Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#58 ラン・ラン・ラン その①

少女は空を見上げている。

灰色の陽射しは少女の銀髪を曇らせ、赤い瞳に影を落としていた。

 

衛宮邸は静かだった。

士郎も凛も桜を探しに行った。

マキリの少年……慎二も何処かに消えた。

ライダーは当然のように姿を現さず、屋敷にはイリヤしかいない。

 

ぼんやりと空を見上げる。

少女は迷っていた。

自身に課せられた責務と、自身に生まれた欲求のどちらを選ぶべきか迷っている。

 

自分の本当はどちらなのだろう、と少女は灰色の空に問いかけ続ける。

 

だから気づかない。

玄関をくぐり、帰ってきた人影に。

ゆっくりと。

足音も立てず、忍び寄る誰か。

それが、ゆっくりと、少女の肩に、手を…………

 

「随分遅いお帰りね、桜」

 

「…………………………姉、さん」

 

侵入者……間桐桜の腕が止まる。

銀髪の少女(イリヤスフィール)のすぐ側に忍び寄る影の正体は、間桐桜だった。

 

「イリヤから離れなさい………それ以上近づいたら殺すわよ」

 

それが脅しではない事は、この場にいる全員が判っている。

殺気を放つのは、遠坂凛。

その構えは既に戦闘態勢。

中国拳法の用いる『ネコ足立ち』の構え。

四肢の力を抜き、どの方向からの攻撃にもスピードとリズムを失わぬ防御態勢。

彼女は無意識に、自然と、本能的に『ネコ足立ち』の型になっていた。

 

「わたしがイリヤちゃんを誘いに来ると読んでいたんだ……姉さんはいつから物知り博士さんになったんです?」

 

しかし、間桐桜は意に介さない。

冷たい空気が蔓延する。

それは冬のせいではない。

殺気と敵意。

軽蔑と侮蔑。

かつて、この屋敷にあった、穏やかな陽だまりはそこにない。

 

「わたしは士郎みたいな甘ちゃんじゃないの………アンタがいよいよとなったら、イリヤを攫いに来るのは明白でしょ?」

 

士郎、という響きに桜の眉が揺れる。

不愉快だ、と。

以前の彼女を知る者なら目を疑うほどの、それは露骨な嫌悪だった。

 

「……あんまりです、姉さんはいつもそう……そうやって決めつけて、わたしをコケにするんです……ほんとうにイヤな人……姉さん、わたし、そんなに悪い子ですか?」

 

感情のない声。

それ故に寒気がする質問に………

 

「あったりまえじゃない……アンタ大馬鹿よ………守りたがってたヤツも、そして『家族』すらも最後まで信じてやらなかったんだから」

 

きっぱりと、遠坂凛は断言する。

 

「……ぁ……………………………」

 

間桐桜の視線が下がる。

その事実だけは、本当に間違いだったと認めるように。

しかし、その様子は、すぐに消滅する。

 

「そうですね、けど姉さん、わたし、もう弱くなんてありませんから、亀さんみたいに家に籠もっててください」

 

冷め切った視線と、零れ落ちる不吉な影。

 

「………ッ」

 

それが予想通りのモノと看破し、遠坂凛は僅かに後退してしまった。

その焦りが。

間桐桜の背中を後押しする、最後の一手だったとは気付かずに。

 

「どうしたんですか姉さん……そんなふうに………まるで、わたしにビビっちゃってるみたいですよ」

 

歪んだ顔。

肉体を這う『紅色』の刺青(タトゥー)

ドス黒い感情の発露。

もう、かつての陽だまりは其処にない。

あるのは、ただ、どこまでも、どこまでも……

嗜虐的で、暴力的で、残酷な、残忍な、強者の貌。

 

そうして、影が躍る。

夥しいまでの黒が大地を蹂躙する。

その、重油じみた影の中から………

 

「桜、アンタ……ッ」

 

黒いドレスに身を包む、漆黒の令嬢が這い上がる。

 

「『ヘルター・スケルター』」

 

それが名前。

この影の名前。

ヘルター・スケルター。

影の踊り子(ダンサー)

一番下から、よじ登るモノ。

不吉なモノ。

めちゃくちゃなモノ。

 

その、大地や影などの…『平面』にしか存在する事が許されていない筈の『影絵』は、クッキリと、『空間』を漂っている。

 

そして、瞬間。

 

「ッ!」

 

その『影絵』に目を奪われた遠坂凛の足元から、影の触手が矢継ぎ早に繰り出された。

それは『魔術』だ。

間桐の魔術は他者を律する束縛。

だが、もともと桜は遠坂の人間。

架空元素、虚数を起源とする影使い。

その二つの属性を持つ間桐桜だからこそ、あの『影』を具現化できる。

 

今、現在の遠坂凛の脳内。

影の弱点……なし。

逃走経路……なし。

戦闘手段……なし。

イリヤスフィール……動かない。動けない。

つまり、勝算なし。

頭の中には、絶望的な情報ばかり。

焦燥する。

動揺する。

それが冷や汗となって、肉体に反映される。

 

