Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
セイバーとライダーに話は通した。
登校時間のギリギリまで待ってみたが、慎二はまだ起きてこない。
冷蔵庫の雑炊は二人のどちらかが持って行ってくれるだろう。
鞄を持って家を出る。
いつもの通学路。
いつもの街並み。
昨日のような
マフラーをしていても寒風が身に染みる。
不気味なほどいつも通りの朝。
だからこそ、何か『異常』がないか……自然と気を配ってしまう。
なんとか
だが、いつもの活気がない。
一成は当然休みだし、それ以外にもちらほら休んでいる生徒がいる。
藤ねぇも一見普段通りに振る舞ってはいるが、やはりどこかいつもの活気がない。
藤ねぇが教室から出た途端に、皆はガタゴトと机を動かしていく。
この教室ではプリント自習は各自が好き勝手やっていい方針だ。
皆…少しでも、全体的に暗くなってしまった雰囲気をどうにかしたいのかもしれない。
ふと…気配を感じた方を見ると、教室のドアの隙間から藤ねぇが、チョイチョイと手招いてきた。
これでも一応授業中なのだが、まぁ…今更か。
誘われるままに廊下に出て、こうして面と向かってみると藤ねぇは珍しく…元気がないように見えた。
よく見ると目の下にクマができている。
「あー、その……実は最近忙しくなっちゃって……残業続きになりそうだから、しばらく士郎の所には行けなくなると思う。悔しいけど、わたしのご飯は作らなくていいや」
「え………?」
「話はそれだけ。配ったプリントはちゃんとやっておきなさいよォ〜〜〜」
じゃあね、なんて気軽に手を振って去っていく。
飯はいいって……そりゃ、助かるけど。
張り合いがないというか、拍子抜けしたというか。
なんか、当たり前の日常がなくなってしまったような、そんな空虚さを感じてしまった。
◆
昼休み、今日はこっちから遠坂のいるA組に行って、屋上に連れ出した。
そうして、まず『黒い影』をなんとかしたいと切り出したのだが………
「そうね……衛宮くんの意見に賛成する。わたしもあの影は見過ごせないし」
「じゃあ、引き続き休戦条約は続行だな」
「当然でしょ。この街を…あんな訳のわからない影なんかに好き放題されるなんてまっぴらよ」
…と、話は思ったより簡潔に済んだ。
遠坂の答えは俺以上にキッパリしていた。
という訳で、無事に協力を得たので、まず今後の方針について話し合った。
とりあえず最初に決まったのは、俺たち二組で『役割分担をする』ことだった。
俺はセイバーと共に夜の巡回を続けて、怪しい所を発見すれば徹底的に調査すること。
遠坂たちは、俺たちが表立って動いている間に間桐臓硯を追跡するらしい。
間桐臓硯はあの影が現れた時に………
『道理で』と呟いていた。
ほぼ確実にあの影について何か知っている。
遠坂曰く、どの道キャスターの死骸を操ったりと、どうにもきな臭い動きをしている以上、放置するのは悪手だと思っているみたいだ。
次に慎二についてだが…
結論としては一先ず保留。
体調が回復してから、今後の動きについてまた考え直す事になった。
夜の巡回中、ライダーも同行してくれれば頼もしいのだが、そうなれば万が一俺の家が奇襲された時に慎二を守る役がいなくなってしまう。
なので、ライダーは一旦お留守番だ。
そして、もし巡回中とかに『影と遭遇した場合』
現時点では特に情報もなく…まわりもゴチャついているので、遭遇した場合はあくまで『偵察』だけに留めるつもりだ。
本格的に相手にするには、もっと足場を固めなければならないからだ。
とりあえずの方針は決まった。
後は、今日やるべき予定だ。
まず、俺たちは深夜になったら再び柳洞寺に調査しに行くつもりだ。
別に『犯人は現場に戻る』という通説を鵜呑みにした訳じゃないが、今の所怪しい場所のアテがそこしかない。
それならもう一度、徹底的に調べ直してみる価値はありそうだ。
