Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#57 真実

そうして、決断の夜になった。

夜の巡回はもう行わない。

遠坂は今日一日、宝石剣とやらの型どりに終始し、疲労困憊して休んでいる。

それはイリヤも同じだ。

 

時刻は夜の十時。

……今までの例から言って、あの『黒い影』が動き出すのはそろそろだろう。

 

音を立てずに立ち上がる。

台所からナイフを持ち出す。

無言のままドアを開け、ベッドまで歩いていく。

 

桜は眠っている。

それだけしか判らない。

 

視覚がおかしい。

目の前の桜がどんな顔をしているのかさえ把握できない。

 

目眩と震えを抑えつける。

『覚悟』を決めろ。

こうしている間にも『影』は人を喰らう。

それを直接、あの影を倒す手段がないのなら、ここで桜を『殺す』しかない。

たとえ、それが桜のせいじゃなくても。

そうしなければ誰もが傷つく。

犠牲になる人間も。

それを防げなかった人間も。

望まないまま、罪を犯した桜自身も。

 

今朝のニュース。

『東聖美』

『東仗助』

二人に見覚えがあった。

かつて、俺が助けた少年。

そして、俺に感謝した母親。

俺が助けた『親子』だ。

けれど、もう死んだ。

おそらく死んだ。

影に喰われたのか。

それとも別の要因か。

そんなことはどうでもいい。

俺が助けた人間が、俺が見過ごした事で死んだ。

それだけが『真実』なのだから。

彼らの『家族』は何を思うのだろう……?

『父親』はいるのだろうか。

他に……『娘』とかいるのだろうか。

彼らは何を思うのだろう。

家族が消えた。失踪した。行方不明になった。

その原因すらもわからないまま、彼らは心に一生の傷を抱えたまま、それでも生きていかなければならない。

怒り狂うだろう。

嘆き悲しむだろう。

あの様子を見るに、『家族』は互いに愛し合っていた筈だ。

その怒りは、計り知れない。

その嘆きも。

彼らの『家族』は怒り続け、嘆き続け、希望を失ったまま、それでも生きていく。

やがて、無気力になって、全部がどうでもよくなって、心に開いた『穴』をどうにか埋める為だけに、これからを生きていくのだ。

きっと、そうなるのだ。

 

ナイフを振り上げる。

口が乾く。

舌がボール紙になったようだ。

刃物の無機質に寒気がする。

この、鋭いだけの細い板キレを、桜の、生きている人間の喉、柔らかい肉に突き立てる光景をイメージする。

目が痺れる。

そんなイメージだけで、目が痺れた。

目の前でチカチカと、何かが光った。

 

感覚がどうかしている。

 

俺は。

 

心臓が痛い。

ナイフを握った指に血が滲む。

歯がこすれあう。

せりあがってくる嗚咽を飲み下す。

目蓋が熱い。

………ナイフを下ろす。

そんな簡単な事が、どうしても出来ない。

頭にくる。

本当にどうかしている。

ここまで来て。

こんな事をやって、ようやく、自分の心を思い知った。

 

「馬鹿か、俺は」

 

……………そうだ。

答えなんてとっくに出ていた。

あの雨の下、桜を抱きとめた時から、致命的なまでに、この答えは決まっていた。

 

俺は『裏切り者』なのだ。

 

十年前の火災。

ただ一人生き残った代償に、二度と、あんな悲劇を起こさせまいと生きてきた。

 

今までの時間。

あの贖いを。

死んでいった彼らに報いなければ、とても生きていられないと縋った気持ち。

かつての自分。

それら全てを『裏切った』のだ。

 

謝って許される事ではない。

取り繕って無視できる罪でもない。

俺が捨て去るものは俺自身だ。

 

今まで信じ、支えてきたモノをなくして、生きていく事が偽りだとしても。

 

俺は、守りたいものをとる。

この先。

自分を騙し続けて生きようと、そこに、桜の笑顔がある。

……この想いに間違いはない。

 

桜を必要とした自分。

桜が必要とした自分。

 

多くの命よりも、一つの命を、守りたいと願った。

 

「………………」

 

