Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
2月14日
午前3時。
深夜。
状況を把握しなければならない。
まず身体。
迸る激痛はなくなった。
しかし、痛いものは痛い。
時々、身体のどこかが痛くなる。
だが、まぁ……とっくに慣れたがね。
感覚も徐々に戻っていく。
捨て去った嗅覚。
消し飛ばした味覚。
もう耳鳴りは聞こえない。
世界には色がある。
そんな当たり前な事を、ぼくは思い出した。
次に衛宮と遠坂。
変貌した桜の魔力にあてられたのか、二人とも死んだようにブッ倒れた。
けれど、ぼくはこれでも一応魔術使いの端くれ。
出来るかぎり解呪の処置はした。
ほとんど遠坂がもってきた物資をパクったおかげではあるが、まぁ文句言われる筋合いはないだろう。
最後にイリヤスフィール。
桜に攫われたらしい。
つまり、奪い返す必要がある。
二人がブッ倒れて十二時間ほど。
まるまる半日。
二人に外傷はない。
つまり、直接ブン殴られたりブッ刺されたりとか、そういう攻撃はされていないようだ。
なのに、十二時間も。
それだけ、あの魔力の領域は、人間を蝕んでいくというのか。
それが、桜の力だというのか。
……………足音が聴こえる。
キシキシと、廊下が軋む音。
誰が目が覚ましたのだろう。
振り返る。
そこには…………………
「慎二………イリヤは…………」
いつものマヌケ面。
衛宮士郎。
ひどく窶れた顔。
冷や汗まみれのヒドい
だが……その目は死んじゃあいない。
寧ろ、その目の中に『漆黒の炎』を幻視した。
コイツは俄然ヤる気だ。
だからこそ、ぼくにも勇気が湧いてくる。
正しいことの『白』の中に、ぼくもいる。
「…………おまえ……『覚悟』はあるか?」
「え?」
「その聖骸布を外す『覚悟』が……だ」
戦力は少ない。
遠坂は、まだおねんねしている。
ぼくは車椅子。
今、動けるのは衛宮とライダーのみ。
だけども、衛宮には『腕』がある。
未だ『未知数』のそれ。
あの遠坂やイリヤですら解析できない。
それが『劇薬』なのか『猛毒』なのか。
或いはその両方なのか。
まさかコイツが『切り札』になるとはな。
「ああ、あるさ……俺は、この左腕に『賭ける』」
「グッド」
サイアクな気分だ。
ぼくは、たった今コイツを地獄に突き落とした。
コイツは本当にバカなヤツだ。
どうしようもないヤツだ。
何が「グッド」だ。
どうして揺るがないんだ。
ぼくの皮肉が通じない。
クソ……………………
いや、判ってたさ。
『そーいうヤツ』だってのはサ。
昔っから、皮肉が通じないバカ。
それは今でも変わらないらしい。
「なぁ……慎二」
「?」
「お互い秘密を言い合おう、人に隠してる事ひとつくらい……あるだろ?今この場で言い合おう」
は?
何言ってんだ…………コイツ………
「俺から言うぞ?……………俺の『初恋』の人を、慎二にだけ教える」
えっ。
ヤバい。
流石にちょっと気になる。
だって、衛宮だぞ。
コイツに『初恋』なんて概念あったのか。
側から見てたら分かるけど、実はこの野郎、意外とモテるのだ。
特に、クラスの地味系女子とかに。
だけども、コイツは『もう逆にあえて』シカトしてるのか?ってくらい、その好意に鈍感だった。
ハンパない鈍感野郎。
『恋愛』という『システム』を理解していない、そもそも設定されていない『ロボット』君。
それが衛宮士郎というヤツだった筈だ。
こんなの、ぼくのデータにないぞッ!
「俺の初恋の人は『藤ねぇ』だ……昔から付き合いがあったから、いつの間にか、って感じで………」
……………………………マジ?
