Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
時刻は午前十一時半。
道場での
慎二は相変わらず部屋でカンヅメ状態。
時々部屋の中から『ギャルギャルギャルギャルッ』と、どう考えてもヤバい音が聞こえてくる。
これは……ライダーの『回転』の音なのか?
だとすると、慎二はもしかして……
あれを『習って』いるのだろうか。
………俺と同じだ。
俺がこの『左腕』の制御を頑張っているように……慎二もまた、頑張っているのだろう。
………負けていられない。
男のプライドってヤツだろうか。
慎二は桜の味方。
俺も桜の味方。
どっちが良いとか優れてるとかって話じゃあない。
仲間として、友だちとして、きっと俺たちは協力し合うだろうし、状況によっては互いが互いの為に命を賭ける事もあるかもしれない。
そう信じることができる。
だけど……どうしてかな……
やっぱり『
勝ち負けなんて無い筈なのに………
考えに耽っていると、食卓には『
台所には小さな弁当箱も。
あれは慎二の分だろうか。
遠坂はなんとなく…慎二のことが気に食わないようだが、あの様子だとちゃんと二人で慎二の分の昼飯を作ったらしい。
アイツは、なんて言うだろう……?
まぁ…まず、素直にお礼は言わないだろうな。
それで遠坂がブチキレて、慎二が火に油ブッかけて、桜が間でアワアワしている様子が目に浮かぶ。
部屋の前に弁当置くのは、俺の役割にしよう。
◆
昼飯の後は、また鍛錬……はせず、聖骸布の確認や、俺のメディカルチェック、魔術を使用する際の『心構え』とかをしっかり頭に入れ、肉体は休息を取るように言われた。
その後は道場の掃除と後片付けしたり、イリヤと他愛もないおしゃべりをしたり、慎二と遠坂と俺で今後の方針を固めたり、熱がぶり返してきた桜を看病したり、気合い入れて夕食(かじきの唐揚げと肉じゃが)を作り遠坂とイリヤをビックリさせたりして、時間が過ぎていった。
慎二は相変わらず部屋でカンヅメ、今日一日、方針を話し合った時以外では、殆ど姿を見なかった。
部屋の前に置いた弁当は空だったから、メシは食えているのだろう。
だけど……夕食は慎二だけ『お粥』をリクエストしてきた。
それがどうも気掛かりで、ホントは様子が気になって仕方がないのだが………
それを、アイツが望むとは思えない。
アイツはいつも、相手が誰であっても『対等』でありたいと常々想っている。
車椅子だからって誰かに同情されたり、憐れだと思われる事がこの世の何よりもムカつく…って言っていた。
だからここで、俺がアレやコレやと気遣ったりするのは、悪手というヤツだ。
付き合いが長くなってくると、自然と
だから、俺に出来ることは、こうしてお粥を作ってやるくらいしかないのかもしれない。
少なくとも……この『日常』の間では………
時間は二十二時過ぎ。
「時間ね、そろそろ行くわよ士郎」
準備を済ませ、遠坂が現れる。
このまま予定通り、遠坂と町の巡回に向かう。
今できる手段が町の巡回、というのもマヌケな話だが、今はそれしか出来る事がない。
少なくとも遠坂が準備している『対抗手段』が出来上がるまでは。
だが、それでも『穴熊』はしていられない。
今朝のニュースであったように、間桐臓硯は町の人間を襲い始めている。
今は敵わないまでも、犠牲になる人々を出さない為に、夜の巡回は無駄ではないと思うのだ。
巡回は俺と遠坂の二人。
ライダーは桜とイリヤの護衛。
慎二は車椅子だから同様に『護衛』だ。
そう…『護衛』だ……アイツはいざとなったら戦うつもりでいる。
もう『遺体の左腕』はないというのに。
俺の『左腕』に埋める為に………
桜も俺と同じ気持ちなのだろうか。
寧ろ、桜は俺と慎二……二人も案じている。
その心労は、きっと計り知れない。
だから…決着は早急につけなくては。
言葉少なく、二人で歩く。
町に灯りはない。
ただ何処までも真っ暗。
それでも只管に歩いた。
……………中央公園は無人だった。
昼間でも人気のない公園は、その静けさを益々増している。
公園はオフィス街の真ん中にある憩いの場ではなく、未開の地に広がる荒野と何も変わらない。
