Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
2月11日。
朝。
緩やかに意識が覚めて、緩やかに体を起こす。
時刻は八時を回っていた。
遅刻だ。
学校には行かないから遅刻というのは正しくないが、寝坊した事に間違いはない。
朝メシ、作らないと。
起きて着替える。
寝巻きから普段着に着替える時、否が応でも布に巻かれた『左腕』が目に入る。
「……………………よっ」
朝の準備体操、とばかりに左腕を振り上げてみる。
問題ない。
左腕はこっちの命令通り、きちんと肩の高さまで振り上がってくれた。
痛みはもうない。
ヘンな感覚もない。
居間に向かいながら左手をグッパーしてみる。
異常なし。
いっそ、この『布』が目障りになってきた。
それくらい、俺の左腕はいつも通りに見えた。
「あっ、シロウ!おはよー!」
居間には既にイリヤが座っていた。
お行儀よく、背筋を伸ばして正座していて、小さな体と絹のように綺麗な髪もあいまってか、こうして見ると等身大のお人形さんみたいだ。
「今日はお寝坊さんね……ならシロウの朝ゴハン、わたしが用意してあげる!」
そう楽しげに言ったイリヤは台所にタタッと入っていってしまった。
イリヤの朝食………楽しみではあるが、同時に強い不安も抱いてしまう。
断言するが、イリヤは台所に立った事もなければ包丁を持った事もない筈だ。
「あー……横にいて監督してやった方がいいんだよな、こういう場合」
だがこういう時は、ピッタリ付きっきりでやっちゃあダメだ。
それじゃあイリヤの自立心は育たない。
それに、俺がアレコレ主導してしまうと、折角自分から朝ゴハン作ろうとしてくれたイリヤに失礼だ。
口は出さない。
包丁も握らない。
あくまで様子を見るだけ……………………
………………………と言いたい所だけど。
「イリヤ、その持ち方じゃ危ないぞ…包丁を持っている時の反対の手はネコの手にしなくっちゃあな」
「えー?ネコ〜?…わたしネコになるのヤダ……」
意外だな。
ネコが嫌いなのか。
女の子って大体みんな好きだと思ってた。
「わたし、ネコはニガテ………」
………あっ、でもちゃんとネコの手してる。
それに、キレイにトマトをカットできている。
これなら安心………じゃあないな。
「イリヤ、オーブン使う時は…こまめに様子見とかないと、トースト焦げちまうぞ………おっとと……フ〜〜〜……危ない危ない……」
これはまぁ…ウチにポップアップトースターが無いせいなので、オーブンでやる必要があるから………やっぱ仕方ない事か。
「あっ…………」
「おいおい、よそ見しながら目玉焼き作るのは、流石にリスキーすぎるって!…………ほら、ちゃんとよく見て……」
あちゃ〜〜〜
結局俺がやっちまってる。
でもまぁ……イリヤはなんだかんだ楽しそうだ。
「余計な手出ししないで!」って、怒られると思ってたけど……いきなり朝ゴハン作ろうとしたのって、やっぱり俺を気遣ってくれてるのかな。
カットしたトマトとレタスをお皿の端っこに盛り付け、ド真ん中にはコンガリとキツネ色になったトースト、その上に半熟目玉焼きを乗せて、イリヤ特製の朝ゴハンが完成した。
ちゃんと人数分…『五人前』ある。
初めてにしちゃ上出来も上出来。
ちょっと危なかっしい所もあったけど……なかなかセンスはあるんじゃあないか?
