Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
遠坂凛は天才である。
故に『
彼女はいつだって深い『観察』の中にこそ、活路は見出せるものだと思っている。
パニクッてしまうと、人間はトチ狂った事をしでかして、より状況が悪化していくものだ。
メンタルを
借金を背負ってるヤツ程、取り返そうとしてギャンブルに手を出してのめり込んでいく。
ドン底というものは、底なし沼と同じだ。
足掻けば足掻くほど、深みに落ちていく。
『遠坂たる者、常に余裕を持って優雅たれ』
それは家訓であり、親から子へ継承された『信念』の一つなのだ。
故に、遠坂凛は動かない。
精神的動揺による硬直ではない。
深い『観察』と『洞察』の為だ。
彼女はまず、辺りを見回した。
さっきまで同行者である『衛宮士郎』と深夜の町の巡回を行っていたのにも関わらず、ふと気がつけば独りぼっちになっていた。
この時点で『異常』は始まっている。
もし…これが仮に同行者のイタズラだった場合……その時は情け容赦なく血祭りにあげ、生まれたことを後悔させてやるだけだろう。
そんな事は万に一つもないだろうが………
そして今の状況………………
辺りは暗く、街灯もない。
真なる闇。
そこに光はない。
彼女は懐から一つの宝石を取り出す。
それは『遠坂家』からすれば取るに足らない………チョッピリしか魔力が込められていないカスも同然の宝石。
効果はただ光るだけ。
だが光量はそこいらの懐中電灯と比べると雲泥の差。
手のひらに収まるほどのサイズなのに、街灯よりも光量がある。
今の状況において、その光は『道標』となる。
「ウチのシマでナメた真似してくれたわね……!」
遠坂家は冬木市の
冬木の地は、日本では三咲町に次ぐ霊地であり、根源に至るほどではないが『あと一押し』というレベルの歪みを抱えている。
だからこそ、この霊脈を管理する者が必要だ。
それは個人レベルの『管理人』では物足りない。
魔術師は基本的に倫理観がない。
その必要があれば『殺し』であろうとするし、効率的だと思えば子どもをホルマリン漬けにもする。
故に『家』……つまりは『遠坂家』………
代々使命を受け継ぐ者たちが必要なのだ。
『先祖』に敬意を表し……『土地』を守る者たちが必要なのだ。
故に遠坂凛は、無辜の民を虐げる者に対して、怒りを燃やす。
彼女の怒りは『義憤』であり、そしてその根底には『使命感』がある。
尤も……何も知らぬ人々からすれば、それは例えるなら『地元のヤクザ』が抱いている義侠心のようなモノかもしれないが………………
宝石が照らした辺りの状況。
そこは『冬木中央公園』だった。
新都の中心にある、さっぱりした広めの公園。
駅前中心街からは少し外れている。
ここには、かつての災害で亡くなった犠牲者たちの怨念が渦巻いている。
半ば固有結界にも似た『特異空間』とも言える其処は、彼女の『シマ』で最も警戒する必要がある場所だった。
「他者を空間転移……くッ……味なマネを……」
口では悪態を吐いてはいるが、それはあくまで冷静な思考を保つ為であって、ブチギレてトチ狂っているワケではない。
寧ろ彼女の悪態には『感嘆』が含まれている。
『空間転移』と呼ばれる魔術。
それは、現代では前人未到の領域。
神代にまで遡れば、誰か使い手がいたのかもしれないが、少なくとも『人類の歴史』が始まって以降は、何者であっても使えない。
もはや『魔法の領域』と呼ばれるもの。
一応、『擬似的』に再現する方法はある。
例えば……誰かがここを『ナワバリ』にし、精巧で複雑な術式を編み上げ、膨大な魔力を突っ込めば『再現』自体はできる。
或いはデタラメに無尽蔵に魔力を浪費しまくり、
尤も……どちらにせよ、この霊脈を管理している者からすれば『ナメた真似』である。
それを自分の『シマ』でやられた。
もう彼女の中の『怒り』は『冷静さ』と混じり合い、そして『冷酷さ』に形作られている。
『冷酷さ』は、思考のキレ味を研ぎ澄ますのだ。
改めて自身の現状を整理する。
もう片方のポケットを弄る。
中にある宝石は
十個ある『宝石』のうちの二つだけ。
