Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
2月8日。
時刻は七時を過ぎている。
腹に…ずくん、と痛みが走る。
大人しくしている分にはどうってことないが、急激に動くと殴られた箇所が疼く。
見れば、痣になっていた。
暫くは痛みに悩まされるかも。
だが痛みで動けない程じゃないし、実生活に支障はきたさないだろう。
着替えを済ませて部屋を出る。
居間から朝餉の匂いがしてくるから、桜が準備をしてくれているんだろう。
まず顔を洗ってから、台所を覗いてみる。
すると、そこにはエプロンをつけたライダーが鼻歌混じりにトマトとチーズを切っていた。
綺麗にカットされたトマトとモッツァレラチーズをお皿の上に交互に並べた後、塩胡椒を振りかけ……オリーブオイルを垂らしている。
オーブンにはスーパーで買っておいたクロワッサンが入っていて、バターのイイ匂いが漂ってくる。
「モッツァレラ♩…レラレラレラレラ♩」ニョホホー
「……………………お、おはよう…ライダー…」
「ン………もうすぐ出来るから待ってろ」
なんかもう……すっかり板に付いている。
居間に行くと、慎二がテレビを眺めながら……例のイタリアンコーヒーを飲んでいる。
確かアイツは紅茶党だった筈だが……流石の慎二と言えどライダーが淹れるコーヒーには勝てなかったようだ。
それにしても珍しい。
桜は台所にも居間にも居ない。
「おはよう慎二………あれ、桜は……?」
「ン!……寝坊じゃあないのォ〜…?」
テ、テキトーな返事しやがって。
起こしに行くべきか…?
いや、でも女の子の部屋にズカズカ入るなんて……
いや、幾ら昨日は調子が良かったとしても、今日も元気とは限らないしな。
「ハァ〜〜〜……見てこいよ、先に食ってるから」
み、見透かされている。
俺ってそんなにわかりやすいかな?
ライダーが次々とお皿を並べていく。
今日の朝ごはんは………
イタリアンコーヒー。
アツアツのクロワッサン。
カプレーゼ*1。
昨日は桜と二人がかりだったのでガッツリ気合い入ってたみたいだが、今日はライダーのみ……必然的にササッと作れる料理になるだろう。
まぁ、『漢の朝メシ』にしては優雅すぎるが。
(日本人の感覚からすればの話)
クロワッサンの美味しそうな匂いが食欲をそそる。
正直早く食べたかったが、ここにあと一人足りない。
二人は気にせずに食べているが、どうも落ち着かないので、俺は離れにある客間に行くことにした。
「じゃあ……桜を起こしてくる」
「オーケー……着替えてても覗くなよ?」
「覗かないッ!!」
何言ってんだよッ!マジでッ!
ああもうッ……
たまーに、からかってくるんだ、アイツは。
最近……でもないかもしれないけど………日に日に桜は女の子らしくなっていく。
俺だって男だ。
何も感じないワケじゃない。
顔立ちとか表情とか……大人っぽくなっていくし、身体つきも…………
いやいやいやッ!
今、ウチには慎二だって住んでんだッ!
こういう邪な気持ちを持ってちゃあダメだ。
うん、客間に着くまでに落ち着かないと。
頭の中の邪念を振り払っていると、気がつけば客間まで来ていた。
……おい、なんか……人の気配を感じない。
「……桜?……起きてるか?」
ノックしてみても返事がない。
人の気配がない。
そんな、筈は……ッ!
