それは風のように、をお供にどうぞ
「朋也?」
スーパーで買い物に悩んでいると、聞き慣れた声で呼び掛けられた。
「ん?」
「やっぱり朋也じゃない」
「どうした、藤林……凶悪?」
「誰が凶悪よっ。私は藤林杏」
そう、コイツは杏だったな。
「って朋也、もう大丈夫なの?」
「おう、久しぶりだな」
軽く挨拶を済ませ、俺は食材に目を戻した。
ふむ……炒飯辺りで良しとするか。
「って、勝手に会話を終わらせるな」
肩を捕まれる。
「離せよ、今大事な決断をしたところなんだ」
「変わんないわね、本当。それで?」
やれやれ、と言った表情とポーズ、コイツも変わんねえな。
「それで?と言うと?」
「その大事な決断って何よ」
「ん?昼飯のメニューだが。今日は炒飯を作ることにした。手軽に作れて旨いからな」
「……料理出来たんだ」
何で本気で驚いてんだよ。……少し傷ついたぞ。
「ま、簡単なもんだけなんだけどな。飯はずっと渚に頼ってたから」
簡単な料理が出来るのは渚が教えてくれたってのもあるが、それ以前に俺が親父から自立したいと思っていて、やろうとしたこともあるからだ。結局、独学だけでは限界があったけどな。
「それにしても、そんな馬鹿なことで大事な決断って言ってたのね」
くふふ、と笑いを堪えてやがる。
「仕方ねえだろ?俺にとっては生きるか死ぬかの大事な決断だったんだからよ。朝飯はどっかの風子が食っちまったからよ」
「あっはっはっはっ、ところで朋也、風子って誰?」
「知り合いの妹だな」
「あっそ」
どうでもよさげに答えやがったな。
「ま、そんなこんなでうちの冷蔵庫の中はすっからかんだった」
「本当、馬鹿ね」
「悪かったな」
さて、次は卵だな。
「ねえ、もし朋也が良いならさ」
ラッキー、今日は特売の日だったか。
「私が……その……」
さて、米も買わなくちゃな。
「って、何自然と買い物を続けてんのよっ、少しは人の話を聞きなさいっ」
「ぐわっ」
突然肩を掴むなよ、杏。
「アンタが悪いんでしょっ」
「はあ?」
「はあ?じゃないっ」
「やれやれ」
少し付き合ってやるか。
「んで、何だ?」
「だーかーらー、私が朋也のお昼を作ってあげるわよっ」
「は?」
「聞こえなかったの?」
赤面しながら言う杏、その照れ隠しを不覚にも可愛いと思ってしまった。
コホン、と一度咳払いする。
「良いのか?」
杏の料理の腕前はかなり高い。
それは学生時代にも感じたことだ。
「良いわよ、別に」
「なら頼む」
遠慮なく、ってやつだ。
「よし、じゃあ買い物続けましょうか」
俺は杏の満点の笑顔にこれまた不覚にも目を奪われた。
そして、家に着いたのが午後二時。
少し時間がかかり過ぎたな。
「さて、それじゃ頼んだぞ。俺は補助をやるから、何かあったら呼んでくれ」
「はいはい」
杏は髪を邪魔にならないように結び、服の腕をまくった。
「さて、少し本気出しますか」
それから二十分も無くして、藤林杏特性炒飯が完成した。
にしても、すごい手際の良さだった。
まるで千手観音の様、は言いすぎか。
と言うわけで、俺は手伝う必要すら見出だせず、皿を並べたりする仕事くらいしか出来なかった。
そして、現在俺の目の前には自分で作る炒飯の数倍以上に食欲をそそられる炒飯が用意されていた。
「はい、どうぞ」
「いただきますっ」
俺はがっつくようにスプーンをかき回した。
やはり、
「旨いな」
むしろ上達してるんじゃなかろうか。
学生時代に何度か弁当の具を交換したりしたからな。あの頃は渚も生きてて、俺たちは色々はしゃいでたっけか。
「そう?まあ、当然だけどね」
「相変わらずだな、お前」
自信過剰とでも言うのか。
飯は順調に片付き、食後のお茶を味わっていた。
「渚が亡くなってもう五年だっけ?」
唐突に杏は話を切り出して来た。
「ああ、そうだな。もう五年も経ってたのか」
俺は渚が亡くなってからというもの、忘れよう忘れようと必死になってたからな。時間の経過は分からなくなっていた。
「汐ちゃんは私の居る幼稚園に来たわ、これって何の因果なのかしらね」
「さあな、この町は狭いからそういうこともあるだろ」
「…そうね」
「ああ」
俺は温くなったお茶を飲んだ。そこで茶碗に入っていたお茶がなくなり、俺は新しく淹れ直す。
「俺がこうやって立ち直れたのはさ、渚のおかげなんだよ。渚で絶望して、渚で立ち直った。なんともおかしい話だよな」
俺は少し笑って見せた。
「ふっ、確かにおかしな話ね」
杏も少し笑った。
「この前、つっても昨日のことだけどさ、夢を見たんだ」
「夢?渚の?」
「ああ、その夢の中で俺は怒られちまった。汐ちゃんにも私にくれた愛を分けてあげて、ってさ」
「何か、本当は夢じゃなくて化けて出たみたいね」
「俺もそう思う」
俺は淹れ直したのに放置をしたせいか、冷えてしまったお茶をまた飲んだ。
「その夢の中で渚はとんでもないことも言ってたな」
「何て?」
今の杏の顔は懐かしむ様な、そんな感じだった。たぶん、俺も今はそんな顔をしてるんだろうな。
「私のことは忘れて、杏と結婚しちゃえー、とか?」
「ぶはっ」
俺は直感で感じた。
ーたぶん今、雰囲気が壊れたー
まあ、良いけどな。
杏の顔は赤く染まって行く、リンゴになるのも時間の問題なんじゃなかろうか。
グングンと赤くなって行く。
「馬鹿じゃないの!?」
「あ、俺もおんなじ反応したわ」
「本当に馬鹿なんじゃないの!?」
「だよなー」
とりあえずの同意。
「さて、旨い飯も食い終わったし、そろそろお開きにするか。昼飯、ありがとな」
俺は立ち上がって、急須と自分の茶碗をキッチンに持っていった。
「そうね……」
藤林杏の赤面はまだ直らない。
だが、そのまま杏は帰っていった。
事故るなよー。
俺は心の中で呟いた。
風邪引いた……
今回は杏編です