Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
『トリニティ教会』
それはアメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区ブロードウェイ79番地にある。
ニューヨーク市聖公会教区における歴史ある全日礼拝の可能な教区教会であり、その歴史的な…宗教的価値は計り知れない。
そんな教会の『地下』……本来であれば存在しない場所で、1人の男が佇んでいる。
金糸のような
身長185cm。
筋骨隆々だが、流麗さを思わせる黄金比の肉体。
精悍な容貌は、嘗てのセックスシンボル*1たちにも引けを取らない。
男の名は『ディエゴ・スティール』
年齢は27歳。
15歳の頃から一人前の
そんな彼の手には、何枚か羊皮紙が握られていた。
書かれている内容はこうだ。
まず、
日本O県冬木市。
年間観光客数は20〜30万人。
2000年時点で人口は47,228人。
特産品はとり天。
次に、
2002年2月5日時点。
総被害者57名。
その殆どが新都在住。
意識不明の重体。
うち死亡者は5名。
聖杯戦争が勃発しているから。
簡単に要約すれば、こういった内容。
ディエゴは黙々と読み進め、一瞬の逡巡の後に十字を切り、そこから立ち去った。
そうして、無人の地下で音が響く。
地中の奥深くでは、もう風は吹かない。
◆
お風呂の温度は40℃ジャスト。
最初に髪と体を洗ってから、10分浸かって、少し冷たくしたシャワーを浴びた後、鏡を見ながら髭剃り、最後にまた10分浸かる。
これがルーティン。
なんだけれども、今…そのルーティンは……
「………せ、先輩……?」
「え!……あっ……な、何…?」
ビクゥッってしてしまった。
そして思わず目を向けてしまって、浴槽に浸かる桜を見てしまって、またクルリと鏡に目を向ける。
何故こうなったのか?
話は少し前に遡る。
桜を説得した後、しばらく息を整えていた俺は、リュックに入っていたカイロとお茶を桜に渡し、屋根があるベンチに座り込んだ。
爪が食い込んだ肘に絆創膏を貼り、ビショ濡れの髪とカーディガンを絞っているその桜の姿は、やはりまだ陰があった。
だから、俺はモッズコートを羽織らせて、手早くシャツを絞って水気を切った。
そうしていると、身体が鉛のようにダルくなってきて、脚もパンパンに、つまり散々なコンディションであるということが今更ながら遅れてやってきた。
暫くの沈黙。
そして雨の音。
ほんのチョッピリでも勇気をあげたくなって、でも気の利いた台詞は言えなかったから、俺は無言で桜の手をギュッと握った。
弱々しくも握り返してくれた手は冷たかった。
手渡した温かいお茶を飲んでいたが、やはり手先までには届かなかったのだろう。
気になって、横顔をチラリと見ると、未だ暗い顔をして俯いていた。
だから胸の奥底から衝動が湧き上がってきて、その勢いのままに桜をもう一度抱きしめようとした時、遠くから何かが大地を蹴り揺らす音が聞こえた。
(敵か…!?)
なんて思いながら、反射的に公園を『再解析』しようとした瞬間、微かに目に映ったのは、逞しい鹿毛の馬に乗り、忙しなくキョロキョロと首を振るライダーの姿だった。
俺が桜を説得出来たことで、ライダーも『影』(名前は確か『ヘルター・スケルター』だっけか)から逃げられたらしい。
彼は俺たちを見つけた後、家まで護衛するために霊体化して着いてきてくれた。
そうして無事家に帰る事が出来たのだが、玄関で出迎えてくれたのは慎二だけじゃあなく、何故か遠坂まで居た。
色々と詰められると思ったが、ビショ濡れの俺たちを見て、まずはお風呂を勧められた。
だから先に桜から入れさせようとしたのだが……
「一緒に入ればいいじゃない」
「!?」
「こっちだって暇じゃないんだし、衛宮くんが待ってる間も待ってるなんてゴメンよ」
そう遠坂がニヤニヤしながら悪魔みたいな顔で言い放った。
顔を真っ赤にした桜も戸惑っていたが、遠坂にグングンと背中を押されたせいか、抵抗虚しくドナドナされている。
ふと、えげつないくらいの殺気を真隣から感じたので、チラリと様子を伺ってみると………
「………」ペッ
「ちょッ!…おまッ…!な、なにすんだッ!」
「ケッ……いいから風呂入れってんだ」
………唾、吐かれた。
なんか、もう……疲れた。
「じゃ、ごゆっくり〜♩」
脱衣所の扉を勢いよく閉める赤い悪魔と、抗争目前のヤクザみたいな顔をしている慎二に見送られ、俺たちは混浴することになったのだ。
シャンプーして、ヒゲを剃って、いつもと勝手が違いすぎるせいで、ちょっと肌を切ってしまって、それをなんとかバレないように誤魔化しながら、俺も浴槽に入る。
溢れたお湯が排水溝に吸い込まれていく。
そこそこ広いお陰で、二人入ってもスペースはまだまだ余っている。
ちなみに俺はもう高鳴る胸の鼓動でおかしくなりそうだ。
「すいません……イヤ、じゃないですか?」
「え!イ、イヤじゃあないぞ!うん……」
「………わたしも、イヤ……じゃないです」
膝を抱くようにして、縮こまりながら、そう小さな声で呟く。
いよいよ以って、本格的にヤバい。
思考を塗り潰そうとする『ナニか』が腹の奥底から荒れ狂う波のように脳天まで這い上がってくる。
それを必死に振り切るように、乱雑に思考を並べるもんだから、もう頭の中はグチャグチャでガチャガチャだ。
「あれ?……先輩…血……?」
「うっ、いや、これは……ヒゲ剃った時に…」
桜の顔は蕩けている。
目はトロンとして、頬には赤みがさし、どこか無邪気そうに微笑んでいる。
色気がすごい。
クラクラする。
浴槽に入ってから5分も経ってないだろうに、サウナに1時間入った時よりのぼせている気がする。
サウナ……懐かしい。
昔、慎二に誘われて銭湯に行った時、サウナで耐久勝負することになった。
そういえば、あの時は何かにつけて慎二と勝負していたな。
慎二は昔から大体何でもデキる奴だった。
水泳とか料理とかフラッシュ暗算とか……
藤ねぇが飽きて放ったらかしてたギターも、ちょっと練習しただけで弾けるようになってた。
だから、勝負した時は大体俺の負けだった。
唯一勝てた競技は、『ダーツ』くらい。
それもスコアで見れば僅差だった。
そういえばサウナ対決…アレどっちが勝ったっけ?
