Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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時系列の矛盾を見つけたので、『#2 緑色の霊廟』の一部を修正しました。
以後、他に矛盾点が生じていましたら、ご指摘くださると幸いです。


#55 ミッシング・パーソンズ

2月12日。

朝。

目が覚めた。

やっぱり朝じゃあなかった。

早朝だ。

部屋の暗さで判る。

 

そして脚の感覚がない。

それは判りきっている事。

もう何年もそうだから。

だけど、手。

手の感覚。

手の感覚がない。

体が重い。

鉛になったみたいだ。

ぼくは水底にでもいるのだろうか。

両手両脚の感覚がない。

芋虫だ。

ぼくはデカい芋虫になった。

 

『変身』

 

フランツ・カフカの名作。

アレは『甲虫』らしいが、ぼくは芋虫だ。

サイアク。

だけど頭に血が巡ってきた。

たぶん血『以外』も巡ってきた。

頼んでもいないのに。

マジ気持ち悪い。

身体が蟲になる。

身体が蟲になっていく。

身体が蟲で出来ていく。

身体は蟲で出来ている。

身体が作り替えられていく。

『テセウスの船』というパラドックスがある。

ある『物体』において、それを構成するパーツが、全て置き換えられた時、過去のそれと現在のそれは『同じそれ』だと言えるのか否か、という問題。

 

果たしてぼくは『同じそれ』だろうか?

それとも既に蟲に『変身』してしまったのか。

 

どうでもいいことだ。

全部どうでもいいこと。

頭に血が巡ってくると、余計な事を考えてしまう。

どうでもいいことを考えてしまう。

そうして、気づいた。

何故、身体が動かないのか?

自分で『動けなくした』のだ。

そういうふうにした。

頭の中の『スイッチ』を『ON』にする。

イメージは、『エフェクター』だ。

『エフェクター』のフットペダル。

それを、グッと踏む。

それだけで身体が『起動』した。

何も問題はない。

痛覚も遮断されたまま。

だからかな……?

右手の小指が『限界を超えて』いた。

小指の爪が手の甲にピッタリとくっつく。

端的に言うと、折れていた。

寝返りをした時に、気づかず折ったのか…?

腕を枕代わりにした時にでも。

けれど、問題はない。

一旦、小指を全部ドロドロにして溶かす。

ドロドロに溶けたそれを、肌から吸収する。

皮下の線虫がそれを啜る。

線虫は小指の付け根に集まり産卵する。

それに『魔力』を流す。

卵は孵化する。

線虫たちは、互いに絡み合う。

やがて、それらが『繭』になる。

この『繭』の原材料は『細胞』だ。

ぼくの『細胞』から出来ている。

小指の『代わり』が出来上がる。

それは、どこから見ても小指だ。

後はカンタン。

『魔力』を一旦すべてカット。

それからさっきまで流していたのとは真反対の性質の『魔力』を流す。

すると『繭』の中の線虫は死ぬ。

これで『空の小指』が出来た。

後は雑に手に『魔力』を込め続けるだけ。

勝手に『治癒』が進んで、いつの間にかくっつく。

これで小指は『すげ替わった』のだ。

これでもう、ぼくの小指だ。

 

自分でも回りくどい術式だと思う。

というかクソ面倒くさい。

役所の手続きよりもクソダルい。

でも、これしか治癒方法を知らない。

これが間桐の『治癒魔術』なのだ。

ご先祖サマの頭イカれてる。

 

悍ましい外法。

醜悪な方法。

邪悪なモノ。

 

マジこの世で最もキモい魔術だ。

 

 

 

 

【『テセウスの船』という名前の由来】

 

テセウス*1がアテネの若者と共に(クレタ島から)帰還した船には30本の(かい)*2があり、アテネの人々はこれをファレロンのデメトリウス の時代にも保存していた。

このため、朽ちた木材は徐々に新たな木材に置き換えられていき、論理的な問題から哲学者らにとって恰好の議論の的となった。

すなわち、ある者はその船はもはや同じものとは言えないとし、別の者はまだ同じものだと主張した。

 

 

 

 

時計の針が回る。

時刻は午前九時過ぎ。

居間に居るのは、ぼく、衛宮、クソガキ。

遠坂と桜は客間(桜の部屋)にいる。

 

何故?

