Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
粗末な絞首台で『
荒野。
ただ、誰もいない荒野。
喉の渇きに喘ぐ人々を嘲笑うかのように、雲一つない青空の中で、太陽がひび割れた大地を照らす。
『
遠くから、1人の男が歩いてきた。
砂埃で汚れた外套を纏う男は、絞首台を見て、小さく呟いた。
「………お前ってさ、ほんっと、バカだよねぇ」
男は嘲笑った。しばらく嘲笑った。
そして、彼は『
干からびた骸が、ボトリ、と音を立てて、大地に投げ出された。
骸に表情はない。
怒りも、苦悶も、安らぎも、悲しみも。
あまりに何もない、ただ人形のような無表情。
それを見た彼は、舌打ちをして、それから、背負っていたスコップで、ひび割れた大地を、がむしゃらに掘り始めた。
「言ってたよな、『砂漠の砂粒ひとつほども後悔はしていない』って……フンッ……どうしようもないヤツだよ」
なんとか、1人分の穴を掘った彼は、倒れ伏す骸を、まるでゴミでも捨てるかのように、ポイっと穴に投げ入れ、穴の横に盛られた乾いた土を蹴り落とし、次第に穴が覆われていった。
彼は、水筒に入った水を浴びるように飲んだ後、スコップで大地に文字を刻み始めた。
『エミヤ』と。
だが彼は、ため息をひとつ吐いて、一拍を置いた後、何故かスコップをまだ柔らかい其処に突き刺し、刻まれた文字を足で踏み躙った。
文字が消え、ただそこには真っ直ぐ突き刺さったスコップのみが残った。
◆
人は、夜に限って、眠れなくなるものだ。
本当は寝て体力を回復しなければならないが、それでも眠れないのだから、しょうがないだろう。
今、間借りしているこの和室は、どうも昔から落ち着かない。
そもそも実家が洋館で、ベッド派なのだから、これもまた、しょうがない事なのだろうか。
ふと気がつくと、僕の傍に『男』がいた。
かなり唐突に。
赤い外套、髪は銀糸のような白髪、褐色の肌、精悍な顔つきは戦場の兵士のように強張り、双眼は真っ直ぐで揺るがない。
1ミリでも魔術を齧っていれば、誰でもわかる。
コイツは『
そして、遠坂の『
「あんた誰です?」
なんてね。
だが今まで姿を見せなかった遠坂のアーチャーが、何故今になって現れたのか。
「……間桐慎二、お前は……何の為に戦っている?」
コイツ、どうやら会話する気ゼロらしい。
しかも質問内容も『いまさら?』ってカンジだ。
「お前の『妹を救う』という欲望は、本当にお前自身の欲望なのか?…それがお前の戦う意義なのか」
「…………………」
コイツ、めんどくせぇヤツだな。
欲望だの、意義だの、何の為だの。クドクドクド。
生きてて楽しいのかね?
「まず、ぼくはお前の『正体』が誰であろうと興味ない…例え『ガイウス・ユリウス・カエサル』並みのビッグネームだとしてもだ……だからひとつだけ偉そうな事を言わせてもらう」
「……………」
「ぼくはまだ『マイナス』なんだ…『ゼロ』に向かって行きたい…『聖杯』を手に入れて自分の『マイナス』を『ゼロ』に戻したいだけなんだ」
詰まる所、ぼくの戦う理由はこれだ。
色々と言い換える事だってできるだろう。
もっと耳障りのいい言い回しだって。
だが結局は、ここに行き着く。
これは『誰かの為』じゃあない。
どこまでも『自分の為』だ。
だから、桜が義理なんぞを感じる必要もない。
ただ、自分が『信じられる道』を歩んでいたい。
たったそれだけのこと………
アーチャーは、目を閉じて、何も言わずに霊体化した。
最後までよく分からんヤツだったが、まぁ所詮遠坂の『英霊』なのだ……マトモなヤツなんて呼べんだろう。
さて、いよいよ寝る時間だ。
律儀に敷いてくれている布団に潜り込み、部屋の電気を消す。
誰かが廊下を歩いているっぽいが、まぁ、ぼくにはカンケーないだろう。
「慎二、今ちょっといいか」
うーわ。サイアク。
まだなんかあるの?