「あ、ダメですよ?そんなところで立ち止まったら、危ないじゃあないですか」

 

そこに躊躇もなく、桜は掌を凛に向ける。

容赦はない。

間桐桜は絶対的な優勢に唇を歪める。

 

「いいですか?わたしが『上』で、姉さんは『下』なんですよ……理解しましたか(ドゥー・ユー・アンダスタン)?」

 

昏い愉悦。

知性ある生命体が持つ『嗜虐性』というモノ。

弱者が強者を討つ『達成感(カタルシス)』というモノ。

絶対的な優位から、かつては憧れ、羨み、嫉妬し、憎み、やがて傍観を受容した人間を、甚振る悦び。

蹂躙する悦び。

踏み躙る悦び。

弄ぶ悦び。

彼女の中の……脳ではなく、魂が、善がる。

それは、まるでヘロイン。

間桐桜は、興奮で震える掌を、かつては『姉さん』だったモノに向け…………

 

「桜ッ!!!!!」

 

一番会いたくない人物に追いつかれた。

 

 

 

 

何か起きている事は明白だった。

今朝、桜と慎二が消えた。

ライダーの気配もない。

イヤな予感がした。

だから、とにかく駆け回った。

そうして、ようやく、(ウチ)に向かって車椅子を漕ぐ慎二の姿を見つけた、その瞬間。

吐き気がする陰湿な魔力が、この外界で渦を巻いて、あっちこっちに迸っていた。

異常だ。

異質だ。

そんなもの、魔術師でなくとも判る。

だから、俺は、すぐに蜻蛉返りした。

せめて慎二に一言なにか………

走り出して、数秒してから、後悔した。

しかし……この魔力の奔流は、異常だ。

頭の中が、焦燥で埋まっていく。

そうして、走った。

やがて、家に着く。

そこで俺は…………

 

「な…………ッ」

 

覚悟していたとは言え、一瞬、その光景に目眩がした。

冷や汗で顔面をビショビショにした遠坂。

庭の端に佇むイリヤと、黒い『影』の女。

そうして、中庭の真ん中で、遠坂に掌を突き出している桜の姿。

 

「桜ッ!!!!!」

 

中庭に飛び込む。

どれもが放っておけない。

 

「……驚いたなぁ、よっぽど急いで来たんだ」

 

………桜の様子がおかしい。

その首筋。

刺青のような何か。

それは蠢いている。

身体を侵食している。

あれは……とてもそうは見えないが、令呪だ。

得体の知れない令呪が蠢いている。

 

ぞくん、と背中が総毛だった。

いや、今のは寒気なんてもんじゃあない。

延髄から尾底骨まで、ぎちり、とナイフで裂かれたような極寒の棘……!

 

「先輩は、わたしだけを見てくれないんですね……でも、許してあげます、先輩はそういう人だから」

 

視界が歪む。

俺の知らない桜の言葉。

桜の声色。

違う、と。

アレは桜ではないと。

思ってはいけない事が、脳裏を埋め尽くす。

 

「先輩、わたしといると苦しいでしょう?……えぇ、だから、殺してあげます、そうすればずっと傍にいてくれるし、なにより、先輩は、もう苦しまなくていいでしょう?」

 

影が伸びる。

いや、影ではない。

黒い波。

そうとしか言えない。

 

俺は怯えた。

一瞬でも、桜を桜ではないモノだと思ってしまった。

その事実が、体を避ける事を命じなかった。

 

体が萎む。

血の気が引いていく。

跳べない。

身体が動く事を拒否している。

いや、身体じゃあない。

俺の『本能』が拒否している。

俺は、このまま…………

 

「『銀甲蟲(シルヴァー・ビートルズ)』」

 

ギャルギャルギャルギャルッ!!!

 

回転。

回転している。

俺の目の前で、丸い何かが。

球体が回転している。

それは、黒い波を振り払って、バラバラにして、散り散りにして、空中にバラ撒いていく。

 

振り返ると。

そこには…………

両手を合わせ、手首を捻る……慎二の姿があった。

そう、慎二…………

蜻蛉返りしてしまった俺に追いついたのだろう。

その手……いや、指………

両中指の第一関節が、ない。

 

「…………そう、兄さんも逆らうのね、なら兄さんもブッ殺します」

 

「……………………………………」

 

影が立ち上がる。

桜の顔が、怒りに染まる。

それに対して慎二は無表情だ。

周囲は黒く暗く染まっていく。

慎二は、処刑を待つ罪人のように、這い寄る影を正視する。

 

「そこまでよ、余計な事はしないでサクラ」

 

「……………………イリヤ」

 

影の侵食が停止する。

事態を静観していたイリヤが、口を開いた。

……何のつもりなのか。

イリヤは自分から桜に歩み寄っていく。

 

「サクラはわたしが目的なんでしょ、なら早く済ませましょう」

 

「イカレてるんですか?わたしが欲しいのは貴女の心臓だけ、つまりブッ殺されても構わない、という事ですか?」

 

「そんなの判ってるわ、けど……どっちにしたってなんだから、抵抗は無駄でしょ」

 

淡々とイリヤは語る。

頭にくる。

俺は怯えていたのに。

イリヤは、きっと…俺なんかより何百倍も、何千倍も、怖かっただろうに。

なのに、イリヤは自分から………!