なぜだろう………?

あれ……………?

 

…………………………………………なんだっけ?

 

「シンジ」

 

「…………あ?」

 

「思い出せない事は思い出さないで…それは忘れたんじゃなくて、無くなったの……無いものをいくら掘り出しても、出てくるものは苦痛だけよ」

 

は?何言ってんだコイツ。

マジ意味不明。

衛宮、コイツ頭イカれたみたいだ。

なんとかしろ。

 

「…………………………………………ッ…」

 

あ?

おい、何だよ。

何だよその顔は。

ぼくをナメてんのか…?

 

「お待たせ……桜、目を覚ましたわよ」

 

「……わかった、ちょっと行ってくる」

 

……………………………………………………は?

 

桜………倒れたのか?

またか……?

というか、目を覚ました、だと?

待て。ちょっと待て。

オイオイオイオイオイオイ。

時計を見る。

今、ちょうど十時になった。

十時だと?

ついさっきまで、早朝だったんだぞ。

五時とか……六時とか……?

大体、そのあたり。

なのに、もう、十時になっている。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

思い出さなくていい。

無くしたものだから。

それって、ぼくのことか?

ぼくのこと言ってんのか。

 

時間が飛んでいるのか………?

それとも記憶が飛んでいるのか……?

わからない。

聞いてみよう。

 

「クソガキてめーさっきの…………あ?」

 

どういう意味だコラ。

と、続きは言えなかった。

いない。

誰もいない。

居間に誰もいない。

ぼくは、なんともマヌケな事に、虚空に向かって話しかけていたのだ。

 

…………………ハァ。アホくさ。

なにやってんだか。

そうだ。

テレビみよ。

ニュース番組とか。

 

『原因不明の失踪事件』

 

『行方不明者、六十一人』

 

どっかのマンションが映る。

サツが、ワラワラと雁首揃えて、マンションの入り口を塞いでいる。

 

そして、ニュース番組は、行方不明者の顔と氏名と年齢を、ご丁寧に顔写真つきで読み上げていく。

 

『大森康弘』

 

知らない顔だ。

 

『桂義正』

 

知らない顔だ。

 

『梶原慎一郎』

 

知らない顔だ。

 

『宮田大輝』

 

知らない顔だ。

 

『空条貞治』

 

知らない顔だ。

 

『岡田奈々』

 

知らない顔だ。

 

『麻生久美子』

 

知らない顔だ。

 

『荒木信彦』

 

知らない顔だ。

 

『津田克喜』

 

知らない顔だ。

 

『赤井沙羅』

 

知らない顔だ。

 

『鈴木健』

 

知らない顔だ。

 

『鈴本学』

 

知らない顔だ。

 

『山岸由花』

 

知らない顔だ。

 

『岸辺玲美』

 

知らない顔だ。

 

『広瀬泰葉』

 

知らない顔だ。

 

『川尻隼人』

 

知らない顔だ。

 

『作並花麗楽(かれら)

 

知らない顔だ。

 

『吉良しのぶ』

 

知らない顔だ。

 

『間田敏和』

 

知らない顔だ。

 

『笹目桜二郎』

 

知らない顔だ。

 

『永井龍弥』

 

知らない顔だ。

 

『虹村万次郎』

 

知らない顔だ。

 

『小野大治』

 

知らない顔だ。

 

『小林和宏』

 

知らない顔だ。

 

どいつもこいつも、知らないヤツ。

知らないヤツら。

どうでもいいヤツら。

好きな映画も、好きな花も、好きなバンドも………

一切合切、知らない。

他人だから当たり前だけど。

つまり、どうでもいいヤツらだ。

死のうが、実は生きていようが。

どっちでもいい。

知らないヤツだらけ。

見知った顔がいたなら、目覚めが悪い。

だから見てたけど………………

よく考えたら、ぼく知り合い少ないし。

そうそう見知ったヤツいないって。

……………うん、いないな。

 

『東聖美』

 

『東仗助』

 

知らな「なッ!?」

 

うおッ!?ビックリしたッ!

