Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
崩れていく。
五百年をかけたマキリの悲願。
アインツベルンと遠坂との盟約。
もう『ソレ』は、かつての願いすら覚えていない。
「お────お、おおおおおおお」
それでも『意思』だけは、まだあった。
身体はもはや赤黒い肉の集まり。
人のカタチの面影すらない。
蟲の群。
それらの塊。
のたうつ姿は、ただ『動いている』だけ。
それでも生きている。
その魂は腐敗する体、溶けていく自我を呪う。
『ソレ』は執念だけで、未だこの世に留まる。
「おお────おお、お────オ───」
地面を這う。
マキリ臓硯。
魂をこの世に留める
しかし、この老魔術師は執念だけで、この崩れゆく世界の中に残留していた。
だが滅びるのは時間の問題。
腐敗する魂は、もう二度とは癒えない。
───死にたくない───
肉塊となった老魔術師は、このまま苦しみぬいた末に息絶える。
最後まで腐り、無念のまま果てていく。
目の前に。
長い求め続け、あともう一歩で手に入る筈だった、永遠の具現を仰ぎながら。
断末魔は苦痛か、無念か。
死ぬのはイヤだ。
このまま消え去るなど、どうして出来よう。
死なないで生きていたい。
ただ息がしたい。
五百年。
五百年に渡り苦しみ続けた結果、与えられてしかるべき報酬が目前にあって、何故消えねばならない。
「お──お、おおおおおおおおおお」
思い返すのは苦しみだけ。
マキリの宿業。
その探求の道は、とっくの昔に途絶えていた。
『
所詮、そこ止まり。
それを必死に覆そうと抗った。
その為に、こうして散々苦しんだ。
─────死にたくない。
死にたくない、死にたくない……………!!!!
「お、おお、オオオオオオオオ……!!!!」
そう、死ぬ訳にはいかない。
崩れる体が恨めしい。
儂は永遠に生きたい。
苦しい。
苦しいのは苦しい。
とにかく苦しい。
それだけの五百年だった。
苦しいだけの人生だった。
生きたい。
死にたくない。
何も残せなかった。
満たされなかった。
目の前には聖杯が。
ならば、我が願いを聞け。
問われなくとも答えてやる。
死にたくない。
シニタクナイ。
ワタシは永遠に生きたい。
我が願い。
我が悲願。
それは『
たったのそれだけ。
散々に苦しみぬいた。
もういいだろう。
もう沢山苦しんだ。
だから、叶えてくれ。
お願いだから叶えてくれ。
朝の雨の中で苦しんだ。
昼の陽射しの中で苦しんだ。
夜の月明かりの中で苦しんだ。
苦しんだ。
腐っていくんだ。
骨の髄まで腐っているんだ。
だから苦しいんだ。
叶えてくれ。
死にたくない。
永遠に生きたい。
『
叶えてくれ。
叶えてくれ。
叶えてくれ。
もうすぐ其処まで行く。
もう少し待ってくれ。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
たったのあれだけの距離。
五百年を顧みれば塵にも等しい。
なのに、なぜ。
なぜこんなにも遠いのか──────!!!!
「オオ、オオオオオ─────オオオオオ…!」
ビチャビチャと自身を撒き散らしながら、ただ
なんという執念。
ソレの動力源は、もうない。
にも関わらず、ソレは怨念だけで動いている。
もはや執念だけの怪物。
いや、
崩壊の音も耳に入らない。
視界など、とっくに壊れた。
もはや人らしい『感覚』は残されていない。
その、この世ならざる醜怪に………………
「────そこまで変貌したか、マキリ」
鈴のような、美しい声をかける者が、いた。
「な、に?」
視線をあげる。
揺れる視界の中。
そこには、一人の少女がいた。
「────────────」
前進が止まる。
老魔術師が見たものは少女ではない。
それは、遠い記憶にある女。
いつの時も色褪せずに心にいた……………
アインツベルンの黄金の聖女。
二百年前。
大聖杯の為に自ら生贄となった。
天の杯であった、我が同胞。
「────────────」
あの日より些かも衰えない。
あの頃と同じ瞳のまま………………
黄金の聖女が、すぐ側に立っていた。
◆
闇を抜ける。
視界には、いつか見た事のある荒野。
いや、違う。
ここは見た事のある風景ではない。
以前……イリヤの記録にあった荒野に……あんな『モノ』は存在しなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!