深く息を吸って、指から力を抜く。

もう『迷い』はない。

ナイフを戻す。

 

桜は眠っている。

震えている様にも、見える。

起きているのか。

眠っているのか。

それすらも判らない。

ただ、もし、桜が起きているのなら。

 

「このまま…()()()()()()()()()()()()()()……俺の…『覚悟』だ……!」

 

聞こえているのだろうか。

それとも、唯の『独り言』になったのか。

どっちでもいい。

 

俺は部屋を出た。

 

 

 

 

腕時計を見る。

午前六時だ。

つまり今日は2月13日。

 

いつの間にか『2月13日』になっている。

 

そういうこともあるだろう。

 

景色が自然と流れていく。

何もしなくても、前に進んでいく。

 

ぼくは……服、いつの間に着替えたのだろう。

このパーカーは気に入っている。

このニット帽もだ。

ニット帽には『蹄鉄』の意匠がある。

これがお気に入り。

 

早朝。

冬の早朝は、肌寒い。

知らねー鳥の鳴き声。

このクソ寒い中、ご苦労さんだ。

まだ薄暗い空。

鳥は何処かで飛んでいる。

 

車椅子が前に進んでいく。

勝手に前へ。

行き着く先は『未遠川』だ。

冬木市中央を分断する川。

深山町と新都の境界線。

この景色は、結構好きだ。

だから、たまにここでのんびりする。

そういう日もある。

 

それで……一体どうしたんだい……?

 

「桜」

 

「………………………………………」

 

何も言わない。

ただ無言で車椅子を押す。

水面に反射する光。

それがやけに眩しい。

車椅子が止まる。

目の前に、桜が現れる。

氷のように無表情。

能面のように貼りつけられた顔。

その目に光はない。

 

「……………これを」

 

桜の手に握られているのは『拳銃』

ぼくがサツからパクった(ピストル)

ニューナンブM60。

日本の警察用拳銃。

38口径。装弾数5発。

部屋に置いていたものだ。

中に弾丸が、まだ1発残っている。

 

それをぼくに差し出している。

 

「……………わたしを、撃って、兄さん」

 

掠れた声。

儚げな声。

差し出した手が震えている。

 

「……………………………………」

 

それは『覚悟』だ。

このクソビビりで、マヌケで、アホで、ドン臭い、どうしようもない妹は、この期に及んで、死んでしまおうとしている。

死ぬ為の『覚悟』をしてきた。

 

「テメーがどれだけアホなのか…お前がウチに引き取られてから、随分時間が経ったから、もう充分に理解したつもりだったが………まさかここまでアホとはな………」

 

「………………………………」

 

「誰がテメーの言う通りにするか……サッサとそれを仕舞って、衛宮の朝メシ食うぞ……もう二度とこんなバカなマネはするな……次やったらテメーには二度と『ロマノフ』作ってやんねー」

 

ボロクソに言ってやった。

普段なら、これで桜を黙らせる事が出来る。

だが、桜は人形の様に固まっている。

数秒の間の沈黙。

木枯らしが川縁の雑草を揺らす。

それで、草の朝露が落ちる。

桜は、観念したのか、意を決したような顔をした。

 

「兄さんが、脚を失ったのは、わたしのせいです」

 

「…………………………………………知ってたさ」

 

マジぼくをナメるなよ。

そんな事は、とっくの昔に知っていた。

簡単な推理さ。

あの日。

紅葉が舞い散る日。

ぼくは馬に振り落とされた。

そして、薬物を投与された猿みたいに暴れまくって、ぼくの体を蹴りまくった。

突然の出来事だった。

ぼくを乗せて、穏やかに歩く馬が、突如豹変した。

自然ではない。

不自然だった。

ならば、これは誰かに『干渉』された。

その結果、ぼくは脚を失った。

誰がそんなことをする?

当然…『魔術』を使える者だろう。

 

「厳密には『命じられた』んだろ…?クソ爺に」

 

容疑者は二人しかいない。

クソ爺と桜。

だが、桜は自分からウキウキで馬を暴走させるようなクソじゃあない。

桜が魔術を使ったのは事実だろう。

だが……それは『命令』されたからだ。

 

「その通り……ですけど、それは、わたしが許されていい『理由』には、なりません」

 

…………………何をしている?

