Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
悪い月が出ている。
だからまた、怖い夢を見ている。
ヒタヒタと歩く『何か』
人を殺す『怖いもの』
その姿を、少し遅れたところから眺める。
見たくもないのに。
それが怖い夢。
このころずっと、見ている悪い夢。
でも正直言うと、少しだけ親近感が湧いてきた。
初めは怖かったけれど、慣れてきた。
なにより、あの子は悪い心を持ってない。
アレはわたしたちとは食事の仕方が違うだけの、わたしによく似た何かだった。
「おっ!結構マブいオンナじゃあないの」
「今ヒマしてる?俺たちとおしゃべりしない…?」
「ゲッ!裸足じゃんコイツ……ヘンなヤツだぜ」
……また今夜も同じ。
どうしてこんなに寄ってくるんだろう。
あの子は何か、男の人を引き寄せるモノでも持っているのかもしれない。
何人殺しても、何日続けても、こんなふうに夜中歩くだけで、食べ物の方からやってきてくれるのだ。
だから食べた。
初めは急かされるように食べていたけど、ここのところコツがつかめてきたみたいだ。
あわてる必要なんてない。
足元から引き寄せて取り込んでしまえばそれで終わり。
心も体も、それで残らず食べてしまえる。
くすくすと歌ってゴーゴー。
ガタガタしていた。
ゴーゴー。
ガタガタしている。
ゴーゴー。
ガタガタしてからゴーゴーゴー。
今夜、その子は上機嫌だった。
今までなんの感情も見せなかったクセに、今夜はとても嬉しそうだ。
そんなところにも親近感を抱いてしまう。
わたしも今夜はすごく嬉しい。
だって初めてだ。
初めて、先輩からわたしを求めてきてくれた。
………うん。
これで怖い物は何もなくなった。
怖い夢なんて、ぜんぜん平気。
だから、怖い夢も、もう少しぐらいは見続けてあげてもいいと思って、次の食べ物を探しに行く。
なのに………………
「……精が出るな…今夜に限っていつもの倍か」
怖い夢より、もっと怖い人に、出会ってしまった。
逃げた。
今まで怯えることなんてなかった『何か』が、怯えながらその人から逃げ出した。
金色の髪と赤い瞳。
わたしと同じ匂いのする人。
以前、一度。
『いまのうちに死んでおけよ娘』と言って、わたしに自殺しろと忠告した、黄金の
逃げた。
何から?
逃げた。
誰が?
逃げた。
どうして?
夢は終わらない。
まだ続いている。
『何か』は路地裏に逃げて行く。
でも、それで終わり。
「出来損ないだが、完成自体はしているようだな」
その人の声は冷めている。
温度がない。
人の温かみのようなものが一切ない。
「選別は
『何か』は、一瞬のうちに、たくさんの刃物でメッタ刺しにされてしまった。
その姿はハリネズミさんみたいだ。
…………………………………アレ?
おかしいな。
痛い。
刺されているのは、あの子なのに。
死んでいるのは、あの子なのに。
どうして………………
わたしの体、ズタズタなんだろう?
痛い。
夢なのに痛いです、先輩。
痛い。
おなかのグチャグチャ、みっともない。
足…………足はあるけど…………
繋がっている身体がブラブラしてる。
「………………………やだ」
声を出すと、背中にカミナリ落ちたみたい。
でも動けない。
あっ、そっか。
なるほど。
あはは………………
あはははははははは。
これ、わたしでした。
わたしの身体でした。
いつの間にか。
「まだ息があるのか……生き汚いな、娘」
容赦なんてない。
金色の人はパチンと指を鳴らして、わたしの体よりおっきな刃物で、わたしの首を断ちにきた。
「あ」
悪い夢。
こんなのは悪い夢だ。
こんなのは今までの夢と同じ。
悪いお月様が見せた、ただの夢。
……ほら、そろそろ起きないと。
今日こそは、朝ごはん作るんです。
痛い。
死にそうなぐらい痛い。
本当にこのまま死んじゃう。
「あ…………あ、あ…………!!!!」
でも覚めない。
夢から、覚めない。
たすけてたすけていたいたすけてたすけてはやくはやく目を覚さないとホントにわたしまで一緒にこのままでも覚めない夢が覚めない夢から夢から出られないんです先輩
あっ…………なんか………聴こえる………
「……死にたく、ない…やっと先輩が、わたしを、見て、くれた、のに、…もっと、もっと、触れて、ほしかったのに……」
あぁ、わたしの声か。
なんてことない、わたしの声。
「それが目障りだッ…
目障り………………
そっか、わたし、目障りなんだ………
そうですよね。
だって、わたし、悪い子なんですもん。
目障りですよね。
その通りです。
そう思います。
兄さん、ホントに可哀想。
わたしみたいな妹がいるなんて。
目障りな妹がいるなんて。
先輩、ごめんなさい。
わたし、嘘つきなんです。
だって、いつも、すごいイイ子みたいな振る舞いしているでしょう?