充分な戦力とは言えないが、完全な丸腰と比べると随分とマシと言えるだろう。
ナンバリングされている『宝石』は、予め10年分の『魔力』が込められているモノだ。
彼女はそれを十個も所有している。
今あるのは、そのうちの二つ。
『宝石魔術』
宝石などの鉱物に魔力を込めて行う魔術。
宝石は持ち主の念を溜めやすく魔力を宿しやすい。
中でも長く地中に眠っていた鉱石には自然霊が形成されやすく、属性を帯びた宝石はそれだけで簡易的な魔術刻印となる。
基本的に宝石は使い捨て。
威力は高いが、コストも高い。
彼女が代々継承してきた『魔術』である。
「深山町に戻るには……『橋』を渡るしかない…」
彼女が言う『橋』とは、『冬木大橋』の事だ。
未遠川にかかる、全長665mの大橋。
三径間連続中路アーチ形式で、アーチの高さは50mを超える。
2層構造で、上段に車道、下段に細い歩道がある。
中央公園と繋がっており、そこを渡れば深山町に戻れる。
ここで、彼女の思考は加速し始めた。
『今ここですぐ襲わないという事には理由がある』
『突然、空間転移で分断させてビビらせておいて』
『衛宮くんと合流しようと焦っている所をヤる』
『例えば、ここで合流しよう橋を渡ろうした時』
『誰かを待ち伏せさせといて退路を無くすとか』
戦闘経験が豊富というワケじゃあない。
彼女が人を殺めたのも昨日が『初めて』だ。
だがこの数日間の間で遠坂凛の『精神』は、もはや『戦士』と呼べるまでに成長していた。
ポケットの中の宝石を強く握り、脚には『強化』の魔術を施す。
『反応』してからでは遅い。
『対応』してからでは遅い。
最初から相手にとって『やってほしくない行動』を予め行っておく。
彼女が戦いの中で学んだ、一つの結論であった。
◆
俺は……いや、俺たちは『攻撃』されている。
既に分断された。
遠坂は何処か遠くに行ったのだろうか。
そして、今の現状………………
暗闇の中。
点滅する街灯。
家々に光がない。
このまま……ここでただボケッと突っ立っていては『どうぞ奇襲してください』と言ってるのと同義。
ふと、点滅する街灯が僅かな時間だけ照らした先に、目についたものがあった。
『冬木大橋』
新都と深山町を繋いでいる『橋』だ。
ここに行けば両方を見渡せるかもしれない。
行き先は決定した。
まずは大通りに出よう。
パパパアーーーーッ!
ギャキキキイイィッ!
「ちょっと勘弁してよォッ!法律が許すならオメーの命なんてどーでもいいけどさあッ!あたしに轢き殺させる気ィッ!? 」
「うおッ!すいませんッ!!…え!……えっ!?」
車!?
クラクションの音だとッ!?
どういうことだ……!
俺、なんで……いつの間に車道を渡ろうと…!
「ヘッドライト点かねェし…信号点滅してるし…!やけに車通り少ないと思えば……!…公道も税金でできてんのよォ〜!…クソッ!」
お、おばさんだ……知らない人だ……
めっちゃキレてる…………
だが普通の人だ………追っ手じゃあない……
急ブレーキ踏ませたのは申し訳ないけど、今はペコペコ頭下げてる場合じゃあない。
「すんませんッしたッ!!」
「あっ!?ちょっと何よもぉ〜ッ!!」
おばさんの怒号を背に信号を渡った。
正直、今の状況が奇妙すぎて、これが最善の行動なのかはわからない。
だがただマヌケに突っ立ってるのが『最悪手』だというのは流石に理解できる。
走る。
力の限り走る。
俺は最近走ってばっかりだ。
だけども走る。
人類で最もシンプルかつ効果的な行動だから。
『冬木大橋』はすぐ目の前だ。
車道には車が一台もない。
いくら深夜といえども、この橋の先は新都だ。
結構それなりに栄えているビジネス街だし、駅前には居酒屋とかバーもある。
ありえない………………
ここはゴーストタウンじゃないんだぞ………
田畑が広がる大田舎でもないんだぞ………!
こんな事が……目に見えてわかりやすく……!
タッタッタッタッ…タッタッ…ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!
「あピャァギイィィィーーーッ」
!?
「お…おばさんッ!さっきの…!」
なんだこの様子は………!
