Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
2月7日。
時刻は七時を過ぎている。
外は快晴。気持ちのいい日差しが差し込んでくる。
ぼんやりとした意識が目覚めと共にクリアになっていく。
昨日の夜……俺たちを襲った影は、慎二に『攻撃』した後……突如として姿を消した。
駆け寄って身体に触ると、高熱を出していて、なにか魘されているようでもあった。
セイバー、ライダーと共に急いで家に帰って出来る限りの処置はしたが、影の『攻撃』は未知数……油断はできない。
本当は居合わせた遠坂とも色々と話したかったが一刻を争う状況下だったのでその場で解散となった。
手早く制服に着替えて居間に行く。
すると……
「あ、先輩……おはようございます」
鞄を手に持った桜がいた。
顔色はすっかり良くなっていて、体調に問題はなさそうだ。
この前は顔色が真っ青で心配が勝っていたが、こうして元気に微笑みかけて挨拶されると、思わずドキッとしてしまう。
「あ、あぁ……おはよう…」
「?」
誤魔化すように視線を逸らすと、テーブルには既に朝食の支度ができている。
俺と慎二とセイバーの3人分。
物音がする台所にはエプロンをつけたライダーが、マツイ棒で換気扇とか冷蔵庫の下をせっせと掃除している。
「ニョホホ〜」と鼻歌混じりに。
こう言っちゃあなんだが、意外と堂に入っている。
ライダーとは、まだそんなに話したことはないが、基本的に気さくで人懐っこい性格しているし、セイバーにも物怖じせずにギャグをカマす豪胆さは結構気に入っている。
俺の治療もしてくれたし、慎二や桜を気にかけてくれているようだ。
彼のような
「時間があったので、先輩たちの分は作っておきました……ポットも沸かしておきましたし、お茶っ葉もありますよ」
「?…俺たちの分って、桜たちのは?」
「ついさっき、ライダーさんと一緒に食べました…あっ、もし兄さんの体調がまだ優れないようでしたら、タッパーに雑炊を詰めて冷蔵庫に置いてますので、そっちを持って行ってあげてください」
「余ったシンジの朝メシは気にしなくていいぜェ〜オレが食うからよォ……オレはもらえるものは病気以外ならなんでもイタダく主義なんでね」
ひょっこりと顔を出してニカッと笑うライダー。
『GO!GO!ZEPELLI』と刻まれた金歯が心なしか輝いている。
ちなみに今日の朝ごはんは……
ポヴェレッロ*1(別名:貧乏人のパスタ)。
野菜たっぷり!のリボリータ*2。
結構ガッツリだ。
二人で協力して作ったのだろう。
洋食は桜の得意分野だし、ライダーもたしかイタリア辺りの出身らしいから、料理はお手のものって感じなのかな。
見栄えもイイし、匂いも美味しそうだ。
「それじゃあ、先に学校に行ってますね」
「?……たしか、朝練は禁止だったろ?急いで行く必要はないんじゃないか?」
「今日は身体の調子がイイので、道場のお掃除をしちゃおうかな、って思いまして……こんなに気持ちのいい日は、なにか良い事をしたくなるんです」
うっ、笑顔が眩しい。
やっぱり桜は良い子だ。
弓道部員の鑑と言える。
たしか美綴から聞いた話によると、ウチの学校の弓道部の次期部長候補らしいし、部員として道場を綺麗に保っておきたいって気持ちなのだろうか。
慎二はイイ奴だが、とにかく口は悪いし、無愛想だし、皮肉屋だし、友だちをいっぱい作るタイプじゃあないし、サボり癖だってあるのに、よく影響されなかったもんだ。
……だからこそ、余計に決意が漲ってくる。
桜たちを縛りつける『間桐』の宿命。
慎二が命を賭けてまで守りたいと願う『想い』。
指を咥えて見ているだけでは、必ず兄妹のどちらかを取り零すことになる。
誰よりも幸せになるべき女の子。
誰よりも妹の幸せを祈る兄。
二人とも、誰かに殺されたり、食い物にされていい人間なんかじゃない。
絶対にどちらも死なせやしない。
間桐臓硯は必ず倒す。
その『覚悟』を改めて心に刻んだ。
「えと、それじゃあ………行ってきますね」
「………あぁ、いってらっしゃい」
笑顔で手を振る桜は、やっぱり眩しい。
これは気持ちのいい日差しのせいではない。
さて、今日も一日が始まる。
◆
セイバーが起きてきたので、慎二を起こしに行ったが、まだグッスリだった。
かなり汗をかいていたので、タオルで身体を拭いてから、いつの間にか勝手に洗濯されて干されていた慎二の普段着に着替えさせ、別の布団を用意した。
その間も慎二の意識は朦朧としていてかなり心配だったが昨日居合わせた遠坂たち曰く「命に別条はないレベル」らしいので、信じて待つことにした。
冷やしたハンドタオルを額に乗せる。
