Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
視界を共有した『翅刃虫』が間桐邸の中を飛ぶ。
走るライダーと並走し屋敷中の部屋を暴いていく。
しかし、何処にも誰もいない。
一番怪しい地下室にも、隠し部屋にも。
たぶん、可能性①じゃあない。
厄介な事態になってきた。
可能性②である場合、必要になるのはとにかく街中を走り回ることだ。
なんて、メンドくせー。
もう部屋は全て見た。
ライダーが廊下で止まる。
その直後…黒電話が鳴った。
ぼくは『翅刃虫』を動かして、壁に文字を彫る。
この虫の顎は牛の骨すら噛み砕く程に頑丈であり…しかも鋭い。
『マテ』…と文字を彫る。
そして一旦接続を切って、黒電話を取った。
「もしもし衛宮です」
「嘘ついてんじゃあないわよ」
「チ!……何の用だよ、遠坂」
電話の主は遠坂だった。
声色は苛立ちを孕んでいる。
コイツ、いつもイラついてんのな。
万年生理かよ…このクソ
「聞きたいことが多すぎるの、今から向かうわ」
「フーン……別に構わないけど……」
返事をした瞬間に切りやがった。
礼儀知らずが。
遠坂が何でこっちに来るかなんて、どうでもいい。
とりあえず、ぼくにはやるべき
衛宮に持たせたケータイに電話をかける。
「可能性②の線が濃厚だ……おい、どうした?」
「俺は今!攻撃されているッ…場所は公園ッ!」
それだけ言って、衛宮は電話を切った。
かなり、切羽詰まった状況らしい。
すぐさま『翅刃虫』との接続を繋げ直し、壁に文字を彫っていく。
『イマスグ コウエン』
視界に映るライダーは馬を呼び出して、間桐邸の窓ガラスを豪快に突き破って外に飛んで行った。
コイツどんだけウチの窓割るんだよ。
まぁ……いいや……別にどうでも。
今出来る事は、これで終わり。
後は『祈る』しかない。
それにしても、妙だ。
一体、誰が…衛宮に攻撃しているのか。
昨日からずっと、『虫の知らせ』が止まらない。
窓の外をチラリと見ると、鈍色の雨雲が見える。
もうすぐ…雨が降るだろう。
これからザーザー降りになるかも。
それが何だという話ではあるが。
◆
目の前の『影法師』は動かない。
俺がケータイで電話していた時も。
そして今も……
直接、俺を殴ろうとはしてこない。
正直かなり不気味だ。
目の前の存在は『殴って解決』できる奴じゃない。
それが直感的に理解できる。
「わたしを『追跡』しなければ『無事』で『幸せ』に過ごせます……どうして…たったそれだけの事も出来ないんですか?」
「誰がお前の言う事なんか……」
「『ヘルター・スケルター』…不幸の出目が出る」
雨雲が空を覆っていく。
空は俺の腕のように鈍色に染まっていく。
真冬の風が強くなっていく。
枯れ木が揺れ、枯葉を落とす。
目の前の存在は動かない。
ジリジリと時間だけが過ぎていく。
直接殴るべきか……?
俺の頭の中の選択肢。
①このまま様子見。
②木刀で殴りかかる。
③目の前の敵から逃げる。
俺の直感だが、②は物凄くマズイ気がする。
ならば①か③の二択………
コイツが言っている事が真実ならば、俺は逃げる事が出来るらしい。
だが、ここで逃げたってどうする…?
もしかしたら、コイツのせいで他の人たちが犠牲になるかもしれない。
それに、目の前のコイツと『あの夜に襲いかかってきた影』が全くの無関係とも思えない。
ここで倒さなければ。
街中で野放しになる可能性がある。
ならば、情報を集めなければ……!
「教えてあげます……
「…………は?」
刹那、俺の左手に痛みが走った。
手の甲に、一点だけ。
ほんのチョッピリだけ…針で刺されたような痛み。
「こ、これは…!」
手の甲に『水ぶくれ』が…できている。
そして熱い。
頭とてっぺんと手が熱い。熱くて痛い。
「『ヘルター・スケルター』……雨が降ってくる」
「うおおおおおッ!!?」
すぐさま近くの木の下に飛び込む。
小雨が降ってきた。
雨粒が俺の身体に接触した。
そして接触した瞬間……俺の皮膚に『水ぶくれ』が発生した。
これは能力によるものだ。
この『影法師』の能力…!
魔術ではない…もっと別の特殊な能力だ…!
「貴方は『諦めるべき』です…たったそれだけ」
透き通るように綺麗な声。
それが何故か……
コイツの言っている事……それは『ピース』だ。
頭の中で、最悪な
考える事をやめてしまいたくなる。
それは許されない。
それだけは、やめてはならない。
『影法師』は…ゆらゆらと揺れている。
「考えろ……考えろ……考えろ考えろ考えろッ!」
コイツの言っている事はデタラメじゃあない。
俺を混乱させる罠とかじゃあない。
まず、そう仮定する。
コイツは『追跡』を止めろと言った。
だが、俺は最初からコイツを追跡するつもりなんて、これっぽっちもなかった。
なんなら、今もだ。
俺はずっと攻撃を避ける為に走っていた。
なのに、俺に『厄災』が降り注いでいる。
つまり『スイッチ』はコイツの『追跡』ではない。
俺は……ずっと、誰を『追跡』していた…?