オイオイオイオイオイ。
マジか。
オイオイ、マジかよ、オイオイオイ。
「おったまげたな!今年最大のヒットじゃないの?『藤村大河』!?我が学園の英語教師であり2年C組担任!弓道部の顧問であり、学園のOGでもある、あの『藤村大河』にか!?…キミ、どうかしてるな」
マジか。
スゴイぜこれは。
大スクープだ。
ぼくが新聞記者なら、明日の大見出しだ。
スゴイぜ。
早くも今年最大のヒット。
残りの10ヶ月、どんなスクープを発見しても、これに勝るスクープは、そうそうないだろう。
やっちまったな衛宮クン。
おまえこれ、一生もののイジられ要素だぜ。
「おいッ!早くしろよ……次はそっちの番だぞッ」
あっ。
そうか、ぼくの番か……
どうしようか。
特にこれといって……ないぞ。
いや、ない事はない、けど………
これ、言わなきゃダメかァ?
でも、衛宮のと釣り合うのって…………
こ、これしか………ない……けど………
「そうだな…言うけどさ……でも……言ったら引くと思うんだよな……」
「引くから秘密なんだろッ!」
「………実は……何て言うか…ゴホッ!エホン……フェチってわかる?…ちょっとしたのがあって…」
ヤバい。
おい、これ、言うのか?
マジ?マジすか?
「何て言うか……実は……姉御肌のお姉さんのさ、『スカーフェイス』って…わかる?お姉さんの顔とかに、漫画『るろうに剣心』みたいな切り傷とか、そういう『傷跡』みたいな……」
言うのか?言っちゃうか?
どうする……引き返すか?
いや、もうダメだ。
これで引き返すのはみっともない。
ぼくのプライドが許さない。
言うか………うん、言うぞ。
「あれに興奮する!」
…………言っちゃった。
言っちゃったよ。マジで。
誰にも言わなかったのに。
桜にすら言った事ないのに。
……………いや、流石に妹に性癖暴露する兄貴は、この世のどこにも存在しないか。
「以上ッ誰にも言うなよ!あっやっぱり引いてるッだから引くって言ったんだよ!」
「慎二の『
……………………何だこれ。
おかしい。
おかしいって。
いや、でも、なんか…………
案外悪くないかも。
「………絶対に言うなよ…………」
「おまえこそ…………!」
そうだな。
悪くない。
こうして、バカな話をするのは。
あんまりしてこなかった。
誰かとバカな話をして騒ぐのなんて。
コイツにも、そーいう所あったのか。
長い付き合いでも、知らない事があるもんだ。
「よし!………じゃあ、ちょっと準備する………『イリヤを救い出す』…つまるところ………それが俺たちの今、一番の目標だ」
満足そうにしちゃってサ。
なんだよマジで。
………クソッ、なんだこの敗北感は。
というか性癖の暴露に比べたら、初恋相手なんて、クソどうでもいいだろうが。
もしかして、これ、『シャークトレード』ってヤツなんじゃあないか。
しまった。
ぼくとしたことが……………………
いや、落ち着こう。
過ぎた事はしょうがない。
それにしても意外だった。
…………………いや、待て。
流石におかしいって。
衛宮があんな事言うか?フツー。
……なんか、きな臭いな。
もしかして、これ、誰かの入れ知恵か?
例えば………ライダーとかの。
ありえるな。
『ニョホガハッニョホホッ!』
おい。
何笑ってんだ。
聞こえてるからな。
おまえ、霊体化してるけども。
聴こえてっからな。
あの野郎……一ペンくらいブン殴ってやろうか。
絶対許さねぇ……ぼくをコケにしやがって。
………………………………………待て。
霊体化………?
