Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#25 今にも落ちてきそうな空の下で

目の前に座っている男。

黒髪。中肉中背。20代くらい。

ルックスは普通。安物の服。安物の靴。

時計とかピアスとかはしていない。

メガネは普段はつけないタイプなのか、時々目頭をマッサージしている。

……ちょっと気になってきた。

チラリ、と覗き見てみる。

まず、机に並べられた新聞。どれも同じ日付だ。

1994年10月13日。

所々、赤ペンで波線が引いてある。

 

「ちょっと、お聞きしてもイイっすか?」

 

「ん?…あ!ごめんね、ティータイムしてるのに」

 

人当たり良さそうだ。

善良な一般市民Aって感じ。

 

「いえ……調べ物ですか?」

 

「今、捜査中でね。目撃証言とかを探している。1994年10月13日、殺人があってね。被害者は16歳の女の子。背中を斬られて出血多量で亡くなったらしい。警察は証拠が無さすぎて捜査を打ち切ってしまった……未解決事件だよ」

 

新聞には、大きな見出しで『冬木の殺人鬼』と大々的に書かれている。

そして被害者……杉本鈴美(16)の写真。

ペットであろう愛犬と幸せそうに笑っている写真。

笑顔が眩しい女の子。

何処にでもいるような……というのはちょっと失礼かもしれない。

結構美人だし、大人になれば更に磨きがかかっていたかもしれない。

 

「俺はフリーのルポライターでね、警察が諦めた…未解決事件の『真実』を追っているんだ」

 

そう言いながらも、新聞や資料を読む手は止まらない。

開かれた手帳には、当時の時間帯と近隣住民の証言がビッシリとメモされており、それを新聞や資料と照らし合わせているようだ。

この膨大なデータを全てチェックするのは、かなり大変だ。

時々目頭を押さえるオジサンくさい仕草も、仕方のないことだろう。

 

「その……すごい…立派っすね……」

 

なんて、小学生並みの感想しか言えなかった。

それにも関わらず、気さくに笑ってくれた。

 

「仕事だからね」

 

ある程度、ひと段落ついたのか、男はメガネを取っ払って伸びをした。

ボンヤリと桜の木を眺めてから……ため息一つ。

そして(いつの間にあったのだろう)エスプレッソコーヒーをフーフーしながら啜っていた。

猫舌なんだな。

 

それにしても………

いよいよ、気になってきてしまった。

不思議と、人見知りはしていない。

こんな似ても似つかない青年に、何故か親近感を抱き始めている。

とても奇妙な気分だ。

 

「…参考までに聞きたいんですが。ちょっとした個人的な好奇心なんですけど、もし見つからなかったらどうするんです?証言なんてとれないかも………いや、それより見つけたとして、犯人がずる賢い弁護士とかつけて無罪になったとしたら…あなたはどう思って、そんな苦労をしょいこんでるんです?」

 

しまった。喋りすぎてしまった。

唐突に、知らねーヤツからベラベラと質問されたら、普通は引いちゃうだろう。

だが、この…お人好しっぽい男は、ガッツリ考え込んでいる。

どうやら真面目に答えてくれるらしい。

こんな、いきなりの……しかも不躾な質問に。

 

「そうだな、俺は結果だけを求めてはならない…と思うんだ。結果だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ…近道した時、真実を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく。大切なのは、真実に向かおうとする意志だと思っている。向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回は犯人が逃げたとしても、いつかはたどり着くだろう?向かっているわけだからな……違うかい?」

 

諭すような声には、どこか後悔が滲んでいる。

彼は、過去に何があったのだろうか。

聞きたいことが増えていく。

なのに、どうしてか………

ポロリ、と本音が言いたくなった。

 

「うらやましいな…以前ぼくは騎手(ジョッキー)になりたいと思っていた。6歳の頃からずっと、立派な騎手になりたかった。でもダメにしちまったんです…………ちょっとした不注意のせいで……」

 

くだらない凡ミスで、ぼくは夢を失った。

つまり、くだらない男なのだろう……ぼくは。

途中でダメになってしまった。

かつては、『意志』を抱いていたのに………

夢を追い求めていたはずなのに。

 

「そんな事はないよ……慎二くん」

 

え?

 

「君は立派にやっているじゃあないか…『意志』は同じだ。君が騎手を目指したばかりの時に抱いていたその意志は、今……君のその心の中に再び戻っているのだよ……慎二くん」

 

なんで………ぼくの名前を……?