 

………影が引いていく。

長い髪が揺れる。

桜が無防備な背中を見せて去っていく。

姿が遠くなっていく。

俺は追いかける事も、呼び止める事も出来ず。

イリヤまで、助ける事が出来ないまま。

 

「じゃあね、今まで楽しかったよ、お兄ちゃん」

 

そんな、悲しい別れを聞いた。

 

「      」

 

それで全てが解凍した。

『黒い影』を前にして震えていた体も、桜を別人だと思ってしまった負い目も消え去った。

頭にくる。

情けなくブルって、桜の手も引っ張れなかった。

それだけじゃない。

あげくに……兄と呼んでくれたイリヤに、俺はあんな顔をさせやがった……!

 

「馬っ鹿野郎……!」

 

全身鉛、吐き気と悪寒で脳みそがぐるんぐるん。

手足は、糸を切れた人形のようだ。

意識が続かない。

視界は暗くなっていく。

 

 

 

 

では、最後の選択をしよう。

勝敗は既に。

共に戦い、最後まで君の剣であってくれた少女は、もういない。

 

地獄があった。

生き延びた事には意味がある。

生き延びたからには意味がある。

みんな死んだ中で、奇跡的に生き残れたのではない。

みんなを犠牲にして、一人分だけ、救える席が出来ただけだ。

それを嫌悪し。

現実を打開する為に、君は、誰をも救える『正義の味方』になるしかなかった。

 

その道も、いつか一人きりになった。

先を歩いていた男は、君に夢を見て亡くなった。

君の気高き『覚悟』と黄金のような『夢』に、彼は『可能性』を見出した。

 

『彼は誰をも救えなかったから』

 

『君には、誰かを救える人になってほしかった』

 

十年間信じ続けた自分を殺した。

それでも君は、生きている。

生きていかなければならない。

 

そんな君に、言葉を送ろう。

 

愛は忍耐強い。

愛は情け深い。

ねたまない。

愛を自慢せず、高ぶらない。

礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。

不義を喜ばず、真実を喜ぶ。

すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える*1

 

それを忘れる事なかれ。

 

一人の少女がいた。

ずっと、ずっと父親を求めていて、復讐だけを心の糧にして時間を過ごしてきた少女。

彼女は、君に『可能性』を見た。

それは『究極の礼装(マスター・ピース)』にではない。

あくまでも、君という人間に見出した。

君の意思。

君の覚悟。

君の決意。

君の渇望。

君の勇気。

その、全てに。

だから、彼女は『家族』を望んだ。

 

最後の選択。

君は………………………………

 

 

 

 

【シルヴァー・ビートルズ】

漢字表記は銀甲蟲。

間桐慎二が発現した群体型幽波紋(スタンド)

『遺体の力』で覚醒する能力である為、遺体を失うと能力は消失する。

厳密に言うと『スタンド能力』と『魔術』の融合。

なのでスタンド使い以外にも触れるし視認できる。

 

全ての第一関節から上の指先を、骨を軸に『回転』させながら射出することができる。

 

指先は射出された瞬間から『卵』となり、すぐに孵化、空気中のマナを喰うことで、一瞬で成体に不完全変態する。

 

成体はカナブンのような、ツノが無い甲虫類のような姿をしている。

その形状は完全な半球であり、もう一匹と肢を絡ませる事で完全な一つの『真球』になる。

 

背の外骨格部分は大抵の英霊(サーヴァント)の通常攻撃では砕けない程に頑丈であり、それが『回転』しながら高速で射出される。

この『回転』は『ツェペリ一族の回転』と同じ。

 

蟲自体に攻撃力はない。

また、蟲は『スタンド』から生まれた生命なので、スタンドを引っ込めても生きている。

 

食性は草食。

特にカモミールの葉が好物。

寿命は約一週間。

交尾などの繁殖行動はしない。

そもそも雄雌の区別がない。

 

「チュミミィィ〜〜ン」と鳴く。

 

【ステータス】

破壊力 - E

スピード - E

射程距離 - D

持続力 - C

精密動作性 - E

成長性 - A

 

スタンド名の由来は『ザ・ビートルズ』の旧名

『ロング・ジョン&シルヴァー・ビートルズ』

*1
コリント信徒への手紙13章4節~7節




作者は大まかなプロット以外は全てライブ感で執筆しているので、展開に詰まった時は小ネタやサブタイトル解説でお茶を濁します。
あしからず。

作中の小ネタやサブタイトルの元ネタについて解説は必要?

  • どちらも必要。
  • 小ネタだけ必要。
  • サブタイトルのみ必要。
  • どちらも必要なし。
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