◆
2月9日。
俺とライダー、2人だけの朝食が終わって、時刻は午前九時。
桜はまだ部屋で寝ている。
慎二は部屋で新聞を読んでいて、ゴロゴロしている。どうやら後で桜と朝食を食べるらしい。
事がここまで深刻になった以上、聖杯戦争が終わるまで学校に行く気はない。
この後、俺とライダーは、遠坂と合流してイリヤの下へ行く。
慎二は家で桜の『護衛』だ。
今の桜を外へ出すのは危険すぎる。
昨日の深夜、遠坂が帰った後、桜は熱を出した。それも、不自然な高熱だ。
幸いライダーのおかげで持ち直しはしたが、多分桜はまだ、危ういバランスの上に立っている。
…… 臓硯がどんなつもりでいるかは知らないが、不安定な桜と臓硯を会わせる訳にはいかない
それに、桜だけじゃあない。
慎二も長くは保たない。
俺がするべき事は、この戦いを早急に終わらせる事。
俺には桜と慎二を助ける力はない。
だが聖杯なら、それらは容易いはずだ。
本当なら出発前に、桜の顔を見たい。
だけど、それよりも、今はただ時間が惜しい。
遠坂はいいヤツだ。
俺の作戦に乗ってくれたし、もうこの聖杯戦争が『マトモ』じゃない事を危惧して、俺と慎二に協力してくれている。
1人になっても戦うつもりだった。
最後まで、この戦いの決着を見届けるつもりだった。
でも、俺は1人じゃない。
セイバーを失っても、まだ、1人じゃない。
不思議と勇気が湧いてくる。
正しい事の白の中に、俺はいる。
食器を洗い、寝巻きを洗濯機に入れ、着替える。
玄関には既にライダーが腕を組みながら壁にもたれかかっていて、眼を閉じて待っていた。
最後の確認。
用意した荷物は、木刀を2本押し込んだ竹刀袋と、軽い食料を詰め込んだザックだけ。
地図、コンパスといった物は持っていかない。
もともとイリヤの魔術によって得た直感である。なら、頼りになるのは見せられた記憶と、自身の直感だけだろう。
とりあえず、タクシーを拾って森の入り口に行く。
そこで遠坂と落ち合う予定だ。
最短で行けば日暮れ前にはイリヤの城に着ける。
その後の事は、イリヤに会ってから考えよう。
ライダーは既に霊体化している。
俺はタクシーが来る車道まで歩き、タクシーを拾う。
そしてボンヤリと窓の外を眺めながら、『昨日』の事を思い出していた。
『昨日』の深夜、俺は慎二に『真実』を話した。
『真実』は2つあった。
しかし、もう片方は話さなかった。
話せなかった。
そして、話すべき事じゃないと思った。
俺が打ち明けた方の真実、つまり、桜が『スタンド使い』だったと話すと、慎二は顔を強張らせて、額の冷や汗を拭った。
『一体いつから?』
分からない。
あの『スタンド』が桜のものだという事は、もはや疑っていない。そう直感が告げている。
だが、一体いつからなのか。
そして、『目覚めた理由』は?
これも直感だが、臓硯が関係しているのかもしれない。
桜の身体を自由に改造できるのは、臓硯しかいない。
あれが例えば、植え付けられた『実験の産物』で、今の今まで発現していなかった。だから、桜は『自覚』していなかった、というのが一旦2人でまとめた仮説だ。
昨日、慎二に直接桜本人に聞くべきか、と聞いてみたが、どうやら俺と同じく結論は同じで『藪蛇』だと判断した。
慎二は今日一日中、桜の『護衛』だ。
俺は慎二が桜を害する事は絶対にないと信じている。
俺と同じ、『桜だけの味方』だと思っている。
だけどもし、俺が打ち明けられなかった『真実』に到達した時、慎二は何を思うのだろう。
それだけが気掛かりだ。
整備された国道から離れること数分。
初見にして見覚えのある森の入り口が見えてきた。
時刻は正午を過ぎたあたり。
イリヤの『眼』から見た時、城までここからざっと四時間ほどだった。
この先は自分の体力と、魔術師としての
森の入り口には既に遠坂がいた。
ライダーも霊体化を解き、森を見据えている。
会話はない。
ただ顔を合わせて、一度頷いて、それから森の入り口を睨んだ。
『行くぞ!』なんて号令した訳じゃあないのに、おれたちは同じタイミングで、イリヤの下へ一歩を踏み出した。
そうして、森を歩く。
充満した樹液の匂いが少し息苦しい。
あれから二時間、イリヤに魅せられた道順通りに進めているとは思う。
一応遠坂が持ってきたという古い地図と時々見比べたりしているが、なんだか手応えがあるのかないのか……ただ、進むしかないというのは共通認識なのか、俺たちはやはり口数少なく歩いていく。
遠坂は気を張っているし、ライダーはこの森が気に食わないのか、どこか不機嫌そうだ。
「衛宮くん、妙な気配が………」
唐突に遠坂がこっちに振り返った瞬間…
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ…
「な、なにィ…!?」
木々が揺れる。
遠くからは爆発めいた音が響いてくる。
……違う。
これは地震なんかじゃあない。
何か、台風めいたものがすぐ近くで暴れている…ッ!
「遠坂ッ、ライダーッ!」
「どうやら一歩遅かったようね、わたしたち」
「だがまだタイム・ボーナスは失っちゃいない」
俺が叫んだ瞬間にも、既に2人は行動を始めていた。
遠坂は霊体化を解いたアーチャーと共に爆音の方向に走り出し、ライダーはいつのまにか『馬』に乗って遠坂を殺人的な加速で追い抜いて行く。
2人に迷いはない。
ならば、俺も迷っていてはいけない。
「イリヤ、無事でいろよ…………!」
木刀を強く握りしめ、遅れまいと全力で背中を追いかける。
風の音、段々と大きくなる地響き。
発信源は近い。
もう目前、前方数メートルまで来ているッ!
「ッ!?」
足が止まる。
木々のない開けた広場に出ようとした瞬間、全力で足を止めて身を隠した。
「バーサーカー……!?」
遠坂もライダーも身を隠し、広場の惨状を直視している。
……広場は文字通り戦場だった。
刃を交わらせる『
1人は黒い巨人、
もう1人は白い髑髏面の影法師、
そしてもう1人…………もう、1人は。
「…………そんな、事がッ」
3人目の『
黒い甲冑に身を包んだソレは、初めて見る相手。
だが、それは、同時に俺のよく知っているヤツを連想させた。