 

「俺には好きな人がいた。暖かくて、やさしくて、誰よりも幸せになってほしくて。あなたのためなら命さえ惜しくない。そう思えるくらいのね…………だが、俺は『結果』だけに固執してしまった」

 

いや、なんか……見覚えがあるぞ。この男。

何処かで会った筈……いや、思い出せない。

 

()()()()()()()()()()()()

 

「あんた……一度だけ、ぼくと会ったことが…」

 

「慎二くん、あのバスが見えるかい?」

 

バスが………道路沿いの、バス停に止まっている。

エンジンがかかっていて、アイドリングしている。

今にも出発しそうだ。

 

「ふり返らないで、バスに乗るんだ」

 

穏やかで、優しい声色。

確かに聞いたことがある。

…だんだん、思い出してきた。

たしか……イギリスに留学に行く前、公園で遊んでいた時。

ぼくは他のヤツとケンカして、ケガしてしまったから、近くの水道で傷口を洗っていた。

公園に居た連中は、ぼくを怖がって遠巻きに見ているだけで、誰も話しかけてこない。

周りに人がいるのに、ぼくは独りだった。

だから黙々と傷を洗っていた。

すると、20代くらいの青年がやってきた。

彼は、ぼくの傷口をウェットティッシュで拭いてから、丁寧に絆創膏を貼ってくれた。

お礼を言うと、にっこりと笑って、隣に座り込んで色々と話をしてくれた。

その男の名は『()()()()』…ぼくの叔父。

クソジジイ曰く、間桐の魔術を憎み、家督を継ぐ事を拒絶し、海外に逃げた落伍者。

後から知ったが、彼は……ぼくが留学している間に亡くなったらしい。

酒浸りの親父が、何でもなさそうに言っていた。

今の今まで忘れていた。些細な記憶。

 

「君は立派だよ慎二くん…………俺は誇りに思う」

 

そう……静かに呟く顔は穏やかだ。

 

「さぁ、もう行って………桜ちゃんを、頼んだよ」

 

景色が消えていく。

桜の木が、ボヤけていく。

街並みが白く霞がかって、見えるのはバスだけ。

 

()()()()()()

あのバスに乗って。

 

()()()()()()

バス停まで歩いていく。

 

()()()()()()ッ!

誰の為に……?

 

勿論、決まっている。

()()()()()()()()

 

だから………

ぼくは、()()()()()

 

ふり返ることはない。

バスに乗り込んだ瞬間、この夢が消えていく。

きっと、次に目が覚めた時……

この夢の事は覚えていないだろう。

 

 

 

 

少年の背が遠ざかっていく。

テラス席に座る男は、ため息を一つついてから、鞄からカメラを取り出して、一枚だけ写真を撮った。

カフェの中から、もう1人、男が出てきた。

長髪で、頭には茨の冠。

ボロ布を纏っているにも関わらず、その雰囲気は…どこか厳かで威風があった。

 

「俺の罪は、許されますか?」

 

黒髪の男……雁夜は、カメラを覗きながら、長髪の男に尋ねる。

その声は無感情で、震えもない。

ただ一つ特筆すれば…顔が強張っているくらいか。

 

「あなたは、忍び、信じ、望み、耐えた」

 

長髪の男が、歌うように口を開く。

低く、重く、荘厳で、飾り気のない言葉。

全ての人の耳に届く言葉。

そう思わせる程の『神聖さ』があった。

 

「だが、()()ではなかった」

 

「分かっています……そうなれなかった」

 

()()()()()()()()…そうすれば、貴方もまた……()()()()()()()

 

テーブルにカメラを置く。

雁夜は、未だに長髪の男の顔を見れないでいる。

彼は自分の生涯を後ろめたいと思っていた。

愛する人のために生きたはずなのに、愛する人を手にかけてしまった。

目的を見失い、希望を見失い、復讐に駆られ、結局なにも成せなかった。

たった1人の少女さえ、守れなかった。

無念の生涯。

抱いていた『意志』を見失った生涯。

自分を『この世のカス』だと思ってしまった。

最後の最後まで、自らに『誇り』を持てなかった。

『悔しい』『恥ずかしい』『俺のせいだ』

自分を呪う言葉ばかりが浮かんでくる。

全ての人間から責められている気がする。

いや、違う……この世の誰よりも、あの時臣よりも、自分で自分が許せないだけだ。

結局の所、自業自得の生涯だった。

 

「それでも、貴方の一生は()()()()()()()()()

 

「…ッ……ぁ……あぁ……あああああッ…!」

 

「貴方の『意志』は、()()()()()()()()

 

それだけ言って、長髪の男は光の柱となって、空の彼方まで消えていった。

 

世界が崩れていく。

辺りは光の粒となって、消えていく。

真っ白な光の中、とうとうテラス席1つ。

 

間桐雁夜は、泣き崩れた。

それは、後悔の涙。

だが同時に、希望の涙でもあった。

 

()()()()()()()()()

 

自分ではダメだった。

だが、彼ならば…?

今度こそ、願いが叶うかもしれない。

 

勿論、そこに自分はいない。

だが、それでいい。

 

成せなかった事。

成したかった事。

地獄まで引き摺った無念。

最期に夢見た理想。

走馬灯が頭の中で流れていく。

 

これは………

『天』がチョッピリだけ許してくれた偶然の運命。

 

「ああ………安心した……」

 

彼は眠りにつく。

赤子のように………

どこまでも穏やかな表情で。

 

この男の生涯は、人によっては、愚かで、無意味だったと言うのだろう。

果たして、本当にそうだろうか。

 

彼の『意志』は、受け継がれている。

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