Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
覚えている。
6歳の頃から覚えている。
兄が与えてくれた温もり。
家族がいる、という事。
冷たく、暗い世界の中で、たった一人、唯一の家族がいた。
身体を蹂躙される日々。
精神を犯される毎日。
常に死神の鎌の冷たさが首元に。
どれだけ許しを乞うても許されない。
自らの尊厳を踏み躙られるのが常。
そういう毎日。
肉体という檻の中で、暴れ狂う蟲。
それは、目も鼻も耳も口も尿道も陰部も肛門も。
まるで我が物とばかりに、当然の様に這い回る。
なまじ平穏な幼少期を過ごしてしまったばかりに。
それが、この世で最も過酷で残酷な環境だという事を知っていた。
最初からそれが普通だったのなら。
精神は壊れていなかったのに。
心が傷ついていなかったのに。
それでも、わたしには兄がいたから。
兄は、決して白馬の王子様ではない。
まず、口が悪い。
愛想が悪い。
店員には横柄な態度をとる。
デリカシーがない。
気にしている事を平気で言う。
洗濯物は脱いだら脱ぎっぱなし。
友だちが少ない。
よくクラスメイトとケンカをしていた。
体格が大きい人にも平気で殴りかかる。
まぁ、これは小学校の頃の話だけれど。
スーパーのレジの順番待ちの列が混んでいたらムカついたから、とか言って平気で小っちゃいお菓子とかを万引きする。
実はタバコもこっそり吸っていた。
屋敷の庭の木の上で。
めちゃくちゃ咽せていた。
だから、すぐに辞めていた。
お酒も飲む。
未成年なのに。
ワインとかが好きらしい。
料理酒用のワインをグビグビ飲んでいた。
外食して美味しくなかったら、食い逃げする。
一度だけ、その現場を見かけた。
めちゃくちゃ走っていた。
あんなに必死に走っている姿は初めて見た。
顔立ちは、良い。
所謂イケメンという部類。
だけど、大体ブスっとした顔。
不機嫌そうな顔。
道端に唾でも吐いてそうな顔。
後、独特なファッションセンス。
たまに夏でもニット帽をしている。
兄は、やっぱりロクでもない人かも。
たまに、そう思う。
実際、ロクでもない人なのだろう。
それでも、わたしにとっては兄だ。
よく、イジワルをしてくる。
具体的には、急に髪をクシャクシャにしてくる。
頭を撫でているつもりなのか。
された後は寝癖みたいになって、みっともない。
だから、ホントは辞めて欲しかった。
でも、わざわざ言いだそう、とはできなかった。
だって、振り返ると、毎回イイ笑顔をしてたから。
わたしにとって、兄はどんな存在なのか?
兄さんは、兄さんだ。
そうとしか言えない。
◆
瞳には漆黒の炎。
ゆらゆらと、燃えている。
馬上から見下ろすは、間桐桜の義理の兄。
間桐慎二。
元、全日本障害馬術大会最年少チャンプ。
その記録は彼が『8歳』の時の記録。
馬を正確に操り、精確に走らせる。
彼は、少なくともその大会の時では、日本で誰よりも人馬一体だった少年。
彼は、端的に言うとキレていた。
それも、普段のギャーギャー喚いて、粗野な言葉遣いで捲し立てる様なキレ方ではない。
もっと、深い怒り。
それはドス黒い怒り。
何度でも言おう。
間桐慎二は『ナメられる事』が大嫌いだ。
それだけは、絶対に無理。
決して許さない。
「遠坂、
「は?」
「桜と決着をつける権利はぼくに
「なにそれ………はぁ〜…しょーがないわね……」
さっきまで、影を相手に猛威を振るっていた遠坂凛。
彼は彼女を馬上から降ろした。
これで、遠坂凛のアドバンテージが一つ消える。
つまり機動力。
必殺の刃を持つ彼女に足りないパーツ。
それを、たった今自ら取り除いた。
「に、兄さん……………なにを……?」
間桐桜は本気で困惑する。
その動揺は影の巨人にも伝わり、動きが止まる。
「兄妹喧嘩の時間だぜ、今からお前をボコボコにして『やっぱり兄さんはこの世で一番カッコいい』って言わせてやる」
「…………………………………………ッ!!」
挑発。
中指を立てながら、間桐慎二は不敵に笑う。
途端、間桐桜は顔を怒りで歪める。
「ナメないでよ兄さんッ!わたしは、もう、兄さんなんかに守られる弱いわたしじゃあないッ!!」
影の刃が宙を駆ける。
その威力は計り知れない。
ただ、一つだけ判る事がある。
それは──────────
『一度でも当たれば間桐慎二は即死する』
たったのそれだけ。シンプルな結論。
影の刃。
その速度は、到底、人間の瞬発力では躱せない。
それが下半身不随の人間なら尚更だろう。
それほどまでに俊敏な攻撃。
しかし、彼には自らに課せられた『
「ドンくせぇんだよボケッ!」
馬が疾走する。
その速さは、風よりも。
音さえ置き去りにして。
まるで光速。
馬を駆る騎手に迷いはなく、この不安定な足場によって大きく揺れる状態でも姿勢にブレがない。
馬は身体を騎手に預けている。
「悪いねヴァルキリー、ぼくは愛しのご主人じゃあないけれど、偶には別の男と火遊びするのも悪くないんじゃないッ!?」
