チュンチュン、と朝らしいスズメの鳴き声を聞きつつ、俺は目覚めた。
まだ覚醒しきっていないまま、よろよろと台所へと向かう。
台所からは味噌の匂いが漂い、俺の空腹感を一気に呼び起こさせた。
……は?
いやいや、何で味噌の匂い?
ぼんやりとした意識が一度に覚醒した。
「へ……ことみっ!?」
台所にはことみが立っていて、味噌汁をお玉で混ぜていた。
「あ、朋也くん。おはようございます」
「ああ、おはよう」
いや、そうじゃなくて。
「何でことみが朝飯作ってんだ?」
「朋也くんはぐっすり寝てたし、私もお腹が減ったから?」
「何で疑問系なんだよ……」
まあ、別にいいか。
「よし、んじゃ朝飯は任せた」
「うん、任されたの」
ことみは気合いを入れ直して朝飯へと向かった。
その時、ピンポーンと玄関の呼び鈴がなった。
「誰だ?」と少し怪しく思いつつも、俺は玄関の扉を開けた。
「おはよう、岡崎」
智代だった。
「おう、智代か」
そう言えば、約束していたな。
俺がそんなことを考えていると、智代は玄関にある靴を見たり、部屋に漂う匂いを嗅いでは、こんなことを言った。
「ん?岡崎の他に誰かいるのか?」
「ああ、ことみがいるぞ」
「同棲してるのかっ!?」
智代は「聞いてないぞ」と小さく呟く。
そりゃそうだ、んなもんは事実でもなんでもない。
「ちげえよ、昨日泊めたんだよ。大分遅くなっちまったからな」
「そ、そうか」
「ああ」
とりあえず、朝飯だな。
「ごめんなさい、智代ちゃんの分は用意してなかったの。私の分で良ければ食べる?」
「いや、私はそもそも済ませているし気にするな、一ノ瀬さんは遠慮せず自分の分を食べてくれ」
ことみはそっか、と納得して黙々と食べ始めた。
俺も、いただいますっと。
白米、なめこの味噌汁、それに卵焼き………ふとした疑問なんだが、材料はどうしたんだろうか。昨日は疲れてて気にしなかったが、おかしいぞ。
「朋也くんは一人暮らしだから、代わりに作ってあげようって、近くのスーパーで買ってきたの」
なるほどな。
味?もちろん美味しかった。
温かい飯ってのは良いもんだ。
「それで、どうして智代ちゃんが朋也くんの家に来たの?」
俺が食器を片付けてる時に、ことみは智代に切り出した。
「ん?ああ、今日は汐ちゃんに会いに行くんだよ。岡崎は正気に戻ってから数週間も経ったと言うのに、まだ会ってないらしいんだ」
智代はやれやれ、と言った口調で言う。
「それは酷いの」
「だろう?私もそれでも父親か?と思った程だ。第一、子を義父母に預けること自体おかしいだろう」
ことみはコクコクと頷く。
正直、すんごく居づらい。
事実だから逃げるに逃げれねえしな。
「はぁ…」「はぁ…」
二人とも、溜め息吐きながらこっち見んな。
はぁ……。
「ことみも行くか?」
「当然なの」
ことみはグッと決意を見せる。
「そうか。よし、鍵閉めてっと」
ことみの様な事例の再発防止のためだ。
あと来てないのって言ったら、有紀寧に春原妹の芽衣、あと春原自身くらいか。
藤林妹はこの前杏と一緒に来てたな。そういや、俺とほとんど同年代で結婚したのは藤林妹だけだったな。
……てか、なんでまた智代にせよ杏にせよ、相手いないんだか。かなりの美人だし、ちょっと荒れてるところさえなけりゃ素敵な女性だろうに。
ことみ?アイツに合わせられる奴は珍しいからな、仕方ないと思う。
そんなこんなで古河家前にたどり着いた訳ですが、
「ふぅ……はぁ……」
やべぇ、すげえ緊張だ。
汐発覚時並みに緊張するぜ。
「仕方ないな」
智代は俺の緊張を他所に、勝手に店の玄関を開けた。
「ちょっ」
「いつまでウジウジしてるつもりだ、岡崎」
「そうなの、前の朋也くんならそんなことなかったの」
ことみ、論点ずれてる。
つーか、前ってどのくらい前の話だよ、お前との仲ってずっと前にもあったこと忘れてないか?
