…スーツ姿のルーマニア人が出ていった。
「どういうことだ。俺はそんなことを許した覚えはないぞ!」
耄碌しちまった少尉が叫ぶ。ルーマニアは革命によってチャウシェスク政権が崩壊した。秘密警察【セクリターテ】の人員として育成されていた施設の子供達。洗脳が甘い“優秀”でない子供や行く宛のないセクリターテを勧誘し、兵隊にしたのだ。
「怒るな、少尉。」
ルーマニアは、枢軸国であった。困窮と絶望に苦しむ彼らにとって少尉の名前は魔法の呪文だった。
「お前、俺の名前を使っただろう!」
少尉の名前は便利だ。武器も人も金も思い通りに動く。
「さて、なんのことか。…あぁ、君の子供達は元気だから安心してほしい。」
赤いプロイセン軍の面々には色々と特別な配慮をしている。彼らは少尉に対する足枷として有効だ。
「それは、脅しか?若造よ。」
「事実だよ。事実。」
少尉は銃を抜かない。わかっているからだ。自分が力を持ちすぎたことを理解しているからだ。ここは、お前の知っているシマじゃない。ここは、俺のシマだ。
「…失礼するよ、青年。次はもっと愉快な話ができるといいな。」
…“変わらないものなどないのだ”数十年も昔に聞いたアジアの宗教者の言葉を思い出す。夕日に照らされる町並み。自分がいた頃より小さく思えた。空き家が増えた。知っている船が見当たらなくなった。畑が草に覆われている。
いっそ、縛り首にでもしてもらえばいいんじゃないだろうか。己の名前が世界中で誰かを殺し続けるなら、海賊のように晒されればいい。
ただ、死に際に見るならローマなんかよりも寂れた故郷がいい。…なんだ、俺も海賊を笑えないくらいに欲深いじゃないか。
若い軍曹が走りよってくる。カラシニコフなんかより恋愛小説を持ち歩いていそうな乙女である。
「少尉、L3を見ました。この街、どう見ても普通じゃありません。」
…L3?イタリア王国軍の開発した豆戦車のL3は、大量に作られた戦車であり、ドイツにも輸入された頼もしい味方だった。しかし、もう半世紀以上も昔の車両だ。
「見間違いじゃないのか?」
信じたくはない。俺は死に場所として故郷を選んだのであって、流血を望んでいる訳じゃない。
「いいえ、見間違いなどではありません。船から陸揚げされて自走していったので足跡も残っています。それに私は聞きました。怪しげな船乗りたちの噂を。絶対に何かがあります。」
…異常。何かがおかしい。俺が必死に目をそらしていた部分を不安に揺れながらも報告しに来た。
「…わかった。俺も変だとは感じていたんだ。後で話を聞いてくるよ。だが、軽挙妄動は慎めよ。マフィアってのは軍隊よりも圧倒的に面倒臭い連中なのだから。」
あぁ、俺も汚い男だな。