扉を開ける。
少し乱暴に開けてしまった。
けれど、誰も咎めない。
中には誰もいないのだから。
踵を返して居間まで走る。
身が焦げそうな程の焦燥感。
それが頭の中を焼いていく。
考えろ。
桜が何処に行ったのか。
念の為に…他の部屋やトイレ、風呂まで探したが、それでも見つからない。
俺だけでは手に負えない。
誰かの協力が必要だ。
転がり込むように居間に入る。
俺の異様な様子に、慎二もライダーも目を見開いて驚いている。
「桜が何処にもいない!」
「!……まず、落ち着け」
「慎二ッ!言ってる場合か……!」
「いや、マジで言ってんだぜ、まず
…………確かに。
そうだ、桜は恐らく間桐臓硯に連れ去られた。
直接か、あるいは間接的にか。
それはわからないが、とにかく桜はここから去った。
ならば、冷静になって状況を把握しないと、桜の位置は掴めない。
「まず1つ……衛宮、セイバーはどうした?」
ッ…………頭に冷や水をブッかけられた。
勿論、これは比喩。
慎二の一言で、目が覚めてから無意識に事実から目を逸らしていた事に気がついた。
昨日…俺が迂闊だったが故に、セイバーを失った。
ライダーが助けに来てくれたということは、慎二はもう…薄々勘づいている。
それでも、自分の口から言わないと。
「昨日… 間桐臓硯のアサシンにやられた」
「なるほどね……だとすると、お前はほぼ丸腰」
「それでも俺は桜を探す」
もうセイバーはいない。
俺を守ってくれる存在は、強いて言うならライダーくらい。
そのライダーも…慎二の英霊なのだから、俺を守ってばかりじゃあダメだ。
ここから先は、これまで以上に…考えて、考えて、考え抜いて、
じゃなければ、セイバーが浮かばれない。
俺は『想い』を背負って行かなければならない。
「それは…桜が大切だからか?」
「あぁ……桜が大切だからだ」
「フーン……あっそ……」
ため息一つ。
呆れたように。
そうしてコーヒーをグイッと一気飲みして、真剣な顔つきになった。
「まずはメシ食え……話はそれから」
言われて…用意してくれた朝ご飯を食べる。
今朝までイイ匂いを感じていたのに、きっと美味しい筈なのに、何の味もしない。
焦燥感で頭と胸がいっぱいになっている。
今にも飛び出したい。
それでも、まずは飯を食ってから。
ガムシャラにやったって、消耗するだけ。
頭を切り替える。
今ここですべき事を。
「……『5W1H』だ」
「?」
「
コーヒーのおかわりを淹れながら、
表情は真剣だが、焦りはない。
寧ろ、この中で誰よりも冷静に見える。
「
話を聞きながら、朝食を食べた。
急いで食べたから少しだけ胃が痛い。
少しぬるくなったコーヒーを飲みながら、まずは心を落ち着かせる。
「この中で不明なのは、
こういう時の慎二は頼りになる。
昔から推理する能力とか、探し物を見つける能力に長けている。
地頭が良いからこそ、なのかもしれない。
「この際は
「地図はねーのか?」
戸棚に仕舞っておいた地図を持ってくる。
食べ終わったお皿は一旦シンクに置いといて、地図を広げて赤ペンを数本用意する。
「第一候補は『間桐邸』」
「間桐臓硯が連れ去ったという可能性」
桜が連れ去られたとしたら目的はたぶん、桜の身体を本格的に乗っ取るつもりになった、とかだろう。
「次は『街中の何処か』」
「……桜自身の意思で、出てったという事か?」
あり得ない……
俺から見ても、毎日楽しそうにしていた。
俺たちを嫌いになったとも想像出来ない。
「或いは桜を遠隔から洗脳したり、暴走させているかもな……魔術ならそれくらい簡単に出来る」
喋りながら地図に赤ペンで何かを書いていく。
まず間桐邸に○印。
次に人通りが少なそうな道や場所に○印。
「これが魔術的な要因によって徘徊しているなら、必ず人通りの少ない場所にいる」
「俺はそこに行けば良いんだな?」
「可能性①と可能性②…お前の担当は可能性②だ」
頭の中で改めて状況を、おさらいする。
主題:桜が失踪。
