Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#64 トリニティ教会殺人事件(2002年)

言峰綺礼は自身の武装を確認する。

告解の黒鍵(つるぎ)が左右の懐に五つずつ、右腕には()()から未使用のまま保存し、今も力を残している令呪が数個。

短機関銃(トンプソン・サブマシンガン)』は弾切れ寸前。

もし下級の死徒を相手にするのならば充分な武装。

だが、目の前の『男』が相手では、倒しきれまい。

彼の手には、選ばれた代行者が持つという『聖典』クラスの武装がない。

 

()()()()()()()()()と『本能』が判断する。

 

目の前の男は『弾幕』を凌いだ。

()()()()()()()()()()……?

 

言峰綺礼は動かない。

『短機関銃』を投げ捨てる。

弾切れ寸前であるし『再装填(リロード)』する暇もない。

代わりに懐から取り出して指に挟んだ『柄』に魔力を流す。

それはやがて『刃』となり、『黒鍵』と呼ばれる、教会に属する代行者の獲物となった。

 

『ドメニコ』の周囲には『蒸気』がある。

そして、この場所は教会の『地下』である。

 

彼の直感が告げる。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

最初に『短機関銃』で牽制したのも、その為。

一度、敵との間合いを保ち、冷静に観察をする。

一流の『代行者』には、必ず『切り札』がある。

これは魔術師同士での戦いにも言える事だが………

 

魔術戦において、真っ向からのブン殴り合いという事は、極めて稀である。

 

代行者の『切り札』は様々だ。

大抵は『概念武装』だとか『聖典』だとか。

主にそういう『武装』が多い。

 

実際、言峰の手にある『黒鍵』も『概念武装』だ。

『浄化』に用いる『摂理の鍵』

代行者たちの正式武装とされている。

刀身を太めにしたレイピアの様な形状で、切ることはできず刺すことに特化している。

重さは1kg弱、重心は切っ先に。

刃渡りは1m超で、柄が極端に短い。

剣というよりは手で投げる矢であり、扱いには熟練を要する。

上級者や選ばれた代行者が使う黒鍵は、普段は柄だけにして携帯性を上げ、必要に応じて刀身を魔力で編む仕様になっている。

 

それに対して、目の前の男は『無手』だ。

その代わり『人型のヴィジョン』が側にいる。

このヴィジョンは何か『蒸気』を噴射している。

 

間違いなく、この『蒸気』が切り札。

ヘタに突撃すれば『初見殺し』される。

 

故に、言峰綺礼は動かない。

 

───────────それが。

 

「……『アスベスト』って知っているか?」

 

「なに…?」

 

悪手だったとは気付かずに─────────

 

「『アスベスト』は、天然に産する繊維状けい酸塩鉱物で『石綿』とも呼ばれている………その繊維は極めて細いから、研磨機や、切断機などの施設での使用で飛散して『吸入』してしまうのだ…………」

 

ドメニコの、さっきまでの憤怒に染まった表情が…唐突に変わる。

そしてまるで『講義』を行う大学教授のように解説を始める。

冷静に、ハッキリと、分かりやすく、無表情で。

 

「それは鼻腔、副鼻腔、咽頭、気管支、肺など、人体の中で狭く奥深いところまで侵入する…そして『アスベスト』は非常に高い硬度がある…そりゃあ当たり前だ……鉱物なワケだからな……」

 

言峰はドメニコが垂れる講釈を無視する事にした。

余りにも『()()()()()()』だ。

刃を得た『黒鍵』で以って、真っ直ぐ投擲する。

 

ガキンッ…!!

 

防がれる。

ここまでは予想通り。

だが、言峰は()()()()()()()()()

 

「侵入すると、どうなるか…?『石綿症』になってしまうのだ……そして肺で『炎症』をひき起こす…息切れ、咳、胸痛の症状が出て、後々には肺ガン、中皮腫、肺性心疾患とかになる」

 

投擲された黒鍵と同じタイミング。

矢の様に直進する黒鍵と同じ速度。

 

そして黒鍵が『弾かれた』位置の手前まで来ると…

すぐさま真横に飛び跳ね、石壁に向かった。

 

あの黒鍵は『範囲』の『確認』の為。

『蒸気』は徐々に『範囲』を広げ始めている。

 

ドメニコが講釈を垂れているのは『時間稼ぎ』

そう判断した。

 

教会の地下は、そう広くない。

『蒸気』はやがて全域に散布される。

そうなれば『終わり』である。

そういう『想定』をしたのだ。

 

『蒸気』は広がっていく。

まだ広がっていないのは、壁際。

そして天井付近。

 

活路は『そこ』にある。

遠回りをしなければならない。

近道を選べば死ぬ。

 

そういう戦術。

そういう戦法。

 

目の前の男が悠長に喋っているのは、その為。

 

「ふんッ…!」

 

石壁を蹴り、天井スレスレまで高く跳び上がる。

射線に『蒸気』はない。

さっき投擲した方と反対の手を振るう。

 

