Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#67 リヴ・フォーエバー

崩れていく。

五百年をかけたマキリの悲願。

アインツベルンと遠坂との盟約。

もう『ソレ』は、かつての願いすら覚えていない。

 

「お────お、おおおおおおお」

 

それでも『意思』だけは、まだあった。

 

───死にたくない───

 

身体はもはや赤黒い肉の集まり。

 

人のカタチの面影すらない。

蟲の群。

それらの塊。

のたうつ姿は、ただ『動いている』だけ。

それでも生きている。

その魂は腐敗する体、溶けていく自我を呪う。

 

───死にたくない───

 

『ソレ』は執念だけで、未だこの世に留まる。

 

「おお────おお、お────オ───」

 

地面を這う。

マキリ臓硯。

魂をこの世に留める本体(よりしろ)を、ついさっき失った。

しかし、この老魔術師は執念だけで、この崩れゆく世界の中に残留していた。

 

だが滅びるのは時間の問題。

腐敗する魂は、もう二度とは癒えない。

 

───死にたくない───

 

肉塊となった老魔術師は、このまま苦しみぬいた末に息絶える。

最後まで腐り、無念のまま果てていく。

 

目の前に。

長い求め続け、あともう一歩で手に入る筈だった、永遠の具現を仰ぎながら。

 

断末魔は苦痛か、無念か。

 

───死にたくない───

 

死ぬのはイヤだ。

このまま消え去るなど、どうして出来よう。

死なないで生きていたい。

ただ息がしたい。

五百年。

五百年に渡り苦しみ続けた結果、与えられてしかるべき報酬が目前にあって、何故消えねばならない。

 

「お──お、おおおおおおおおおお」

 

思い返すのは苦しみだけ。

マキリの宿業。

その探求の道は、とっくの昔に途絶えていた。

行き止まり(デッド・エンド)

所詮、そこ止まり。

それを必死に覆そうと抗った。

その為に、こうして散々苦しんだ。

 

─────死にたくない。

 

死にたくない、死にたくない……………!!!!

 

「お、おお、オオオオオオオオ……!!!!」

 

そう、死ぬ訳にはいかない。

崩れる体が恨めしい。

儂は永遠に生きたい。

苦しい。

苦しいのは苦しい。

とにかく苦しい。

それだけの五百年だった。

苦しいだけの人生だった。

生きたい。

死にたくない。

何も残せなかった。

満たされなかった。

目の前には聖杯が。

ならば、我が願いを聞け。

問われなくとも答えてやる。

死にたくない。

シニタクナイ。

ワタシは永遠に生きたい。

我が願い。

我が悲願。

それは『不死(リヴ・フォーエバー)』だけ。

たったのそれだけ。

散々に苦しみぬいた。

もういいだろう。

もう沢山苦しんだ。

だから、叶えてくれ。

お願いだから叶えてくれ。

朝の雨の中で苦しんだ。

昼の陽射しの中で苦しんだ。

夜の月明かりの中で苦しんだ。

苦しんだ。

腐っていくんだ。

骨の髄まで腐っているんだ。

だから苦しいんだ。

叶えてくれ。

死にたくない。

永遠に生きたい。

不死身(リヴ・フォーエバー)』になりたい。

叶えてくれ。

叶えてくれ。

叶えてくれ。

もうすぐ其処まで行く。

もう少し待ってくれ。

なぜ。

なぜ。

なぜ。

たったのあれだけの距離。

五百年を顧みれば塵にも等しい。

なのに、なぜ。

なぜこんなにも遠いのか──────!!!!

 

「オオ、オオオオオ─────オオオオオ…!」

 

ビチャビチャと自身を撒き散らしながら、ただ只管(ひたすら)地面を這い続ける。

なんという執念。

ソレの動力源は、もうない。

にも関わらず、ソレは怨念だけで動いている。

もはや執念だけの怪物。

いや、()()()()……ソレは、もう思念だ。

崩壊の音も耳に入らない。

視界など、とっくに壊れた。

もはや人らしい『感覚』は残されていない。

 

その、この世ならざる醜怪に………………

 

「────そこまで変貌したか、マキリ」

 

鈴のような、美しい声をかける者が、いた。

 

「な、に?」

 

視線をあげる。

揺れる視界の中。

そこには、一人の少女がいた。

 

「────────────」

 

前進が止まる。

老魔術師が見たものは少女ではない。

それは、遠い記憶にある女。

いつの時も色褪せずに心にいた……………

アインツベルンの黄金の聖女。

二百年前。

大聖杯の為に自ら生贄となった。

天の杯であった、我が同胞。

 

「────────────」

 

あの日より些かも衰えない。

 

あの頃と同じ瞳のまま………………

 

黄金の聖女が、すぐ側に立っていた。

 

 

 

 

闇を抜ける。

視界には、いつか見た事のある荒野。

いや、違う。

ここは見た事のある風景ではない。

以前……イリヤの記録にあった荒野に……あんな『モノ』は存在しなかった。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!