「高校で始めて声を掛けてくれた時のこと?」
いや、聞くなってば。
お前の答えはお前しかわかんねえよ。
「いつまで漫才してる気だ?」
後ろには赤髪のおっさんが立っていた。
バット片手ってことは、また野球してたな。
「客じゃねえなら帰れ……とは言わねえが、少なくともそこは邪魔だからとりあえず家に入れ」
おっさんは俺らを避けて先に入り、
「早苗、茶をくれ。あと三人来たぞ」
「はーい」
……ちっとも変わってねえな、此処は。
おっさんの姿、早苗さんの声、家の雰囲気、何もかも俺が初めて来たときと変わりがな……違うな、渚がいないって点は少なくとも違うか。
横目で今日の早苗さん特製パンを見てみた。
【ヒトデパン】150円。
見た目が星形の単なるパンなのか?
……見覚えがあるような気がしたのは気のせいだろう。そうに違いない。いや、そう信じたい。
「あらあら、朋也さんじゃないですか」
少し呆気にとられすぎたのか、早苗さんが奥からやって来た。
「お久しぶり……でも無いですよね。汐に会いに来ました」
俺の言葉が意外だったのか、早苗さんは少し止まった。
「なあ、岡崎」
「大丈夫、早苗さんはいつもこんな感じだ」
「そうか……」
智代、このくらいで動揺するとは情けない。
「………」
トテトテと奥から小さな女の子が来た。
一瞬、渚が見えた気がした。……まさしくアイツの娘だな、俺は確信するよ。ちげえねえ。ここまで似てて勘違いでした、は無いな。
「汐、パパだぞ」
「ぱぱ?」
「そうだ、汐のパパだ」
俺ははっきりと告げた。
もう逃げない。
俺は渚と約束して決心したんだ。
ゆっくりと汐に近づいた。
汐はビクッと怯えて、後ろに下がっていく。
「岡崎……」
「ま、しゃあないよな。今までろくに相手してなかったんだから」
俺は汐に近づくのを止め、智代の方を振り向いた。
お茶うめえ。
妖怪の名前じゃねえぞ?
「ホッとしてる場合かっ」
「お茶、美味しいの」
「一ノ瀬さんもかっ!!」
良いじゃねえか、会えるだけでも進歩だぜ?
前なら会うことすら嫌ってた。
「汐、おいで」
チョイチョイと手で合図してみる。
「はァ……駄目駄目だな。汐、来な」
今度はおっさんがチョイチョイと手で合図した。
汐はコク、と頷いておっさんの方に行った。
「見たか」
ドヤ顔で返されるが、何も感じないね。
「年月の差だろうが。しかもやってること同じだし」
「その年月の差を作ったのはお前だろ?」
「……まあな」
「汐はこの通り、お前にゃなついちゃいねえ。そりゃ会えば相手はしてくれねぇし、目を背けられる。この位の子供ってのはそういうのに敏感だ。嫌われてると思っても仕方ねえよな」
「……ああ」
「んで、今さら汐に会いに来て、何のつもりだ?」
おっさんの目は渚の過去を語ったり、結婚の話をしたときみたいに真剣だった。
生半可な答えじゃ認めない、と言うような強い瞳。
俺も意思を強く持ち、おっさんを見返した。
「まずは会いに来た、そして謝りに来た」
「それだけか?」
「ああ」
許してもらえなくても良い、自己満足なだけかもしれねえ。でも、俺は汐に、そしておっさんと早苗さんに謝んなきゃならねえ。
「……ったく、女に尻叩かれて来たにしては良い目じゃねえか」
「お見通しかよ」
「たりめえだ、こういうのは普通、一人で来るもんだからな。そうじゃねえなら、十中八九その連れてる奴が大元だろ」
おっさんはいつものチャラけた感じに戻った。
「まあな、智代に言われて決めたことだ」
「智代さんね……」
「む、どうかされたか?」
「いや、馬鹿の世話焼かせて悪かった。義理とは言え、コイツの親父になっちまったからな、礼を言うぜ」
おっさんは深々と頭を下げた。
「いや、それこそ気にしないで欲しい、私はしたいことをしただけだ」
頭をあげたおっさんはこっちを見た。
「朋也、良い友達持ったじゃねえか」
「……まあな」
「んで、そこのことみさん……だっけか、はどうして来たんだ?もしかして、二人に言われたのか?」
「いや、昨日家に泊めて、そのままって流れだ」
おっさんは茶碗を落として、硬直した。
良かった、落とした先が机で。しかも、飲み切った後で。茶碗も欠けてねえし。