まるで、何処にでもいる、ごく普通の優しい女の子、みたいな感じしてるでしょう?
実際、そんなことないんです。
わたしだって、怒るんです。
ムカつくんです。
人を見下すんです。
八つ当たりしたくなるんです。
エッチな事にも興味あるんです。
ま、わたしの身体、ばっちいんですけど。
だから、最近はあんまり興味ないです。
これはホントですよ。
それにしても目障り………目障りですって………?
ヒドイ事言いますね。
わたし、悪い子ですけど、だからって、そんなヒドイ言わなくてもいいと思うんです。
ムカつきました。
わたし、怒りましたよ。
すごい怒りました。
ブチのめしてやりたいですね。
いや………足りないです。
ブッ殺してやります。
………あら?
わたし、こんな、はしたない。
全くもう!
兄さんのせいですよ……?
影響うけちゃってます。
兄さん……なんて人。
それに先輩とも仲良いし。
わたしの先輩を独占してる。
ズルい人。
兄さんはズルい人。
だって、可哀想なんですもの。
車椅子で、女の子よりも細くて、ツンケンしてるけど、もうみんな、兄さんが良い人だってのには、とっくに気づいてますよ。
だから、友だちができるんです。
多くはないけど、ちゃんと友だちできるんです。
わたしと違って。
兄さんは、ズルい。
だって、兄さんは、こんなわたしの事、ちゃんと妹だって思って、大事にしてくれてる。
そんなことされたら、嫌いになれないじゃない。
わたし、兄さんの事、嫌いになりたい。
だって、兄さん、先輩を独り占めするもの。
ただでさえ、藤村先生とか、遠坂先輩とか、美綴先輩とか、わたしとの時間を邪魔するモノが多いのに。
学校行ったり、お勉強したり、ご飯つくったり、洗濯したり、色々と時間が必要なのに。
なのに、兄さんまで、先輩の時間を取るの?
ズルいです。
あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、もう、ホントにもうっ!
ムカつきますね。
キレそうですよ。
あっ。
でも、それも全部わたしのせいでした。
わたしが兄さんの脚奪っちゃったからだ。
あはは。
それも、わたしのせいでした。
だから、わたしが悪いんです。
わたし、悪い子なんです。
兄さん、ホントに可哀想。
なんでそんなに可哀想なんですか?
ズルいです。
わたしよりも可哀想なんて、ズルいです。
わたしもっと先輩に可哀想って思われたいんです。
だって、その方が先輩は、今よりもっと、わたしに構ってくれるでしょう?
もっと、わたしを好きになってくれる。
もっと、わたしを守ろうとしてくれる。
もっと、わたしを愛そうとしてくれる。
だから、わたしより可哀想な兄さんはジャマ。
いらない。
消えてほしい。
ホントに?
ウソだ。
ウソです。
ごめんなさい、ウソつきました。
わたし、悪い子で、しかもウソつきです。
ホントは兄さんが好き。
だって、初めてわたしを助けようとしてくれた。
わたしに希望をくれた。
生きる意味だってくれた。
先輩と出会わせてくれた。
誕生日を祝ってくれた。
頭を撫でてくれた。
お馬さんに乗せてくれた。
デザートを作ってくれた。
なのに、どうして出しゃばっちゃったの?
たいしたことできないのに。
だって、兄さん、こんなわたし如きに、脚を奪われちゃったんですよ?
