらしい。
衛宮が朝食を持ってきて、すぐに離れにお粥を持って行った。
なんとなく気まずい空気だ。
だからテレビを点けたが、やれガス会社があーだのどーだの、やれ不審死の多発がどーだの……
余計気まずいんですけど。
食べ終えた食器をセイバーが下げていく。
同時に衛宮も帰ってきたが、やはり表情は暗い。
そうして朝の支度が終わると、ぼくらは今日の予定を話し合った。
とりあえず学校はふける……これは確定。
夜まで自由時間ってワケだ。
衛宮はセイバーとチャンバラの稽古。
ぼくは只管に休養。
ライダーは町を散策するらしい。
真っ昼間にやることはそう多くないので、寝まくって体力を温存するのが安牌なんだが、衛宮は元気いっぱいワンパク野郎なので、燃え上がっちゃってるらしい。
昨日の桜の話のせいかも……単純なヤツだ。
朝風呂とかしちゃおうとしたが、その前に離れに行ってみた。
ドアを開けると、桜はベッドの上で上体だけ起こしてお粥を食べていた。
まだ若干…顔が紅潮しているが、昨日よりも大分マシみたいだ。
「……あっ、おはようございます…」
「おはよう、熱はもう下がったのかい…?」
「はい……先輩が、色々してくださったので…」
そうやって…はにかむ姿を見ると、心の中に何か込み上げてくるものがある。
3年前……『修行』が始まってから、こうやって面と向かって…マトモに話した事はなかった。
身体中に激痛が走る毎日で、学校に行けた事だって殆どない。
クソジジイの口利きで穂群原学園に入学はできたが、こんな身体になっちまった以上、卒業できる可能性は低いだろう……
だが、
こんなことは死んでも直接言ってはやらないが……
衛宮士郎は『信頼できる男』だ。
ぼくが死んだ後でも桜を守ってくれるだろう……
「兄さんは…その……怖くないんですか?」
「………?」
「だって……わたしは
ああ、なるほど。
コイツ、バカだわ。
でも、ぼくも同じくらいバカかもね。
こーいうのって、直接言ってやらなくっちゃあ伝わらないもんなんだなぁ。
ま!…そりゃあそうか………
「自明の下では、見過ごされて良い事など
「えっ……?」
「ワケわかんねーか?……そりゃあそーだよなぁ…ぼくも当時…『ジョースター』さんに言われた時は『何言ってんの?』ってカンジだったし…」
なぜこの言葉を覚えているのか……
キッカケは、イギリスに留学中……近所のクソガキ共にアジア人差別された時だ。
目を細めるあの下品なポーズをされ、早口でスラングまみれの汚ねー英語をベラベラ浴びせられた。
その時はまだ拙い英語で言い返すことしか出来なかったし、その後はお互いにヒートアップして殴り合いのケンカにもなった。
そしてそのエピソードを晩飯の時にブチギレながら『ジョースター』さんに話したら、なんとビックリぼく以上にブチギレていた。
あの時はちょっと引いちゃったな。
だが直ぐに冷静になって、自明の下ではうんぬんかんぬんと言い出した。
『は?』って思ったし……
なんなら実は今でもピンときてないんだが……
要は、
「え……えっと……」
「ぼくの心は…脚を失った時からゆっくりと死んでいくだけだった……でも、お前のお陰で
「……………」
「今度は
「わたしに…そんな資格なんてありません……」
「『知るかバーカ』……ぼくはそれが『正しい』と思ったから、そーするんだ…お前の為なんかじゃあない……ぼく自身の『誇り』の為にやってるんだ」
フンッ…!…罰ゲームか?これはよォ〜〜〜!
なんでこんな…小っ恥ずかしい事シラフで言わなくっちゃあならないんだァ〜〜〜!
ちくしょォ〜〜〜!
こんなのぼくのキャラじゃあないぞ……クソッ…!
「…兄さんは、もし…わたしが悪い子……ッ………になったら……どうしますか……?」
ハァ〜〜〜〜〜〜?
なんだよ急に……
くだらない質問しやがって………
「その時は…こっぴどく叱ってやるよ…んでその後の事は、ぼくが何とかしてやる……あ!だが一緒に頭下げるなんて事は絶対しないからなッ!!」
「……ふふっ……兄さんらしい……」
フンッ……何笑ってんだよコイツ。
「もう二度とこんなくだらない質問するなよ………分かったらサッサと寝てろ…………じゃあな」
「はい………おやすみなさい…兄さん」
あーあ…
なんでこんなマヌケな妹持っちゃったかね〜〜〜
ま、いいや……だって、ぼくって紳士だから……
そー思っちゃうんだからサ。
◆
車椅子を漕ぐ音が遠ざかっていく。
日常の陽だまりが壊れていく音がする。
守りたかったモノが壊れていく音がする。
大切な何かが零れ落ちていく。
そんな気がする。
3年前の、とある日……
いつもの蟲蔵での『修練』の時間……
そこに突如入ってきた兄………
蟲の海の中のわたしと、目が合った。
どこまでも無表情だった。
まるで冷たい氷のような………
だが、その時確かに…………
瞳の中に『
あの日から、蟲蔵での『修練』はなくなった。
代わりに兄が入れられていたのだろう。
日に日に窶れていく姿が痛々しかった。
逞しかった身体が次第に痩せ細っていって、頬がこけて、髪が痛んで、苦しそうな表情を常に浮かべるようになった。
そもそも、わたしは間桐の『跡取り』としてこの家の養子になった。
兄さんに魔術師としての資格がなかったから、代わりに、わたしが間桐の魔術を修めることになった。
なのになぜ今更………
もしかして、本当は兄さんに魔術師の資格があったのではないか…?
いや…だとすると、あの有様はおかしい。
あんな、自分で自分の命を燃やすような真似をすれば、魔術師として完成する前に死ぬのは明白だ。
どうして、どうしてこんなことに……
答えはお爺様が教えてくれた。
「慎二は聖杯戦争に参加するつもりなのだ」
聖杯戦争。
7人の
勝ち残った者への報酬は、『願いを叶える大釜』
つまり……『聖杯』……
兄さんは
兄さんの目的………
それは
お爺様は『不死』になりたがっている。
不死になれば、わたしを使って『間桐の血』を復興させる必要がなくなる。
そして、わたしは『用済み』になる。
だからこれ以上、苦しむことはない。
これ以上、蟲に身体を犯されることもない。
これ以上、夜を怖がることもない。
これ以上、お爺様に怯えることもない。
つまり…兄さんは
吐き気がした。
死にたくなった。
口から勝手に『ごめんなさい』って言葉が止め処なく溢れ出てくる。
兄さんは何も知らない……
だって、わたしのお陰で、脚を失うことになった事故から立ち直れたと言っていた。
吐瀉物が込み上がってきて、思わず先輩が用意してくれた桶に戻してしまった。
濁った水面に映る自分の善人面が、歪んで見える。
兄さん………なんて可哀想な人。
真実に到達してしまった時、一体どんな顔をするのだろうか。
怒るのだろうか。
悲しむのだろうか。
わたしを憎むのだろうか。
あるいは許してくれるのだろうか。
いっそ……全てをぶちまけてしまおうか。
いや、そんなことはできない。
そんなことしたって、あの人の心が再び死ぬだけ。
苦しい。
わたしの罪が、背後から迫ってきている。
苦しい。
わたしの宿命が、忍び寄ってきている。
苦しい。
誰かに傷つけられる事よりも、よっぽど………
悍ましい罪人。
穢れた偽善者。
なんて……醜い人間だろう。
兄さん……あなたの妹は……もう、とっくに……