マトモじゃあないぞッ
どう考えても正気じゃあないッ!
「ニュッ!ニュッ!ニュッ!」
うおおおおおおッ!?
追ってくるッ…俺を追跡しているッ!
逃げなければッ!
やられる!!
いや………違う……
戦うべきなのか……?
クソッ……思考がまとまらない………
逃げる………?
昨日、俺は遠坂に『おっかぶせた』ばかりだ。
ここで逃げてどうする……
また遠坂にブッ殺してもらうのか?
また罪を背負ってもらうのか?
俺は何の為に『鍛錬』した?
何の為に『鍛えた』んだ……!
「
メギャンッ!
ほんの一瞬………刹那の間だけ、意識が飛んだ。
身体の中には、既に一本の『芯』が通っている。
手にしているのは一本の『槍』……無銘の槍。
身に覚えがない………!
奇妙な感覚だ。
確かに、冷静に考えると、『槍』という武器はベターな判断ともいえる。
リーチが長く、突きで相手を止められるし、遠心力を利用した薙ぎ払いは、別に武術を習っていない者でも、それなりに威力が出る。
ならば、俺はこの一瞬の間に、本能で反射的に判断して、槍を『投影』したのか……?
いや、だとするならおかしい……!
俺の意識が一瞬ブッ飛んだのは何故だ……?
「しゃああああああああ」シュババッ
「うおおッ!?
ザグッ!
さ、刺さった…!
顔面に刺したぞッ!
右頬あたり……動きが止まったッ
クソッ……気持ちの悪い感覚だ……ッ……!
最悪だ………かなり最悪………!
だが、これで動きは止まった…………
「じゅる……じゅふじゅる……じゅる…ふ…」
「うっ!…う……うう……」
ま、まだ動いてやがるッ
ジタバタして………羽もがれた虫みたいに……!
それに血も黒いッ!
「くっ……うあああああああッ!」
ダメだ……ッ!
『
あの血に……黒い血に触れるとマズイ気がする…!
これは勘だ……所詮は勘………
もしかしたら、おばさんにトドメを刺すのが怖くて、そういう思い込みを自分からしようとしているのかもしれないッ
だが、なんだこの胸騒ぎは…………
「
うっ。
まただ……また一瞬意識が………
けど、さっきよりも
時間もほんの一瞬。刹那。
こんなの『まばたき』みたいなんもんだ。
それよりも重要な事はッ
『俺のそばに近寄らせないこと』ッ
「くらえッ!」
投影したのは、またしても『槍』だ。
だがさっきよりも短い槍……『投げ槍』にした。
『短槍』がおばさんの太ももに吸い込まれていく。
真っ直ぐと……風を切りながら……
生憎、俺はダーツとか的当てとか…………
そういう『
「ぱぎゃあーーーッ…」
追跡者は地面に縫い付けられた。
もう俺を追っては来れない筈だ。
『冬木大橋』はもうすぐ。
おばさんを無視して階段を登る。
歩道に出た。
遠くで人影が揺れている。
月明かりと街灯の逆光でよく見えないが、二つ結びにした髪とスカートが揺れている。
つまり正体は……遠坂だ……!
「おォォォーーーーーーーーいッ!!!」
力の限り叫ぶ。
人影が加速し始めた。
グングンと大きくなる。
つまり、近づいてくる。
物凄いスピードで。
「早ッ!?」
アイツ……あんなに足早かったのか……
遠坂が近づいてくる。
そのフォームはまるで
女の子がガチのフォームで走っている。
別に他意はないが…………
これまで走っていた俺も、流石に足を止める。
ともかく……これで一安心か………
遠くに遠坂の顔が見えてきた。
顔が強張っている。
緊張している顔か……?
何か喋っている。
そして……これまたイヤな予感がする。
少し待て………何故、今になって遠坂の顔が見えるようになった?
今まで顔が見えなかったのは『逆光』のせいだ。
遠坂の背後に街灯とかがあるからだ。
なのに、急に見えるようになった。
『順光』になれば、遠坂の顔が見える。
つまり……今………
「おいッ……遠坂まさか……ッ」
月明かりが暗雲から溢れる。
ここに来て点滅する街灯以外の光源。
俺は遠坂が一人で走っていると思っていた。
だが違った………………
遠坂の後ろを走っている人間が何人もいる。
マラソン大会みたいに何人も。
その数…………………………
『