Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
そうして、決断の夜になった。
夜の巡回はもう行わない。
遠坂は今日一日、宝石剣とやらの型どりに終始し、疲労困憊して休んでいる。
それはイリヤも同じだ。
時刻は夜の十時。
……今までの例から言って、あの『黒い影』が動き出すのはそろそろだろう。
音を立てずに立ち上がる。
台所からナイフを持ち出す。
無言のままドアを開け、ベッドまで歩いていく。
桜は眠っている。
それだけしか判らない。
視覚がおかしい。
目の前の桜がどんな顔をしているのかさえ把握できない。
目眩と震えを抑えつける。
『覚悟』を決めろ。
こうしている間にも『影』は人を喰らう。
それを直接、あの影を倒す手段がないのなら、ここで桜を『殺す』しかない。
たとえ、それが桜のせいじゃなくても。
そうしなければ誰もが傷つく。
犠牲になる人間も。
それを防げなかった人間も。
望まないまま、罪を犯した桜自身も。
今朝のニュース。
『東聖美』
『東仗助』
二人に見覚えがあった。
かつて、俺が助けた少年。
そして、俺に感謝した母親。
俺が助けた『親子』だ。
けれど、もう死んだ。
おそらく死んだ。
影に喰われたのか。
それとも別の要因か。
そんなことはどうでもいい。
俺が助けた人間が、俺が見過ごした事で死んだ。
それだけが『真実』なのだから。
彼らの『家族』は何を思うのだろう……?
『父親』はいるのだろうか。
他に……『娘』とかいるのだろうか。
彼らは何を思うのだろう。
家族が消えた。失踪した。行方不明になった。
その原因すらもわからないまま、彼らは心に一生の傷を抱えたまま、それでも生きていかなければならない。
怒り狂うだろう。
嘆き悲しむだろう。
あの様子を見るに、『家族』は互いに愛し合っていた筈だ。
その怒りは、計り知れない。
その嘆きも。
彼らの『家族』は怒り続け、嘆き続け、希望を失ったまま、それでも生きていく。
やがて、無気力になって、全部がどうでもよくなって、心に開いた『穴』をどうにか埋める為だけに、これからを生きていくのだ。
きっと、そうなるのだ。
ナイフを振り上げる。
口が乾く。
舌がボール紙になったようだ。
刃物の無機質に寒気がする。
この、鋭いだけの細い板キレを、桜の、生きている人間の喉、柔らかい肉に突き立てる光景をイメージする。
目が痺れる。
そんなイメージだけで、目が痺れた。
目の前でチカチカと、何かが光った。
感覚がどうかしている。
俺は。
心臓が痛い。
ナイフを握った指に血が滲む。
歯がこすれあう。
せりあがってくる嗚咽を飲み下す。
目蓋が熱い。
………ナイフを下ろす。
そんな簡単な事が、どうしても出来ない。
頭にくる。
本当にどうかしている。
ここまで来て。
こんな事をやって、ようやく、自分の心を思い知った。
「馬鹿か、俺は」
……………そうだ。
答えなんてとっくに出ていた。
あの雨の下、桜を抱きとめた時から、致命的なまでに、この答えは決まっていた。
俺は『裏切り者』なのだ。
十年前の火災。
ただ一人生き残った代償に、二度と、あんな悲劇を起こさせまいと生きてきた。
今までの時間。
あの贖いを。
死んでいった彼らに報いなければ、とても生きていられないと縋った気持ち。
かつての自分。
それら全てを『裏切った』のだ。
謝って許される事ではない。
取り繕って無視できる罪でもない。
俺が捨て去るものは俺自身だ。
今まで信じ、支えてきたモノをなくして、生きていく事が偽りだとしても。
俺は、守りたいものをとる。
この先。
自分を騙し続けて生きようと、そこに、桜の笑顔がある。
……この想いに間違いはない。
桜を必要とした自分。
桜が必要とした自分。
多くの命よりも、一つの命を、守りたいと願った。
「………………」
深く息を吸って、指から力を抜く。
もう『迷い』はない。
ナイフを戻す。
桜は眠っている。
震えている様にも、見える。
起きているのか。
眠っているのか。
それすらも判らない。
ただ、もし、桜が起きているのなら。
「このまま…
聞こえているのだろうか。
それとも、唯の『独り言』になったのか。
どっちでもいい。
俺は部屋を出た。
◆
腕時計を見る。
午前六時だ。
つまり今日は2月13日。
いつの間にか『2月13日』になっている。
そういうこともあるだろう。
景色が自然と流れていく。
何もしなくても、前に進んでいく。
ぼくは……服、いつの間に着替えたのだろう。
このパーカーは気に入っている。
このニット帽もだ。
ニット帽には『蹄鉄』の意匠がある。
これがお気に入り。
早朝。
冬の早朝は、肌寒い。
知らねー鳥の鳴き声。
このクソ寒い中、ご苦労さんだ。
まだ薄暗い空。
鳥は何処かで飛んでいる。
車椅子が前に進んでいく。
勝手に前へ。
行き着く先は『未遠川』だ。
冬木市中央を分断する川。
深山町と新都の境界線。
この景色は、結構好きだ。
だから、たまにここでのんびりする。
そういう日もある。
それで……一体どうしたんだい……?
