Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
少女は空を見上げている。
灰色の陽射しは少女の銀髪を曇らせ、赤い瞳に影を落としていた。
衛宮邸は静かだった。
士郎も凛も桜を探しに行った。
マキリの少年……慎二も何処かに消えた。
ライダーは当然のように姿を現さず、屋敷にはイリヤしかいない。
ぼんやりと空を見上げる。
少女は迷っていた。
自身に課せられた責務と、自身に生まれた欲求のどちらを選ぶべきか迷っている。
自分の本当はどちらなのだろう、と少女は灰色の空に問いかけ続ける。
だから気づかない。
玄関をくぐり、帰ってきた人影に。
ゆっくりと。
足音も立てず、忍び寄る誰か。
それが、ゆっくりと、少女の肩に、手を…………
「随分遅いお帰りね、桜」
「…………………………姉、さん」
侵入者……間桐桜の腕が止まる。
「イリヤから離れなさい………それ以上近づいたら殺すわよ」
それが脅しではない事は、この場にいる全員が判っている。
殺気を放つのは、遠坂凛。
その構えは既に戦闘態勢。
中国拳法の用いる『ネコ足立ち』の構え。
四肢の力を抜き、どの方向からの攻撃にもスピードとリズムを失わぬ防御態勢。
彼女は無意識に、自然と、本能的に『ネコ足立ち』の型になっていた。
「わたしがイリヤちゃんを誘いに来ると読んでいたんだ……姉さんはいつから物知り博士さんになったんです?」
しかし、間桐桜は意に介さない。
冷たい空気が蔓延する。
それは冬のせいではない。
殺気と敵意。
軽蔑と侮蔑。
かつて、この屋敷にあった、穏やかな陽だまりはそこにない。
「わたしは士郎みたいな甘ちゃんじゃないの………アンタがいよいよとなったら、イリヤを攫いに来るのは明白でしょ?」
士郎、という響きに桜の眉が揺れる。
不愉快だ、と。
以前の彼女を知る者なら目を疑うほどの、それは露骨な嫌悪だった。
「……あんまりです、姉さんはいつもそう……そうやって決めつけて、わたしをコケにするんです……ほんとうにイヤな人……姉さん、わたし、そんなに悪い子ですか?」
感情のない声。
それ故に寒気がする質問に………
「あったりまえじゃない……アンタ大馬鹿よ………守りたがってたヤツも、そして『家族』すらも最後まで信じてやらなかったんだから」
きっぱりと、遠坂凛は断言する。
「……ぁ……………………………」
間桐桜の視線が下がる。
その事実だけは、本当に間違いだったと認めるように。
しかし、その様子は、すぐに消滅する。
「そうですね、けど姉さん、わたし、もう弱くなんてありませんから、亀さんみたいに家に籠もっててください」
冷め切った視線と、零れ落ちる不吉な影。
「………ッ」
それが予想通りのモノと看破し、遠坂凛は僅かに後退してしまった。
その焦りが。
間桐桜の背中を後押しする、最後の一手だったとは気付かずに。
「どうしたんですか姉さん……そんなふうに………まるで、わたしにビビっちゃってるみたいですよ」
歪んだ顔。
肉体を這う『紅色』の
ドス黒い感情の発露。
もう、かつての陽だまりは其処にない。
あるのは、ただ、どこまでも、どこまでも……
嗜虐的で、暴力的で、残酷な、残忍な、強者の貌。
そうして、影が躍る。
夥しいまでの黒が大地を蹂躙する。
その、重油じみた影の中から………
「桜、アンタ……ッ」
黒いドレスに身を包む、漆黒の令嬢が這い上がる。
「『ヘルター・スケルター』」
それが名前。
この影の名前。
ヘルター・スケルター。
影の
一番下から、よじ登るモノ。
不吉なモノ。
めちゃくちゃなモノ。
その、大地や影などの…『平面』にしか存在する事が許されていない筈の『影絵』は、クッキリと、『空間』を漂っている。
そして、瞬間。
「ッ!」
その『影絵』に目を奪われた遠坂凛の足元から、影の触手が矢継ぎ早に繰り出された。
それは『魔術』だ。
間桐の魔術は他者を律する束縛。
だが、もともと桜は遠坂の人間。
架空元素、虚数を起源とする影使い。
その二つの属性を持つ間桐桜だからこそ、あの『影』を具現化できる。
今、現在の遠坂凛の脳内。
影の弱点……なし。
逃走経路……なし。
戦闘手段……なし。
イリヤスフィール……動かない。動けない。
つまり、勝算なし。
頭の中には、絶望的な情報ばかり。
焦燥する。
動揺する。
それが冷や汗となって、肉体に反映される。
「あ、ダメですよ?そんなところで立ち止まったら、危ないじゃあないですか」