俺………だったかな……?
もう覚えていない。
「先輩………?」
「うわ!…さ、桜!…顔が近い…!」
あっ。
マズイ。
どんどん顔が近くなっていく。
これは、マズイ。
顔に吐息がかかる。
身体が金縛りみたいなって、動かない。
甘い香りがする。
入浴剤なんて入れていないのに。
湿り気のある『ナニか』が、俺の顎を撫でた。
混乱と混沌と狂熱が俺の中で弾けた。
「ふふ……おいしい……」
限界が来た。
「せんぱい……?」
「おおおおお、俺、出るよ、うん」
そうして、背中にギュッと柔らかい『ナニか』が押し付けられて、耳元から声が聞こえた。
「せんぱい……いかないで………」
ここから先は覚えていない。
◆
関西国際空港。
一人の男が日本に降り立った。
髪は金髪、身長185cm、紺色のスーツで身を包み、赤いネクタイを締めている。
手には黒いボストンバッグのみ。
男は空港を出ると、早速タクシーを捕まえた。
運転手は人の良さそうな笑顔を浮かべながら、車の扉を開ける。
「え、え〜っと…Where do you want to go?」
「日本語で大丈夫ですよ、運転手さん」
「アラッ!?お兄さん、日本語上手だねぇ」
「新大阪駅までお願いします」
流暢な日本語でそう告げると、男は空港内のコンビニで買った新聞を広げた。
如何にも『話しかけるなオーラ』全開だが、この運転手の心はまだ挫けない。
タクシー運転手歴15年のベテラン。
その男の名は、汐華 晴明(しおばな はるお)
年齢53歳。
大阪生まれ大阪育ち。
常に『ウケ』を狙う生粋の大阪人。
彼は関西の立地の全てを完璧に把握し、遠回りして無駄に料金を重なることもなく、更には小粋なジョークも忘れない。
独学で英語やスペイン語などを勉強し、英検準2級をテキストもなしに獲得した。
彼はタクシー運転手の仕事を誇りに思っていた。
プロフェッショナルとしての自負があった。
「あ〜〜〜お仕事で来られたんですかい?」
故に、一度話しかけてみる。
そうして今度こそ『マジ勘弁』ってオーラを出されたら、その時は黙って運転に集中するのみだ。
お客様の中には、誰かと話す事がストレスって人もいるだろう。
いくら話術とジョークに自信があったとしても……その前提を弁えていなければ目も当てられない。
故に、まずは軽く一当てして様子見するのだ。
「あぁ……はい、そんなところです」
「はえ〜〜〜やっぱ…日本語上手ですもんねェ〜〜お兄さん如何にも『デキる男』って感じですから」
客はノってきた。
ここからが腕の見せ所である。
「お客さん、イギリス生まれでしょ?…どうすか?あたってる?」
「当たってますよ」
「やっぱりねぇ〜!」
「ちなみに、理由を聞いても?」
「そら、お客さんの高貴な雰囲気とお洒落でパリッとしたスーツを見りゃあ一目瞭然っすわ!」
彼の得意技、『出身地当て』
数多くの外国人を乗せてきた故に、彼は客の大体の出身地を当てられる。
たまに間違える事もあるが、その理由の大半はハーフだったとか、クォーターだった、とかだ。
そして間髪入れずに『ヨイショ』
この黄金コンボで心を掴むのが、定石。
しかし、それは………
「運転手さん、人によっちゃあね、こーいうのも『詮索』されてるって思って不愉快になるヤツもいるもんなんですよ」
「え!」
見事に裏目に出た。
ダダ滑りである。
「黙って運転してくれます?」
「…へ…へへ……す、すいやせんね…」
バックミラー越しに見える、鋭い眼光。
すっかり怯えた運転手は、新大阪駅まで黙って運転することにした。
日本の2月は真冬の季節。
彼は寒気がしてきたので、暖房の温度を上げた。