Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#28 シャドウ・プレイ

まず、窓から差し込まれた月光。

次に、()()()()()()()()()()という感覚。

目が覚めたら、世界は夜になっていた。

腹が減りすぎて、もはや痛い。

喉がカラカラに渇いている。

一体、何時間寝ていたのだろう……?

少なくとも、丸一日くらい寝ていた気がする。

 

「起きたか?」

 

ライダーがタッパーとペットボトルを持って、部屋に入ってきた。

そんなことより、腹が減った。喉が渇いた。

手渡されたタッパーの中身は雑炊。

冷めていたが、それが逆に有り難かった。

アツアツでは、ガツガツと食べられない。

素朴で優しい味付けだから、スルスルと胃に入る。

旨い。

追い討ちをかけるように、ペットボトルに入った水を飲み干す。

美味しい。

炎天下での馬術大会の決勝で、ギリギリの差でライバルに勝利し、トロフィーを抱えながら飲み干した『マウンテン・デュー』よりもだ。

 

礼を言うのも忘れてしまう程、腹が減っていた。

 

「サンドマンみてーだな」

 

誰だよソイツ。

ワケ分からん事ほざいているが、気にしない。

未だボンヤリとしていた意識が、徐々にクッキリとなっていく。

チラリ、とカレンダーが目に映る。

2月7日。

予想通り、丸一日眠ってしまったようだった。

 

「状況は?」

 

「シロウとセイバーの嬢ちゃんが巡回に行った」

 

チ!……ド低脳が。

『戦力の分散』は『愚の骨頂』だと、歴史の授業で解説された第二次世界大戦中の日本が教えてくれただろォが。ボケが。

まずソッコーで、適当に蟲を産み出す。

出来るだけ速くて偵察向きのヤツがいい。

パッと思い浮かぶのは『翅刃虫』かな。

視界の共有も出来るし。

 

「場所は?」

 

「柳洞寺だとよ」

 

犬歯を親指の腹に突き立て、血を流す。

それは卵となり、忽ちに孵化し、這う蟲となって、翅蟲に変態する。

……あぁ、ライダーが引いてる。

だけども、これが間桐の魔術なんだよ。

ぼくだってこんなのは、まっぴらなんだ。

誰が好き好んでこんなの扱うかよ。クソが。

 

コイツらは…『銀甲蟲(シルヴァー・ビートルズ)』よりも遥かに弱いが、指一本の代償と比べて、チョッピリの血だけで産み出せるから、コスパがイイ。

一匹だけならの話ではあるが。

 

ブンブンと耳障りな羽音を立てて、シュッと窓から飛び出していく。

視界の共有は感度良好。

やはり偵察といえばコレに限る。

見た目がキモすぎるのが難点ではあるがね。

 

すれ違う人々の隙間を縫うように、ビュンビュンと飛んでいく。

 

そうして、柳洞寺に到着した。

と同時に視界に映る……セイバーの姿。

白い髑髏面を貼り付けた何者かと争っている。

『戦闘』だ。

もう既に始まっている。

 

()()()()()()()()()

 

マズイ。

不吉な予感がする。

『虫の知らせ』というヤツだ。

首の裏がチリチリとする。

今すぐ加勢しなければ……!

 

「ライダァァァァッ!今すぐGOッ!!」

 

返事はない。

既にライダーは走り出している。

 

視界の接続は切った。

ぼくは今、暗い部屋に独り。

まだ身体がダルい。

ここから動けない。

 

もはや託すしかない。

 

嫌な予感がする。

嫌な予感がする。

嫌な予感がする。

 

これは『虫の知らせ』だ。

 

 

 

 

火花が散る。

だから目が眩んだ。

本来なら…俺の身体には4つの短剣が突き刺さり、無様に死んで蟲の餌食になっていた。

それを防いでくれたのは、目の前の男。

 

独特な形のカウボーイハット。

金色の長髪。

砂で汚れたマント。

奇妙な形のホルスターには鉄球。

 

慎二の英霊(サーヴァント)………『騎兵(ライダー)

 

壁に張りついている蟲たちが怯えている。

顎が震えカチカチと鳴る。

それが一斉に鳴る。

ひどく不愉快な大合唱。

 

「てめぇ」

 