衛宮……!?

いつの間にッ!

コイツ……何が「なッ!?」だよオイ。

うるせぇ……クソうるさかった………!

……文句言ってやろうとしたが、こりゃ無駄だな。

茫然としている。

魂が抜けちまってる。

知り合いなのか?

こんな『親子』と……?

どういう接点があったのか知らんが……

ま、十中八九お亡くなりだろう。

しょうがない事だ。

『結果』は変えられない。

『過去』は覆らない。

そんな事もわからないのか……?

 

「はい、そこまで」

 

テレビの電源が落ちる。

いつのまにか、険しい表情してる遠坂が、リモコンを持って立っていた。

 

「わたしたち、起きた事を悔やめるほどまっとうな人間じゃあないでしょう…?違う?」

 

「同感だね……テメーいつまでボケッとしてんだ」

 

「…………………………悪い」

 

「ほら、お茶淹れたから…はい、アンタの分も…」

 

そう言って、テーブルに湯呑み茶碗を置く。

どうも。

ありがたくいただこう。

 

うおッ!熱ッ!

 

アホか。

熱すぎるだろ。

 

「なに?文句あるワケ?」

 

「別に……………」

 

なんだコイツ。

嫌がらせしてきてんのか?

………衛宮はフツーに飲んでる。

マジかコイツ!

喉が鋼鉄で出来ているのか?

それとも舌が氷で出来てるとかァ?

 

「………ふと、思ったんだが……」

 

「なに?」

 

「遠坂って、俺たちと顔を合わせれば、聖杯戦争のコトしか話してなかったからさ、殺伐とした関係だったなって」

 

「………………たしかに」

 

同盟がどーとか、ヤバい奴は袋にするとか、なんかそういう話ばっかりだったな。

 

「しょうがないじゃない………それともなに、この状況で試験の範囲とかお気に入りのカフェとか話せっていうの?」

 

「え?いや、別に今のでいいんじゃないか?」

 

ふーん。

いや、興味ないぜ、こんな話。

だって、別にぼく、遠坂に興味ないし。

 

「ま、俺が遠坂と話すようになったのはマスターになってからだし、遠坂だって、俺がマスターにならなければ、こうして知り合う事もなかった」

 

「それ少し違う…貴方はどうだか知らないけど、わたしは士郎のコト、随分前から知ってたんだから」

 

「え?」

 

お茶熱ッ………

クソッ……どーなってんだ?

フーフーしても冷めねぇぞ。

何度なんだコレ。

600℃くらいあるんじゃあないのか。

 

「今から四年前、貴方、どうしてだか知らないけど学校に残って、日が落ちるまで走り高跳びやってたでしょ」

 

「は?……………ある、けど………」

 

「わたし、それ見てたの」

 

あぁ、走り高跳び。

アレか。

懐かしいな。

衛宮のヤツ、一生ピョンピョンやってたな。

前世がバッタだったんだろう。

しかも全然成功してなかったし。

マジ懐かしいな。

ぼくたちがまだ、13歳の頃か。

 

あの時はたしか…………

『衛宮がまた変な事なってるな』

『おーい、がんばれー』

って思ったのを覚えている。

 

「ちなみにソレ、ぼくも見てたぜ」

 

「えっ……ウソでしょ………?」

 

何でちょっとショック受けた顔してんだ。この(アマ)

 

「たしか慎二、後片付け手伝ってくれたよな?……あん時ヘトヘトだったから、すげぇ助かった」

 

「イッツ・マイ・プレジャー」

 

「…………なんで急に英語になった?」

 