それは当然…『桜』だ。
答えが浮かび上がってくる。
「桜なのか?…それか桜に関する何かなのか…?」
「………………」
目の前の存在は無言を貫いている。
答えは返ってこない。
これが……こんな悍ましい能力……
桜とは思えない。思いたくない。
俺の中の『怒り』が消えていく。
鎮火したそれが形を変え、次第に『恐怖』になる。
冷や汗が止まらない。
右腕が重い。
枯葉を通り抜けた雨粒が、皮膚を襲う。
身体の外も中もボロボロになっていく。
それでも……少なくとも…俺だけは……
『
正体を暴いて…真実を明らかにするまでは…!
「大したもんだ…気に入ったぜ…エミヤ・シロウ」
「ライダー…!…来てくれたのか……!」
雨が強くなってきた。
土砂降りの雨の中。
ライダーが佇んでいて…『影』を睨んでいる。
「だから……
彼は…その手に持っていた『何か』を俺にポイッと投げ渡してきた。
結構な距離があったのに、その『何か』は正確に俺の左手に収まった。
その『何か』は……
ミイラの『目玉』だった。
「は?……はァァァァッ!!?」
「オレはコイツの相手をする…お前は追跡係だ」
「おいッ…事情を説明してくれェッ!!」
「時間がねーんだッ!…とにかく行けッ!!」
ッ!
確かに……そうだ…ッ!
ライダーが俺に『目玉』を渡したのには……
必ず何か
今それを呑気に聞いている場合じゃあないッ!
「ここに来る途中で大体は見て回ったッ!………
俺は知らなければ。
桜を縛る『間桐の呪縛』だけじゃあない。
この…『呪い』としか言い表せない『力』…
その謎を。
その真実を。
雨粒が俺の全身を貫いていく。
顔中は水ぶくれ塗れになった。
瞼が圧迫されて、視界が悪い。
左手に握り込んだ『目玉』を落とさないように……右腕の重みに振り回されないように走る。
記憶と勘を頼りに、近道を探す。
目前に迫る横断歩道。
信号は赤。
あの『厄災』が続いてるのなら、信号無視は………まさに『危険信号』だが、もうこの際なりふり構っていられない。
ガードレールを飛び越えて、斜めに突っ切ろう。
だから『目玉』をポケットに入れようとした。
「え!……あ、あれ……?」
握り込んでいた筈の『目玉』がない。
まさか……落としてしまったのか。
背筋が凍る。
あの状況で渡してきたということは、何か大事な…重要な『モノ』だった筈。
すると、違和感を感じた。
まず、左腕が痒くなった。
最初は水ぶくれのせいかとも思った。
だが、そうじゃあない。
それどころか、頭のてっぺん、顔、左手の水ぶくれがドンドン治っていく。
視界が良くなっていく。
今やもう……雨は脅威ではない。
グニグニグニ…ィ……
俺の左腕の中で、小さな球体が這い回っている。
もう……パンクしそうだ。
今日一日だけで
だけど、事実は変わらない。
『目玉』が体内に入った事で、水ぶくれは治った。
そして、それはライダーが俺にくれたモノ。
つまり左腕に入ってきているのは、この『目玉』に攻撃されているワケじゃあない。
そう思いたいし、そうでなきゃあ困る。
「クソッ!…一体、なんなんだァーッ!!」
困惑している間に、信号は『青』になっていた。
◆
鉄の味がした。
お次は吐き気。
気合いで台所に行って、喉に指をツッコむ。
吐き出したのは、夥しい量の血。
ぼくに『終わり』が近づいている。
あと何日…持つのだろうか……
あと何回…桜の顔を見れるのだろう……
死神の足音が、遠くから聞こえてくる。
そんな気がする。
血を水で流して、口を濯いだ後、キッチンペーパーで拭き取った。
完璧に後処理をした直後、なんか無駄にタイミング良くインターホンが鳴った。
玄関を開けると、傘を持った遠坂がいた。
生理前みてーにイライラしている。
「………上がってもいいかしら?」
「………それって…ぼくの許可いる?」
「……確かに」
なんだ今のやり取り。
傘立てに…その無駄に高級そうな傘をツッコんで、ズカズカとウチに入り込んでくる。
居間には、ぼく1人。
つまりオモテナシする側は、ぼくだけ。
これもまた高級そうな赤いコートを脱いで、几帳面に畳んでいる遠坂を尻目に、台所でお湯を沸かす。
なんでこんなこと…やらないといかんのだ。
なんだかコッチまでイライラしてきたぜ。
カモミール・ティーを二つ淹れる。
砂糖とミルクは…いいや、めんどくせー。
そうして淹れた後で気づいたのだが、これで両手が塞がったら、ぼくは行動不可能になる。
端的に言って……詰んだ。
もうオモテナシとか、どうでもいいや。
顎をしゃくって遠坂を召喚する。
呆れた顔をしている。
別にどうでもいいんですけどね。
「テーブルまで持ってってくんない?」
「はぁ……なんか毒気を抜かれるわね」
「どうも」
うん。
因みに言うと、今の状況って、かなりヤバイ。
もし目の前のコイツが突然キレたらお終いだ。
いや……キレなくても、『ブッ殺すべき』だと判断したなら、その瞬間にソッコーでヤられるだろう。
どうせアーチャーも側に居るだろうし。
なんで……こう……タフな状況ばっかになるかね。
ぼくの前世は極悪人なのかもしれない。