世歴1825年8月2日。
大旭皇国、舞鶴鎮守府。
「弓丘少佐、なんとかなりませんか?」
「何度言われても駄目ですよ。他の鎮守府に頼み込んでみてください」
「いや、しかしですね。前に言ったように呉、佐世保、横須賀と来て後はここしか頼み込めないんです」
夏の蒸し暑い昼下がり。
鎮守府の庁舎にて、一人の眼鏡を掛けた出っ歯の男が堅物の軍人然とした中年の男…弓丘に対して必死に頼み込む。
「しかしもへちまもありませんよ、弓丘技師。なんてたって我が舞鶴鎮守府がその得体の知れない飛行艇の試験の手伝いをせねばならんのですか。いくら弓丘技師が海軍の贔屓している岩菱のお偉い技師殿だとしてもですな、そういうのはきちんと岩菱を通して頂かないと」
「あの頭の固い愚図どもに私秘蔵の新型飛行艇の価値がわかるわけがないじゃあありませんか!先の一〇式艦戦の例を知っているでしょう。私はですな、あの時社内でアレより遥かに高性能なものを設計していたんです。それをあの馬鹿どもは…」
「その話は三度目です。まぁ百歩譲ってそうだしても、海軍としてはやはり得体の知れない飛行艇の試験の手伝いなどは立場上行うのが難しいものでありまして」
「後悔しますぞ!絶対に後悔します。私のこの“空中戦艦“は欧米……いや、世界でも随一の性能だと自負しておりますからな。今のうちに手伝って頂かねば、いずれ他国に追い抜かれます!そうなりゃぁ、もう金輪際二度と頼まれても作りやしませんよ!」
「いやぁ…ですが、しかし……うぅむ……ひとまず、まだそうと決めたわけではないのですが、そこまで言うなら設計図のほうだけでも見せてもらっても?」
8月15日、早朝。
北海道の南岸までを水平線の向こうへと写す津軽海峡。
舞鶴と比べれば幾分か涼し気な東北の地。
そこにあるは北海の護り、大湊要港部。
ざぁざぁ、と太平洋や旭海の白浪が混ざり合うその場所を、先程の技師……弓丘は満足げな表情で見ていた。
『……弓丘技師。上に掛け合ってみたところ、大湊要港部ならばよいと通達が来ました。8月の15日を目処にということです。一応こちらからは交通費などは支給しますので……』
「フフフ、やはり海軍も腐ってはなかったということか。であれば、海軍のお眼鏡に合うように気合を入れて作らねばならんな」
大湊要港部会議所。
所狭しとまではいかないが、選りすぐりの海軍将校が数人と岩菱の弓丘専属の部下二人、そして弓丘自身が一室に集まっていた。
「それで、弓丘技師。あなたの言う空中戦艦とは一体全体何物なんですか?まさか、巡洋艦に羽根をそのまま取り付けるってわけでもないでしょう?」
「それはそうです。まぁ、端的に言えば―――既存のF-5号飛行艇なんぞ軽く超えた代物になるでしょう。敵艦や戦術目標に対しての長距離雷撃と爆撃、更に敵戦闘機を悉く撃滅可能な機銃数。海軍が大方お望みのものになるでしょうな」
「ほう…しかし設計図を見たところ、F-5号を拡大したようにしか見えませんでしたが…?」
「まぁ、ガワはそう見えるでしょうな。しかし」
そう言って弓丘は助手に目で指示すれば、部屋に備え付けられた移動式黒板へといくつかの資料を貼り付ける。
そこには、岩菱が現在試作している水冷12気筒の650馬力エンジンの詳細が最初に貼り付けられた。
「ほう…650馬力ですと?そのような高馬力エンジンを岩菱が作っていたとは」
「まぁ、あの愚図共はこれを戦闘機にでも載せるつもりらしいですがね。私からしたら普通も普通。まぁもっとも一〇式のときに私の案を採用してたら今頃このエンジンが採用されていたでしょうが…まぁそれは置いといて」
次の資料にあるのは、エンジン配置などだ。
基本設計はF-5号を踏襲しているように見えるが、明らかに数倍の大きさとなり、機銃の銃座が増えてエンジン数が2倍になっている点など、内部構造も含めて全くの新型であることが伺える。
