Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
1998年。3月2日。
義妹の誕生日。
5年も家族をやっていれば、結構ドライな性格しているぼくでも、情ってのが湧くものだ。
女の子の誕生日なんて祝ったことないが、こーいう時はデザートとかアクセサリーとかを贈るのが
そんなワケで、ぼくは桜をキッチンにまで呼び出して、ぼくお手製のデザートを目の前で作ってやってあげているのだ。
『ジョースター』さん直伝なんだぜ。
(そういえば何故、
「マスカルポーネチーズ150gをボウルに入れて『卵黄』をダマにならないようにかき混ぜる…」
「これがⒶ」
「……………」
桜は相変わらず……寝起きの牛みてーに、ボケッとしている。
わざわざ作って見せてやっているのに、なんて甲斐がないヤツだ。
だが、心は折れないぜ。
ぼくは女の子を喜ばせる事においてもNo.1になってやるのだ。
「水滴とかついていない別の容器で乳脂肪40%の生クリーム300
「これは手早くかき混ぜるッ!!」ダダダダダ
うおおおおッ!
結構疲れるゥゥゥ〜〜〜……
でも、ここが大事なポイントなんだよね。
「ブランデーを小さじ①、生クリームを入れてかき混ぜてもう一回小さじ①……そしてこれを見ろ!」
「…………」ジー
「よく混ぜて持ち上げるとクリームが
「これがⒷ」
「…………」ジー
いつまで見てんだよボケッ。
ここの解説は終わりだっつーのッ
全く……鈍臭ェーぜ………
何のためにこのぼく!が…わざわざ特別お料理教室してやってると思ってんだ。
ぼくの素晴らしいデザート作りの腕前をしっかり堪能する為だろーがよ。
「ⒶとⒷ、2つを合わせる」グールグルグル
「ここからが一番難しい所だ…いいか?メモっておけよ…それで、さっきの卵には卵白の方が残っているから……」
「はい、兄さん」メモメモ
「新しいボウルで泡立つようにかき混ぜるッ!砂糖5gも入れてもっとかき混ぜるッ!左手!ボウルも回す!回す!」ドシャドシャドシャ
うおおおおおッ!これがラストスパートだッ!
この間桐慎二、妥協せん!
飛び散らないように、しかし確実にかき混ぜることで、このデザートのクオリティは格段に上昇する。
「フワフワだろォ…これが『メレンゲ』だ。さっきのⒶ+Ⓑにこのメレンゲで合わせると、黄金のようなクリームとなる!この名前が『ロマノフ』………イタリアンデザート『ティラミス』の上ランク」
背後からカチッという音。
どうやらポットのお湯が沸いたようだ。
すぐにカモミールミント
ミルクと砂糖を忘れずに。
「最後にイチゴを乗せる…これで完成だ」ドヤァ
うーむ、我ながら完璧。
乗せたイチゴも『東方ふるうつ屋』のヤツ。
1パックで1万円とかいうイカレた値段設定。
誕生日以外なら絶対買わないね。
当然……ここまでするからには理由がある。
間桐桜………我が義妹にして愚妹。
最近でこそ、ビミョーに感情が読み取れてきたものの、それでもやっぱり常に無表情なヤツ。
これがクールビューティーだ。←モチロン皮肉
だから、ここらで一発おったまげさせてやるのだ。
女の子なんて美味しいデザート食わせときゃ、キャーキャー猿みたいに騒ぐ生き物だ。
今日を桜の大声記念日にしてやるぜ。
「え、と………」
コテン、と首を傾げている。
アホか?こいつ。
「何ボサッとしてんだよマヌケ!サッサとこのぼくの最高のデザート食えよホラッ!」
「えっ………はい、いただきます」パクリ
ど、どうだ……?
手順は完璧だった。
ちゃんと前日に練習して、味見もした。
コイツは外出も外食もしないから、デザートだとかお菓子なんて(たぶん)食ったことない。
新鮮で幸せな気持ちになるはずだ。間違いない。
「……………おいしい」ツー
な、泣いたァーッ!?
い、意外ッ!