だが、汐はそれでもビクッと怯えておっさんから離れて早苗さんのいる台所の方にトタトタと走っていった。
「はぁっ!?おまっ、家に泊めたっ!?」
「ああ、深夜十一時回ってたしな、送るにも遠いし、渚の布団とかあったし」
「……シてねえだろうな?」
「するか馬鹿」
急に何を言いやがる、セクハラだぞ。
「渚ともそんなこと言いつつデキてたじゃねえか」
「それとこれとは話が別だろっ!!」
「岡崎、本当だろうな?」
智代、頼むから殺気を出すな、お前の場合洒落にならないから。
「本当だ」
「そうなの?」
ことみ、頼むから掻き回さないでくれ。
修羅場じみたその場を冷静に戻してくれたのは、早苗さんの用意してくれた昼飯だった。
ありがとう、早苗さん。
昼飯後、俺はおっさんに呼ばれて二階へと行った。
「とりあえず、これからどうする」
「汐のことだな」
「ああ」
「引き取るにしても俺は仕事があるから、昼間の面倒を見ることが出来ない、だから出来ればこの状態を続けたい」
おっさんは俺の頭をポカッと殴った。
「お前、娘の歳も忘れたのか?」
「歳?五歳だろ?」
「そうだ、五歳っつーと幼稚園やら保育園に入れるじゃねえか」
「あ……」
そういや、杏も言ってたな。私の幼稚園に来た、だのなんだのって。
「だから、お前が面倒見れねえ時間は幼稚園だのに任せりゃ良いんだよ」
「すっかり忘れてた」
「はァ……だがな、まだ汐はお前になついちゃいないしな、あんまし知らない奴、しかも嫌われてると思ってる奴の家で突然過ごすってのも難だろう、もうしばらくは続けてやってもいい」
「本当か!?」
「あくまで汐のためだ。そうだな、期限は一ヶ月ってことにしといてやるか、それまでに汐と仲良くなれ」
一ヶ月か、長くも短いな。
「……分かった」
おっさんはタバコに火をつけ始めた。
「ふぅ、一旦これで決着だな。……お前も吸うか?」
「いや、正気に戻ってから辞めたんだ」
「そうかい……ハァ」
おっさんを残して俺は下に降りた。
下では汐がことみと楽しそうに遊んでいた。それを智代と早苗さんが離れて見ている。
「岡崎、話は終わったか?」
「ああ、バッチリだ」
「そうか」
智代は満足気に頷いた。
「朋也さん」
智代との話の終わりに早苗さんが話し掛けてくる。
「何ですか?」
「あの娘はまだ小さいです、だからお父さんの存在って必要なんです。遅れはしっかり取り戻して下さいね」
「……はい」
今度は俺が頷く。
「汐」と、一言声を掛けてみる。
ビクッと怯えながら、こっちを見てくれた。
今はこれでも良い。
でも、一ヶ月以内に確実に親子になってやる。
「なに?」
「ごめんな」
「なにが?」
「全部だ、今までの全て」
「すべて?」
「ああ」
理解出来てなくても良い、ひとまず俺の目的は達成出来た。
ふと掛け時計を見ると、七時を過ぎていた頃「夕食はいかがですか?」という早苗さんの提案に甘えた俺たちは夕食を八時には済ませ、帰ることにした。
「また来て下さいね」
「ああ、はい」
早苗さんに智代が答え、
「一ヶ月だぞ、一ヶ月」
「分かってるよ」
おっさんには俺が返す、
「ばいばい」
「またね、なの」
そして、汐にはことみが応じた。
道なりに進んでいくと、
「私はここで、ではまたな」
と言われ、智代とは別れた。
背中にありがとな、と告げた。
ことみは、と言うと何故かことみ宅に向かわず、俺の家まで来た。
「鍵、忘れちゃったの」
「どこに」
「朋也くんの家」
さいですか。
もちろん、ことみにはちゃんと帰らせました。
またおっさんにあんなこと言われるのは御免だからな。
「ところで、ことみはいつまで日本にいる気なんだ?」
「?……あ、何も言わずに来ちゃったの」
「はぁ!?……お前、世界的科学者だよな?」
「?」
「今回、俺は答えを知らないからな」
「むう……朋也くんイジワル」
「普通だ」
その後、ニュースにて大々的に捜索願が出されていた。
オイオイ……。
久々の投稿です。
約一年も、遅れてすみませんでした。
データは大分昔に出来ていたのですが……いえ、忘れてたとかでは……
今回は朋也が汐との間に出来た距離を再確認、そして修復を決心する話です。
微妙な距離感、そして修復する作戦。
未熟者の私には難しい課題ですが、なんとか描きたいと思っています。