Fate/STEEL BALL RUN【完結】 作:石田たつを
崩れていく。
五百年をかけたマキリの悲願。
アインツベルンと遠坂との盟約。
もう『ソレ』は、かつての願いすら覚えていない。
「お────お、おおおおおおお」
それでも『意思』だけは、まだあった。
身体はもはや赤黒い肉の集まり。
人のカタチの面影すらない。
蟲の群。
それらの塊。
のたうつ姿は、ただ『動いている』だけ。
それでも生きている。
その魂は腐敗する体、溶けていく自我を呪う。
『ソレ』は執念だけで、未だこの世に留まる。
「おお────おお、お────オ───」
地面を這う。
マキリ臓硯。
魂をこの世に留める
しかし、この老魔術師は執念だけで、この崩れゆく世界の中に残留していた。
だが滅びるのは時間の問題。
腐敗する魂は、もう二度とは癒えない。
───死にたくない───
肉塊となった老魔術師は、このまま苦しみぬいた末に息絶える。
最後まで腐り、無念のまま果てていく。
目の前に。
長い求め続け、あともう一歩で手に入る筈だった、永遠の具現を仰ぎながら。
断末魔は苦痛か、無念か。
声なき声を漏らしながら、蟲の塊は這い回る。
「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」
不意に、老魔術師は声を聴いた。
「打ち砕かれよ。敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」
老魔術師は死に体だ。
それ故に、この声を主を認識できない。
「装うなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」
だが、この声は………………
「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は、死の中でこそ与えられる。────許しはここに。受肉した私が誓う」
何処かで聴いた事がある、と。
最期にそう思ったのだった。
「────
『洗礼詠唱』
聖堂教会において、唯一習得が許される奇蹟。
主の教えにより迷える魂を昇華し、還るべき『座』に送る簡易儀式。
教会による神の教え、聖言は、世界で最も広い魔術基盤であり、物理的な干渉力は微弱だが、霊体に対する干渉力は絶大。
彼らの教えがここまで広く浸透したのも、この『魂に訴える』奇蹟が、多くの人間の心を癒すからだろうといわれる。
呪いを解く効果も高い。
肉の身より離れ、腐り狂いながらも世に迷う魂を『無に還す』摂理の鍵。
それは大いなる慈悲を以って、五百年生きた老魔術師の妄念を昇華した。
そう、『
こうして、老魔術師はこの世から消えた。
マキリ・ゾォルケンは、確かに『外道』だ。
誰かに裁かれるべき『悪』だった。
しかし、彼の始まり。
彼が目指した理想。
それは『この世全ての悪の根絶』であった。
百年を優に超える長い時を経て、彼の魂は心の奥底まで腐ってしまったが。
彼は確かに、産まれながらの外道ではなかった。
あくまで、その途中で腐ってしまっただけ。
それ故に、彼は最期の最期で、黄金の聖女を見た。
五百年続いた執念の果てに、ほんのチョッピリだけ『天』が許してくれた邂逅。
彼はその時、確かに救われた。
確かに報われた。
自らの生涯。生きた年月。かつて抱いた理想。
腐り続ける肉体。変えられない運命。
これら全てに自ら終止符を打ったのだ。
そう、彼は最期の最期に、奇跡に出会えた。
だけど、この次元はどうだ?
最期まで世界と自分を呪いながら死んだ。
完全に、この世から消滅した。
救われてもいない。
報われてもいない。
誰かに看取られてもいない。
遺言すらも残せなかった。
彼の魂は昇華された。
大いなる慈悲を以って。
だが、皮肉なことに…………………
誰にも慈悲を与えて貰えなかった方が………
彼にとっては『最期の救い』だったのだ。
◆
『歯車』を回した。
カランッ、と音を立てて弾け飛ぶ。
これで残り一つ。
もし、それが弾け飛んだなら。
俺は、どうなってしまうのだろうか。
…………いや、今はそんな事どうでもいい。
『
俺が投影した契約破りの短剣。
それを、慎二に抱えられて気絶している桜に突き刺した。
一瞬だけ迸る閃光。
そして影が消える。
解放される。
黒い令呪が砕け散る。
それは契約破りの短剣。
あらゆる魔術効果を初期化させる。
それは桜の命を奪わず、桜を縛り付けていた契約だけを
桜は、生きている。
黒い影を失っても。
真っ裸になってしまったが。
息をしている。
体温がある。
桜は、生きている。
勝った。
つまり、俺たちは勝ったんだ。
「や………やった……ッ!勝ったッ!!」
「フンッ!… お前ってさ、馬鹿だけど…………」
「え?」
「いい仕事するじゃん」
何だそりゃ。
慎二が皮肉っぽく鼻で笑う。
その態度、なんだか懐かしい。
そしてもう脚の震えも収まったらしい。
正直、なんでいきなり立っているのか、下半身不随だったんじゃないのか、とか色々聞きたい事もあったけど。
そんな事、どうでもいい。
俺たちは勝ったんだ。
それだけ判っていればいい。
さぁ、家に帰ろう。
桜を連れて、みんなで帰ろう。
「遠坂ッ!俺たち勝ったん……………?」
「あ?……………おい、何処だよ遠坂」
おかしい。
何故だ……?
