Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#37 T.レックス その②

『ティラノサウルス』

別名:T.レックス

最大全長は約13メートル、最大体重は約9トン。

現在まで報告されている獣脚類の中で史上最大級の体格を誇る恐竜の一つに数えられており、中生代*1最後の地質区分とされるマーストリヒチアン最末期の約400万年間にかけて北米ララミディア大陸に生息していた。

 

この恐竜の頭部はかなり大きく、頭骨長は胴長との比較で47%に達する。

頭骨は筋肉がつくと500キログラムにもなった。

上下の顎には鋭い歯が多数並んでおり、他の肉食恐竜と比べると大きい上に分厚く、最大で30センチメートルにも達する。

また、餌食となったとみられる恐竜の骨の多くが噛み砕かれていたことから、驚異的な咬合力を持っていたと考えられている。

 

そして頭部の大きさに反して前肢は異常に小さく、用途は未だにはっきりとしていない。

ただし、その大きさのわりにはかなり大きな力を出せたことがわかってきている。

また、進化の過程で体の前方が重くなったため、前肢を短く軽くすることでバランスを取ったとする見解もある。

近年では前肢の用途として攻撃に用いた、短い理由として集団で死骸を漁る際に噛まれない為などの説が出ているが、未だ結論は出ていない。

 

次に後肢…つまり下半身は、異常に大きい頭部を支えるために太く頑丈なつくりをしていた。

指は4本で前向きに3本後ろ向きに1本生えている。

近年の研究によると、第三指骨および中足骨に負荷が加わると靭帯の働きにより第二、第四中足骨が中央にまとめられ、負荷の方向を一直線にすることで俊敏性を増すのに役立っていたと考えられている。

この後肢を用いて、現生の猛禽類のように獲物を掴んだり引き裂いたりした、あるいは獲物を蹴転がしたなど、狩りの際積極的に攻撃に用いたとする意見も存在する。

 

この脅威の生命体は、紀元前より遥か前の……まだ人類が誕生する前の太古の地球に君臨していた食物連鎖の頂点であり、この生命体が発見された当初から、その巨大さと風貌に依り『恐竜の王』と見做された。

現在では僅かに大きいスピノサウルスなどが見つかっているものの、依然として『人類の認識』の中で最大・最恐の脅威として刻み込まれている。

 

 

 

 

『彼』には身寄りがいなかった。

友人もいなかった。

日銭を稼ぐために学校に行かず、牧童として働くだけの毎日……そんな、孤独な少年。

彼は自分を『この世のカス』だと思い込み、心のネジ曲がった人間に染まるのも時間の問題だった。

 

だが、そんな彼にも『転機』が訪れる。

13歳のある日の夜。

それは『運命(Fate)』の夜。

 

迫り来る『屍鬼(グール)』に背を向け、必死に恐怖を飲み込んで走った少年は幸運にも…たまたま救助に来た代行者(エクスキューター)『アントニオ・ボラン』に助けられた。

 

そこで、『彼』は初めて世界の裏側に潜む怪物たちの存在を知った。

それと同時に強い『憤り』と『使命感』が芽生え、彼は『死徒』を狩る『代行者』としての道を選んだ。

 

後に彼の師匠となる『アントニオ・ボラン』は……当初は『師事させて頂きたい』と懇願する少年を強く拒んだ。

怪物に立ち向かう戦士として、あるいは主に忠誠を誓う信徒として、穏やかな青春の大切さを説いた。

 

だが、少年は折れなかった。

何度も何度も頭を下げ、それでも尚拒む『アントニオ』の前で、壊れかけの木の柵を蹴り折り、その木片で身体に十字を描くように、自らを切り裂いた。

胸から臍までかけて、真っ直ぐに刻まれた赤い線、それは彼の『覚悟』の証明。

 

「切り裂いたこの傷は、主に忠誠を捧げる『誓い』の線です……どうか、オレを弟子にしてください」

 

かつて、彼は死んだ目をしながら馬糞を運んだ。

かつて、彼は死んだ目をしながら水を汲んだ。

かつて、彼は死んだ目をしながら草を干した。

 