そこに躊躇もなく、桜は掌を凛に向ける。
容赦はない。
間桐桜は絶対的な優勢に唇を歪める。
「いいですか?わたしが『上』で、姉さんは『下』なんですよ……
昏い愉悦。
知性ある生命体が持つ『嗜虐性』というモノ。
弱者が強者を討つ『
絶対的な優位から、かつては憧れ、羨み、嫉妬し、憎み、やがて傍観を受容した人間を、甚振る悦び。
蹂躙する悦び。
踏み躙る悦び。
弄ぶ悦び。
彼女の中の……脳ではなく、魂が、善がる。
それは、まるでヘロイン。
間桐桜は、興奮で震える掌を、かつては『姉さん』だったモノに向け…………
「桜ッ!!!!!」
一番会いたくない人物に追いつかれた。
◆
何か起きている事は明白だった。
今朝、桜と慎二が消えた。
ライダーの気配もない。
イヤな予感がした。
だから、とにかく駆け回った。
そうして、ようやく、
吐き気がする陰湿な魔力が、この外界で渦を巻いて、あっちこっちに迸っていた。
異常だ。
異質だ。
そんなもの、魔術師でなくとも判る。
だから、俺は、すぐに蜻蛉返りした。
せめて慎二に一言なにか………
走り出して、数秒してから、後悔した。
しかし……この魔力の奔流は、異常だ。
頭の中が、焦燥で埋まっていく。
そうして、走った。
やがて、家に着く。
そこで俺は…………
「な…………ッ」
覚悟していたとは言え、一瞬、その光景に目眩がした。
冷や汗で顔面をビショビショにした遠坂。
庭の端に佇むイリヤと、黒い『影』の女。
そうして、中庭の真ん中で、遠坂に掌を突き出している桜の姿。
「桜ッ!!!!!」
中庭に飛び込む。
どれもが放っておけない。
「……驚いたなぁ、よっぽど急いで来たんだ」
………桜の様子がおかしい。
その首筋。
刺青のような何か。
それは蠢いている。
身体を侵食している。
あれは……とてもそうは見えないが、令呪だ。
得体の知れない令呪が蠢いている。
ぞくん、と背中が総毛だった。
いや、今のは寒気なんてもんじゃあない。
延髄から尾底骨まで、ぎちり、とナイフで裂かれたような極寒の棘……!
「先輩は、わたしだけを見てくれないんですね……でも、許してあげます、先輩はそういう人だから」
視界が歪む。
俺の知らない桜の言葉。
桜の声色。
違う、と。
アレは桜ではないと。
思ってはいけない事が、脳裏を埋め尽くす。
「先輩、わたしといると苦しいでしょう?……えぇ、だから、殺してあげます、そうすればずっと傍にいてくれるし、なにより、先輩は、もう苦しまなくていいでしょう?」
影が伸びる。
いや、影ではない。
黒い波。
そうとしか言えない。
俺は怯えた。
一瞬でも、桜を桜ではないモノだと思ってしまった。
その事実が、体を避ける事を命じなかった。
体が萎む。
血の気が引いていく。
跳べない。
身体が動く事を拒否している。
いや、身体じゃあない。
俺の『本能』が拒否している。
俺は、このまま…………
「『
ギャルギャルギャルギャルッ!!!
回転。
回転している。
俺の目の前で、丸い何かが。
球体が回転している。
それは、黒い波を振り払って、バラバラにして、散り散りにして、空中にバラ撒いていく。
振り返ると。
そこには…………
両手を合わせ、手首を捻る……慎二の姿があった。
そう、慎二…………
蜻蛉返りしてしまった俺に追いついたのだろう。
その手……いや、指………
両中指の第一関節が、ない。
「…………そう、兄さんも逆らうのね、なら兄さんもブッ殺します」
「……………………………………」
影が立ち上がる。
桜の顔が、怒りに染まる。
それに対して慎二は無表情だ。
周囲は黒く暗く染まっていく。
慎二は、処刑を待つ罪人のように、這い寄る影を正視する。
「そこまでよ、余計な事はしないでサクラ」
「……………………イリヤ」
影の侵食が停止する。
事態を静観していたイリヤが、口を開いた。
……何のつもりなのか。
イリヤは自分から桜に歩み寄っていく。
「サクラはわたしが目的なんでしょ、なら早く済ませましょう」
「イカレてるんですか?わたしが欲しいのは貴女の心臓だけ、つまりブッ殺されても構わない、という事ですか?」
「そんなの判ってるわ、けど……どっちにしたってなんだから、抵抗は無駄でしょ」
淡々とイリヤは語る。
頭にくる。
俺は怯えていたのに。
イリヤは、きっと…俺なんかより何百倍も、何千倍も、怖かっただろうに。
なのに、イリヤは自分から………!