そして遠坂は…なんと直接、間桐邸に単身(勿論、アーチャーもいるんだが)乗り込むつもりらしい。
そう言われた時は思わず止めようとしたが、曰く…魔術師としての力量差は歴然で、老いていく肉体の維持くらいにしか、リソースを割くことが出来ない老魔術師相手に負ける道理はない、とのことだ。
実際…言ってる事は
たまに忘れそうになるが、そもそも遠坂は俺なんかと違って正真正銘の一流の魔術師なのだ。
その隔絶した実力は……並大抵の魔術師程度の相手であれば、余裕で完封勝利できる程。
いくら俺が気を揉んだ所で結局は杞憂に過ぎない。
それなら、まだ少しでも自身を強くできるように考えて、それに集中する方がよっぽど有意義だ。
今日の放課後から夜までの空き時間は、セイバーと道場で『鍛錬』に決定だ。
◆
そうして彼女……遠坂凛は目的の場所に到達した。
間桐邸。
二百年前この町に移り住んできた……古い魔術師の家系の工房。
協力者としてこの土地を譲ったものの、決して交友を持たなかった異分子たる同朋。
遠坂と間桐は互いに不可侵であり、無闇に関わってはならぬと盟約によって縛られている。
それがどうした、と彼女は歩を進める。
そんな盟約は、妹が養子に出された時点でとっくに破られているし、現在だって、対バーサーカー戦に備えて間桐慎二との休戦条約を結んでいる。
かつての先祖が決めた決まり事など……
『どうでもいい』というのが……彼女の偽りのない本音であった。
呼び鈴なんざ押さずに玄関から押し入る。
ここに居るのは遠坂からの客人ではない。
ただ外敵を排除するために来た、聖杯戦争に参加する一人のマスターだ。
彼女の
その進言通りに進むと、そこには大きな壁にぱっくりと開いた地下への通路が隠されていた。
そこから漂うのは、腐臭。
湿り気のある風と共にやってくる。
石畳を下りていけば、周囲は緑色の闇であった。
「ここが……
呟いて、目眩がした。
これが修練場。
こんなものが修練場。
この、腐った水気と死臭と蠢くだけの蟲たちしか存在しない空間が、間桐の後継者に与えられた部屋だった。
「………ッ……」
こんな……こんな所で何を学ぶというのか。
こんなもの、ただの虫籠だ。
それがより大きく、より醜悪になっただけ。
ここで行われる後継者に対する仕打ちなんて、簡単に予想できる。
『怒り』が噴火する火山のように湧いてくる。
ここで行われる魔術の継承は修行ではなく………
ただの、拷問だ。
それに等しい。いや、それ以上かもしれない。
それが、間桐の継承法であり、あの老魔術師の嗜好なのだ。
故に、間桐の後継者に選ばれるという事は、この蟲たちによる終わりなき責苦を強いられるという事に他ならない。
彼女は一度だけ嘔吐した後、すぐに踵を返した。
暗いの地下の霊廟には、彼女が戻したものを啜る……蟲たちの囀りだけが響いていた。
地上に戻る。
用を済ませた彼女は外に出ようとし……
部屋の奥、もう一つの隠し通路を見つけた。
間桐臓硯は地下には居なかった。
というより、ここに侵入した時から、蟲以外の生命がいない事はなんとなく感じ取れていた。
つまり本来であればわざわざ寄り道する必要など、これっぽっちもない。
だが、彼女は……ほんの気まぐれに隠し通路の奥まで進んだ。
辿り着くとそこは、所謂…書斎だった。
薄暗い照明は点滅を繰り返しており、本棚からは黴の臭いが漂ってきて…鼻がツンとする。
念の為に軽く見回ってみるが、特に特筆すべき所はない。
先ほどの醜悪な修練場とは打って変わって、あくまで一般的な魔術師の書斎という印象だ。
グルリと部屋の外周に沿って一周し終わっても……やはり何もない。
あと確認してないのは…………
書斎の真ん中に鎮座する、大きな
机の上には何も置いていないが、どうやら引き出しがあるようだ。
罠があるとは思えないが、一応警戒しながら引き出しを開けてみる。
すると……そこには、書きかけの論文があった。