オイ。

どうした?

一体……………

オイオイオイオイオイ。

なんだ………?

何故、ぼくの首に手を……………

 

グワシィイ…ッ…!

 

「グッ…!?」

 

首を絞めやがっているのかッ!?

コイツッ!

なんだよォ!?ふざけんなよクソッ!

 

「さぁ、撃ってください…………このままじゃあ、兄さん、死んじゃいます…だからこれが『理由』…わたしを撃つ『理由』になる……」

 

「や……やめろォ〜……い、息がッ!」

 

そんな目で、ぼくを見るな。

そんな声で、話しかけるな。

そんな顔で、そんな顔をして…………

 

ググ……グググッ…!

 

………………………ダメだ。

ぼくは、もう、ダメだ。

このまま、気を失うのではない。

なんとなく、判るのだ。

判ってしまうのだ。

このままじゃあ、ぼくは死ぬ。

桜は本気で、ぼくを殺すつもりだ。

それで手加減しているつもりか?

おまえ、自分の周りを見てみなよ………

 

『影の従者』が、沢山いるんだぜ。

おまえ、まるで『影の王女』だ。

 

「兄さん、はやく……本当に死んじゃう……」

 

「だ、まれ……て、めーを……撃つかよ……!」

 

「先輩ですら、わたしを殺せなかったんですッ……あとは、もう兄さんしかッ…兄さん以外誰が…!」

 

首を絞められている。

呼吸ができない。

視界がボヤけ始めた。

心臓の鼓動が聴こえる。

脳に流れる酸素が途絶えていく。

呼吸をしろ。

脳は命令する。

呼吸をしろ。

それしか頭に浮かばない。

呼吸をしろ。

それは『本能』だ。

呼吸をしろ。

 

だが………

ぼくは『人間』だ。

 

これは個人的な見解…解釈に過ぎないが……

『人間』とは何か?その定義はなにか?

 

それは、『本能』に抗えるか、どうか。

 

『生命』は皆、『本能』がある。

けれど『人間』だけが、それに打ち勝てる。

 

だから、ぼくは『人間』なのだ。

 

脳は『呼吸』を求める。

脳は『銃』を手に取れ、と命じる。

脳は『撃て』と命令する。

 

それら全てを無視して、ぼくは、こう言った。

 

()()()()()()………()()()……」

 

「な、なにを…!」

 

「『()()()()』を………守れ…………」

 

途切れ途切れになってしまっていた。

呼吸ができないから。

けれど、確かに言えた。

桜の白く、細い手なんかじゃあ、ぼくの声までもは、妨害なんかできない。

 

赤い稲妻が迸る。

一瞬の閃光。

魔力の奔流が空を駆ける。

 

桜の真後ろに、ずっとスタンバイしていた………

()()()()()()()()()()()』が現れる。

彼は真顔で、ただ立っている。

 

「はッ……そうだ……!ラ、ライダーさん!わたしはあなたの『(マスター)』を殺そうとしていますッ!……はやくっ『反撃』しなくちゃいけないでしょ!?」

 

()()()()()()サクラ……今『命令』は下された」

 

刹那。

脳に酸素が流れ込む。

 

「ッ!……ゲホッ!ゲホッガハッ!……ハァーッ…ハァーッ…ハァーッ…ハァーッ…ハァーッ……」

 

堰き止められていた血が流れ始める。

脳は命令を取りやめ、やがて思考はクリアになっていく。

呼吸が出来ている。

ぼくは、今、呼吸をしている。

 

「そ、そんな……なんで………」

 

「わ、わたし……ホントは……ホントは…………に、兄さんなんか、大っ嫌いなんです……」

 

「だから、だから…………だから………」

 

桜はブツブツと譫言を言っている。

自らの身体を抱きながら。

その目は虚ろ。

髪はグシャグシャ。

能面のような無表情が、次第に崩れ始める。

表情は歪んでいく。

それはまるで……全ての絵の具を混ぜて作られた、ただただドス黒い『真っ黒』のように。

 

「桜」

 

「本当なんですっ…わたしは、兄さんなんて……」

 

きっと………

そう、きっと………今から言うことは……

おそらく『不正解』だ…………

だけども………それでも………

やっぱり言いたくなってしまう………

ぼくは、今から、コイツにトドメをさす。

 

()()()()()()()()()

 

バァンッ!!!!!