わたしなんかに、夢を壊されたんですよ?
ガラスより脆すぎます。
虫さんより弱すぎます。
「貴様ッよもやそこま」
弱すぎます。
この人くらい弱すぎます。
兄さん、この人より弱いでしょう?
だったら、どうして出しゃばっちゃったんですか。
どうしてわたしに守らせてくれないんですか。
どうして無茶しちゃったんですか。
わたし、せめて、兄さんとか、先輩を守る人になりたかった。
守る役割を担いたかった。
なのに、それもできないの?
わたし、それすらできないの?
ちゃんと守られることもできないのに。
守ってあげたい人にもなれないのに。
あぁ、兄さん。
弱い兄さん。
脆い兄さん。
優しい兄さん。
頼りになる兄さん。
イヤな兄さん。
ムカつく兄さん。
兄さんは色々な兄さんです。
色んな顔があります。
でも、大体の顔は好きですよ?
これはホントです。
だけど、可哀想な兄さん。
この兄さんだけは嫌い。
そして、それが一番イヤ。
一番ゆるせない。
だけど他は全部好きなんです。
わたし、ちゃんと嫌いになりたいのに。
心の底から憎みたいのに。
でも、好きなんです。
大切な人なんです。
だって、家族なんですもん。
たった一人の家族なんです。
あぁ、兄さん、兄さん、兄さん。
ジャマですね。
あんな人の事、もうたくさん。
これ以上兄さんについて考えていたら、おかしくなっちゃいそうですよ。
そんな事よりも、先輩のこと考えたい。
先輩の身体、逞しかったなぁ。
兄さんとは大違い。
昔は兄さんも結構鍛えてたのに。
今じゃガリガリになっちゃった。
なんであんなにガリガリなの?
わたしが太って見えちゃいます。
まぁ太ってるのは事実ですけど。
なんでかな。
あぁ、虫さんのせいか。
じゃあ、これもわたしのせいだ。
あぁ。
イヤだ。
もう何も考えたくない。
ふぅ。
なんだか疲れた。
とても疲れました。
兄さん、ごめんなさい。
「きえてください」
ごめんなさい。
「しんでください」
生まれきて、ごめんなさい
「生まれてきて、ごめんなさい」
ま!もうぜんぶどうでもいいことですけど
いつもより、少しだけ時間がかかった。
「……いたい、少ないから、足りないんだ」
あるく。
おなかがクウクウなっている。
足りない。こんなじゃ足りない。
あるこう。
もっとあるこう。
わたし、げんきじゃないです。
だけど、あるきます。
どんどんあるきます。
たりないんですもの。
もっと、もっと、ほしいんです。
◆
十年も前の話。
燃え爛れる町の中で、ただ一人生き残れた責任を追い続けた。
『裏切るのか?』
忘れた事など一度もなかった。
俺は生き残った代償に、もう二度と、こんな光景は起こさせないと、誓った。
『裏切るのか?』
そう自分に誓って、
衛宮士郎の年月はその為だけにあった。
救われなかった人たちに胸を張れるように使われ続け、それを代償として、ここまでやってこれた筈だ。
判りきっている。
判りきっている事だ。
『かつての自分を裏切るのか?』
元凶を知っている。
倒すべき相手を既に知っている。
黒い太陽。
或いは月。
どちらでもいい。
それが太陽だろうが、それは悪い太陽。
月であっても、それは
空に穿たれた『それ』が原因。
なら、繰り返される前に殺さなくては。
今まで何の為に生きてきた?
救いを求める人々を救う為に、無関係に巻き込まれていく誰かを助ける為に自らを肯定してきた。
それを、たった一人の女の為に否定するのなら……
それを、たった一人の男の為に否定するのなら……
それを、たった一人の妹の為に否定するのなら……
それを『裏切る』というのなら、自分自身に裁かれる事になる。
上等だ。
たった今!
俺は『誓い』を裏切った。
俺はそれが『正しい』と思った。
後悔はない。
こんな世界とはいえ、俺は自分の『信じられる道』を歩いていたい。
この焼け野原を眺め終えたら………
俺は『裏切り者』となる。
「 」の中に文が隠れてるよ。
探してみてね。