Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#56 ジワタネホに行こう

午後二時前。

遅くなったが昼飯を作って、桜の部屋に届ける事にした。

エプロンを脱いで、お粥を盆に載せる。

深呼吸を一度。

それで、完全に心を凍結させた。

()()()()()()()()()()

 

……きっと、これが最後になる。

 

今まで通り普通に、ただお互いの顔を見る為に会うのは、これが最後。

 

「桜、起きてるか?昼にしよう」

 

ノックして部屋に入る。

桜は眠っていたようだが、俺が部屋に入るなり顔を輝かせて、「来てもらえて嬉しいです、先輩」と、本当に幸せそうに、穏やかに微笑んだ。

 

……時間が流れる。

 

桜は、なんとか一人で体を起こして、お粥をゆっくりと……だけどキチンと食べた。

 

それからは、なんでもない話をした。

どうでもいい話。

他愛もない話。

食事をとって眠くなったのか、桜はベッドに体を預けて話を続ける。

 

その笑顔を見ると、桜は順調に回復に向かっていて明日にでも元に戻っていそうな錯覚に襲われた。

 

「………………………」

 

その、都合のいい希望を必死に押し止める。

桜は治らない。

良くなると、何もかも元通りになると信じて、決断を先送りにする事はできない。

 

冷たい現実。

 

今日の午前。

昼前。

アサシンが俺の部屋に現れた。

当然のように。

当たり前のように。

しかし、アサシンは俺を殺さなかった。

何時(いつ)だって殺せたのに。

俺が助けを呼ぶ前に、4回は殺せただろう。

なのに、アサシンは俺を殺さなかった。

「間桐臓硯が会合を望んでいる」と言った。

どう考えても怪しすぎる提案。

待ち伏せ(アンブッシュ)されているとしか思えない。

普通なら断る。

だけど、俺は…………

この提案を受けて、間桐邸に向かった。

なぜか?

そもそもおかしいのだ。

もし、これが俺を殺す為の罠だとして。

なぜ、今この場でアサシンに殺させない?

アサシンは、ライダーたちの警戒を掻い潜って俺の部屋にまで来た。

ならば俺を始末してから、誰にもバレずに脱出する事だって出来る筈だ。

何か理由がある。

俺を生かしておく必要がある。

それを確かめる為に、会合に応じた。

そして俺は『真実』を知った。

間桐臓硯が、何でもないように言った真実。

 

『あの黒い影の正体は桜じゃ』

 

世間話のように、何でもなさそうに。

そう言った。

そして……………

 

『お主なら、桜を殺せるじゃろうて』

 

桜は俺になら殺されてもいいと思っている。

だから、俺に桜を始末して欲しいと、そう『依頼』してきた。

 

ふざけるな。

今思い返しても、怒りで気が狂いそうになる。

 

ずっと、気づかないフリをしていた。

だけど、もう手遅れ。

もう、できない。

俺は『決断』をしなければならない。

あの……『親子』の為にも。

 

「…………………先輩?どうしました?」

 

「なぁ、桜……体が治ったら、何がしたい?」

 

もしもの話。

都合のいい未来の話。

 

「え………やりたいコトですか…?」

 

「ああ、何でもいいんだ」

 

「んー……………ちょっと待ってください」

 

桜は困ったように視線を泳がせる。

そうして、しばらく考え込んだあと。

 

「なんか、これといってないみたいです…今のままでいいっていうか、先輩と兄さんと一緒にいられればそれでいいかなって」

 

頬を赤くして、照れながらそう言った。

 

視界が細まる。

桜を抱きしめてやりたくなる衝動を、凍らせた心で押し止める。

桜は諦めているだけだ。

楽しいこと。

まっとうな日常、

まっとうな幸福。

それらは、自分には過ぎたものだと。

だから、こんな些細なコトを大切にしている。

 

得るべきもの、手に入れなくてはならないものを、桜は知らないままだ。

それを変える事ができるなら。

どんな代償を払ってでも………………

 

「桜、このゴタゴタが終わったら、どこか…遠くに行こう……たまには遠出して騒ぐのもいい」

 

桜はきょとん、と俺を見る。

突然の提案に驚いている。

 

「決まりだ……桜はどこに行きたい?」

 

「ぇ……あ、どこって、えっと………」

 

アタフタと困惑する。

答えはなかなか返ってこない。

それでも、最後には心からの望みが見つかったのか。

 

「えっと………何処でもいいんですよね?」

 

恐る恐る、桜は俺を見上げてくる。

 

「いいよ」

 

「じゃあ『ジワタネホ』に……行きたいです

 

恥ずかしそうに、照れくさそうに、最後は尻すぼみになっていったけれど。

でも確かに微笑んで、そう言った。

 

「ジワタネホ……海外か?」

 

「メキシコの観光地らしいです………昔、兄さんと一緒に『ショーシャンクの空に』って映画観て……それから、ずっと行きたかったんです」

 