公園にはなにもなかった。
いっそ不自然なほどに………
時刻はそろそろ日付を変えようとしている。
俺たちは新都のオフィス街を抜けて、冬木大橋を渡り、深山町…つまり住宅街に足を踏み入れた。
その直後、背後から声が聴こえた。
「あのォ〜お兄さん『衛宮士郎』さんですか…?」
「…………え?」
それはまだ声変わりもしていない少年の声だった。
振り返ると、そこには俺よりも一回り小さい少年が、一枚の手紙を持って立っていた。
チラリと遠坂を横目で見ると、警戒心バリバリで、既に戦闘体制を構えていた。
奇妙な状況だ。何が正解なのだろうか。
だが、とりあえず……対処しなくては………
「これ……はい……あなたに渡せって………」
そう言って少年は手紙を手渡してくる。
こういう時はまず『観察』だ。冷静に。
目の前の少年は、俺よりも一回り小さい。
キャップを被っていて、服はベースボールシャツ。
黄色のリュックを背負っている。
靴はおそらくスパイクシューズだ。
目には困惑と少しばかりの緊張の色。
だが虚ろじゃあない。
多分、そこに意識も意思もある。
誰かに操られてはいなさそうだ。
手渡された手紙には『衛宮士郎 様』と書いてある。
「じゃ!渡したよ」
少年は手紙を受け取った俺を見るや否や、タタタッと軽快に走りだした。
このままだと走り去ってしまう。
「ちょ…ま、待ってくれッー!…こ、これ何だ?」
「え…う〜ん…渡せばいいって言われた
……あっ、行ってしまった。
小さな背中がどんどん遠ざかっていく。
それにしても……黒い服のお姉ちゃん?
あの子、一体何を言っているんだ。
いや、待て。
この状況がそもそもヘンだ。
なんで………………
「士郎………
「ッ!?」
この声……遠坂の声……
硬い声だ……スゴく緊張している………
遠坂は本気で『あの少年』と『俺に渡された手紙』を警戒している……
遠坂はただの女の子じゃあない。
一流の『魔術師』だ……だから『警戒』している。
そしてこの妙な感覚。
首元がチリチリして、痒くなるような感覚。
俺と遠坂の予感はきっと的中しているッ!
パッ!…ヒラヒラ…
手紙から指を離す。
手紙は重力に逆らえず、ゆっくりと、ふわりふわりとその風に乗って舞うように地面に吸い寄せられていく。
そしてポトリ、と地面に落ちた時、ちゃんと封されていなかったのだろうか……?手紙から一枚の『紙』が滑るように現れた。
そこには……………
『ひだりうで 切り落とせばぁ…?』
女の子みたいな丸い文字で、そう書かれていた。
「なんだ……これはッ……!?」
『手紙』『少年』『この文言』
全てが意味不明だ。
脈絡がない。
風邪の日に見る悪夢のようだ。
ただ…………
ただ一つ言えるのは、この『手紙』を書いて渡させたヤツは、間違いなく………
それが、その事実が……どうしようもなく、気持ち悪かった。
ふと、地に落とした視線を上げると、走り去った筈の少年がピッタリと止まって、俺たちに背を向けて立っていた。
そしてゆっくりと振り返って、フラフラと向かってくる。
「ねぇ!……あなた……止まりなさいッ!」
鋭い声色の警告。
それでも少年は止まらない。
とうとう遠坂は『魔術師』として、人差し指を立て、少年に指差した。
「おいッ…止まれッ!怒るぞッ!!」
たまらず俺も声を荒げる。
遠坂は『
本気でこの子に『魔術』をブッ放すつもりでいる。
それでも少年は止まらない。
まだ顔は遠くて見えないが……誰が見てもこの子が、異様な様子だと分かってしまう。
ガンッ!……グ…グググッ…ググッ……スリ…スリ…スリスリ……
少年は……車道の側の、バス停の看板……
つまり『時刻表』にぶつかった。
なのに、止まらない。
いや止まらないんじゃあない。
少年は時刻表にヘッドバットしている…!
そして間違いなく俺たちに向かっているッ!
「遠坂ッ!俺たちは『攻撃』されているッ!!」
こ………この子どもはッ……!?
「パギャアァーッ!!!」
く、来るッ!!
顔面を血塗れにして、目ん玉がはみ出そうになっているのにッ!
た…『対応』しなくてはッ……!
ダン! ダン! ダン!