放たれる黒鍵は5本。

まるで矢の様に直進する。

その発射速度はさっきとは、比にもならない。

なんなら『短機関銃』よりも早い弾速。

それら全てには強化の魔術『も』付与されている。

右腕に刻まれた『令呪』が紅い閃光を放ち、やがて朽ちて消えていく。

その圧倒的な力は───────

他の武器で例えるなら『対物ライフル』レベル。

それに匹敵する程の運動エネルギー。

それほどまでの破壊力。

 

それをドメニコは────────

 

「石綿症に対する『治療方法』はない………なってしまえば一生『対処療法』をし続ける必要がある…そして、もう一生『喫煙』とか出来なくなる」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ドメニコは避けられなかった。

だけれど彼には『覚悟』がある。

 

目の前の裏切り者は必ず『始末』する。

そう心に誓ったのだから、黒鍵を全て避けられないのなら、せめて身体をズラして致命傷だけ避ける。

 

超攻撃的姿勢による回避行動。

 

1本目、唇の端っこを掠める。そのまま耳の下までパックリと裂け、顎骨と耳たぶが砕ける。

2本目、右鎖骨を掠めるように被弾。

3本目、横っ腹に被弾。出血多量。

4本目、右膝に被弾。右脚が逆方向に向く。

5本目、右足に被弾。そのまま弾け飛ぶ。

 

一回の投擲で、これ。

常人なら掠めるだけで即死する程の威力。

身体強化の魔術を使った代行者相手でも、この圧倒的なまでの破壊力。

だが、なんとか耐え切った。

 

彼の『覚悟』に応えるように『蒸気』は、みるみる地下の中で広がっていく。

 

「すまない……今まで散々『石綿症』について解説しておいてなんだが……」

 

『蒸気』が広がる。

遂には石壁にまで辿り着いた。

天井スレスレにも。

言峰は下がらずを得なくなる。

 

「貴様が………今から…味わう苦痛は『石綿症』の()()()1()0()0()……みたいな感じなんだ………」

 

地に手をつくドメニコ。

その顔には不敵な笑みがあった。

『やってやったぜ』という顔。

言峰はせめて『息を殺そう』として─────

 

「ガハッ……ハッ!?」

 

口から大量の血を吐き出した。

その血の色は薄い。

そしてサラサラとしている。

()()()()()()()()()()()()()

 

「水蒸気の粒子は非常に小さく、約0.0004μm(マイクロメートル)または0.4nm(ナノメートル)……これは10万分の4ミリという、肉眼では到底見ることができないほどのサイズ…」

 

口から血が吐き出される。

その勢いは止まらない。

 

ガボッゴポッ…ゴポポッ!

 

そして『呼吸』もできない。

地上にいるのに溺れている。

鼻で呼吸しようにも、今度は『鼻血』までも、冬のインフルエンザの時の『鼻水』のように、ズルズルと溢れて排出される。

この『鼻血』もまた、血の色が薄い。

 

「そのまま惨めに、自らの穢れた血で溺れ死ねッ」

 

人体における『呼吸』の重要性は高い。

その『呼吸』が今、止まっている。

脳に供給されるべき酸素をみるみる失っていく。

身体の内側で巻き起こる激痛。

まるで『体内に剣が生えている』ような痛み。

 

『フール・イン・ザ・レイン』

散布した水蒸気に『硬さ』を付与する能力。

その硬度は『ジルコニア*1』に匹敵する。

また、『靱性*2』も同様である。

一度でも蒸気を吸い込めば『終わり』だ、という…言峰の『想定』は正しかった。

 

『激痛』は肉体の行動を本能的に停止させる。

『呼吸困難』も同様に、動きを止める。

今の言峰は翅を捥がれた蟲も同然。

血の池で足掻くその姿は地獄の亡者にも見える。

 

『生まれるべきではなかった者』の末路そのもの。

 

それでも言峰は足掻く。

血の池を泳ぎ続ける。

ズルズルと血の跡が伸びていく。

やがて、血に染まった手は───────

 

『短機関銃』に届いた。

 

「…………………ッ!!」

 

ス……バババッ!!!

 

残り僅かに残っていた弾丸が吐き出される。

地に伏せながらの射撃。

にも関わらず狙いは精確であった。

標的(ターゲット)』は手負い。

的に当てるのは容易だった。

尤も────────────

 

「貴様ァーーーッ!『罰』を拒否するのかッ!?」

 

相手は『弾丸』如きで死ぬ程ヤワではないが。

『強化』された肉体は頑丈だ。

例えるならば『岩石』くらいの硬度。

被弾箇所から血は流れる。

しかし、それだけ。

致命傷にはならない。

 

『決着』はここに。

 

とうとう、言峰綺礼は斃れた。

 

これが『背信者』の末路。

『教義』に背き、『主』と決別した。

これが『裏切り者』の末路。

『悪徳』を愛し、『悪行』を重ねた。

 

そんな、一人の『外道』の末路。

 

ドメニコは自らに『治癒』の魔術を施す。

ゆっくりと、着実に、傷は癒えていく。

 

これで『神罰』は『執行』された。

『主』を信じる者が、『外道』を罰した。

 

たった、それだけの話。

 

長い歴史の中で、何度も繰り返された結末。

 

だが──────────────

 

ズルズルウウゥッ…!