原因:可能性①間桐臓硯にやって直接。
可能性②何らかの魔術による洗脳・暗示。
対策:①間桐邸の探索。
②街中の人通りの少ない箇所を捜索。
対応…①ライダー
②俺と慎二(視界共有した蟲)
念の為に警察と藤ねぇにも連絡しておく。
「ぼくは、素早く動けないから蟲をバラ撒く…このケータイ持っておけ、見つけたら連絡する」ポイッ
「わっ……さんきゅ」
投げ渡されたケータイには、慎二と桜の連絡先……電話番号とメールアドレスが登録されている。
呑気に皿を洗っている場合でもなければ、学校に行っている場合でもない。
きっと長丁場になるし、桜が何処かで衰弱している可能性も考慮して、何が必要かを頭の中で組み立てていく。
俺が色々と荷造りしている間に、慎二は学校に欠席の旨を伝えてくれた。
ライダーは既に間桐邸に向かっている。
「よし、それじゃあ行ってくる」
桜の捜索にあたって色々と用意した。
厚手のジャケット。マフラー。手袋。
丈夫でデカいリュックサック。
中には数本の水と非常食の乾パン。
財布。ケータイ。救急セット。懐中電灯。
方位磁針。十徳ナイフ。地図。タオル。鍵束。
携帯カイロ。暖かいお茶を入れた小さめの魔法瓶。
リュックと背中の間には竹刀袋に入れた木刀。
肩から紐を掛けているから、落とす心配はない。
街中を捜索する以上、自転車も必須になるが………これは最悪乗り捨てる覚悟で。
ライダーは、間桐邸が空振りだった場合は俺と合流する手筈になっている。
慎二の蟲も最初はライダーにピッタリくっついて、屋敷の中を共に探索し、空振りだったら今度は空から街中を見て回る。
各々の準備が整った。
一声かけて玄関から出た時……
「!?」
一瞬、視界の端っこに見えた『黒い人影』
俺たちを襲った黒い影を連想する。
目を擦って、もう一度そこを見る。
そこには………
「?……な、なんだ……」
思わず独り言を漏らしてしまった。
そこに居たのは唯の…黒い服を着ただけの人。
ちょっとだけ派手な黒いドレスを着た女の人。
顔は見えなかったが、スラっとしている女の人。
全くの無関係だ。ただの女の人。その背中。
両頬を叩いて気を取り直す。
自分では冷静になったと思っていたが、そうでもなかったらしい。
自転車に乗って、○印をつけた箇所………人通りの少ない場所に向かう。
冷たい向かい風で耳が痛くなる。
もしかすると、何処かで桜が凍えているかも。
カイロとあったかいお茶を持ってきて良かった。
これなら、帰り道もマシになるだろう。
自ずと自転車が速くなっていく。
その分、向かい風が五月蝿く、鋭くなる。
ビュンビュンと風を切る音が聞こえる。
すると、ほんの一瞬だけ、人の声が聞こえた。
「『決して追ってはいけない』…厄災が来るから」
「……!?」
振り返る。
誰もいない。
周りに人は誰もいない。
静かな道。
気のせいか…?
いやでも、確かに『女の人の声』が……
一度止まって、辺りを観察する
やはり、誰もいない。
荒くなった息が、緊張からなのか、それとも自転車を漕いで疲れただけなのか分からない。
このままボケッとしたってしょうがない。
とりあえず、深山町を出て新都に向かう。
地図の○印の殆どは新都だ。
それに…深山町なら、ライダーが空振りだった時、ついでに見て回ってくれる。
交差点まで来た。
深山町の中心にある大きな交差点。
徒歩ならここまで来るのに結構、時間がかかる……
だが…全力で自転車を漕げば30分もかからない。
信号を待ちながら、周囲を注意深く観察する。
今の所、桜らしき人影はない。
「わたしの『ヘルター・スケルター』」
すれ違う人々の喧騒の中から透き通るように綺麗な『女の人の声』が俺の耳にまで通り抜けてくる。
その声は背後から。
思わず振り向いたその時。
「うわあああッ!車が暴走しているゥゥッ!!?」
誰かの叫び声と、急ブレーキの音。
そして……迫り来る暴走車。
歩道の人々を跳ね飛ばしながら、俺の方向にまで…迫ってきていた。