 

『アレ』が。

この、ふざけた戦いの元凶。

俺から桜をとっていったヤツ。

 

全身に叩きつけられる威圧と不快感。

常世全ての生命を冒涜せん、と蠢く。

気持ち悪い。

歪な胎児。

それが身体から出たがっている。

こんなモノ、この世にあっていい筈がない。

 

「────────なんだ…?」

 

閃光と地鳴り。

やけくそじみた光と影。

 

「…………………桜?」

 

それが桜と遠坂の衝突なのだと、下からでも崖上の様子が確認できるまで走り寄った時。

 

 

大空洞の時間が止まった。

 

 

そうとしか思えないほどの、強大な光が放たれ……

そして───────

 

姉さん、と。

子供のような泣き声と共に、大きく、世界が揺れ始めた。

 

「今の、は───────」

 

背筋が凍る。

イヤな予感がする。

泣きじゃくる桜の声が、最悪の光景を予感させる。

 

「───────────遠坂、桜ッ……!」

 

走った。

息を乱して走った。

振動は収まらない。

震動は収まらない。

胎動は収まらない。

蠢動は収まらない。

 

どこかに、岩が落ちた。

どうでもいい。

後ろのコトなど、どうでもいいコトだ。

 

一心不乱に崖を駆け上がって…………………

 

自分が遅かった事を、網膜に焼き付けた。

 

「─────────────ライダー、遠坂」

 

…………地面が揺れている。

うつぶせに倒れた遠坂の顔は見えない。

そして、遠坂を庇うように斃れ伏すライダー。

その手足は、繋がっていない。

少し遠くで、彼の右腕と左脚が、血を流している。

 

「………………………せん、ぱい」

 

顔をあげる。

遠坂の向こう。

ライダーを超えた先。

自らの身体を掻く、桜がいた。

 

「─────桜」

 

「………ちゃった…わたし、殺しちゃった、今まで守ってくれたのに、わたしに朝ごはんを作ってくれたのに、兄さんと先輩と姉さんを守ってくれた人を、わたし、殺し、ちゃった────」

 

桜の声は、俺に向けられていない。

桜は拒んでいる。

こうしている自分。

ライダーをバラバラにした自分、遠坂を傷つけた自分、黒く染まった自分、自分に繋がったあの黒い影を、半狂乱になりながら、全力で憎んでいる。

 

「わたし、バカ、でした……ごめんなさい、ごめんなさい、こんなのつらいだけだった、ダメだって、負けるなって姉さんはずっと言ってくれてたのに、わたし、バカだから分かんなくて、先輩が信じてくれたのに、ずっと、兄さんが守ってくれてたのに、裏切って、ライダーさんを殺して、姉さんも殺して、わたし、こんなのばっかりで────」

 

影が桜を縛っている。

あの、全身を覆う黒い令呪が桜を縛っている。

 

「やだ……もう、やだよ…こんなのは、いや…!」

 

拒絶している。

桜はあの影を拒絶している。

自分を嫌って、影の誘惑を拒んでいる。

そして、自分自身を殺そうとしている。

だができない。

影が、それを許さない。

 

「────────────」

 

………遠坂たちは、勝ったんだ。

桜の憑き物は落ちている。

あいつらは、最後に桜の命を選んだ。

 

「─────────、っ」

 

遠坂に走り寄る。

かろうじて呼吸をしている。

これはきっと………ライダーのお陰だ。

庇う様に斃れ伏すライダー。

きっと、致命の一撃から遠坂を庇ってくれた。

 

「桜、遠坂は死んでいない」

 

「…………………え?」

 

「そうだ、死んでいない、まだ助かる、ライダーのお陰でまだ生きている、だから俺とおまえで助けなくっちゃあいけないんだ」

 

「あ………え……?」

 

桜の目に光が戻っていく。

影の拘束も和らいでいく。

近づく。

一歩、前へ。

 

「…ッ!先輩…!ダメ…こないでッ」

 

近づく。

前へ。

ナニかが飛んでくる。

それが頬を掠める。

それでも前へ。

 

「う………うう……うううう………」

 

泣いている。

桜は泣いている。

だから近づく。

早く抱きしめてやりたい。

だから一歩、前へ。

更に前へ。

 

「……先輩、ダメです、わたし、抑えきれない……強くなんてなかった、わたしは弱虫で、臆病で、ひどい人間だった」

 

さらに一歩。

ナニかが俺の右耳を弾き飛ばす。

生暖かい血が、頬を伝っていく。

もう右耳から音は聞こえない。

それがどうした。

桜は苦しんでいる。

耳の一つや二つ、消し飛ばされたっていい。

 

「やめて…!それ以上来たら、殺しちゃうッ」

 

さらに一歩。

身体中にナニかが突き刺さる。

それがどうした。

桜はこれの何倍も痛い思いをしてきた。

こんなの、桜のに比べれば、へっちゃらだ。

 

「どうして…?に、逃げてッ!……逃げてください先輩ッ!姉さんを連れて逃げて……!」

 

「わたしの事なんて忘れていいです…!ちゃんと、ちゃんとここで死にますから……!」

 

「ひとりでもちゃんと死にますから……!」

 