「1tまでの爆装又は18インチ魚雷のいずれか。銃座は……7.7mm機銃連装銃座三基、ベッカー20mm機関砲一基。これは…重武装にも程があるでしょう?速度は大丈夫なんですか?」
「650馬力四基で2600馬力ほど。出力からして重量と比べても防弾装備なども含めてそこまで影響はでません。まぁ、最高速度200km/h、巡航速度は120km/hとすこしと行ったところでしょうか。航続距離は飛行艇であるためその巨体を活かし、増やすだけ増やしております。9時間程度なら連続飛行も可能です」
「なんとまぁ……しかし、ふむ。これなら確かに海軍が欲するものですね。満足に対艦攻撃も行えそうだ」
「その通りです。いやはやまったく、海軍は話のわかる方が多いですな」
世歴1825年。
岩菱一の天才と呼ばれた弓丘卓司が開発した"空中戦艦"……後に八六式大艇と呼ばれるその飛行艇は、当時としてはまさに最新鋭の飛行艇と言うにふさわしかった。
当時、飛行艇不足に悩まされていた皇国にとって八五式大艇は棚からぼた餅であり、その後は広く活用されるようになる。
そしてその大艇の初仕事として特に有名なのは、1827年3月に起きた皇国の直轄領である楽麗半島北部近海にて漁船に攻撃を仕掛けてきた国籍不明の潜水艦に対する『対潜攻撃』であった。
「海中から襲われたと通報が入ったがありゃぁ…」
「あぁ、潜水艦だな。どこの国籍かは分からんが、さっきまでシュノーケルが反射してたのが見えた。おそらくこのへんだとは思う」
「60kg爆弾をいくつか積んでるが、信管調整はどうなってる?」
「信管調整は接触時0.5秒後にしてある。しかしまぁ、海中で爆発はすると思うが、精度は低いと思う」
「なら、なるべく直撃させるしかねぇな。無闇やたらに落としたところで撃破できなきゃ元も子もない」
そうして八六式はゆっくりと潜水艦のいると思わしき海域上空六百メートルほどをぐるぐると囲むかのように旋回し始める。
もっとも、いくら新鋭機といえどエンジンパワーの不足がそこかしこにある状態だ。旋回中とはいえ多少のろく、万一チャンスが訪れたとしてもこの旋回速度では一回が限度だろう。
「竹!少しケツを下に向かせる!何発か20ミリを海中に撃ち込んでやってくれ!」
「了解です!」
弾速が遅く、連射速度は機銃に比べたら低いが、一発の威力が機銃とは段違いの20ミリ機関砲から、20ミリ榴弾が10発ほど海面に撃ち付けられる。
凪いでいる穏やかな水面に白い弾痕が水泡とともに出てくるが、それを爆雷投下と勘違いした潜水艦……否、潜水艦よりかは一回り小さい潜水艇が浮上。
おそらく旧式で余り長くは潜水できなかったのだろうか。甲板から船員が出てきて備え付けの対空機銃を八六式に向かって放ってきた。
カコン!カコン!と弾き返すような音が響く。
しかし八六式の乗員たちは焦ることなく、慎重に爆撃体制へと入っていく。
そして、数秒後。
特徴的な風切り音とともに、60kg爆弾が数発投げ落とされた。
ボフン!ボフン!と海面にて爆発。
潜水艇に直撃はしなかったものの、爆風による圧力で一気に潜水艇はその外殻を崩壊。
焦げ茶色の重油を垂れ流しながら、まるで死んだ魚のようにひっくり返り、自身の船底を晒し撃沈した。
後に楽麗近海事件と呼ばれるこの事件。
潜水艇は60kgの爆風によってまるで丸めた紙屑のように成り下がり、所属こそわからなかったものの、この事件がきっかけで皇国軍の威信を知らしめることに成功した。
そして、改めて海軍の対潜能力が低いことが同時に露呈した事件でもあった。
この事件から以後にすぐさま航空爆雷の開発、高性能ソナーなどの開発が急がれたのは、また別の話である。