ライダーのドスの効いた声。

白い髑髏面を睨みつけ、油断なく構えている。

黒き幽鬼はユラユラと揺蕩う。

月明かりすら消えたお堂。

暗闇の中でライダーの右眼が光を放っている。

 

「ほう…?ならばアサシン!やつも始末せい!」

 

嗄れた叫び声に応えるように、アサシンがお堂内をゴム毬が如く跳ね回る。

壁に天井に張りついては、前後左右と、絶え間なく放たれる短剣。

矢継ぎ早に放たれる銀光が辺りを突き刺していく。

対してライダーは、膝を立てて屈んで、両手を地に着けている。

手の甲には2つの『回転』する鉄球。

奇妙な体勢。

例えるなら『クラウチング・スタート』

とても戦闘中の姿勢とは思えない。

彼が放つ異様な威圧感がなければ、この戦いを放棄しているのかと勘違いしてしまう所だ。

 

「ライ…ッ!」

 

シルシルシルシル……ッ

 

微かに聞こえる風を切る音。

思わず喉元まで迫り上がって来ていた叫び声を嚥下する。

ライダーに向けられた数十もの短剣。

常人では回避不可能。

短剣で構成された針鼠になるのがオチ。

だというのに……彼の不敵な笑みは崩れない。

 

()()()

 

ドッバァァアアアッッッ!!!

 

床が爆発した。ように見えた。

炸裂する無数の回転する『何か』……

それらは短剣を弾き飛ばし、この空間の中で縦横無尽に暴れ回っている。

こっちに飛んできた『何か』を咄嗟に掴む。

完全に反射的に掴んだ『何か』の正体は………

 

()()()()()()()()()()()()

 

数多の木球は止まらない。

短剣を弾き落としただけでなく、この部屋を覆い尽くす蟲たちを潰し回っていく。

ブチュリ、グチャリ、カタカタカタ。

粘液が弾ける音と、怯える蟲の金切り声。

捻じ切れた蟲の死骸と、ビクビクと痙攣するまだ息がある蟲たちが四方八方から飛んでくる。

俺は手に持っていた……強化を施した警策をガムシャラに振り回して、死骸も生き残りも関係なしに、ひたすら叩き落とした。

 

「キ、サマ……!」

 

死骸となった蟲の絨毯。

そして血と粘液の池。

咽せ返るほどの腐臭の中、俺は荒くなった息をなんとか整える。

人生の中でもトップクラスで最悪な気分だ。

だがこれで、こんな俺でも……少しでもライダーの助けになれた筈だ。

 

「うおおおおおおおおおおッ!」

 

吠えるライダー。

独特な投球姿勢(フォーム)で大きく振りかぶり……

動揺する白い髑髏(アサシン)に向かって鉄球を投擲する…!

 

「オラァァァーーーッ!!」

 

ドグシャァァアアアッ!!

 

目で追えない程の超高速の一閃。

それは確かにアサシンの腹部を捉え……

 

「グッ」

 

「もいっぱあああああああああつッ!!」

 

追い討ちのもう一球。

今度は顔面に向かって放たれた鉄球が、白い髑髏面にメリ込んで、それをバラバラに粉砕した。

黒い影は錐揉み回転しながら、お堂どころか寺の外まで吹き飛ばされていく。

猛烈な勢いのままバウンドし山門から転げ落ち行く様はある意味…痛快だった。

そうして…一拍の後、アサシンにメリ込んだはずの鉄球がビデオを逆再生したみたいにライダーの手元に舞い戻る。

凄まじい力だ。

思えば、こうまじまじとライダーの戦いを見たのは初めてかもしれない。

対バーサーカー戦の時は、戦局を観察して把握する程の余裕なんてなかったし……

キャスターの時はセイバーが瞬殺してくれた。

これが、英霊……騎兵(ライダー)の戦い方。

鉄球を自由自在に操り、回転の力によって…様々な作用を引き起こす謎多き力。

 

「ン……?」

 

ライダーが怪訝な表情をした瞬間、俺も気づいた。

間桐臓硯が居ない。

俺たちがアサシンに気を取られている内に、気配を殺して逃げられてしまった。

なんて、間抜け。

折角、俺を助けるためにライダーがアサシンの相手を担ってくれたのに…!

肝心の俺は目の前の敵をみすみす逃してしまった。

自分のバカさ加減に嫌気が差すッ…!