疾走するのは、馬。
しかし、手綱を握っているのは、騎手。
馬は、ただ騎手を信じ、懸命に走る。
騎手が命じた『往くべき道』へ。
「どうして……攻撃が………あたらない……ッ」
「ハッ!力だけ持っちまったド素人のマヌケがッ!テメーはケンカ向いてねーんだよアホがッ!バーカバーカッ!あとバーーーカッ!」
ライダーの『
ちゃんとれっきとした座に登録された英霊なのだ。
故に、その速度は通常の速度ではない。
また、そのスタミナや知性も。
そしてヴァルキリーは『116日間』もの間、過酷なレースを走り続けた馬だ。
もし、そんな馬に若き天才
「なんで、なんで、なんで、なんで…ッ!?」
間桐桜の魔力は無尽蔵だ。
それに間違いはない。
現に今も、湯水の様に魔力を消費し、影の巨人たち、影の刃を操っている。
しかし、彼女には致命的に『戦闘センス』と呼ばれるモノがない。
具体的に何が『
まず、攻撃対象。
影の刃は
光速で移動しているのは、一体誰なのか?
『将を射んとせば先ず馬を射よ』
どうして的がデカい馬を狙わないのか………
かつて、馬に暗示をかけた事が原因で、兄が下半身不随になってしまったから?
そういうトラウマがあるからなのだろうか………
それとも、単純に馬という動物が好きだからなのか。
上記の理由も、ほんのチョッピリはあるだろう。
しかし、間桐桜という人間は、結局そういう人だ。
そういう人なのだ。
では、間桐慎二はどうだろうか。
間桐桜とは逆に、彼には『天性のセンス』がある。
彼は所謂『天才』に分類される。
唯一『魔術回路』という『魔術』を扱うのに必須と呼べる才能のみ、持ち合わせてはいなかったが。
逆に言えば
ノー勉でも学年順位は五位以上。
もし、スポーツをやれば大会で記録更新。
ギターとか油絵とか、芸術の才能もある。
つまり『
なんとなくの直感で、直ぐにコツを掴める。
彼は、天才と呼ばれるタイプの人間なのだ。
では、そんな天才が情熱を燃やせば……?
センス。
それと努力。
この二つの融合。
それは、まさしく反則級の成長。
例えるなら───────
肥沃な大地に品種改良された種を蒔く。
『ディープインパクト』が懸命に走り込みする。
『ダ・ヴィンチ』が徹夜で勉強する。
少し分かりにくいだろうか……?
まぁ、とにかくそういう事だ。
圧倒的な効率で技術と技量が身についていく。
あっという間にコツを掴んで実践できてしまう。
故に、彼が操る馬は、迷いなく疾走する。
彼は天才だ。
馬を操る事においても。
彼は何故か持ち合わせている。
馬を駆って攻撃を避けられる戦闘センスを。
「そろそろ追いかけっこも飽きてきたんでね、おまえには今からキッツイおしおきしてやるよ」
「わ………わたしに攻撃が通じるワケ……!」
「やれやれだわ、まさか、この私の前で『
「おいおい、人聞きの悪い事言わないでよ遠坂、それに今からやるのは『躾』ってヤツさ、『DV』じゃあないんだぜ」
不敵な笑み。
されど、その目は笑っていない。
どこまでも、どこまでも、ドス黒い炎。
瞳の中で、漆黒の炎が揺れている。
その姿に、間桐桜は心の底から怯えた。
恐怖。
焦燥。
不安。
それらは全て精神的動揺。
普段なら起こらないミスを誘発するモノ。
めちゃくちゃゲームをやり込んだ、歴戦のゲーマーであっても、金や名誉や命が懸かっていれば、普段では絶対やらないしくじりをしてしまうものだ。
「な、なんなんです…!なんなんですかッ!?兄さんまでわたしをイジメるんですかッ!?わたしは兄さんの事好きなのにッ!家族として愛しているのにッ!魔術回路もないのに蟲蔵に入って死にかけていた癖にッ!わたしはもう強くなったの!兄さんなんかには負けないッ!わたしは例え兄さん相手でもブッ殺し「うるせェーーーッ!ガタガタ言うなァーーッ!」
もはやメチャクチャだった。
感情と感情のぶつかり合い。
混沌とする心の闇。
愛しているのに憎んでいる。
好きなのに嫌い。
助けて欲しいのに、助けて欲しくない。
羨んでいる。
憐れんでいる。
頼りにしている。
見下している。
それが全てではない。
けれど、確かにある感情。
その吐き出し方を、彼女は知らなかった。
内心に秘めたそれを、いつまでもいつまでもいつまでも、ドロドロにしてグシャグシャにして、煮詰めたり、閉じ込めたりして。
故に今となってとうとう吐き出された本音は………
支離滅裂で、滅茶苦茶な、まるで子どもの『癇癪』そのものだった。
◆
不謹慎ではあるのだが。
今、とても心地のいい気分だ。
風は粘つき、大気には魔力が。
クソッタレな
それでも、ぼくは、疾っている。
桜の叫び声。
キンキンうるせぇ叫び声。
なんかガタガタ言っているが……………
今はクソどうでもいい。
後でたっぷり聴いてやる。
だから、ぼくは馬を駆る。
それにしても、なぜ……………
あの時ライダーは『LESSON5』を………
「…………ハッ!」
ポケットの中に『鉄球』がある…………!