時に通学路を羨ましそうに眺めた。

叱責してきた牧場主を恨めしそうに睨んだ。

神はいないと教会を冷めた目で見下した。

 

13歳のある日。

彼はもうイジけた目つきをしなくなった。

代わりに…彼の瞳に『情熱』と『決意』が宿った。

 

『アントニオ』は彼の瞳に宿る…気高き『覚悟』と黄金のような『誓い』に賭ける事にした。

 

師事してから最初の1年間は、ただ只管に長距離を走らされ、そして走り終わった直後に『深呼吸』を何度も何度も繰り返す……まるで陸上選手のトレーニングのような修行だった。

晴れの日も雨の日も嵐の日も…春夏秋冬のどんな日であっても、彼は只管に走り続け、深呼吸をした。

 

彼は一度たりとも文句を言わなかった。

それどころか、数ヶ月経った頃には、この修行の『本質』を見抜いていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ちょうど修行を始めてから半年が経った頃には、彼は10分間息を吸い続けて10分間吐き続けるようになり、逆に1秒間に10回も呼吸する事ができるようになった。

彼は自分の呼吸が次第に奇妙な変化を遂げている事に気がついた。

()()()()()()()()()()と直感した彼は、早速師匠に報告した。

するとその日の晩、彼は師匠に外に連れ出された。

 

目的地は古びたトンネル。

月光さえ遮る闇の道。

カンテラを片手に佇む師匠が大きく息を吸い込むと、コォォォと奇妙な音を奏でながら息を吐いた。

 

「ノミっているよなあ……ちっぽけな虫ケラのノミ。あの虫は我我巨大で頭のいい人間にところかまわず攻撃を仕掛けて、戦いを挑んでくるよなぁ…巨大な敵に立ち向かうノミ…これは『勇気』と呼べるだろうか?ノミどものは『勇気』とは呼べんなあ」

 

「……師匠?」

 

「ではディエゴ…『勇気』とはいったい何か?」

 

カンテラを手渡し、独特な構えをとる。

師匠と呼ばれた男の身体から、バチバチッと電流が流れるような音がして、次第にそれが勢いを増していく。

 

「『勇気』とは『怖さ』を知ることッ!『恐怖』を我が物とすることッ!呼吸をみだすのは『恐怖』…だが『恐怖』を支配した時!呼吸は規則正しくみだれないッ!波紋法の呼吸は『勇気』の産物!」

 

それはエネルギーの躍動。

そして生命の鼓動。

トンネルに反響する音。

その正体は『未知なる力の流動』であった。

 

「人間讃歌は『勇気』の讃歌ッ!人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!いくら強くてもこいつら死徒は『勇気』を知らん!」

 

『アントニオ・ボラン』は代行者だ。

しかし、()()()()()()()()()

その肉体は飽く迄も…鍛え上げられた人間の枠を超越している訳ではない。

にも関わらず、この男は代行者となり、数多の『死徒』を討伐してきた。

 

『何故、死徒と渡り合う事ができたのか?』

 

その答えは、この独特な呼吸法『波紋法』によって生成した『()()()()()()()()()()()』を操る技術であった。

 

「ノミと同類よォーッ!!」

 

凛とした声を張り上げながら、ジャンプの姿勢さえとらずに、真っ直ぐに跳躍ッ!その勢いのままに放たれた蹴撃が暗闇に突き刺さる。

 

「ギニャアァァーーーッ!?」

 

トンネルの天井に張り付いていた『屍鬼(グール)』が、苦痛に悶えながら、ライフルで撃ち落とされた野鳥のように、ポトリと地に堕ちた。

 

「キミは『魔術回路』を持たない……だが、それでも『死徒』を倒す事が出来るッ!…この『波紋』の力を操る事ができたなら」

 

「どうかオレに『波紋』の使い方を教えてください。どんな苦しみにも耐えます…どんな試練も克服します」

 

『ディエゴ・スティール』は静かに頭を下げた。

それはかつて…牧場主に叱責された時のような……投げやりなものではなく……

目の前の男に対する『敬意』からのものであった。

 