 

「な、なにィーーーーーーッ!?」

 

例えどんな人物であろうとも、『奇跡』というモノは平等に訪れるものだ。

 

地に広がっていた言峰の血溜まり。

それは水蒸気を含んでいた。

つまり『()()()()()()()』のだ。

故に、その総量は増えている。

流れ出る血は、徐々に広がっていく事で────

 

ドメニコの足元にまで『到達』したのだ。

 

その血溜まりから、『紅い腕』が伸びる。

その『紅色』は、あまりにも血の色に似ている。

動脈を通る鮮やかな紅色ではない。

静脈を通るドス黒い紅色だ。

その腕はドメニコの首を掴み、『ギチギチ』と音を立てる。

 

『このままじゃあ絞め殺される……!』

 

ドメニコは『本能的』に言峰の体内に残っている『蒸気』の『硬度』を解除した。

言峰綺礼は既に『罰せられた』と思っていたから。

 

この『謎の紅い腕』に対応しなくてはならない。

 

ドメニコは、そう思ってしまった。

だから『解除』してしまった。

この『紅い腕』の周りの『蒸気』の硬度を上昇させ、ほんのチョッピリ動かすだけでも、硬質化された粒子でバラバラに八つ裂きにしようとしたのだ。

 

─────────────刹那。

 

ダァンッ!!!!!!

 

1発の銃声が、地下に鳴り響いた。

 

言峰の内ポケットから取り出されていたのは、銀色の拳銃。

コルト・シングルアクション・アーミー。

1874年製。装弾数6発。

かつての刺客『ディエゴ・スティール』の遺品。

回転式シリンダーに込められた『.45コルト弾』には『銀』がコーティングされている。

残されていた弾丸は、たったの1発。

 

しかし、それが勝負の『分かれ目』となった。

 

言峰綺礼の右腕。

かつて刻まれていた『令呪』は全て消えていた。

 

『令呪』の使い道。

1つ、負傷の回復。

2つ、弾丸の強化。

3つ、弾丸の強化。

4つ、弾丸の強化。

 

半ば『硬質化』が始まっていたドメニコの『周囲』

それを突破するには『最大限』の強化が必要。

その直感的判断は正しかった。

 

即死。

ドメニコは即死した。

頭を撃ち抜かれて即死した。

遺言の一つも残さずに死んだ。

 

彼は神の教えを信じ、多くの死徒を屠った。

表の世界でも、出来る限り周囲の人々を救った。

裏の世界では、罪を犯したモノを裁いた。

 

罪なき者の為に涙を流せる男であった。

罪を犯した者を許せる人間でもあった。

 

2002年2月10日。

ドメニコ・ブルーマリンは死んだ。

彼の司祭平服(キャソック)の内ポケット。

そこにはロケットがあり、中に写真があった。

一人の女性の写真。

名は『ペルラ』という。

ドメニコが生涯愛した女であった。

 

「人の子を裏切るその人は禍いである……その人は生まれなかった方が彼の為によかったであろう*3

 

言峰綺礼は、そう呟いた。

誰もいない教会の地下で。

その真意は誰にも判らない。

 

 

 

 

【フール・イン・ザ・レイン】

『ドメニコ・ブルーマリン』のスタンド。

人型のビジョン。

身体は半透明で、清流の様に透き通っている。

身体のあちこちには『雫型』の加湿器のようなモノが、メリ込んでおり、そこから『蒸気』が噴出している。

上半身は人型だが下半身は異形。

腰から急に『三脚』が伸びている。

 

その『能力』は『蒸気の硬さを操る』能力。

空気中に散布した『蒸気』を吸い込ませた後、その蒸気に『硬さ』を加える事で、相手の鼻腔、副鼻腔、咽頭、気管支、肺など、人体の中で狭く奥深いところを攻撃する。

この時、相手はアスベストによる『石綿症』に似た症状によって衰弱する。

そして最終的には『肺ガン』や『中皮腫』になる。

ドメニコはこれを『静かなる時限爆弾』と呼ぶ。

 

また『硬度』は最高で『ジルコニア』並にできる。

この際、硬度だけでなく『靱性』も付与される。

 

相手の体内に吸入された『蒸気』の硬度を上昇させ、そのまま『石綿症』にするのがメインの戦法。

だが、他にも相手を拘束したり『障壁』を作る事もできる。

 

ただし、『蒸気』の硬度を維持できるのは、体内か体外のどちらかだけ。

 

【ステータス】

破壊力 - A

スピード - E

射程距離 - D

持続力 - B

精密動作性 - B

成長性 - E

 

名前の由来は『レッド・ツェッペリン』の曲。

『フール・イン・ザ・レイン』

*1
ジルコニア(化学式:ZrO2)とは、ジルコニウムの酸化物、二酸化ジルコニウムの事である。常態では白色の固体として存在する。耐熱性セラミックスの材料として利用されている。

*2
物質の脆性破壊に対する抵抗の程度の事。端的には破壊に対する感受性や抵抗を意味する。材料の粘り強さとも言い換えられる。

*3
マルコによる福音書14章21節。




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