『ショーシャンクの空に』か。

………確か、慎二にオススメされた映画だっけ。

結局なんやかんやで観てなかったけど。

桜も観てたんなら、俺も観た方がよかったな……

すまん慎二……お前のセンスを信じるべきだった。

 

桜は『ジワタネホ』について語る。

すごく、楽しそうに語る。

『ショーシャンクの空に』を観てから、個人的にずっと調べていたらしい。

何でも、ジワタネホは海が綺麗だそうだ。

海……懐かしい。

昔、三人で海に行った。

まだ慎二が脚を失う前。

また…………行きたいな。

 

「じゃあ、そこに行こう………慎二も連れて三人で、1泊2日じゃあないぞ……6泊7日…『一週間』とか、どうだ?」

 

本気で言ったのだが、冗談と思われたようだ。

桜はくすり、安心したように笑ってから………

 

「いいですね……最高です……!」

 

どこか……おどけるように、悪ノリするみたいに、

『サムズアップ』した。

 

「よし、じゃあ約束だ」

 

桜は『サムズアップ』したまま満足そうに微笑む。

そんな約束をして、ゆっくりと立ち上がった。

…………そう。

本当に、そうできたら、どんなに幸福だろう。

 

客間を去る。

残ったものは些細な約束だけ。

それは桜だけの望みじゃない。

俺自身の願いでもある。

そして、きっと、慎二の願いでも………

 

凍らせた心で、温かな幻想をする。

いつか冬が過ぎて。

新しい夏になったら。

夏休みが始まったら。

『ジワタネホ』に行こう。

また三人で、海に行こう。

 

夏になる前。

新しい春が来たら。

その時は『お花見』でもしよう。

お花見をしながら、旅行の計画を立てよう。

 

 

 

 

何度も繰り返すようで申し訳ないのだが…………

 

遠坂凛は天才である。

 

故に『()()()()()()()()()()

 

キッカケは午前十時。

他愛もない話をした時。

彼女は気づいてしまった。

 

『とある事に気づいてしまった』

 

彼女……遠坂凛は、間桐慎二の事が好きだ。

もちろん恋愛的な意味ではない。

決してない。

仮に手を繋いだとしても、ドキドキしないだろう。

彼の顔にトキメキを感じたりも決してしない。

一緒に出掛ける事はできる。

けれど、『まるでデートだ』なんて思わない。

彼女にとって、彼という存在は…………

仲の良い友人のような…………

或いは手がかかる歳の近い『兄弟』のような………

そういった(たぐい)に該当される………

とにかく『トキメキはしない』存在なのだ。

 

だが、彼……間桐慎二の人間性に関しては…………

ハッキリと、『イイ奴』だと断言が出来た。

なぜなら彼は『妹の為に戦える奴』だから。

だから、気に入った。

 

彼女はもう既に、彼を『身内』だと思っている。

 

夕方。

衛宮士郎、イリヤスフィール、遠坂凛、間桐慎二。

この四人は、無言で夕食を食べた。

ほんのちょっとした会話すらなかった。

皆、疲れきっていたからだ。

心身共に疲労困憊だった。

 

だが彼女は、本当はサッサと部屋に戻って、泥のように眠りたいと思ってはいたが、()()()()の為に、少しばかり残ることにした。

 

夕食後。

士郎は台所で皿を洗っていた。

イリヤスフィールは風呂に行った。

 

では、慎二は何をしているのかというと、

『iPod』で何か聴きながら、子犬の写真が特集されている雑誌を読んでいた。

 

その様子を暫く眺め『観察』した。

それから彼女は紅茶を沸かして、(トレー)にティーカップ二つと、牛乳パック、そして砂糖が入った瓶を乗せて、テーブルに置いた。

 

「はい、紅茶」

 

「?………………どうも…………?」

 

イヤホンを外して紅茶を受け取った彼は、不思議そうな顔をして牛乳と砂糖を入れた後、ちょっとしてからわかりやすく顔を顰めた。

 

「なに?……ありがたいけど……マジ不気味……」

 

唐突だが、ここで問題を出そう。

 

問①:遠坂凛は一体『()()()()』でしょう…?

 

「……………………」ペッ

 

答え:『自分のカップに唾を入れる』

 

「は?」

 

「………………………………」

 

「お、おまえ、え?どうした…?……大丈夫か?」

 

これには流石の間桐慎二もドン引きである。

彼は普段こそ悪態ばかりではあるが、なんだかんだで、根っこにはちゃんとした『常識』と『良識』があるのだ。

そして遠坂凛も、内心ちょっと『やりすぎたかも』と思っている。

しかし彼女は『ある確信』の為に、このような奇行を行なったのだ。

 

「その『iPod』高かったんじゃない?いくらぐらいしたのよ」

 

「何で普通のテンションで話しかけられんの?」

 