「桜」
「………………………………………」
何も言わない。
ただ無言で車椅子を押す。
水面に反射する光。
それがやけに眩しい。
車椅子が止まる。
目の前に、桜が現れる。
氷のように無表情。
能面のように貼りつけられた顔。
その目に光はない。
「……………これを」
桜の手に握られているのは『拳銃』
ぼくがサツからパクった
ニューナンブM60。
日本の警察用拳銃。
38口径。装弾数5発。
部屋に置いていたものだ。
中に弾丸が、まだ1発残っている。
それをぼくに差し出している。
「……………わたしを、撃って、兄さん」
掠れた声。
儚げな声。
差し出した手が震えている。
「……………………………………」
それは『覚悟』だ。
このクソビビりで、マヌケで、アホで、ドン臭い、どうしようもない妹は、この期に及んで、死んでしまおうとしている。
死ぬ為の『覚悟』をしてきた。
「テメーがどれだけアホなのか…お前がウチに引き取られてから、随分時間が経ったから、もう充分に理解したつもりだったが………まさかここまでアホとはな………」
「………………………………」
「誰がテメーの言う通りにするか……サッサとそれを仕舞って、衛宮の朝メシ食うぞ……もう二度とこんなバカなマネはするな……次やったらテメーには二度と『ロマノフ』作ってやんねー」
ボロクソに言ってやった。
普段なら、これで桜を黙らせる事が出来る。
だが、桜は人形の様に固まっている。
数秒の間の沈黙。
木枯らしが川縁の雑草を揺らす。
それで、草の朝露が落ちる。
桜は、観念したのか、意を決したような顔をした。
「兄さんが、脚を失ったのは、わたしのせいです」
「…………………………………………知ってたさ」
マジぼくをナメるなよ。
そんな事は、とっくの昔に知っていた。
簡単な推理さ。
あの日。
紅葉が舞い散る日。
ぼくは馬に振り落とされた。
そして、薬物を投与された猿みたいに暴れまくって、ぼくの体を蹴りまくった。
突然の出来事だった。
ぼくを乗せて、穏やかに歩く馬が、突如豹変した。
自然ではない。
不自然だった。
ならば、これは誰かに『干渉』された。
その結果、ぼくは脚を失った。
誰がそんなことをする?
当然…『魔術』を使える者だろう。
「厳密には『命じられた』んだろ…?クソ爺に」
容疑者は二人しかいない。
クソ爺と桜。
だが、桜は自分からウキウキで馬を暴走させるようなクソじゃあない。
桜が魔術を使ったのは事実だろう。
だが……それは『命令』されたからだ。
「その通り……ですけど、それは、わたしが許されていい『理由』には、なりません」
…………………何をしている?
オイ。
どうした?
一体……………
オイオイオイオイオイ。
なんだ………?
何故、ぼくの首に手を……………
グワシィイ…ッ…!
「グッ…!?」
首を絞めやがっているのかッ!?
コイツッ!
なんだよォ!?ふざけんなよクソッ!
「さぁ、撃ってください…………このままじゃあ、兄さん、死んじゃいます…だからこれが『理由』…わたしを撃つ『理由』になる……」
「や……やめろォ〜……い、息がッ!」
そんな目で、ぼくを見るな。
そんな声で、話しかけるな。
そんな顔で、そんな顔をして…………
ググ……グググッ…!
………………………ダメだ。
ぼくは、もう、ダメだ。
このまま、気を失うのではない。
なんとなく、判るのだ。
判ってしまうのだ。
このままじゃあ、ぼくは死ぬ。
桜は本気で、ぼくを殺すつもりだ。
それで手加減しているつもりか?
おまえ、自分の周りを見てみなよ………
『影の従者』が、沢山いるんだぜ。
おまえ、まるで『影の王女』だ。
「兄さん、はやく……本当に死んじゃう……」
「だ、まれ……て、めーを……撃つかよ……!」
「先輩ですら、わたしを殺せなかったんですッ……あとは、もう兄さんしかッ…兄さん以外誰が…!」
首を絞められている。
呼吸ができない。
視界がボヤけ始めた。
心臓の鼓動が聴こえる。
脳に流れる酸素が途絶えていく。
呼吸をしろ。
脳は命令する。
呼吸をしろ。
それしか頭に浮かばない。
呼吸をしろ。
それは『本能』だ。
呼吸をしろ。
だが………
ぼくは『人間』だ。
これは個人的な見解…解釈に過ぎないが……
『人間』とは何か?その定義はなにか?