あっ。
ライダーに…ぼくたちの会話、聞かれてんじゃん。
終わった。
何もかもが。
あんなアホ野郎に、ぼくの性癖がバレた。
終わりだ。
この世の終わりってヤツだ。
ジ・エンド。
ドアーズの名曲。
アレ、いいよなぁ。
カッコいい曲。
…………………クソが。
不貞寝しよ。
◆
短く深呼吸する。
俺の右手には『獲物』がある。
それはさっき投影した『無銘の剣』だ。
今の所、俺がノーリスクで投影できる数少ない武器の一つ。
先導役は俺になった。
記憶を頼りにアインツベルンの城を目指す。
……左腕を確かめる。
俺はあの時、この腕を失った、
それは今も変わらない。
出会えば後はないかもしれない。
イリヤを奪い返すのなら奇襲だけだ。
もし、それが失敗したら………………
その時はいよいよ『
見覚えのある場所を超えて、森を抜ける。
広大な樹海中、切り開かれた円形の空間。
辺りに人影はない。
城壁はおろか城門にさえ見張りはいない。
気付かれているとしても、正門から侵入するのは自殺行為だ。
「ライダー、あそこの上にあがれないか?」
「なら、ロープを使おう……」
久々の会話。
この森に入ってから、俺たちは殆どお喋りしていない。
俺もライダーも緊張状態。
この森では1秒たりとも気が抜けない。
ロープが投げられる。
そして壁の装飾のどこかに引っかかった。
俺たちはそこを起点に、壁を登る。
勿論、命綱なんぞない。
極寒の風が指を苛む。
それでも、壁を登る。
そうして、適当な窓を見つけた。
「いくぜシロウ……ブチ破るぜ」
「っ………!」
城内に押し入る。
窓を割るのと中に飛び込むのは同じ動作だった。
ロープにぶら下がり、体を振り子のように前後させて窓ガラスに両足からつっこんだのだ。
「うおおおおッ!」
ゴロゴロと床……高級そうな絨毯に転がる。
ガラス片の上で転がるのは危険だが、ミスって外に放り出されたら、まずケガだけじゃあすまない。
………なんとか無傷で侵入できた。
「…………シロウ?」
その瞬間。
あらゆる瑣末事が、頭の中から消えてくれた。
「イリヤ」
それだけで、ここご敵地である事を忘れた。
「呆れた……なんで来たのシロウ」
冷たい声。
イリヤは初めて出会った時と同じ、冷静で冷酷な貌を作る。
慣れている。
そういう顔には慣れているのに。
「バカ、来るのは当たり前だろ」
許せなくなって、ぺちんと、イリヤの頭を叩いた。
「な……シ、シロウの無礼者……!レディの頭を叩くなんて紳士じゃあないわ!い、いくらシロウでも、このわたしにこんなコトするなんて許さないんだからッ!」
「許さないのはこっちだバカイリヤ……!男だったらゲンコツで殴ってるぞ……!」
イリヤの顔を見られただけで嬉しいクセに、真っ白になった頭は本気で腹を立てていた。
「な、なによ、わたし、怒られるようなコトしてないじゃない!わたしは自分の『役割』を果たすためにサクラについていっただけよ、それが『いちばんいい方法』なんだから……シロウに文句を言う資格なんか……!」
「甘ったれた事言ってんじゃあねーぞッ!この不良娘がッ!もう一ペン同じ事をぬかしやがったら、次はマジでブン殴るッ!」
声が荒くなる。大きくもなる。
だがそれも仕方ない事だと思って欲しい。
イリヤは強がっている。
どんなに平気なフリをしていても判る。
そしてイリヤが少しでも嫌がっている限り、俺は絶対に連れて帰ってやる必要がある。
「わ、わたしは…………」
視線が逸れる。
イリヤはわずかに唇を噛んだ後。
「…けど、わたしをこの城から連れ出すコトは不可能よ、シロウだけならまだ見逃してもらえるけど、わたしと一緒じゃあ絶対に森からは出られない」