ノリだよ。

特に意味はない。

 

「……ふーん、あっそ………ま、そんだけ……部屋に戻るわ……午後はイリヤと骨格の製鉄をしてるから、士郎は桜の看病でもしてあげて……慎二は……たまにはアンタも妹とお喋りでもしたら?」

 

余計なお世話だクソ(アマ)

とは、面と向かって言わない。

だって、絶対ブチギレるし……………

 

 

 

 

声が聞こえる。

体はガラクタで、頭はフワフワなのに。

聞きたくも無い声が聞こえてくる。

 

『貴方はどうだか知らないけど、わたしは士郎のコト、随分前から知ってたんだから』

 

どうしてそんな会話が聞こえてしまうのか?

わからない。

ただ聞きたくなかった。

耳を塞ぎたい。

今すぐ居間に行って止めたい。

 

『今から四年前、貴方、どうしてだか知らないけど学校に残って、日が落ちるまで走り高跳びやってたでしょ』

 

唇を噛む。

満足に動かない指で、引き裂くほどシーツを毟る。

淡々と語られる昔話。

もう四年も前の、夕暮れの校庭であった出来事。

それを、姉は気恥ずかしそうに語る。

 

『わたし、それ見てたの』

 

なのに、わたしには気がつかなかったんだ。

 

『ちなみにソレ、ぼくも見てたぜ』

 

…………………え?

兄さんも、見てたんだ。

そっか。

わたしだけの希少品(おもいで)じゃないんだ。

わたしだけの宝物(おもいで)じゃないんだ。

わたしだけ、じゃない。

 

あぁ、わたし、兄さんにすら……………

 

()()()()()()』なんだ…………

 

だったら、姉さんには………?

()()()()()()』なのに。

 

「やだ…………やだ、やだ、やだ……!」

 

悲しい。

ただ、悲しい。

そして悔しい。

姉さんは卑怯だ。

兄さんにすら、触れて欲しくない宝物(おもいで)だった。

でも、まだ、『納得』できる。

兄さんだもの。

だって、兄さんだもの。

だから、まだ、理解できる。

呑み込める。

『納得』ができる。

 

でも。

でも。でも。でも。でも。でも。

姉さん。

あなたは、違う。

だって兄さんじゃないのに。

わたし…『()()()()()()』なのに。

 

……憎い。

自分でも身勝手だとわかるぐらい憎い。

けどヘンだ。

どうしてこんなに憎いんだろう。

わたしが消えるべきなのに。

わたしも自分が消えればいいと思うのに。

 

「………………………やだッ…そんなの、いやだ」

 

できない。

もう失うのはイヤだ。

また失うのはイヤだ。

もう一人になるのはイヤだ。

また一人になるのはイヤだ。

 

…………わたしは消えてなんてやらない。

だって。

だって。

 

「だって……わたしは、何も悪くないんだから」

 

そう、悪いのはみんなだ。

わたしだって、こんな結果は望んでなかった。

わたしは悪くない。

わたしは悪くない。

兄さんが脚を失ったのも。

わたしは悪くない。

だって、わたしはそんなの望んでなかった。

だから、誰も、わたしを罰するなんて出来ない。

実際問題、誰にも出来ない。

 

「………………………ホントに?」

 

だめだ。

繋がらない。

理論が繋がらない。

理屈が繋がらない。

記憶が繋がらない。

正しいコトが繋がらない。

いいコトとわるいコトがわからない。

わたしは誰なのか。

自分がいつまで正気なのか。

何もかもがあやふやになってしまった。

 

「こんにちは…まだ自分は残ってる?」

 

気がつけば、目の前には銀髪の少女がいた。

自分と同じ。

人として扱われなかった、白い少女が。

*1
ギリシャ神話に登場する伝説的なアテーナイの王。

*2
櫂(かい)とは人力により船の推進力を得るための道具。櫂を使って船を進ませることを『漕ぐ』(こぐ)という。櫂を使って海や川を移動する。オールともいう。

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