 

「ぐっ…………!」

 

アサシンに殴られた腹の痛みで正気に戻る。

……お堂にはもう、俺とライダーしかいない。

深呼吸して気を落ち着かせる。

 

「…………セイ、バー」

 

だが冷静になった頭が……後回しにしていた事実を突きつけてくる。

目眩がする。

もう左手に痛みはない。

それが何を意味するか、分かっている。

 

俺は、セイバーを失ったのだ。

 

俺を信じて、俺を守ると誓ってくれた少女。

こんな半人前の俺をマスターと呼んでくれた少女。

本来は敵である筈の慎二の悲痛な覚悟を目の当たりにして、自身の願いまで曲げようとしてくれた……そんな…心優しき少女。

 

俺が迂闊なばかりに。

俺が無力なばかりに。

俺が、俺が、俺が……ッ!!

 

「シロウ、(ヴァルキリー)に乗れ」

 

………ライダーの声は、どこか無感情だ。

まさか、何とも思っていないのか…?

『仲間』を一人失ったというのに……ッ!

 

「ッ………早く、乗れッ」

 

っ!………いや、そんな筈はなかった。

噛み締めた唇から、血が流れている。

ライダーもまた、『後悔』している。

俺と同じように………

だというのに、自分がやらなければならない事……即ち、俺を家まで送り届けるという事を遂行しようとしてくれている。

 

「……すまん、ライダー」

 

俺は何処からともなく現れた馬に跨って、ライダーの背にしがみついた。

馬は山門を飛び降りて、闇に染まった街中を高速で駆け抜けていく。

ライダーの背に居ても、風は容赦なく襲ってくる。

寒風が傷に滲みる。

 

だがそれ以上にセイバーを失った痛みの方が………

よっぽど心に沁みた。

 

 

 

 

家に到着し、なんとか居間に辿り着いた。

救急箱から湿布を取り出していると……ライダーが背中の打ち身に貼ってくれた。

そして黙々と俺の負傷を手当てしてくれた。

 

身体中が重い。

細胞の全てが鉛になったみたいだ。

仰向けに倒れ込むと、背中に激痛が走った。

飛び起きようとしたが、身体が動かない。

 

大量の蟲を撲殺した感触が手にこびりついている。

あれ程までに暴れ狂ったのは初めてだった。

火事場の馬鹿力というヤツだろうか。

そのツケがここに来て一気にやってきたのだろう。

 

カチ…カチ…と時計の針の音。

今はそれが少し鬱陶しい。

それでもどうしようも出来ない。

今、出来る事なんて………

天井をボーッと眺めながら、身体を休める事だけ。

 

すると、足音が聞こえた。

目だけ動かして、そっちを見るとライダーが台所で何かを探している。

ガサゴソと漁る音が、時計の針の音をかき消した。

 

「ライダー……?」

 

そう問い掛けたと同時にライダーが何かを持って、居間に戻ってきた。

彼が持ってきたのは、小さめの酒瓶だった。

透明な瓶の中には、綺麗な琥珀色の液体が中途半端に入っている。

ラベルには『Grappa』……これで『グラッパ』と読むんだっけか。

たしか……藤ねぇが残した飲みかけの洋酒。

 

「なぁ……乾杯しねーか?」

 

彼は一体、何を言っているのだろう。

思わず身体を起こす。

不思議とヒョイッと起き上がった。

両腕を支えにして、何とか姿勢を保つ。

俺の隣に座り込んだライダーが……硝子のコップを差し出してくる。

 

「………何に?……セイバーを失ってしまった」

 

改めて口に出すと、それだけで心が痛んだ。

それに『乾杯』って何かを祝ったり労ったりする時にするもんじゃないか。

本当に何を言ってんだ………

 

「『ネットにひっかかってはじかれたボールに』」

 

「……なんの事?」

 

「ダメか?」

 

一体、どういう意味だろう。

『ネットにひっかかってはじかれたボール』……

テニスか何かの話か?

さっぱり意味は分からないが、もしかすると………ライダーにとっては何かすごく重要な文言なのかもしれない。

それに……()()()()()()()()()()()()()()

 

「いや……それでいい」

 

「そうか」

 

コップを受け取ると、ビチャビチャと音を立てて、グラッパが注がれていく。

琥珀色の液体が、月光に照らされて輝いている。

 

『乾杯』

 

コップを酒瓶に打ち付けたが、音はしなかった。

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