『アレ』が。
この、ふざけた戦いの元凶。
俺から桜をとっていったヤツ。
全身に叩きつけられる威圧と不快感。
常世全ての生命を冒涜せん、と蠢く。
気持ち悪い。
歪な胎児。
それが身体から出たがっている。
こんなモノ、この世にあっていい筈がない。
「────────なんだ…?」
閃光と地鳴り。
やけくそじみた光と影。
「…………………桜?」
それが桜と遠坂の衝突なのだと、下からでも崖上の様子が確認できるまで走り寄った時。
大空洞の時間が止まった。
そうとしか思えないほどの、強大な光が放たれ……
そして───────
姉さん、と。
子供のような泣き声と共に、大きく、世界が揺れ始めた。
「今の、は───────」
背筋が凍る。
イヤな予感がする。
泣きじゃくる桜の声が、最悪の光景を予感させる。
「───────────遠坂、桜ッ……!」
走った。
息を乱して走った。
振動は収まらない。
震動は収まらない。
胎動は収まらない。
蠢動は収まらない。
どこかに、岩が落ちた。
どうでもいい。
後ろのコトなど、どうでもいいコトだ。
一心不乱に崖を駆け上がって…………………
自分が遅かった事を、網膜に焼き付けた。
「─────────────ライダー、遠坂」
…………地面が揺れている。
うつぶせに倒れた遠坂の顔は見えない。
そして、遠坂を庇うように斃れ伏すライダー。
その手足は、繋がっていない。
少し遠くで、彼の右腕と左脚が、血を流している。
「………………………せん、ぱい」
顔をあげる。
遠坂の向こう。
ライダーを超えた先。
自らの身体を掻く、桜がいた。
「─────桜」
「………ちゃった…わたし、殺しちゃった、今まで守ってくれたのに、わたしに朝ごはんを作ってくれたのに、兄さんと先輩と姉さんを守ってくれた人を、わたし、殺し、ちゃった────」
桜の声は、俺に向けられていない。
桜は拒んでいる。
こうしている自分。
ライダーをバラバラにした自分、遠坂を傷つけた自分、黒く染まった自分、自分に繋がったあの黒い影を、半狂乱になりながら、全力で憎んでいる。
「わたし、バカ、でした……ごめんなさい、ごめんなさい、こんなのつらいだけだった、ダメだって、負けるなって姉さんはずっと言ってくれてたのに、わたし、バカだから分かんなくて、先輩が信じてくれたのに、ずっと、兄さんが守ってくれてたのに、裏切って、ライダーさんを殺して、姉さんも殺して、わたし、こんなのばっかりで────」
影が桜を縛っている。
あの、全身を覆う黒い令呪が桜を縛っている。
「やだ……もう、やだよ…こんなのは、いや…!」
拒絶している。
桜はあの影を拒絶している。
自分を嫌って、影の誘惑を拒んでいる。
そして、自分自身を殺そうとしている。
だができない。
影が、それを許さない。
「────────────」
………遠坂たちは、勝ったんだ。
桜の憑き物は落ちている。
あいつらは、最後に桜の命を選んだ。
「─────────、っ」
遠坂に走り寄る。
かろうじて呼吸をしている。
これはきっと………ライダーのお陰だ。
庇う様に斃れ伏すライダー。
きっと、致命の一撃から遠坂を庇ってくれた。
「桜、遠坂は死んでいない」
「…………………え?」
「そうだ、死んでいない、まだ助かる、ライダーのお陰でまだ生きている、だから俺とおまえで助けなくっちゃあいけないんだ」
「あ………え……?」
桜の目に光が戻っていく。
影の拘束も和らいでいく。
近づく。
一歩、前へ。
「…ッ!先輩…!ダメ…こないでッ」
近づく。
前へ。
ナニかが飛んでくる。
それが頬を掠める。
それでも前へ。
「う………うう……うううう………」
泣いている。
桜は泣いている。
だから近づく。
早く抱きしめてやりたい。
だから一歩、前へ。
更に前へ。
「……先輩、ダメです、わたし、抑えきれない……強くなんてなかった、わたしは弱虫で、臆病で、ひどい人間だった」
さらに一歩。
ナニかが俺の右耳を弾き飛ばす。
生暖かい血が、頬を伝っていく。
もう右耳から音は聞こえない。
それがどうした。
桜は苦しんでいる。
耳の一つや二つ、消し飛ばされたっていい。
「やめて…!それ以上来たら、殺しちゃうッ」
さらに一歩。
身体中にナニかが突き刺さる。
それがどうした。
桜はこれの何倍も痛い思いをしてきた。
こんなの、桜のに比べれば、へっちゃらだ。
「どうして…?に、逃げてッ!……逃げてください先輩ッ!姉さんを連れて逃げて……!」
「わたしの事なんて忘れていいです…!ちゃんと、ちゃんとここで死にますから……!」
「ひとりでもちゃんと死にますから……!」
「どうして言うこと聞いてくれないんですか…!?先輩、先輩がそれ以上近寄るなら、わたし、先輩を殺しちゃう…!」
うるさい。
どうしても何もない。
桜をここから連れ出して、遠坂を助ける。
そして、
「やめて………もう、やめてください、わたしは、生きてちゃいけない人間だった」
だまれ。
それ以上、桜の悪口を言うな。
例え桜であっても、桜の悪口は許さない。
説教なんかじゃあ済まさない。
ゲンコツだ。
『は〜』ってやって拳あっためてから、ゴツンだ。
痛いぞ、俺のゲンコツは。
「ッ…………ぁ…が…」
ずん、と腹にナニかが刺さる。
いや、やっぱり刺さってない。
ただの、打撲だ。
それなら問題はない。
一歩。
さらに一歩。
遠い。
走りたい。
遠すぎる。
こんなにも、遠いのか。
それとも、俺の足が壊れてるのか…?