それは、『本能』に抗えるか、どうか。
『生命』は皆、『本能』がある。
けれど『人間』だけが、それに打ち勝てる。
だから、ぼくは『人間』なのだ。
脳は『呼吸』を求める。
脳は『銃』を手に取れ、と命じる。
脳は『撃て』と命令する。
それら全てを無視して、ぼくは、こう言った。
「
「な、なにを…!」
「『
途切れ途切れになってしまっていた。
呼吸ができないから。
けれど、確かに言えた。
桜の白く、細い手なんかじゃあ、ぼくの声までもは、妨害なんかできない。
赤い稲妻が迸る。
一瞬の閃光。
魔力の奔流が空を駆ける。
桜の真後ろに、ずっとスタンバイしていた………
『
彼は真顔で、ただ立っている。
「はッ……そうだ……!ラ、ライダーさん!わたしはあなたの『
「
刹那。
脳に酸素が流れ込む。
「ッ!……ゲホッ!ゲホッガハッ!……ハァーッ…ハァーッ…ハァーッ…ハァーッ…ハァーッ……」
堰き止められていた血が流れ始める。
脳は命令を取りやめ、やがて思考はクリアになっていく。
呼吸が出来ている。
ぼくは、今、呼吸をしている。
「そ、そんな……なんで………」
「わ、わたし……ホントは……ホントは…………に、兄さんなんか、大っ嫌いなんです……」
「だから、だから…………だから………」
桜はブツブツと譫言を言っている。
自らの身体を抱きながら。
その目は虚ろ。
髪はグシャグシャ。
能面のような無表情が、次第に崩れ始める。
表情は歪んでいく。
それはまるで……全ての絵の具を混ぜて作られた、ただただドス黒い『真っ黒』のように。
「桜」
「本当なんですっ…わたしは、兄さんなんて……」
きっと………
そう、きっと………今から言うことは……
おそらく『不正解』だ…………
だけども………それでも………
やっぱり言いたくなってしまう………
ぼくは、今から、コイツにトドメをさす。
「
バァンッ!!!!!
ぼくは銃を撃った。
『
もう、弾丸はない。
この銃に弾丸は残っていない。
これで、ぼくは桜を殺す手段を失った。
反響する銃声。
ビックリした鳥たちが、バタバタと羽ばたいては、何処か遠くへ逃げていく。
一拍の無音。
茫然としていた桜は、わなわなと震え始めてから、手で顔を覆う。
「うあああああああああああ!!」
そして絶叫した。
腹の底から。
心の奥底から。
喉が張り裂ける程に。
ビリッ…!……ビリビリビリッ!!
空間に迸る魔力の奔流。
それは、さっきの令呪のような赤色ではない。
どこまでもドス黒い漆黒。
闇夜のように黒く、影のように暗い。
絶叫は止まらない。
それに呼応するように、空間も悲鳴をあげる。
やがて目の前に現れたのは、魔力によって構成された、『
それは、例えるなら『R.E.M』のアルバム………
『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』の……ジャケ写のような、奇妙な物体。
その『物体』は次々に川に飛び込んでは、川を黒く汚染していく。
その『物体』が通る跡には、何も残らない。
やがて『物体』の一つが、桜に向かっていく。
そして……………
音もなく桜を呑み込んで、地面に溶けていった。
桜が立っていた場所。
そこには、確かに雑草が生えていた筈。
なのに、もうなくなっている。
土と小石しかない。
あの『影』は、雑草ですら喰らうのか。
それほどまでに、あの『影』は『生命そのもの』の『敵』だというのか。
「サクラの精神は崩壊した……決定的に終わりだ…打つ手はもうない…」
うるさい。
「シンジ」
黙れ。
「あきらめるというのも『勇気』じゃあねーのか…その『状態』じゃあ、もうどうにもならない」
ガシィイッ
「『生きる』とか『死ぬ』とか誰が『正義』で誰が『悪』だなんてどうでもいいッ!!そんな事はッ!ぼくにはどうだっていいんだッ!!」
「ぼくはまだ『マイナス』なんだッ!『ゼロ』に向かって行きたいッ!『聖杯』を手に入れて自分の『マイナス』を『ゼロ』に戻したいだけだッ!!」
喉が痛い。
久々に大声を出した。
溜まったツバを吐き捨てる。
血が混じっている。
それがどうしたというのだ。
心の叫びは止められない。
どうしても、叫んでしまうものなんだ。
「だから気に入った」
ポイッ
何かが飛んでくる。
それが、ぼくの右頬に突き刺さる。
それは、ゆっくりと内側にメリ込んで、どんどん上に昇っていく。
「
頭が痛い。
吐き気がする。
目の前がチカチカする。
光が網膜を焼いている。
耳鳴りが聴こえる。
『ピー』という音。
身体中が痛い。
おかしい。
おかしいぞ。
ぼくは『痛覚』を遮断した筈なのに。
川の臭いがする。
あんまり良い臭いではない。
おかしい。
『嗅覚』なんて、ぼくが一番最初に、こんなのいらねぇだろって事で、遮断した『感覚』だぞ。
「シンジ、延長戦が始まるぜ」
うるせぇ。
テメー……覚えてろ………
ぼくに、こんなヘンなもん渡して………
だが気に入った………誠に遺憾だがね。
クソッ………まだ、頭が痛い。
けど、だいぶマシになってきた。
だから、
作中の小ネタやサブタイトルの元ネタについて解説は必要?
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どちらも必要。
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小ネタだけ必要。
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サブタイトルのみ必要。
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どちらも必要なし。