Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
肉体の中を駆け抜けていく光線。
それは正に『
最高速で駆け抜ける閃光。
火花を散らし俺の『全て』を焼き払っていく。
死ぬ。
こんなものを、俺のままで受け止めたのなら。
俺の『ありのまま』で受け止めたのなら。
俺は死ぬ。
それほどまでの力の奔流。
それほどまでの魔力の躍動。
氾濫した川の濁流。
荒れ狂う海の荒波。
そんなヤワなものではない。
肉体を蹂躙する『
頭がおかしくなりそうだ。
今にも視界がヒビ割れてしまいそうだ。
頭がおかしくなりそうだ。
いずれ俺は何かを失うだろう。
頭がおかしくなりそうだ。
このままでは、俺は耐えれなくて死ぬ。
ならば俺は、こんな『暴走列車』のレールから外れてやる。
『完全再現』なんか目指さなくていい。
俺では不可能だ。
技術とか技量とか魔術回路の強度とか。
色々と足りないものが多すぎる。
だから俺は、こんな『暴走列車』のレールから外れてやる。
「
いい。
それでいい。
『歯車』が回る。
そして弾け飛ぶ。
バラバラに砕け散って、虚空に消えていく。
そう、
そういう事なら、そういう事でいいんだ。
俺の中の『ナニか』が溶ける様に消えていく。
それを見送った。
黄金の粒子が虚空に消えていく。
俺は、それを見送った。
脳裏に思い浮かべるは『黄金の剣』
だが、それを『完全再現』はしない。
出来るか出来ないか、とかではない。
『したくない』
俺は、そんなのしたくない。
遥か永久に遠くにある理想。
この『剣』はそれでいい。
決して届かぬ『理想郷』そのもの。
だがそれでいい。
この『剣』はそれでいい。
「
消えた。
何か、大切な思い出が消えた。
何がなくなったのかも思い出せない。
ただ、ずっと胸に仕舞っておいたモノが、二度と思い出せなくなった。
しかし振るう。
一瞬の隙。
たった一度だけ与えられた
逃せば死ぬ。
外せば死ぬ。
故に、我が専心は絶殺にのみ向けられる。
「───────────セイバー」
「シロウ────────────」
それは一瞬の交錯。
されど、それが、まるで永久に感じる。
脳裏に、消えた筈の『ナニか』が蘇る。
もう『色』すらも無いナニか。
それは──────────『思い出』だった。
俺には確かに、思い出があった。
ちゃんと、今でも生きている温かさがあった。
忘れようのない、彼女の体温がすぐ近くに。
それを、どうやって忘れる事が出来る?
できない。
俺にはそんな事、決して出来ない。
それでも俺はこの道を選んだ。
桜を助ける為に殺した。
慎二を助ける為に殺した。
イリヤを助ける為に殺した。
ライダーを助ける為に殺した。
最期まで俺を守ってくれた少女を──────
この手で、殺めた。
後悔も懺悔も許されない。
喪ったものに見合う輝きなど在りはしない。
でも。
喪ったものに見合う幸せを、一生涯求め続ける。
ツケは溜まっていく一方で、いつか動けなくなるのは目に見えている。
それでも。
みっともなく、滑稽で無価値なまま、奪い続けた責任を果たしてみせる。
幸福が何処にあるのかは判らない。
ただ、終わりが見えなくても、諦める事だけはしないと誓う。
「───────────『さよなら』だ」
『黄金に輝く理想郷』は、もう既に遥か遠くに。
俺は、もう永久に、そこに到達できない。
決して、できない。
どうやっても、どれだけ足掻いても。
それでも、俺は誓う。
決して、諦める事だけはしないと。
◆
『トリビュート・アルバム』とは、功績のある人物、グループに対して称賛するために作られるアルバムのこと。
複数のミュージシャンによって対象となるミュージシャンの曲をカバーしたコンピレーション・アルバムのような形式になることが多い。
『トリビュート』とは『称賛・賛辞・貢物』といった意味であり、自分自身に大きく影響を与えたり、尊敬していたり、憧憬の存在であったりするアーティストに対して敬意を表すアルバムであることを示唆する呼称。
◆
黒い波が迫る。
間桐慎二が駆る、遠坂凛を乗せた馬という、ちっぽけだけれども、すばしっこい獲物を逃すまいと両手を広げ、高波となって襲いかかる。
「
だが、黄金の一閃が巨人の存在を許さない。
既に六体。
際限なく涌き上がってくる黒身の呪いを、凛は馬上から一刀の下に両断していた。
「な────────」
驚きは影の主たる、間桐桜のものだ。
少女は驚愕する。
黒身の巨人は、その一体一体が
それを、既に六体。
しかも悉く一撃で消滅させた。
疾走する馬上から、短剣を振るうだけで。
それはまるで、御伽話の魔女のよう。
ちちんぷいぷい、と杖を振るうように。
杖の一振りで願いを叶える魔女のよう。
「そんな筈────────」
「しつこい……!