その時、夜の静寂の中で銃声が響き渡った。
勿論それは銃声ではない。
だが…そうとしか聴こえない音だった。
遠坂の指から、魔力の残滓…つまり『残りカス』の……タバコみたいな、薄い煙が漂っている。
それは…その魔術は『ガンド』という。
ルーン魔術の一種。
呪う相手を人差し指で指し、その体調を崩させる。
対象を視界に入れて狙う様から『ガンド撃ち』とも呼ばれている。
フィンランドでは人を指差す事は失礼、という文化があるらしいが、それはガンドと関係があるのかもしれない。
遠坂のそれは『ガンド』と呼ぶにはあまりにも高威力で、まるで『.44マグナム弾』だったが、それが功を奏したのか少年の膝は砕け、地面に斃れ伏した。
そして……それを油断なく睨みながら、遠坂は慎重に、忍び足で少年に近づき……その…真っ新でおそらく新品の帽子で覆われた…サラサラの髪で包まれた、小さな頭を指差した。
「ッ!?…おいッ!やめッ…!」
ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!
5発。
魔力で構成された弾丸が、5発も。
入念に、執拗に、残酷なまでに精確に、こめかみに撃ち込まれ、顔面だけでなく頭蓋も破壊していく。
そして、一人の少年が死んだ。
判っている。
あぁ、判っているさ。
さっきは咄嗟に止めようとしてしまったけど。
判っている。
『ガンド』によって砕けた膝小僧から流れ出る『血』は、たしかにフツーじゃなかった。
少年の頭蓋から漏れ出る『血』は、赤くなかった。
流れ出る血は『黒色』だった。
闇夜よりも黒く、影よりも暗い。
コールタールのような粘り気もある。
この『少年』は…もう『少年』じゃあなかった。
そんなことは判りきっている。
だけど……それでも、もう少しの間だけ………
この子を『救えた可能性』を探してあげたかった。
「この子が着ているユニフォーム……メジャーの『シカゴ・カブス』ってチームね………『ナイキ』のスパイクも履いてる……」
「え…………と、遠坂…?」
「帽子もたぶん『シカゴ・カブス』………この子、きっと野球がスゴく好きだった……マウント深山*1の草野球チームにも所属してたでしょうね……」
「…………………ッ」
「この子の両親はきっと今も帰りを待ってる………でも、もう帰ってはこない……」
遠坂の目は死んでいない。
独り言を喋っているが、それは譫言じゃあない。
ただ、ゆっくりと噛み締めている。
『
彼女は、ただ……『真実』を噛み締めているだけ。
それが、どうしても見ていられなかった。
だから『何か』を言いたかった。
けれど言葉が出てこない。
俺はただマヌケに突っ立ってただけだ。
俺は……遠坂に『おっかぶせた』んだ。
『罪を背負う』という役割を。
「士郎……今日はもう、帰りましょうか」
無表情だ。脳面のように。
感情を押し殺している。
御伽話の冷酷な魔女のように。
だけど、俺は見てしまった。
遠坂の、小さくて綺麗な…女の子の手が……
それだけで、俺はもう……耐えきれなかった。
「吐き気をもよおす『邪悪』とはッ!なにも知らぬ無知なる者を利用する事だ……!!自分の利益だけのために利用する事だ…ッ!ましてや『子ども』を!…てめーだけの都合でッ!」
住宅街には光がない。
ここは既に食い荒らされた跡地。
『貝塚』みたいに『残りカス』しかない。
「ゆるさねぇッ……クソ爺…ッ!!」
それでも俺は吠えた。
感情が昂ったからでもある。
怒りを抑えきれなかったのも勿論ある。
だけど……俺はどこかで……
「うるせぇ!近所迷惑だ!」なんて………
ここに住んでいる、名前も知らない住民に、怒鳴られる事を期待していた。
だけど返ってくるのは沈黙だけ。
誰も、何も言わない。
なぜなら……
ここの家々に『光』など無いのだから。
ドロドロ……ドロドロ……グチャヌル…グチョ…
少年の遺体が影に溶けていく。
真っ黒なコールタールが、コンクリートに染み込んでいく。
少年は『影』に食われた。
俺たちは少年の名前すら知らない。
そして、少年の『両親』は少年がどうやって死んだのかさえ、わからないまま生涯を終えるのだ。
それがどれだけ残酷なことなのか。
俺は……………………
俺は……………………
せめて、この『罪を背負う』役割だけは、担うべきだった。
これが『迷った罰』なのか?
だとするなら………もう二度と………
俺は