「どうして言うこと聞いてくれないんですか…!?先輩、先輩がそれ以上近寄るなら、わたし、先輩を殺しちゃう…!」

 

うるさい。

どうしても何もない。

桜をここから連れ出して、遠坂を助ける。

そして、(ウチ)に帰る。

 

「やめて………もう、やめてください、わたしは、生きてちゃいけない人間だった」

 

だまれ。

それ以上、桜の悪口を言うな。

例え桜であっても、桜の悪口は許さない。

説教なんかじゃあ済まさない。

ゲンコツだ。

『は〜』ってやって拳あっためてから、ゴツンだ。

痛いぞ、俺のゲンコツは。

 

「ッ…………ぁ…が…」

 

ずん、と腹にナニかが刺さる。

いや、やっぱり刺さってない。

ただの、打撲だ。

それなら問題はない。

一歩。

さらに一歩。

遠い。

走りたい。

遠すぎる。

こんなにも、遠いのか。

それとも、俺の足が壊れてるのか…?

一歩。

どうでもいい。

一歩。

また一歩。

進め。

 

「わたし、いっぱい人を殺しました!何人も何人も殺して、お爺様も殺して、ライダーさんも殺して、たぶん、兄さんも…!だって、兄さんここにいないじゃない!…兄さんが生きていたなら、ここにいるはず……兄さんが、死んじゃった……そんな事実に、たった今気づく程に、わたしはバカな、人殺しなんです…!」

 

そうか。

後戻りはない道。

どうやっても贖えない罪。

たしかに、救いはない。

多くの人の命を奪った咎。

例え誰にも裁かれなくても。

自分で自分を許せない。

確かに、そうなるだろう。

 

だが。

 

「奪ったからには、責任を果たせ、桜」

 

左腕の『歯車』を回す。

 

………あぁ、気づかなかった。

錆びている。

歯車が錆びている。

『ギチギチ』『ガタガタ』と。

軋む音を立てている。

 

気が遠くなる。

意識が飛びそうだ。

 

すまない。

無理させたな。

そして、今から、また無茶をする。

 

もう、いいぜ。

『覚悟』はできてる。

 

今まで、散々俺の命を助けてくれた『無銘(ザ・スミス)

 

『歯車』は、残り二つ。

 

つまり、『無銘(ザ・スミス)』が()()()()してくれる回数。

 

それが、2回。

投影が出来るのは、2回。

充分だ。

 

「桜」

 

前へ。

 

「一緒に償おう」

 

前へ。

 

「俺も頑張るからさ」

 

前へ。

 

「だから」

 

前へ。

 

「俺に桜を守らせてくれ」

 

前へ。

 

この世のあらゆる残酷さから

 

前へ。

 

「たとえ、それが偽善でも」

 

………投影、開始。

思い浮かべるモノは一つだけ。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

契約破りの短剣。

 

『歯車』を回した。

『歯車』が弾け飛んだ。

残り一つ。

もし、それが弾け飛んだなら。

俺は、どうなってしまうのだろうか。

 

「先、輩」

 

「おしおきだ……歯を食いしばれ」

 

後で考えよう。

今は桜に、きついのブチこむ。

そんだけだ。

 

息を呑む音。

そうして。

はい、と短く答えて、自ら胸を俺に差し出し────

 

「家に帰ろう、そんなヤツとは『さよなら』だ」

 

一息で、彼女の心臓を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────────────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解放される。

黒い令呪が砕け散る。

契約破りの短剣。

あらゆる魔術効果を初期化させる。

英霊(サーヴァント)との契約も破る事ができる。

 

それは桜の命を奪わず、桜を縛り付けていた契約だけを破戒(はかい)した。

 

桜は、生きている。

反動で、今は眠るように横たわっている。

 

遠坂は…………遠坂も、まだ間に合う。

 

出血は止まっている。

あいつには、まっとうな魔術刻印がある。

そう易々と後継者を死なせはしない。

 

ドドドドドドドドドドドドッ…!!

 

大空洞が揺れている。

アンリマユ。

この世全ての悪。

ふざけろ。

仰々しい名前しやがって。

 

ブッ壊してやる。

あの影ごと、コイツを切り崩す。

この世から、跡形もなく消し去ってやる。

 

………それは、可能か。

出来る。

あいつの足元に、ギリギリまで近づいて、大火力をブッ放す。

いまのうちに、サッサと始末する。

 

『ブッ壊す』なんて、言わねぇ。

 

俺が次に言うセリフは。

 

『ブッ壊した』だ。

 

「───────、ごほ」

 

息が止まった。

ほんの、一瞬だけ。

けど、今は呼吸ができている。

アンリマユの足元まで、ざっと百メートル。

………………大丈夫、やれない距離じゃない。

あと一回だ。

俺には、あと一個『歯車』がある。

大丈夫。

きっとやれる。

サッサと片付けて、家に帰ろう。

 

そう、家に……帰ろう…………

作中の小ネタやサブタイトルの元ネタについて解説は必要?

  • どちらも必要。
  • 小ネタだけ必要。
  • サブタイトルのみ必要。
  • どちらも必要なし。
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