Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
目の前に座っている男。
黒髪。中肉中背。20代くらい。
ルックスは普通。安物の服。安物の靴。
時計とかピアスとかはしていない。
メガネは普段はつけないタイプなのか、時々目頭をマッサージしている。
……ちょっと気になってきた。
チラリ、と覗き見てみる。
まず、机に並べられた新聞。どれも同じ日付だ。
1994年10月13日。
所々、赤ペンで波線が引いてある。
「ちょっと、お聞きしてもイイっすか?」
「ん?…あ!ごめんね、ティータイムしてるのに」
人当たり良さそうだ。
善良な一般市民Aって感じ。
「いえ……調べ物ですか?」
「今、捜査中でね。目撃証言とかを探している。1994年10月13日、殺人があってね。被害者は16歳の女の子。背中を斬られて出血多量で亡くなったらしい。警察は証拠が無さすぎて捜査を打ち切ってしまった……未解決事件だよ」
新聞には、大きな見出しで『冬木の殺人鬼』と大々的に書かれている。
そして被害者……杉本鈴美(16)の写真。
ペットであろう愛犬と幸せそうに笑っている写真。
笑顔が眩しい女の子。
何処にでもいるような……というのはちょっと失礼かもしれない。
結構美人だし、大人になれば更に磨きがかかっていたかもしれない。
「俺はフリーのルポライターでね、警察が諦めた…未解決事件の『真実』を追っているんだ」
そう言いながらも、新聞や資料を読む手は止まらない。
開かれた手帳には、当時の時間帯と近隣住民の証言がビッシリとメモされており、それを新聞や資料と照らし合わせているようだ。
この膨大なデータを全てチェックするのは、かなり大変だ。
時々目頭を押さえるオジサンくさい仕草も、仕方のないことだろう。
「その……すごい…立派っすね……」
なんて、小学生並みの感想しか言えなかった。
それにも関わらず、気さくに笑ってくれた。
「仕事だからね」
ある程度、ひと段落ついたのか、男はメガネを取っ払って伸びをした。
ボンヤリと桜の木を眺めてから……ため息一つ。
そして(いつの間にあったのだろう)エスプレッソコーヒーをフーフーしながら啜っていた。
猫舌なんだな。
それにしても………
いよいよ、気になってきてしまった。
不思議と、人見知りはしていない。
こんな似ても似つかない青年に、何故か親近感を抱き始めている。
とても奇妙な気分だ。
「…参考までに聞きたいんですが。ちょっとした個人的な好奇心なんですけど、もし見つからなかったらどうするんです?証言なんてとれないかも………いや、それより見つけたとして、犯人がずる賢い弁護士とかつけて無罪になったとしたら…あなたはどう思って、そんな苦労をしょいこんでるんです?」
しまった。喋りすぎてしまった。
唐突に、知らねーヤツからベラベラと質問されたら、普通は引いちゃうだろう。
だが、この…お人好しっぽい男は、ガッツリ考え込んでいる。
どうやら真面目に答えてくれるらしい。
こんな、いきなりの……しかも不躾な質問に。
「そうだな、俺は結果だけを求めてはならない…と思うんだ。結果だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ…近道した時、真実を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく。大切なのは、真実に向かおうとする意志だと思っている。向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回は犯人が逃げたとしても、いつかはたどり着くだろう?向かっているわけだからな……違うかい?」
諭すような声には、どこか後悔が滲んでいる。
彼は、過去に何があったのだろうか。
聞きたいことが増えていく。
なのに、どうしてか………
ポロリ、と本音が言いたくなった。
「うらやましいな…以前ぼくは
くだらない凡ミスで、ぼくは夢を失った。
つまり、くだらない男なのだろう……ぼくは。
途中でダメになってしまった。
かつては、『意志』を抱いていたのに………
夢を追い求めていたはずなのに。
「そんな事はないよ……慎二くん」
え?
「君は立派にやっているじゃあないか…『意志』は同じだ。君が騎手を目指したばかりの時に抱いていたその意志は、今……君のその心の中に再び戻っているのだよ……慎二くん」
なんで………ぼくの名前を……?
