Fate/STEEL BALL RUN【完結】   作:石田たつを

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#74 ウェイティング・マン その①

崩れていく。

五百年をかけたマキリの悲願。

アインツベルンと遠坂との盟約。

もう『ソレ』は、かつての願いすら覚えていない。

 

「お────お、おおおおおおお」

 

それでも『意思』だけは、まだあった。

 

───死にたくない───

 

身体はもはや赤黒い肉の集まり。

 

人のカタチの面影すらない。

蟲の群。

それらの塊。

のたうつ姿は、ただ『動いている』だけ。

それでも生きている。

その魂は腐敗する体、溶けていく自我を呪う。

 

───死にたくない───

 

『ソレ』は執念だけで、未だこの世に留まる。

 

「おお────おお、お────オ───」

 

地面を這う。

マキリ臓硯。

魂をこの世に留める本体(よりしろ)を、ついさっき失った。

しかし、この老魔術師は執念だけで、この崩れゆく世界の中に残留していた。

 

だが滅びるのは時間の問題。

腐敗する魂は、もう二度とは癒えない。

 

───死にたくない───

 

肉塊となった老魔術師は、このまま苦しみぬいた末に息絶える。

最後まで腐り、無念のまま果てていく。

 

目の前に。

長い求め続け、あともう一歩で手に入る筈だった、永遠の具現を仰ぎながら。

 

断末魔は苦痛か、無念か。

声なき声を漏らしながら、蟲の塊は這い回る。

 

「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

 

不意に、老魔術師は声を聴いた。

 

「打ち砕かれよ。敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」

 

老魔術師は死に体だ。

それ故に、この声を主を認識できない。

 

「装うなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」

 

だが、この声は………………

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は、死の中でこそ与えられる。────許しはここに。受肉した私が誓う」

 

何処かで聴いた事がある、と。

最期にそう思ったのだった。

 

「────この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 

『洗礼詠唱』

聖堂教会において、唯一習得が許される奇蹟。

主の教えにより迷える魂を昇華し、還るべき『座』に送る簡易儀式。

教会による神の教え、聖言は、世界で最も広い魔術基盤であり、物理的な干渉力は微弱だが、霊体に対する干渉力は絶大。

彼らの教えがここまで広く浸透したのも、この『魂に訴える』奇蹟が、多くの人間の心を癒すからだろうといわれる。

呪いを解く効果も高い。

 

肉の身より離れ、腐り狂いながらも世に迷う魂を『無に還す』摂理の鍵。

それは大いなる慈悲を以って、五百年生きた老魔術師の妄念を昇華した。

 

そう、『()()()()()()()()()()

 

こうして、老魔術師はこの世から消えた。

 

『ここで少し、別の次元の話をしよう』

 

マキリ・ゾォルケンは、確かに『外道』だ。

誰かに裁かれるべき『悪』だった。

 

しかし、彼の始まり。

彼が目指した理想。

それは『この世全ての悪の根絶』であった。

百年を優に超える長い時を経て、彼の魂は心の奥底まで腐ってしまったが。

彼は確かに、産まれながらの外道ではなかった。

あくまで、その途中で腐ってしまっただけ。

それ故に、彼は最期の最期で、黄金の聖女を見た。

五百年続いた執念の果てに、ほんのチョッピリだけ『天』が許してくれた邂逅。

 

彼はその時、確かに救われた。

確かに報われた。

 

自らの生涯。生きた年月。かつて抱いた理想。

腐り続ける肉体。変えられない運命。

 

これら全てに自ら終止符を打ったのだ。

 

そう、彼は最期の最期に、奇跡に出会えた。

 

だけど、この次元はどうだ?

 

最期まで世界と自分を呪いながら死んだ。

完全に、この世から消滅した。

救われてもいない。

報われてもいない。

誰かに看取られてもいない。

遺言すらも残せなかった。

 

彼の魂は昇華された。

大いなる慈悲を以って。

 

だが、皮肉なことに…………………

誰にも慈悲を与えて貰えなかった方が………

彼にとっては『最期の救い』だったのだ。

 

 

 

 

『歯車』を回した。

カランッ、と音を立てて弾け飛ぶ。

これで残り一つ。

もし、それが弾け飛んだなら。

俺は、どうなってしまうのだろうか。

…………いや、今はそんな事どうでもいい。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

俺が投影した契約破りの短剣。

 

それを、慎二に抱えられて気絶している桜に突き刺した。

 

一瞬だけ迸る閃光。

 

そして影が消える。

 

解放される。

黒い令呪が砕け散る。

それは契約破りの短剣。

あらゆる魔術効果を初期化させる。

英霊(サーヴァント)との契約も破る事ができる。

 

それは桜の命を奪わず、桜を縛り付けていた契約だけを破戒(はかい)した。

 

桜は、生きている。

黒い影を失っても。

真っ裸になってしまったが。

息をしている。

体温がある。

桜は、生きている。

 

勝った。

 

つまり、俺たちは勝ったんだ。

 

「や………やった……ッ!勝ったッ!!」

 

「フンッ!… お前ってさ、馬鹿だけど…………」

 

「え?」

 

「いい仕事するじゃん」

 

何だそりゃ。

慎二が皮肉っぽく鼻で笑う。

その態度、なんだか懐かしい。

 

そしてもう脚の震えも収まったらしい。

正直、なんでいきなり立っているのか、下半身不随だったんじゃないのか、とか色々聞きたい事もあったけど。

そんな事、どうでもいい。

俺たちは勝ったんだ。

それだけ判っていればいい。

さぁ、家に帰ろう。

桜を連れて、みんなで帰ろう。

 

「遠坂ッ!俺たち勝ったん……………?」

 

「あ?……………おい、何処だよ遠坂」

 

おかしい。

()()()()()()

何故だ……?