一歩。
どうでもいい。
一歩。
また一歩。
進め。
「わたし、いっぱい人を殺しました!何人も何人も殺して、お爺様も殺して、ライダーさんも殺して、たぶん、兄さんも…!だって、兄さんここにいないじゃない!…兄さんが生きていたなら、ここにいるはず……兄さんが、死んじゃった……そんな事実に、たった今気づく程に、わたしはバカな、人殺しなんです…!」
そうか。
後戻りはない道。
どうやっても贖えない罪。
たしかに、救いはない。
多くの人の命を奪った咎。
例え誰にも裁かれなくても。
自分で自分を許せない。
確かに、そうなるだろう。
だが。
「奪ったからには、責任を果たせ、桜」
左腕の『歯車』を回す。
………あぁ、気づかなかった。
錆びている。
歯車が錆びている。
『ギチギチ』『ガタガタ』と。
軋む音を立てている。
気が遠くなる。
意識が飛びそうだ。
すまない。
無理させたな。
そして、今から、また無茶をする。
もう、いいぜ。
『覚悟』はできてる。
今まで、散々俺の命を助けてくれた『
『歯車』は、残り二つ。
つまり、『
それが、2回。
投影が出来るのは、2回。
充分だ。
「桜」
前へ。
「一緒に償おう」
前へ。
「俺も頑張るからさ」
前へ。
「だから」
前へ。
「俺に桜を守らせてくれ」
前へ。
「この世のあらゆる残酷さから」
前へ。
「たとえ、それが偽善でも」
………投影、開始。
思い浮かべるモノは一つだけ。
『
契約破りの短剣。
『歯車』を回した。
『歯車』が弾け飛んだ。
残り一つ。
もし、それが弾け飛んだなら。
俺は、どうなってしまうのだろうか。
「先、輩」
「おしおきだ……歯を食いしばれ」
後で考えよう。
今は桜に、きついのブチこむ。
そんだけだ。
息を呑む音。
そうして。
はい、と短く答えて、自ら胸を俺に差し出し────
「家に帰ろう、そんなヤツとは『さよなら』だ」
一息で、彼女の心臓を突き刺した。
「─────────────────────」
解放される。
黒い令呪が砕け散る。
契約破りの短剣。
あらゆる魔術効果を初期化させる。
それは桜の命を奪わず、桜を縛り付けていた契約だけを
桜は、生きている。
反動で、今は眠るように横たわっている。
遠坂は…………遠坂も、まだ間に合う。
出血は止まっている。
あいつには、まっとうな魔術刻印がある。
そう易々と後継者を死なせはしない。
ドドドドドドドドドドドドッ…!!
大空洞が揺れている。
アンリマユ。
この世全ての悪。
ふざけろ。
仰々しい名前しやがって。
ブッ壊してやる。
あの影ごと、コイツを切り崩す。
この世から、跡形もなく消し去ってやる。
………それは、可能か。
出来る。
あいつの足元に、ギリギリまで近づいて、大火力をブッ放す。
いまのうちに、サッサと始末する。
『ブッ壊す』なんて、言わねぇ。
俺が次に言うセリフは。
『ブッ壊した』だ。
「───────、ごほ」
息が止まった。
ほんの、一瞬だけ。
けど、今は呼吸ができている。
アンリマユの足元まで、ざっと百メートル。
………………大丈夫、やれない距離じゃない。
あと一回だ。
俺には、あと一個『歯車』がある。
大丈夫。
きっとやれる。
サッサと片付けて、家に帰ろう。
そう、家に……帰ろう…………
作中の小ネタやサブタイトルの元ネタについて解説は必要?
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どちらも必要。
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小ネタだけ必要。
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サブタイトルのみ必要。
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どちらも必要なし。