………影が引いていく。
長い髪が揺れる。
桜が無防備な背中を見せて去っていく。
姿が遠くなっていく。
俺は追いかける事も、呼び止める事も出来ず。
イリヤまで、助ける事が出来ないまま。
「じゃあね、今まで楽しかったよ、お兄ちゃん」
そんな、悲しい別れを聞いた。
「 」
それで全てが解凍した。
『黒い影』を前にして震えていた体も、桜を別人だと思ってしまった負い目も消え去った。
頭にくる。
情けなくブルって、桜の手も引っ張れなかった。
それだけじゃない。
あげくに……兄と呼んでくれたイリヤに、俺はあんな顔をさせやがった……!
「馬っ鹿野郎……!」
全身鉛、吐き気と悪寒で脳みそがぐるんぐるん。
手足は、糸を切れた人形のようだ。
意識が続かない。
視界は暗くなっていく。
◆
では、最後の選択をしよう。
勝敗は既に。
共に戦い、最後まで君の剣であってくれた少女は、もういない。
地獄があった。
生き延びた事には意味がある。
生き延びたからには意味がある。
みんな死んだ中で、奇跡的に生き残れたのではない。
みんなを犠牲にして、一人分だけ、救える席が出来ただけだ。
それを嫌悪し。
現実を打開する為に、君は、誰をも救える『正義の味方』になるしかなかった。
その道も、いつか一人きりになった。
先を歩いていた男は、君に夢を見て亡くなった。
君の気高き『覚悟』と黄金のような『夢』に、彼は『可能性』を見出した。
『彼は誰をも救えなかったから』
『君には、誰かを救える人になってほしかった』
十年間信じ続けた自分を殺した。
それでも君は、生きている。
生きていかなければならない。
そんな君に、言葉を送ろう。
愛は忍耐強い。
愛は情け深い。
ねたまない。
愛を自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える*1。
それを忘れる事なかれ。
一人の少女がいた。
ずっと、ずっと父親を求めていて、復讐だけを心の糧にして時間を過ごしてきた少女。
彼女は、君に『可能性』を見た。
それは『
あくまでも、君という人間に見出した。
君の意思。
君の覚悟。
君の決意。
君の渇望。
君の勇気。
その、全てに。
だから、彼女は『家族』を望んだ。
最後の選択。
君は………………………………
◆
【シルヴァー・ビートルズ】
漢字表記は銀甲蟲。
間桐慎二が発現した群体型
『遺体の力』で覚醒する能力である為、遺体を失うと能力は消失する。
厳密に言うと『スタンド能力』と『魔術』の融合。
なのでスタンド使い以外にも触れるし視認できる。
全ての第一関節から上の指先を、骨を軸に『回転』させながら射出することができる。
指先は射出された瞬間から『卵』となり、すぐに孵化、空気中のマナを喰うことで、一瞬で成体に不完全変態する。
成体はカナブンのような、ツノが無い甲虫類のような姿をしている。
その形状は完全な半球であり、もう一匹と肢を絡ませる事で完全な一つの『真球』になる。
背の外骨格部分は大抵の
この『回転』は『ツェペリ一族の回転』と同じ。
蟲自体に攻撃力はない。
また、蟲は『スタンド』から生まれた生命なので、スタンドを引っ込めても生きている。
食性は草食。
特にカモミールの葉が好物。
寿命は約一週間。
交尾などの繁殖行動はしない。
そもそも雄雌の区別がない。
「チュミミィィ〜〜ン」と鳴く。
【ステータス】
破壊力 - E
スピード - E
射程距離 - D
持続力 - C
精密動作性 - E
成長性 - A
スタンド名の由来は『ザ・ビートルズ』の旧名
『ロング・ジョン&シルヴァー・ビートルズ』
作者は大まかなプロット以外は全てライブ感で執筆しているので、展開に詰まった時は小ネタやサブタイトル解説でお茶を濁します。
あしからず。
作中の小ネタやサブタイトルの元ネタについて解説は必要?
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どちらも必要。
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小ネタだけ必要。
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サブタイトルのみ必要。
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どちらも必要なし。