遠坂と慎二は一緒だった筈。

もし別行動していたのなら、慎二も困惑しているのは、おかしい。

 

これは………ヤバいぞッ!

()()()()()()()()()()()ッ!!』

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

 

動悸が止まらない。

呼吸が荒くなる。

首元がチリチリする。

イヤな予感がする。

寒気がする。

所謂、悪寒というヤツだ。

 

「慎二、つまり()()()()……」

 

「倒すべき『敵』は()()()()

 

 

 

 

遠坂凛は動かない。

結末を見守る為である。

 

彼女は、本気だった。

『かつて妹だった存在』を殺すつもりであった。

 

けれど、彼女の兄……間桐慎二。

彼は、自らの手で決着を望んだ。

 

そうして、勝った。

闇に堕ち、影に呑まれた少女に勝利した。

 

別に魔術師の世界でなくとも……………

全ては勝利者が結末を決める。

それが自然の摂理。

そういう世の中の『仕組み(メカニズム)

 

彼は妹を救う結末を選んだ。

ならば、遠坂凛に文句はない。

 

()()()()()()()()()()

 

それが自然の『仕組み(メカニズム)

故に、遠坂凛は動かなかった。

その結末を最期の時まで見守る。

そう決意した。

 

彼女はひと足先に、『この世全ての悪(アンリマユ)』にトドメを刺そうとした。

手には、まだ『宝石剣』がある。

これならば、あの黒き聖杯だって破壊できる。

桜の事に関しては、後は全て、間桐慎二と衛宮士郎の両者が何とかするだろう、と。

そして、ハッピーなエンディングで幕を閉じる。

めでたしめでたしのエンディング。

そこに、遠坂凛は必須ではない。

遠坂凛は主演女優ではない。

故に必ず必要な存在ではない。

後に、フラッと顔を出せば、それでいい。

幸せそうに笑う姿を、遠くから眺めれられるなら、それはそれでいい。

だから、クールにその場から去ろうとした。

 

そうして、いざ『この全ての悪(アンリマユ)』に向かおうとした瞬間。

 

ドグシャアァッ!!!

 

「……………ガッ………は………」

 

『紅く光る腕』に、胸を貫かれた。

 

あまりにも唐突な出来事。

警戒を怠っていたワケではなかった。

少なくとも、この『死地』に来てからは。

だが気配はなかった。

足音もなかった。

完全なる不意打ち。

その一撃は、『強化』を施してもいない少女の胸を貫く事など、いとも容易い威力であった。

 

「安心したまえ、そう易々と殺すつもりはない」

 

耳元で囁かれる声。

その声色には愉悦が混じっていた。

 

「き…………れ………うら……ぎッ……」

 

「裏切るも何も、私は最初から味方であったつもりはないのだが」

 

遠坂凛が口から血反吐を吐きながらも、何とか絞り出した言葉に対して、悪びれもなく、シレッと答える。

 

彼の名前は『言峰綺礼』

 

彼は、イスカリオテのユダ。

 

教義に背き、主と決別した男。

 

黒き聖杯の誕生を誰よりも待ち望んでいた男。

 

この21世紀の時代。

激動の時代。

進化の時代。

 

その時代を生きる人の中で、最も()()している男。

 

 

 

 

唐突に、轟音が鳴り響いた。

地響きだ。

大地が揺れている。

あの黒き聖杯、歪な胎児を仰ぎ見る。

揺れている。

今にも産まれ落ちそうだ。

早くここから出せ、と。

そう喚いて、暴れている。

 

「ハァ……ハァ………ハァーッ……ハァ……」

 

呼吸が乱れている。

未だ変わらず乱れている。

目の前がチカチカする。

俺たちは、敵を倒した。

『セイバー』を倒した。

『暴走した桜』も倒した。

勝ったんだ。

俺たちは勝ったんだ。

 

なのに、なぜ。

 

一体、誰なんだ。

 

()()()()()()()()()()()()

 

「うッ!?」

 

……………………慎二の、声。

何を見て、驚愕した声。

ダメだ。

イヤな予感がする。

なにか、物凄くマズイ気がする……!

 

「あ、あれを……………!」

 

イヤだ。

見たくない。

もう勘弁してくれ。

 

けれど、見なくては。

俺たちは、()()()()()()()()()()()()

これはエンドロールじゃあない。

エンディングは、まだ。

俺たちの戦いは、まだ終わっていない…!

 

「………………………………あ、あれはッ!?」

 

!?

 

「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ……ッ」

 

息が乱れる。

呼吸をしなくては。

酸素が足りない。

呼吸をしなくては。

 

見えてしまった。

 

あの、岩陰。

あの大きい岩。

その陰。

 

『血が流れている』

 

「う、うおおおおおおッ!遠坂ッ!」

 

慎二が()()()

その姿に、ほんのチョッピリだけビックリした。

直ぐに俺も走る。

気を取り直す。

今は、慎二を『祝福』している場合じゃあない。

 

『倒すべき敵は()()()()

 

集中しろ。

心を整えろ。

呼吸を乱すな。

俺たちは攻撃されている。

まだ、終わりじゃない。

 

俺も慎二の後を追い、駆け寄る。

地面には血が流れている。

真っ赤な血が、流れている。

岩陰を覗き込む。

 

そこには────────────

 

「………………ぅ……………ガ………ぁ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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