彼はしっかりとドン引きしているのだが、それでも彼女は『何事もなかった』かのように話しかける。

彼は、その『何事もなかった』かのような様子に、本気(マジ)ビビりしながらも、一応話しかけられたのだから、律儀に返事する事にした。

 

「この『iPod』は確か…48,000円だった」

 

「約5万円とは……結構するじゃない」

 

「そう?…………何時(いつ)でも何処(どこ)でも曲聴けんだぜ」

 

それから……彼女たちはしばらくお喋りした。

この慎二が持っている、去年発売されたばかりの『iPod*1』の事。

最近ハマっているバンドの事。

最近上映された映画の事。

まるで、どこにでもいる…普通の学生のように…

なんて事のない、他愛のない話題で…………

 

「あっ、そういえば……ちょっとアンタに聞きたい事あるんだけど、いいかしら?」

 

「なに?ずいぶん改まっちゃってサ」

 

「その前に……」

 

カチャ、と音がする。

彼女は、自分と相手のカップの位置を()()()()()

この奇妙であまりに謎の行動に、彼は首を傾げる。

 

「はぁ?………何してんの?」

 

「それじゃあ聞くけど」

 

「おーい……ぼくの声聞こえてます?」

 

そして『ノックしてもしもし』のポーズをしながら迫真の煽りをかます慎二をガン無視しながら、凛は姿勢を正した。

 

「アンタ明日死ぬっぽいけど、大丈夫?」

 

「…………………………」

 

「どう見たって『魔力』が枯渇してるもの…………アンタの今の身体は、一般人と全く変わらない……たぶん明日には、中にいる蟲に内側から食い破られて死ぬわよ」

 

かつて凛は、間桐邸に潜入した。

そこで間桐の『骨の髄まで腐敗』した修練場や……

間桐家独自の魔術を見た。

そして『間桐慎二』の『悪あがき』も。

『悪あがき』の為にまとめられていた資料。

彼女はそれを読み、間桐の魔術を理解した。

だから、彼女は『気づいた』

目の前の少年が、()()()()()()()事に。

実は、もうとっくに。

 

「ハン……心配性だな……あと『一週間』くらいはいけるってライダーは言ってたし………」

 

慎二は、余裕そうに鼻で笑った。

そして、所在なげに遊ばせていた手が、ティーカップに伸びていく。

 

「……………今更ぼくがビビると思ってんのかよ」

 

()()()……だからこそムカつくのよ……」

 

「おまえ、なんなの?マジでケンカするか?」

 

慎二はちょっとキレ始めた。

彼は『ナメられる』事が大嫌いだからである。

凛の言い回しが気に食わなかったワケではない。

 

ただその目……『憐れみ』の目………

『養豚場のブタでもみるかのような目』

 

『かわいそうだけど、明日の朝には…お肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』といった感じの目。

 

慎二は彼女の『目』にキレ始めていた。

だが彼は『遠坂凛の強さ』を理解している。

勢いに任せてケンカしても『99.9%勝てない』という事も。

故に彼は落ち着く為に『紅茶』を飲んだ。

自らの怒りを鎮める為に。

沸々と湧いてくる苛立ちを抑える為に。

 

「…………………………」

 

そう、彼は()()()()()()()()()()を飲んだ。

『目の前で唾を入れられたカップの紅茶』を。

それだけではない。

慎二はミルクと砂糖を入れる派である。

対して、凛はストレートの紅茶。

紅茶の量も、慎二のミルクティーは無くなりかけに対して、凛の紅茶は『唾を入れられてから』は一切減っていない。

つまり、『相違点が3つもある』のだ。

 

「?………………おい、今度は急にダンマリか?」

 

なのに、彼は紅茶を飲んだ。

自分の手元にある紅茶を飲んだ。

紅茶を飲んでから『うわっ何だこりゃ?』といったリアクションもない。

『相違点』に一つも気がついていない。

ただ、普通に飲んでいる。

 

「……………………………わたし、部屋戻るわね」

 

「はぁ?なんなのマジで」

 

遠坂凛は確信する。

 

『もう、とっくに間桐慎二は壊れていた』

 

間違っていて欲しかった。

この予想が外れていて欲しかった。

だが『もうすでに』だった。

彼女はいよいよもって平静を装えなくなって、逃げるように自室に帰った。

 

不思議と涙は出ない。

悲しさはある。

悔しさもある。

泣きそうになっている気もする。

だけども、やっぱり涙は出そうにない。

 

彼女は『自分は随分と薄情になってしまった』と、ボンヤリと考えながら、寝巻きに着替えた。

*1
Appleが販売していた携帯型デジタル音楽プレイヤー製品。初版発売日:2001年10月23日。




【遠坂の奇行の元ネタ】
映画『メメント』のとある1シーン。

作中の小ネタやサブタイトルの元ネタについて解説は必要?

  • どちらも必要。
  • 小ネタだけ必要。
  • サブタイトルのみ必要。
  • どちらも必要なし。
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