「俺には好きな人がいた。暖かくて、やさしくて、誰よりも幸せになってほしくて。あなたのためなら命さえ惜しくない。そう思えるくらいのね…………だが、俺は『結果』だけに固執してしまった」
いや、なんか……見覚えがあるぞ。この男。
何処かで会った筈……いや、思い出せない。
「
「あんた……一度だけ、ぼくと会ったことが…」
「慎二くん、あのバスが見えるかい?」
バスが………道路沿いの、バス停に止まっている。
エンジンがかかっていて、アイドリングしている。
今にも出発しそうだ。
「ふり返らないで、バスに乗るんだ」
穏やかで、優しい声色。
確かに聞いたことがある。
…だんだん、思い出してきた。
たしか……イギリスに留学に行く前、公園で遊んでいた時。
ぼくは他のヤツとケンカして、ケガしてしまったから、近くの水道で傷口を洗っていた。
公園に居た連中は、ぼくを怖がって遠巻きに見ているだけで、誰も話しかけてこない。
周りに人がいるのに、ぼくは独りだった。
だから黙々と傷を洗っていた。
すると、20代くらいの青年がやってきた。
彼は、ぼくの傷口をウェットティッシュで拭いてから、丁寧に絆創膏を貼ってくれた。
お礼を言うと、にっこりと笑って、隣に座り込んで色々と話をしてくれた。
その男の名は『
クソジジイ曰く、間桐の魔術を憎み、家督を継ぐ事を拒絶し、海外に逃げた落伍者。
後から知ったが、彼は……ぼくが留学している間に亡くなったらしい。
酒浸りの親父が、何でもなさそうに言っていた。
今の今まで忘れていた。些細な記憶。
「君は立派だよ慎二くん…………俺は誇りに思う」
そう……静かに呟く顔は穏やかだ。
「さぁ、もう行って………桜ちゃんを、頼んだよ」
景色が消えていく。
桜の木が、ボヤけていく。
街並みが白く霞がかって、見えるのはバスだけ。
あのバスに乗って。
バス停まで歩いていく。
誰の為に……?
勿論、決まっている。
だから………
ぼくは、
ふり返ることはない。
バスに乗り込んだ瞬間、この夢が消えていく。
きっと、次に目が覚めた時……
この夢の事は覚えていないだろう。
◆
少年の背が遠ざかっていく。
テラス席に座る男は、ため息を一つついてから、鞄からカメラを取り出して、一枚だけ写真を撮った。
カフェの中から、もう1人、男が出てきた。
長髪で、頭には茨の冠。
ボロ布を纏っているにも関わらず、その雰囲気は…どこか厳かで威風があった。
「俺の罪は、許されますか?」
黒髪の男……雁夜は、カメラを覗きながら、長髪の男に尋ねる。
その声は無感情で、震えもない。
ただ一つ特筆すれば…顔が強張っているくらいか。
「あなたは、忍び、信じ、望み、耐えた」
長髪の男が、歌うように口を開く。
低く、重く、荘厳で、飾り気のない言葉。
全ての人の耳に届く言葉。
そう思わせる程の『神聖さ』があった。
「だが、
「分かっています……そうなれなかった」
「
テーブルにカメラを置く。
雁夜は、未だに長髪の男の顔を見れないでいる。
彼は自分の生涯を後ろめたいと思っていた。
愛する人のために生きたはずなのに、愛する人を手にかけてしまった。
目的を見失い、希望を見失い、復讐に駆られ、結局なにも成せなかった。
たった1人の少女さえ、守れなかった。
無念の生涯。
抱いていた『意志』を見失った生涯。
自分を『この世のカス』だと思ってしまった。
最後の最後まで、自らに『誇り』を持てなかった。
『悔しい』『恥ずかしい』『俺のせいだ』
自分を呪う言葉ばかりが浮かんでくる。
全ての人間から責められている気がする。
いや、違う……この世の誰よりも、あの時臣よりも、自分で自分が許せないだけだ。
結局の所、自業自得の生涯だった。
「それでも、貴方の一生は
「…ッ……ぁ……あぁ……あああああッ…!」
「貴方の『意志』は、
それだけ言って、長髪の男は光の柱となって、空の彼方まで消えていった。
世界が崩れていく。
辺りは光の粒となって、消えていく。
真っ白な光の中、とうとうテラス席1つ。
間桐雁夜は、泣き崩れた。
それは、後悔の涙。
だが同時に、希望の涙でもあった。
『
自分ではダメだった。
だが、彼ならば…?
今度こそ、願いが叶うかもしれない。
勿論、そこに自分はいない。
だが、それでいい。
成せなかった事。
成したかった事。
地獄まで引き摺った無念。
最期に夢見た理想。
走馬灯が頭の中で流れていく。
これは………
『天』がチョッピリだけ許してくれた偶然の運命。
「ああ………安心した……」
彼は眠りにつく。
赤子のように………
どこまでも穏やかな表情で。
この男の生涯は、人によっては、愚かで、無意味だったと言うのだろう。
果たして、本当にそうだろうか。
彼の『意志』は、受け継がれている。