未だ目覚める気配はない。
このまま起きないのでは…?なんて、最悪の想定が頭に過ってしまうほど、静かに寝息を立てている。
……よく見れば、頬がこけている。
髪も痛んでキシキシになっているし、腕も枯れ木のように痩せ細ってしまっている。
記憶の中の、馬に乗っていた頃と比べると、痛々しいほどに肉体が衰弱している。
俺は………なんて、間抜けなんだ。
ある日を境に………慎二から避けられていたのは、なんとなく分かっていた。
今思えば、その理由は間桐の修行によって弱っていく姿を俺に見せたくなかったから、だろう。
だが当時の俺は…アイツに何かがあったと勘付いていながら、助けになることができなかった。
まぁ、慎二だってあの時は俺が見習い魔術師だって知らなかった訳だから、仮に強引に手を差し伸べようとしても事情は話してくれなかったと思う。
それでも……
自分の無力さが嫌になる。
『正義の味方』になりたいなんて願っておきながら、危うく友人を見殺しにしかけた。
いや、今だって……まだ間桐臓硯を倒す方法も……慎二『も』助ける方法だって思いついていない。
…………いや、ここで悲観的になったってダメだ。
まず、朝飯を食ってからにしよう。
セイバーとか…ライダーだって居る。
半人前の俺だけが考えたって、いつまでも経っても妙案は浮かんでこない。
まだ時間はある………
諦めなければ、
◆
居間に戻ると、セイバーとライダーが律儀に待ってくれていた。
朝からパスタ…?とは思っていたけど実際美味しいし、リボリータなんて食べたことなかったが、ちゃんと野菜の旨みが出てるしで、中々イイ感じの朝食だった。
健啖家のセイバーも満足そうだ。
洗い物をしながら、考えをまとめていく。
まず、学校については………
昨日は欠席したが、今日は行こう。
昨日遭遇した『影』について、遠坂と話し合わなければならない。
家にセイバーとライダー……二人が居るなら、万が一ウチを奇襲されても問題ないだろう。
そのまま返り討ちにしたり、最悪の場合でも慎二を連れて逃げることは出来る筈だ。
よし、遠坂に会いに行こう。
っと、その前にまず…二人にも話しておかないと。
「セイバー、ライダー、ちょっと話がある」
「その前に、コーヒーは如何かな?」スッ
「あ、ありがとう……」
いつの間にか淹れてくれたコーヒーは、まるでコールタールみたいにドロドロで、ちょっと面食らってしまった。
だが信じられないくらい良い香りで、飲んでみるとかなり甘かった。
うん、美味しい。
昨日の疲れがぶっ飛んで、元気が体の芯から湧いてくるようだ。
「これは……!」ハッ
流石のセイバーも驚いている。
コーヒーは、昔は労働者の飲み物だったらしい。
カフェインによる覚醒作用によって、労働者たちはその日の朝からシャキッと目醒める事ができた。
……って前にテレビで見た。
コーヒー文化は立ち振る舞いからして高貴な生まれであろうセイバーには馴染みがなかったと思うが、この様子じゃあ気に入ったみたいだ。
「んで、話ってーのは?」コポポポポボ
「あっ、オホンッ…今後の方針の事なんだけど…」
ライダーのお陰で目は完全に醒めた。
俺は、二人に昨日の『影』を追って討伐することを提案した。
あの『影』は危険だ。
ここ最近起こっている『魂喰い』の原因はまず間違いなくあの『影』の仕業だろう。
それも……キャスターより残虐で、無差別に、広範囲で行われている。
昨日の慎二の様子を見る限り、このまま放置しておくと死者が出る。
いや……
「はぁ……全く…そうくると思っていました、私としては、あの影には関わりたくないのですが」
「え……い、いいのか……?」
「まことに不本意ですが、マスターであるシロウがそう判断したのなら剣は預けます」
渋々と云った感じだがセイバーは了承してくれた。
こんな半人前な俺の方針に付き合ってくれるというのは、素直に嬉しい。
本来、聖杯戦争とは無関係なのに………
それでも、俺に従うと決断してくれた。
その事実だけで、胸が温かくなる。
「オレも…シンジをやられておいて、おケツ振って逃げるなんてごめんだね…ヤツは必ずブチのめす」
ライダーも真剣な様子で頷いてくれた。
頼もしい………俺たち以外にも『仲間がいる』。
その事実だけで、勇気が湧いてくる。
あの『影』は……不吉だ。
関わるモノ全てを破壊し尽くす……
そんな予感がする。
だからこそ、
聖杯戦争。
慎二の命。
桜の身体。
間桐臓硯。
正体不明の影。
数々の試練が立ち塞がっている。
俺は、それら全てを克服しないといけない。
きっと困難な道……『覚悟』が必要だろう。
だが、俺に『誰かを見捨てる』選択肢はない。