勝手口に止めてあるシルバーのバンのキーを俺が持っていたのは、幸いだった。冬の山荘を根城にするには、暖をとるための燃料と食料が不可欠なのだ。物資や人員の輸送に適したバンは俺の担当で。都合のいい使いっぱしりみたいな扱いだったが、今はそれも感謝してる。
「よし、もう出すからな!」
撃ったこともないピストルで喧嘩するより、慣れた車で山を下っちまった方がいい。やっぱり誘拐なんかするべきじゃなかったんだ。そして、俺も親父の言うことを聞いて家業を大人しく継いでりゃよかったんだ。
「恩に着るぜ、相棒!」
見捨てるようで悪いが、こっちはテロリスト御用達の運び屋。戦力として数えられても困るってもんさ。
道は一本。出口は1つ。仕事仲間のルキウスとサグラモールは本名も知れねぇ怪しさ満載の変態だが、腕は確かだ。
「積み荷にあるカラシニコフとトカレフ、どっちも好きに使いやがれ!」
<シルバーのバンが裏手に隠してあった。>
マルコーさんの報告に銃を握る手に力が入る。“ここから誰一人として逃がすな”そういう作戦だ。ガレージに突入するエルザの援護を命じられて、私たちはその役目を果たした。そして、私たちのもう1つの任務は敵を外へ逃がさないための壁である。車も人も誰一人として生かして外に出すわけにはいかないのだ。
車の音がする。悲鳴と銃声の響く館の外でエンジンの音がする。
<リコも援護する、確実に仕留めろ。>
「了解…。」
連続して車を叩く音がする。ライトをハイビームにしてアクセルを踏み込む。どうってことない距離なのに。酷くゆっくりに感じた。怖い。怖い。なぜ、こんなことに。悲鳴と銃声が頭から離れない。
「うぁああああっ!!!」
どうして、俺はこんなことをしているのだろう。ゴンドラ職人の親父と喧嘩して飛び出して。とにかく伝統とか決まり事とかに反逆したくて。型に嵌められてしまうような“普通”じゃなくて、何か大きなことを成し遂げたかった。…バカだなぁ。俺は、結局のところ何もわかっちゃいなかったんだ。今になって悔やんだって何も変わらない。日曜日のミサに参加する以外に親父は毎日毎日ゴンドラを作る。しかし、親父の作るパスタは美味しかった。お袋の作るスープは味が薄くて、俺たちは横から調味料を勝手に足してしまうのだ。お袋は健康マニアで“病気になるぞ”等と笑いながら文句を言う。
こんな状況で思い出すのが、こんな“普通”の毎日だなんて。塗料と木材の臭いが染み付いた作業着。行き交う船を見て満足そうに笑う親父。あの人は、決してつまらない人じゃなかった。俺のことを自分のことのように喜び悲しんでくれるお袋。あの人を泣かせて俺は飛び出したんだ。
…いつの間にか車は止まっていた。
黒い棒のようなナニかを抱えた少女が駆け寄ってくる。これは報いだろう。バカな俺は結局のところ誰かを傷つけることでしか自分を確立できなかったんだ。
…あぁ、俺が死んだことを知ったら二人は泣くだろうか。“ごめんね”“ありがとう”この二つが言えなかったことだけが、心残りだ。