だから今すぐ帰れ、と赤い瞳が拒絶する。
俺は─────────
けどイリヤを連れて帰る
でもイリヤを連れて帰る
だがイリヤを連れて帰る ←
「だが連れて帰る」
考えるまでもない。
今の自分には、それ以外の選択肢は存在しない。
イリヤは何も言わずに、ボンヤリと寝起きの牛みたいにこっちを見つめてくる。
その無防備な手を握る。
「行くぞイリヤ、
小さな、軽すぎるイリヤの体を引き寄せた。
「呆れた……シロウには何言っても『無駄』ね」
イリヤは抵抗せずにトテトテと歩き出す。
「ほんとに…こんなの、上手くいくはずないのに」
口では、諦めの言葉。
だけど、その表情……どこか嬉しそうに……
そっと、『幸福』そうに、俺の手を握り返した。
◆
三人はロープを伝って、下に落ちる。
二十メートル強の高さ。
衛宮士郎はイリヤを抱えながら、なんとか降りる。
この状況は、一刻をも争う状況。
『イリヤの救出』
早々に、森から脱出しなければならない。
そこで、衛宮士郎は『ある選択』をした。
「イリヤをここから遠くに連れ出してやってくれ!この場所からずっと遠くにッ!馬に乗せてッ!」
その『選択』とは……………
イリヤ救出の為の『手段』
どのように逃げるか。
その方法について。
「頼むッ!ライダーッ!」
「…………………………………………いいだろう」
ライダーの馬に乗せる。
ライダーと二ケツする。
確かにそれは『合理的』だ。
馬に三人乗れば……?
馬は重量に耐えきれない。
『馬は、せめて二人乗り』
そういうものなのだ。
そういう『システム』で出来ている。
だから、この馬がどんな速馬であっても。
どんなに『神速』で疾れる馬でも。
どうしても『三人乗り』は不可能なのだ。
そういう風に、出来ている。
そうして、イリヤスフィールは
さて、ここで、唐突だが。
随分と唐突だが。
本当に、唐突に話題を変えてしまうのだが。
世の中には『ジンクス』というモノがある。
ジンクス(英語: Jinx)とは、縁起の悪い言い伝え。
さまざまなものがあり………人間の生活に密着した教訓・習慣・法則の一つ。
科学的根拠に基づかず、経験に基づき唱えられる場合が多いため、前後即因果の誤謬に陥っているものが少なくないが、その全てが迷信と言いきれるわけではない。
例えば……………………
『忌み数』と呼ばれるもの。
特定の数字(4や9など)が縁起が悪いとして忌避されるもの。
人によっては、それは過剰に作用するだろう。
例え、そこに『科学的根拠』なんてなくても。
その人が『4』は絶対にダメだと言うのなら。
それは、本当に『ダメ』なのだろう。
それは決して、覆せない。
そういう風に、出来ている。
思うに……ジンクスとは、即ち『呪い』だ。
『呪い』というものは、根深いもの。
決して、それを克服するのは容易ではない。
『ジャイロ・ツェペリ』にはジンクスがある。
ちょっとしたジンクス。
それは…………………
『女性と同乗してはいけない』
彼曰く………………
「オレの鞍の上にはすでに『勝利の女神』が乗っている……他の女の子なんか乗せたりしてみろ…!『女神』が
との事だ。
ひとりなら
だけども、それ以外はダメ。
そういう理論。
そういう理屈。
そういうシステム。
そこに『科学的根拠』なんてものは必要ない。
そういう風に、出来ている。
【慎二の性癖の元ネタ】
『Fate/EXTRA』の間桐シンジ。
だが『Fate/EXTRA』でもそういう性癖だと言ってないので、これは本作のオリジナル要素になる。
作中の小ネタやサブタイトルの元ネタについて解説は必要?
-
どちらも必要。
-
小ネタだけ必要。
-
サブタイトルのみ必要。
-
どちらも必要なし。