宝石の剣が光を放つ。
無色だった刀身は七色に輝き、その中心から桁外れの魔力が溢れる。
「
大空洞を、眩いばかりの黄金が照らす。
「フーーーーーン、やるじゃん…?」
黒き影の巨人は、その極光に焼き払われていく。
馬上からの一振り。たったそれだけの一振り。
馬を駆る『
馬は、とうとう崖を登りきった。
目前には間桐桜。
黒い少女は愕然としている。
「うそ──────そんな、はず」
……少女の呟きと共に、無数の影が立ち上がる。
その数は先ほどの比ではない。
膨大な魔力の化身。
数値にして一億を超える。
大盤振る舞い。
むこう百年は魔術協会の一部門を永続できる。
それほどまでの魔力量。
そんな、普通の魔術師にとっては絶望そのもの、とさえ言える光景を。
遠坂凛は、容易く斬り伏せる。
光る。
影を切る。
馬が疾走する。
光る。
影が手を伸ばす。
スルリ、と馬は躱す。
光る。
影が虚空に溶けていく。
馬は、いとも容易く影を躱す。
「さしずめわたしは───無限に列なる並行世界を旅する爺さんの模造品、第二魔法の『
「ハァ?『
「うっさいわねバカ慎二ッ!」
「ンだとクソ
馬上から宝石剣が一閃される。
短剣が描く軌跡。
その線の上を往く影が消滅する。
それは、確かに単純な魔力のぶつけ合い。
どのような魔術……いや、魔法を使ったのか…?
今の遠坂凛には、確かに、間桐桜に匹敵する魔力の貯蔵があるのである。
「あ────あ」
「こっちは飛び道具で、しかもアッシー君まで完備してる、アンタは影に守られて亀みたいに引き籠もってる、どうする?このまま洞窟が更地になるまで打ち合いし続ける…?」
「そんな……打ち合いなんて、ウソついてます……姉さんには、もうこれっぽっちも魔力なんか」
「そ?ならやってみましょ…?かかってきなさい」
影が揺れる。
洞窟に広がる極光。
影が消える。
馬上には小さな太陽がある。
影が揺れる。
とうとう影は、光に怯え身を震わせた。
「───────────」
目の前の光景を、間桐桜は理解できなかった。
間桐桜は怯え、混乱していた。
それ故に気付かない。
遠坂凛の額の汗。
一撃振るう度に腕の筋肉を切断していく宝石剣からの
間桐慎二の腰を掴む手は震えている。
余裕そうに座るその姿は、挑発的な
背筋を伸ばして座れない。
ただ、風に身体を連れ去られないように、精一杯、慎二の身体にしがみつく。
間桐桜は、そんな水面の下で…必死に足掻き続ける白鳥の努力に、全く気が付きもしなかった。
「後何回くらいピカピカできんの?」
「ハァ…ハァ…あと、1000回くらい、かしら?」
「サイコーだよ遠坂」
襲いかかる影を光が打ち消していく。
だが両者の力は互角などではない。
遠坂凛と間桐桜。二人の戦力差は変わっていない。
間桐桜の魔力貯蔵量は数億どころか兆に届く。
時代の一生を以ってしても使い切れぬ量。
それは無尽蔵の貯蔵と言える。
間桐桜は困惑する。
どうして、と。
無尽蔵の魔力貯蔵量。
確かに出鱈目な数値。
されど、それを操るはあくまで術師。
どんなに水があっても、外に出す量は『蛇口』の大きさに左右されるものだ。
間桐桜の魔術回路の瞬間放出量は一千弱。
ならば、どんなに貯蔵があったとしても、一度に放出できる魔力は遠坂凛とさして変わらない……!
「やれやれだわ……宝の持ち腐れってヤツね……」
振るわれる光の線。
千の
だが『
その矛盾。
本来ならば成立しない拮抗。
それを生み出したものは、言うまでもなく『剣』の力だ。
一撃ごとに千の魔力を放出し、更なる魔力を補充する光の剣。
それは遠坂凛の魔力を増幅しての事ではない。
彼女はただ、この大空洞の魔力を集め、宝石剣に載せて放っているだけである。
魔術師個人が持つ
大気に満ちる自然の
どちらが強大か、は言うまでもない。
確かにこの大空洞に満ちる魔力は千に届く。
一度きりなら魔力の助けを借りて影の巨人を退けられるだろう。
─────だがその後には続かない。
大気の魔力とて有限である。
その回復には莫大な時間がかかる。
この『
──────だが。それならば、もし、仮に。
ここに、もう一つの『大空洞』があるとしたら……?