「ふっふーん……どう?シロウ?」ドヤッ
おおっ、スゴいドヤ顔。
「すごいぞイリヤッ!完璧な朝ゴハンだ!」ナデナデ
「あっ!………………えへへ……」
……………もし、俺に妹がいたら……
こうゆう感じだったのかな。
イリヤは
だから、実質俺の妹みたいなものだ。
この場合は『義妹』ってヤツか。
……なんていうか、不思議な話だ。
俺が守りたい人……桜もまた、慎二の『妹』だ。
そしてイリヤもまた、俺が守りたい人。
どうやら、俺と慎二は『妹』の為に戦う『
俺の場合は『妹』と『親友の妹』兼『恋人』になるけど。
俺は………慎二の事……『親友』だと思っている。
昔はそうは思わなかった……俺は心のどこかで、『親友』なんて作ろうとしてなかったんだ。
誰かを『特別』にしたくなかった。
全ては人助けの為に……………
少しでも誰かに……手を差し伸べる為に……
だけど、今は違う。
俺はもう、誰かを『特別』にした。
もう後戻りできないし、する気もない。
俺は慎二を『親友』だと思っている。
そしてアイツはきっと意地でも言わないだろうけど……
たぶん……俺の事、『親友』だと思っている。
だから、俺もアイツと同じ『選択』をする。
そうじゃないと、アイツの前で胸を張れない。
お前は『親友』だ……って、宣言できない。
だから………………
「イリヤ…この戦いが終わった後、もし帰るところがないんなら……このまま、ウチで暮らさないか」
「………………それはキリツグの息子として?」
イリヤは、感情のない声で答えた。
そして、静かに俺の顔を見つめている。
切嗣が出来なかったこと、捨て去ったもの。
俺は切嗣の息子だから、血が繋がっていなくても息子だから、その責務を引き継がなくてはならない。
イリヤが問うているのはそういう事だ。
ああ、そんなのは勿論………………
「ああ……俺は
「…本気?シロウがキリツグの代わりをするの?」
「いや、俺じゃあ切嗣にはなれない」
それに切嗣の代わりもできない。
俺と切嗣は別の人間だ。
切嗣としてイリヤに返せるコトなんて…………
俺には一つもない。
「けど俺は切嗣が好きだ……切嗣に出来なかった事を果たしてやりたい………だから、イリヤが切嗣を憎む心の中に、少しでも許してやってもいいって気持ちがあるんなら………」
「………………………………………………」
「俺はイリヤと一緒に暮らしたい……今まで出来なかった分、これから取り返していくのはダメか?」
…………答えはない。
イリヤは俯き、わずかに首を横に振ったあと……
「わたしも、シロウも、長生きできないのに?」
目尻に涙を滲ませて、それでも華のような笑顔を、無理やり作りあげた。
諦めの言葉。
拒絶の意思。
イリヤは心地いい絶望に浸る為に、希望を拒絶している。
それが見ていられないくらい、痛々しかった。
「それでもいい…イリヤはもう、俺の『妹』だ……だったら俺も……『親友』に負けないくらい……『カッコいい兄貴』にならないとな」
あぁ、そうだ。
慎二にも負けないくらい『カッコいい兄貴』になるんだ。
イリヤの寿命なんて知るもんか。
アーチャーの左腕なんて知るもんか。
聖杯とか魔術とか全部どうでもいい。
桜を救って、慎二を救って、イリヤも救う。
全部やらなっくちゃあいけないのが……『兄貴』のツラい所だけど。
どれか一つだけしか選べないなんて、誰が決めた?
『正義の味方』なんてなれなくてもいい。
他の『何者』にもなれなくてもいい。
それこそ………もし、それが必要なら……
俺は『世界の悪』にだってなってやる。
大丈夫。きっと大丈夫。
その為の『覚悟』はできてる。
もうとっくに……………
「う〜〜〜……もう少し早く言ってくれたら………花丸満点だったのに……でも……えへ…合格ッ!」
「イリヤ……!」
「ホントはね…
奇跡を起こせる可能性…?
それって、まさか……!
「
「誰であっても模倣すら叶わない『聖遺物』」
「あらゆる法則も次元も超える『
そう語る姿は、いつもの様子とは違う。
無邪気な純真な少女の顔じゃあない。
預言者のようの静謐で、探求者のように寡黙で……それでいて…………
「イリヤ……?」
俺はその表情に、イリヤの『心の底にある本心』を垣間見た。
今までに見てきた無邪気な残酷さも、可愛らしい純真無垢さも、全部イリヤを構成する一つの要素ではあったと思う。
だけど………あの顔は………表情は………
そしてそれは決して…………
ウソじゃない。
贋作じゃない。
偽物なんかじゃない。
「だから……たまには分が悪い賭けも悪くないわ」
そして最後に見せた表情は、茶目っ気たっぷりな…イタズラっ子そのものだった。
◆
あの後、寝起きの牛みたいな顔の遠坂と、ちょっと顔が赤い桜がやってきて、四人で朝食を食べた。
桜はチラチラと俺を見ては、顔を手で覆って………それから顔を真っ赤にしながらお箸をニギニギしている。
最初はその様子にどういうこっちゃと首を傾げていたが、朝ゴハンを食べて脳に栄養が行ったからか……俺は
幸い遠坂は冬のナマズみたいにボケッとしていたから気がついてなかったが……イリヤは俺の顔を見てニヤニヤしていた。
だけども、やっぱり桜とは仲良くする気はないみたいで……最後まで結局何も言わなかった。
朝食後は、遠坂、イリヤ、俺の三人で、また道場で『鍛錬』をすることになった。
遠坂曰く、昨日の『鍛錬』はあくまで『準備運動』に過ぎないらしい。
つまり、ここからが正念場。
慎二は今頃何をしているのだろう…?