 

ぼくは銃を撃った。

()()()()()()』撃ったのだ。

もう、弾丸はない。

この銃に弾丸は残っていない。

 

これで、ぼくは桜を殺す手段を失った。

 

反響する銃声。

ビックリした鳥たちが、バタバタと羽ばたいては、何処か遠くへ逃げていく。

 

一拍の無音。

 

茫然としていた桜は、わなわなと震え始めてから、手で顔を覆う。

 

「うあああああああああああ!!」

 

そして絶叫した。

腹の底から。

心の奥底から。

喉が張り裂ける程に。

 

ビリッ…!……ビリビリビリッ!!

 

空間に迸る魔力の奔流。

それは、さっきの令呪のような赤色ではない。

どこまでもドス黒い漆黒。

闇夜のように黒く、影のように暗い。

 

絶叫は止まらない。

それに呼応するように、空間も悲鳴をあげる。

 

やがて目の前に現れたのは、魔力によって構成された、『物体(オブジェクト)』のようなもの。

それは、例えるなら『R.E.M』のアルバム………

『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』の……ジャケ写のような、奇妙な物体。

 

その『物体』は次々に川に飛び込んでは、川を黒く汚染していく。

その『物体』が通る跡には、何も残らない。

やがて『物体』の一つが、桜に向かっていく。

 

そして……………

音もなく桜を呑み込んで、地面に溶けていった。

 

桜が立っていた場所。

そこには、確かに雑草が生えていた筈。

なのに、もうなくなっている。

 

土と小石しかない。

 

あの『影』は、雑草ですら喰らうのか。

 

それほどまでに、あの『影』は『生命そのもの』の『敵』だというのか。

 

「サクラの精神は崩壊した……決定的に終わりだ…打つ手はもうない…」

 

うるさい。

 

「シンジ」

 

黙れ。

 

「あきらめるというのも『勇気』じゃあねーのか…その『状態』じゃあ、もうどうにもならない」

 

ガシィイッ

 

「『生きる』とか『死ぬ』とか誰が『正義』で誰が『悪』だなんてどうでもいいッ!!そんな事はッ!ぼくにはどうだっていいんだッ!!」

 

「ぼくはまだ『マイナス』なんだッ!『ゼロ』に向かって行きたいッ!『聖杯』を手に入れて自分の『マイナス』を『ゼロ』に戻したいだけだッ!!」

 

喉が痛い。

久々に大声を出した。

溜まったツバを吐き捨てる。

血が混じっている。

それがどうしたというのだ。

心の叫びは止められない。

どうしても、叫んでしまうものなんだ。

 

「だから気に入った」

 

ポイッ

 

何かが飛んでくる。

それが、ぼくの右頬に突き刺さる。

それは、ゆっくりと内側にメリ込んで、どんどん上に昇っていく。

 

()()()()()()()()()()

 

頭が痛い。

吐き気がする。

目の前がチカチカする。

光が網膜を焼いている。

耳鳴りが聴こえる。

『ピー』という音。

身体中が痛い。

おかしい。

おかしいぞ。

ぼくは『痛覚』を遮断した筈なのに。

川の臭いがする。

あんまり良い臭いではない。

おかしい。

『嗅覚』なんて、ぼくが一番最初に、こんなのいらねぇだろって事で、遮断した『感覚』だぞ。

 

「シンジ、延長戦が始まるぜ」

 

うるせぇ。

テメー……覚えてろ………

ぼくに、こんなヘンなもん渡して………

だが気に入った………誠に遺憾だがね。

 

クソッ………まだ、頭が痛い。

けど、だいぶマシになってきた。

だから、(ウチ)に帰ろう。

作中の小ネタやサブタイトルの元ネタについて解説は必要?

  • どちらも必要。
  • 小ネタだけ必要。
  • サブタイトルのみ必要。
  • どちらも必要なし。
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