だがやったぜ、最高の結果だ。
ありがとう『ジョースター』さん……
貴方の教えは1人の女の子を、心の底から感動させましたよ……
パクパク涙を流しながら食べている妹。
この兄の素晴らしさが身に染みていることだろう。
しかし、まだ終わらない。
今日を人生最高の『幸福な日』にしてやるのだ。
その為なら手段は選ばない。
ペロリと完食した桜の手を引いて、リビングにまで連れて行ってやる。
生憎、飾りつけとかは出来なかったし、お誕生日ケーキも用意出来なかったのだが、プレゼントは用意できた。
ちゃんとラッピングもしてある。
目の前に突き出してやるが、やっぱりボケーだ。
「ン!………早く開けろよ」
「は、はい」
用意したのは、『耳飾り』……
先週の日曜日、海浜公園のフリーマーケットで買ったものだ。
桃の花の形のデザイン。
伝統と大人な感じの意匠。
ん〜〜〜我ながらイケてるセンスだ。
桃の花言葉は色々あるらしいが……
その内の一つは『天下無敵』らしい。
まさに!ぼくにピッタリの花言葉だなァ〜〜〜
………あっ、でもこれ桜のモノになるのか。
じゃあ、あんまりカンケーないわ。
「綺麗……です……」
「7800円したんだぜ、マジでイイやつだ」
……ん?よくよく考えたら、イチゴの方が高いな。
どんだけボッタクリ価格なんだよ。
「ほら、つけてやるからコッチ向けって」
見ているだけで鬱陶しい長髪をかき分けて、プニプニの耳たぶに耳飾りをつける。
チラリ、と横顔を見てみると、少し顔を赤らめて恥ずかしそうに……くすぐったそうにしている。
ん〜〜〜〜〜新鮮だ。イタズラしてやりたいね。
だが、今日の主役は桜だ。
我慢してやろーかな。
◆
ゆらゆらと、『影』が踊る。
ぼくの放った『
目の前の存在は、依然変わりなく君臨している。
「あ」
そして、伸びた影が、ぼくを顔を覆った。
とぷん、と聴こえた。
息ができない。
海の中にいるようみたいだ。
熱い、熱い、熱い、熱い、熱い……
海じゃあない。
溶鉱炉。火山口。沸騰したコールタール。
熱い。痛みすら凌駕している。
絡みつく影によって、全身が侵食されていく。
右腕も完全に呑み込まれた。
動けるのは『左腕』だけ。
ただし、指の再生が間に合わない。
『
それは感覚。
『影』は『左腕』も呑み込もうとして………
「▇▇▇▇▆▆▆▅▂」
なんて、言った…?
聴こえなかった。
それには『意思』があった。
そう直感した。
刹那の暗闇。
目の前には陽炎のように歪んだ公園。
ゆらゆらと揺れているのは、ぼくの方だろう。
カチ割れそうなほどの頭痛。
意識がトびそうだ。
衛宮の暑苦しい叫び声すら聴こえない。
最後の最後…………
意識を手放す前……
ぼくは、必死に、あの『影』の正体が……
そして、それが間違っているという『根拠』を……
必死に探していた。
◆
新都に行きつけのカフェがある。
『Cafe Rengatei』という名前だ。
そこはとにかく内装がオシャレだ。
赤いレザークロスの長椅子は高級感を漂わせ、マホガニーのテーブルが木の温かみを感じさせる。
マスターもダンディーだ。
だが、ぼくはテラス席の方が好きだ。
勿論……真夏や真冬の時はごめんだが、春になると未遠川近くにある桜の木が見えるからだ。
それを眺めながら飲むのは『カプチーノ』……
ヘンなバリエーションはしない。
キャラメルとかシナモンは入れない。
なんなら、ちょっと苦めの『スクーロ』にする。
その理由は、爽やかな酸味のあるイチゴソースがかかった『パンナコッタ』を食べながら、カプチーノを啜るためだ。
甘さ控えめなパンナコッタだから、キャラメルカプチーノとかカフェモカを注文するのは上手くない。
マリアージュ不成立になってしまう。
物事には『相性』がある。
それに逆らってしまうと、『不幸』になる。
故に、考えて、何でも選ぶのだ。
鞄にはいつも小説を入れている。
今日持ってきたのは『レ・ミゼラブル』……
最近、映画で観たから原作が気になった。
桜の木を眺めるだけじゃあ飽きちゃうからね。
爽やかな風に吹かれながら、まったりと読書できるのはテラス席の特権だ。
キザな生活だろう?
ぼくのハンサム顔と相まって、余計にね。
………?
それにしてもおかしいな。
黒と白の制服を着たギャルソンたちが見えない。
客もいない。
マスターもいない。
店内に誰もいない。
テラス席にも誰もいない。
そう言えば、ぼくは何故ここにいるのだ?
今日って、何日だ……?
だ、段々不安になってきた。
あれ…?…ケータイが、ない。
いつも鞄に入れてあるのに。
これじゃあ、桜とも衛宮とも連絡が取れない。
困ったな………
これじゃあ日付も確認できないし。
「やぁ、相席してもいいかな?」
「え」
唐突に現れた男。
さっきまで誰もいなかったのに。
20代くらいの若い男。
安物っぽいフード付きの服。
正直言って、見窄らしい身なりだ。
ちょっと失礼な感想だけどね。
「ま、イイっすよ……」
「ありがとう………フゥ〜〜〜」
男は鞄を地べたに置いて、中から新聞紙とクリアファイルを取り出した。
そしてメガネをかけて、黙々と何かを読んでいる。
ぼくも、『レ・ミゼラブル』を読む。
だけど、ちょっと気が散っちゃって、目が滑って内容が中々頭に入ってこない。
一回、本をパタンと閉じてみた。
パンナコッタは、とっくに食べ終えてしまった。
カプチーノを一口啜って、伸びをしてみる。
そして、ちょっとボケーッとしてみた。
どこか遠くを見つめて、目の疲れを癒す。
桜の木が揺れている。
ぼくは、何故ここにいるのだろうか。
ふと、頭によぎった疑問。
爽やかな風が頰を撫でる。
一体、何処に?