ちゃんと部屋の前に置いた朝ゴハンは……
食べてくれたのだろうか。
「さて、単刀直入に訊くけど、腕の調子は?」
道場につくなり、遠坂は本題を切り出してきた。
「もう完全に馴染んでる」
ヒラヒラと左手を振るが、痛みも違和感もない。
そのまま左肩もグルグル回してみる。
コリコリと関節が擦れる音がする。
やはり問題はない。
「それじゃあ…いよいよ聖骸布の拘束、緩めちゃいましょうか」
………………………………………えっ。
「ハッキリ言って、今の士郎の状態は完全なブラックボックスなの…勿論イリヤとわたしでフォローはする…その為に昨日は士郎の身体をベタベタ触らせてもらったの………」
うっ。
ベタベタって………それは昨日の………
いやいやいや、思い出すなッ!
遠坂はマジメな話してんだぞッ!
それに、イリヤの前でヘンな顔すんのもダメだ!
そんなの立派な兄貴がする事じゃあない!
うん……落ち着こう………
………………………俺ってもしかして、結構ヨユーあるのかな。
「昨日の刻印はうまく身体に馴染んでいるようだし、対魔力だってあがっているし……意識の保護はイリヤがやってくれるから、最悪の事態はそうそう起きないと思うわ」
「聖骸布を緩めると、俺がどうなるかってのは……なんか予想してるのか?」
「うーん……これはあくまで予想だけど………」
俺の素朴な疑問に対して、遠坂は唸りながら答えた。
「たぶん……『スタンド能力』に目覚めると思う」
「それってライダーの『右眼』の時と同じのか?」
「いいえ……たぶん別……『混ざる』と思う」
『混ざる』か…………
つまり、『左腕』と『アーチャーの腕』の二つの力が混ざり合って、ライダーの『右眼』を借りた時とは違う能力に目覚めるというワケか。
今、俺の中には『爆弾』がある。
それは莫大な魔力と力をパツパツに秘めていて、ヘタに刺激すればドカンだ。
なのに、俺はピンピンしている。
つまり、この『左腕』は…………
『
この遺体の人物は、別に宗教に詳しくない人間でも大体がご存じの超ビッグネームだ。
そして、長い時が経っても…2000年以上経っても…未だ人類を愛している究極の聖人。
あまりにも過ぎて誰もその名を口にしていないが……ここにいる誰もが遺体の『正体』を知っている。
だからこそ遠坂は、聖骸布を緩める事に楽観的なのかもしれない。
この場にいる全員が、この『左腕』が悪さをする事は決してないと、心の底から思っているから。
「判った…じゃあ布を緩めればいいんだな…?」
「いい?最初はほんのチョッピリだけよ士郎………バニラエッセンス入れる時くらいチョッピリよ」
その例えはよくわからんが、遠坂とイリヤがバックアップについてるなら、まぁ安心だ。
………アーチャーの腕を移植して、『遺体の左腕』を埋めてから、俺は初めて聖骸布を緩める。
さて、鬼が出るか蛇が出るか……
これで一発アウトのドボンだけはやめてくれよッ!
イリヤが俺の背後に回ってきた。
ぴたり、と冷たい手を背中に押し付けてくる。
「シロウは一番得意な瞑想をして」
緊張で張り詰めた少女の声に頷きだけで応えて……ゆっくりと目蓋を閉じる。
「一体どうなっちゃうかはわからないけど…………わたし、神サマがいるって信じたくなったよ……」
あんまりよく聞こえなかったけど、たしかにイリヤの声は震えていた。