藍色の鉄球。
ぼくが、『最期の準備』として用意したもの。
『馬術』
『信頼』
『本当の武器』
『馬術ありきの回転』
『黄金長方形の
『切り札』
なるほど。
大体わかった。
「ッ!………そ、そうだ…!お、お馬さんを」
マヌケが。
今更気づいたのか?
バカ丸出しだな。
センスねぇよ、お前。
とことんケンカのセンスがねえ。
良い子ちゃんの女の子。
スイーツよりも甘ちゃんな女の子。
テメーは、そーいうヤツなんだ。
バケモンでもなければ、極悪人でもねえ。
おまえは、唯の16のガキだ。
「うおおおおおおおおおおおおおッ」
ギャルギャルギャルギャルッ!!
鉄球を回す。
そして、ヴァルキリーに当てた。
『
彼女の身体には、もう充分にエネルギーがある。
エネルギーを纏っている。
ならば後は、それを貰うだけ。
力を貸してもらうだけ。
ドカガバハーンッ
『馬の力』を利用する。
完全なる黄金の『回転エネルギー』
そして、ぼくには『もう一つ武器』がある。
シルシルシルシルシルシルシルシルシル……ッ
ぼくの身体の周りで…………………
黄金の軌跡が螺旋を描いている。
それと同時に、ぼくの手も…………
なるほど。
『LESSON5』はこの為に。
アイツ、いい授業するじゃん。
月9万くらいなら、月謝払ってやってもいいぜ。
「う…………うう………なんですか……それ……」
ありがとよ、ライダー。
お陰で妹にキツイ灸を据えてやれる。
「う……うううう………ううううううッ!?」
ドオンッ!!!!
『シルヴァー・ビートルズ・リマスター』
もうこれは、シルヴァー・ビートルズではない。
新たに生まれ変わった。
だから、そう名付けた。
「チュミミ〜〜〜〜ン」
キモい鳴き声。
ヘンテコな見た目。
どう説明すればいいのだろう?
とにかく奇妙な『ビジョン』だ。
まず、デカい。
180cmくらいはある。
ぼくとは大違いだ。
そしてガタイもある。
力士くらい肩幅がある。
色は紺色。深い紺色。
ジョージ・ハリスンが着ていたヤツくらい。
あの『スタンプ・アウト・ザ・ビートルズ』って書いてあったヤツね。
んで顔面は……なんだ……これ……?
キモいな。
キマッてるヤツが描いた絵、みたいだ。
そしてもう、ぼくの両手は無い。
ブッ飛んで行ったからね。
代わりに現れたのが、アレ。
キモすぎるって。
けれど、まぁ…………………
強そうだし、いっかッ!
『オラオラオラオラオラオラオラ』
ドメシャアッ!ドゴッズドズドンズドドンドゴッズドンズドンズドドドドメギャアッ!
「ううううううううあうううううううッ!?」
ラッシュ。
怒涛の拳撃。
ガムシャラに、デタラメに、ヤケクソに。
拳が振るわれる。
このぼくと違って…………
下品で、野蛮で、荒々しい。
技術も、技量も、型もない。
ケンカ殺法。
我流のパンチ。
チンピラが出鱈目に繰り出す『ブン殴り』
けれども、その威力は─────────
「ザマァーみろッ、兄貴ナメんなよ」
さっきの宝石剣にも、負けていなかった。
ぼくには感想を書いてくれる読者がいる。
こんなに嬉しい事はない。