彼はこの先ずっと、きっと死ぬまでずっと……

この運命の夜を覚えているだろう。

 

 

 

 

それは、正しく『暴力の化身』であった。

猫のように柔軟に、そして狡猾に動き回る。

猛り狂う雄羊のように、獰猛に突進する。

時に戦闘機のように跳ね回り、フルスロットルの車が発進するように肉薄した。

この恐竜は常々…猟犬のように吠えた。

太古の地球に鳴り響いていた轟音が大地を揺らす。

『本来』よりも遥かに小さな『2m』の体格であっても…暴虐の王に相応しい躍動がそこにはあった。

 

対峙するのは冬木の親父『言峰綺礼』

その正体は聖堂教会の代行者(エクスキューター)

 

この男は冷静に襲い来る恐竜の魔の手を捌き、幾度となく痛烈な一撃を凌ぎ切っていた。

 

「ウシャアアアーーーッ!」

 

ゴワシィィィイッ!

 

轟音と化した打撃音と共に、熾烈な攻防戦は唐突に終わりを告げた。

とうとう振るわれた尻尾に捉えられた言峰は、吹き飛ばされた勢いのままに扉を突き破り、身廊に身を投げ出した。

 

「ぐっ……!」

 

赤いカーペットに血が溢れ、赤黒い染みが滲む。

すかさず爆発的に跳躍し追撃する『恐竜』が踊り懸るも、ほんの僅かな隙をついて立ち上がった言峰は、瞬く間に体制を立て直し、無駄のない動作で、まるで踏み砕くように地面に足をドシンッと踏み落とした。

 

この動作は『震脚』と呼ばれている。

地面を強く踏み付けるようなような踏み込み。

こと八極拳では一撃の威力を極限まで高めるための発勁のために、この震脚を用いた動作を多用する傾向にある。

 

メメタァアッ!!!

 

「ギャアアアァァーーース!」

 

常人であれば、それは一瞬の出来事だろう。

体勢を立て直し『震脚』を以って勁*2を発した言峰は、踊り懸る恐竜の側面にすかさず肘撃を叩き込んだのだ。

苦悶の叫びを放ちながらもんどり打った『恐竜』は、言峰の間合いの外に墜落した。

 

落下地点は講壇*3

木が張り裂ける音が教会の中に響き渡る。

 

「…………」

 

それを油断なく見据える言峰は、静かに『ネコ足立ち』の構えをとっていた。

言峰は『八極拳』などの中国拳法に精通していた。それはつまり、攻撃だけでなく『型』も知っているという事。

故に、この油断ならない状況に最も適した防御体勢を、半ば無意識に身体がとっていたのだ。

 

「くっ……このッ…蝙蝠ヤロウがァ〜〜〜ッ」

 

視線の先、破壊された講壇の上に横たわる恐竜の肉体が、グニグニと変化し、忽ち人間の形に戻っていく。

だが、ある程度するとその変化も止まってしまった。

悪態をつきながら、その場にしゃがみ込んでいるのは、人間でない。

ましてや恐竜でもない。

それは『半人半獣』と化したディエゴだった。

 

「だが、お陰で貴様の『有罪』が確定したぞッ!」

 

ディエゴは叫びながら、壊れた講壇の中に隠されていた『何か』を取り出した。

 

杉綾織の亜麻布(リネン)

生成りに近い象牙色の布。

長さは大体45cm程。

 

「オレに……隣人に偽証したなァーーッ!?これで貴様が()()()()()()()()()である事が確定したッ!もう貴様は生かしておけないッ!」

 

ディエゴはこの布に包まれた『何か』の正体を……とっくに知っていた。

故に、彼は燃え上がる怒りのままに獰猛に吠えた。

*1
約2億5190万年前から約6600万年前にあたる古生代・中生代・新生代と分かれる地質時代の大きな区分の一つ。

*2
勁とは体の「伸筋の力」「張る力」「重心移動の力」などを指し、中国武術における力の発し方の技術のことを指す。

*3
キリスト教会において教役者が礼拝を導き、説教を行う場所。

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