プラス、1される。
その『もしも』を現実化できるとしたらどうなるか。
並行世界。
合わせ鏡のように列なる『ここと同じ場所』に穴を開け、そこから、未だ使い切っていない『大空洞の
並行世界は無限に広がっている。
無数の世界。
無数の大空洞。
そこから毎回一千ずつ集め、載せて切り払う。
いとも容易く行われるえげつない行為。
遠坂凛には、それを扱える技量があった。
「そ、そんなデタラメ………!」
「所で桜…………後、何回続ける…?」
───────宝石剣ゼルレッチ。
それは無数に列なるとされる、並行世界に路を繋げる『奇跡』そのもの。
わずかな隙間、人間など通れぬ僅かな穴を開け、隣り合う『違う可能性を持つ』世界を覗く礼装。
それは、隣り合う世界から『魔力』を引き出せる。
まだ使われていない魔力を。
そうして。それを使い切ってしまったのなら…?
簡単な話だ。
次の世界に移ればいい。
次へ。
次へ。
次へ。
そのまた次へ。
並行世界に果てはない。
合わせ鏡の可能性は無限なのだ。
故に無制限。
それは例えるならば『
動力源として核融合炉を積み込み、車輪はレールの外すら踏み躙る、ルール無用の反則技。
今ここにある『基本』の世界の為ならば─────
無数の世界を何度だって見捨てよう。
そうすれば、この決して埋められぬ実力差を。
いとも容易くブッ飛ばせるのだから……!
「は──────、ぁ─────」
影が止まる。
「ふざけないで…!こんなの不公平です…!」
繰り返される攻防。
いや、もはや蹂躙。
影の攻撃は一度として当たらない。
遠坂凛が剣を振る、硬直を狙う攻撃。
それらは全て馬の疾走によって躱される。
それは馬のスペックによるもの、だけではない。
この馬を操るは天才
その指示は、まるで後頭部に目がついているかのように。
まるで未来を予測していたかのように。
正確で、精確で、どこにも誤魔化しはなく、一切の迷いがない。
「そう……わたしは姉さんが羨ましかった…!遠坂の家に残って、いつも輝いていて誰にも守られず独りでシャキッと立っている姉さんが憎らしかった…だから勝ちたかった、一度ぐらい、一度でいいから姉さんにすごいって誉めてほしかったのに…!なのに…どうしてですか!?わたしは違ったのに、同じ姉妹で同じ家に生まれたのに、わたしでは一度も勝てなかった……!あんな暗い蟲倉に押し込まれて、毎日毎日オモチャみたいに扱われてた!」
膨れ上がる憎悪。
喉の奥から漏れ出る言葉。
「死にかけたコトなんて毎日だった、死にたくなって鏡を見るのなんて毎日だった、でも独りで死ぬのは怖くて、一人で消えるなんてイヤだった…!だって、わたしには兄さんがいたから、例えわたしが血が繋がった本当の妹じゃなくても、絶対に助けてくれるって信じてた……!」
「そして、兄さんは
その憎悪は、姉である遠坂凛に対してではない。
世界と自分自身に向けられた、出口のない懇願。
「十一年、十一年です姉さん!兄さんですら三年間でこうなってしまう修行を十一年間もッ!!マキリの教えは身体に直接刻み込んで、ただ魔術を使う道具にしたてあげるモノなんですッ!」
泣いている。
泣いて縋ってくる少女。
その目は虚だ。
何処も観ていない。
少女は何も聴こえていない。
「所で、兄さんはどうして姉さんの味方をしているんですか?いつもわたしの味方だったじゃない……
傷ついた魂。
救われない身体。
それを────────────
「わたしだって好きでこんな化け物になったんじゃない…!みんなが、みんながわたしをイジメて、兄さんがわたしを救ってくれなかったから、こうなるしかなかったのに…!」
それを。
「ふうん、だからどうしたって言うの、それ」
───────可哀想ね、なんて。
彼女は、一切同情しなかった。
「所で慎二、アンタの妹が癇癪起こして喚いてるけど、アンタはどう思う?」
「ッ!────────に、兄さ」
少女は最後に、兄に縋った。
同情すらしてくれない冷酷な姉。
口では憎悪を叫びながらも、心の奥底では温かい言葉を待っていた。
故に、最後に縋ったのは、義理の兄。
間桐慎二に縋った。
今まで不器用ながらも、自分を守ってくれていた兄。
彼ならば、自分が望む言葉をくれる。
そう、期待した。
そうやって、今日初めて兄に顔を向けた。
今までの、暴走する意識。
タガが外れた思考。
レールの外を爆走する憎しみ。
出口のない迷路を彷徨う嫉妬心。
それが少し、収まってきた。
だから、初めて彼女は兄の声を聴こうとした。
「おまえさぁ……おまえ……ぼくの事………」
呆れ声。
いつもの呆れ声。
斜に構えて、やれやれ、とでも言いたげな。
毎日必ずどこかのタイミングで聴く声。
「ホントはめちゃくちゃナメてんだろ?」
けれど、そのドスの効いた声。
その声は、彼女が生涯で、今まで一度も聴いた事のない声色だった。