遠坂と慎二は一緒だった筈。
もし別行動していたのなら、慎二も困惑しているのは、おかしい。
これは………ヤバいぞッ!
『
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
動悸が止まらない。
呼吸が荒くなる。
首元がチリチリする。
イヤな予感がする。
寒気がする。
所謂、悪寒というヤツだ。
「慎二、つまり
「倒すべき『敵』は
◆
遠坂凛は動かない。
結末を見守る為である。
彼女は、本気だった。
『かつて妹だった存在』を殺すつもりであった。
けれど、彼女の兄……間桐慎二。
彼は、自らの手で決着を望んだ。
そうして、勝った。
闇に堕ち、影に呑まれた少女に勝利した。
別に魔術師の世界でなくとも……………
全ては勝利者が結末を決める。
それが自然の摂理。
そういう世の中の『
彼は妹を救う結末を選んだ。
ならば、遠坂凛に文句はない。
それが自然の『
故に、遠坂凛は動かなかった。
その結末を最期の時まで見守る。
そう決意した。
彼女はひと足先に、『
手には、まだ『宝石剣』がある。
これならば、あの黒き聖杯だって破壊できる。
桜の事に関しては、後は全て、間桐慎二と衛宮士郎の両者が何とかするだろう、と。
そして、ハッピーなエンディングで幕を閉じる。
めでたしめでたしのエンディング。
そこに、遠坂凛は必須ではない。
遠坂凛は主演女優ではない。
故に必ず必要な存在ではない。
後に、フラッと顔を出せば、それでいい。
幸せそうに笑う姿を、遠くから眺めれられるなら、それはそれでいい。
だから、クールにその場から去ろうとした。
そうして、いざ『
ドグシャアァッ!!!
「……………ガッ………は………」
『紅く光る腕』に、胸を貫かれた。
あまりにも唐突な出来事。
警戒を怠っていたワケではなかった。
少なくとも、この『死地』に来てからは。
だが気配はなかった。
足音もなかった。
完全なる不意打ち。
その一撃は、『強化』を施してもいない少女の胸を貫く事など、いとも容易い威力であった。
「安心したまえ、そう易々と殺すつもりはない」
耳元で囁かれる声。
その声色には愉悦が混じっていた。
「き…………れ………うら……ぎッ……」
「裏切るも何も、私は最初から味方であったつもりはないのだが」
遠坂凛が口から血反吐を吐きながらも、何とか絞り出した言葉に対して、悪びれもなく、シレッと答える。
彼の名前は『言峰綺礼』
彼は、イスカリオテのユダ。
教義に背き、主と決別した男。
黒き聖杯の誕生を誰よりも待ち望んでいた男。
この21世紀の時代。
激動の時代。
進化の時代。
その時代を生きる人の中で、最も
◆
唐突に、轟音が鳴り響いた。
地響きだ。
大地が揺れている。
あの黒き聖杯、歪な胎児を仰ぎ見る。
揺れている。
今にも産まれ落ちそうだ。
早くここから出せ、と。
そう喚いて、暴れている。
「ハァ……ハァ………ハァーッ……ハァ……」
呼吸が乱れている。
未だ変わらず乱れている。
目の前がチカチカする。
俺たちは、敵を倒した。
『セイバー』を倒した。
『暴走した桜』も倒した。
勝ったんだ。
俺たちは勝ったんだ。
なのに、なぜ。
一体、誰なんだ。
『
「うッ!?」
……………………慎二の、声。
何を見て、驚愕した声。
ダメだ。
イヤな予感がする。
なにか、物凄くマズイ気がする……!
「あ、あれを……………!」
イヤだ。
見たくない。
もう勘弁してくれ。
けれど、見なくては。
俺たちは、
これはエンドロールじゃあない。
エンディングは、まだ。
俺たちの戦いは、まだ終わっていない…!
「………………………………あ、あれはッ!?」
!?
「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ……ッ」
息が乱れる。
呼吸をしなくては。
酸素が足りない。
呼吸をしなくては。
見えてしまった。
あの、岩陰。
あの大きい岩。
その陰。
『血が流れている』
「う、うおおおおおおッ!遠坂ッ!」
慎二が
その姿に、ほんのチョッピリだけビックリした。
直ぐに俺も走る。
気を取り直す。
今は、慎二を『祝福』している場合じゃあない。
『倒すべき敵は
集中しろ。
心を整えろ。
呼吸を乱すな。
俺たちは攻撃されている。
まだ、終わりじゃない。
俺も慎二の後を追い、駆け寄る。
地面には血が流れている。
真っ赤な血が、流れている。
岩陰を覗き込む。
そこには────────────
「………………ぅ……………ガ………ぁ」