題名はなく、紙もプリンターで印刷したのだろう。
見た目からして、とても魔術師が書いた論文とは思えず、どちらかと言うと普通の大学生が書いた卒業論文みたいに見えた。
手に取ってパラパラと流し見てみる。
「………………は?」
目を疑ったので、もう一度、今度はしっかりと端から端まで読み込んだ。
勿論、内容は変わらない。
いくら目を擦ろうが、行間を読もうが。
端的に言えば、この論文は
『どうやって魔術回路の名残りを復活させるか』
となっている。
『魔術回路』
魔術師が持つ擬似神経で、生命力から魔力への変換、大魔術式への接続などを担う。
魔術回路を持たない人間は魔術師になれず、魔術回路の数が多いほど優秀な魔術師であるとされる。
生まれながらに持ち得る数が決まっており、魔術師の家系は自分達に手を加えて、魔術回路が1本でも多い跡継ぎを誕生させようとする。
魔術回路の増減は臓器の増減同様、可能だが負担が大きい。
また減った回路が戻ることはない。
血が枯れた魔術師の一族の末裔は、基本的に魔術師にはならない。
ならない……というより、
だが、この論文の方法を使えば、魔術師になる事が出来る。
しかも、先代の魔術刻印を引き継ぐことだって。
一見すると、これは衰退していく間桐の血統を復活させる妙案だ。
だが問題は、内容だ。
まず、ステップ①
体内に『刻印蟲』を入れる。
刻印蟲とは……おそらく、あの地下で蠢いていた蟲たちの事だろう。
この論文によると、人間の肉や精気を喰らう事で、魔力を『生成』する事が出来るらしい。
彼女からすれば『ツッコミ所』は既にここから始まってはいるのだが、一旦置いておく。
次に、ステップ②
すかさず『魔術髄液』を身体に打ち込む。
この霊薬については、識っている。
『魔術髄液』
ただの人間を魔術師に仕立て上げる霊薬。
脊髄に打ち込むことで僅かな刻の間
疑似的な魔術回路を形成する。
ハッキリ言ってしまうと、この霊薬を使う魔術師は、ほぼほぼ存在しない。
強いて言えば、これを打ち込んだ一般人を代償に『魔力の結晶』を生成させる、くらいだろうか。
それ以外の使い道は、そう多くない物だ。
最後に、ステップ③
擬似的な魔術回路と、刻印蟲によって生成された魔力を用いて、体内にあった『魔術回路の名残り』を再構築する。
これが、最大の問題点。
魔術回路を一から構築するという魔術鍛錬を何の支援やバックアップもなしに行うなんて危険すぎる。
この鍛錬は、内部に張り巡らした集中をミリ単位でもズラせば、それだけで中身が吹き飛ぶ。
危険度で例えるなら……
『背骨をまるごと人工の背骨に移植するような……命の綱渡りをしているようなもの』
普通の人間とは違って『名残り』がある以上、それの痕跡に沿ってイラストを
『
論文には
あまりにも、
たったの9本の為に、27回中の僅かな1ミスで即死亡の鍛錬をするなど、正気の沙汰とは思えない。
話はそれだけではない。
この外法中の外法を使えば、確かに魔術回路を体内に作れるだろう。
だが、この魔術回路は体内の『刻印蟲』と密接に絡み合う事になるため、生きてるだけで苦痛を味わい、寿命はみるみる削られ、それに耐え切れずに摘出すれば即死亡という八方塞がりの状態になってしまうのだ。
つまり、この論文に書かれていたのは…………
それと全く等しい外法であった。
そもそも魔術師とは、『根源』へ至ることを渇望し、そのための手段として魔術を用いる者。
仮にこの方法で、努力と幸運によって何とか成功し魔術師に成ったとしても、『根源』を目指すスタートラインに立った数年後に死ぬハメになる。
仮にこの論文が切羽詰まった没落魔術師の家に届けられたとしても、5分後には暖炉に焚べられて灰になるだろう。
遠坂凛は確信した。
なぜ、間桐慎二がマスターになれたのか。
それは、この方法を使ったからだ。
根源への興味がなく、他の目的のために魔術を扱う者は『魔術使い』と呼ばれる。
間桐慎二は『魔術使い』になった。