ええ、なにこれ?いざ、『扉渡り』で飛んでったであろうベアトリスを勇足で探そうとした俺の前に現れたあまりの光景に呆気に取られた俺は念のためロズワールを確認する。するとそこには顔を下に向けて必死に笑いを堪えるロズワールがそこにはいた。
あの反応を見るに多分『扉渡り』は発動してたんだろうけどランダムで飛んだらここに戻ってきたって感じか?ええ、なにそれ……。わざとやってんのか?本気でやってんだったら賢者ぶってるだけのただの間抜けになるよ。念のため目を擦りもう一度確認する。しかし、現実は変わらず『禁書庫』の光景が広がっていた。後、なんでドアを開けたのに気づかねぇんだよあれか?俺の間抜け面を拝むことに頭がいっぱいになってて気づかないってか。
「くく、アイツきっと今頃涙目になってるかしら」
やめようね、この事実に気づいたお前自身が涙目になるから。
「一回だけしか間違えちゃダメなんて意地が悪すぎたかしら。仮に見つかったとしても少なくとも数時間はかかるはず。ま、もっとも遅れてきたあいつが悪いから同情の余地はないかしら」
うん、俺も意地が悪いことしてるよ。こんな間抜けな大精霊を間近で見てるんだから。
「にしても、間近でアイツの悔しがる顔が見れないのは残念かしら。ま、半日くらい経ったら声をかけてやるのよ。にしても、泣いてたらどう慰めてやろうかしら。憐れみの目で見ながら『誰だって間違いや挫折くらいあるのよ。ま、もっとも、人探しひとつできないお前じゃ先が知れるのよ』って言ってやるのよ。想像しただけで……ププーなのよ」
ああ、そうだよ、ププーだよ。俺もロズワールもクリンドもお前の道化ぶりに今にも吹き出しそうだよ。普段のエピタフの時より道化してるってある意味才能だよ。これ狙ってるよね?笑っちゃってもいいよね?
「さてと、ベティーは適当に本でも読んで……。って、中々高いところにあるのよ。取りにくいったらありゃしない」
お、このタイミングでいいんじゃね?でも、どうすんの?メッチャ声掛けずれぇよ。だって、メッチャ自信満々だもの!そう思う心とは裏腹にニヤけ続ける自身の顔を抑えながら後ろに振り返り転げ回る寸前のロズワールに向けてハンドサインもどきのようなもので意思疎通を計かる。内容を理解したのか声を殺して笑い続けながらGOサインをだした。
『禁書庫』に入ったという感動以上に込み上げてくる笑いを必死に堪えながら一歩一歩踏み締めていき、ベアトリスの隣に立ちそして、背伸びをした。10歳にしては背が高めだったことが幸いだったためあっさりと本は取れた。
「ベアトリス様、こちらでよろしいでしょうか?」
「あら、気がきくかしら。この調子で頑張る……か…し…ら」
俺の存在に気づいたベアトリスが目を見開き凍りついた。
「お、おおお、お前!いつからそこにいたのよ!」
「えっと、『ムフフ、探しても探してもベティーのことを見つけられないアイツのことを笑う準備をしてやるかしら』あたりからずっと見てましたね、ロズワール様と一緒に」
「!まさか、ロズワールの奴を頼ったのかしら!?」
「いえ、俺の後ろを見てください」
そういうと同時に俺はベアトリスの目線から外れた。すると、
「な、なぁっ!」
『抱腹絶倒』まさにその言葉がよく似合うほど笑い若干過呼吸気味のロズワールとクリンドがそこにはいた。それを見て自分の『扉渡り』が元いた場所に戻っていることを悟ったベアトリス。それが理由なのか俺の姿を視認した時とは青かった顔が真逆の真っ赤に染まった。
うーむ、流石に嗤えrじゃなくて可哀想だなぁ。仕方ない、フォローしてやるか。
「ベアトリス様」
俺が声をかけるとベアトリスはビクッと肩を震わせ錆びついた人形のように振り返る。そんな、ベアトリスに俺は一言。
「その顔、リンガみたいで素敵だね(笑)」
「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ちょっ!落ち着いてください!叩かないでくださいベアトリス様!」
「殺す!お前を殺してみんなも殺すかしら!」
「「アハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」」
「ロズワールゥゥゥ!!クリンドォォォォ!!お前ら、あとで二人とも本当に覚悟しておくといいのよ!!」
「ちょっ、二人とも笑わない…クク、アハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
二人の笑い声に俺も誘爆して吹き出してしまう。そんな様子を見たベアトリスは若干目に涙目になりながらさらに顔を赤くして先程以上の声で叫んだ。
「笑うなあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
この日、ロズワール邸にて幼女の絶叫と男数人の笑い声があたりに響き渡った。後、屋敷の一画が崩壊した。
◇
あれから30分ほどたち、《ベアトリス、扉渡り失敗事件〜ロズワール邸の仲良しなみんなの笑い声を添えて〜》という悪夢のような事件が終わった。食堂の屋敷がある意味少し広くなったなどの被害を除けば負傷者ゼロなどある意味奇跡だったなぁと思えた。え?終わったのに今何してるかって?それはね。
「あ、あのぉ、ベアトリス様?」
「……ふん!」
ベアトリスを必死に宥めてます。はぁ、面倒さい。ていうか、
「そんな、拗ねないでくださいよ。ほら、ロズワール様からもなんか言ってくださいな」
「くくく、でも、誰だってあんなの見せられたら腹抱えて笑うってもんだとは思わないかぁい?」
まぁ、確かにね。実際に俺も笑ってたわけだし。内心納得しながらも後ろから漂う雰囲気が悪化したことを察した俺はジトっとした目でロズワールを見る。すると、ロズワールは観念したかのように手を挙げた。
「わぁかった、わかった、笑って悪かったぁよベアトリス。ほら、クリンドも謝ろぉうじゃないか」
「はい、申し訳ありませんでしたベアトリス様。反省」
ロズワールに言われると申し訳なさそうな雰囲気を漂わせながらクリンドは頭を下げた。そんな様子を見ていたベアトリスはふと、ため息を漏らすとスッと立ち上がりこちらを見据えた。
「いいのよ、不服だけど今回はベティーの誤った『扉渡り』の調整を行なったが故に起きた事件なのよ。だから、今回は特別に許してやるのよ」
どうやら、許してもらったらしい。思いの外あっさりと許されたため安心していると。
「じゃあ、ベティーは帰るのよ」
そう言って踵を返して『禁書庫』の中に帰ろうとした。え、いやいや待て待て。
「待ってください、ベアトリス様」
「なんなのよ。あんまり、しつこいと吹き飛ばすのよ」
先程の一件でイライラしているのか、発言の一つ一つにどこか怒気を帯びているような気がした。おいおい、マジで覚えてないのか?少し、呆れているとロズワールが後ろから援護してくれた。
「おぉやおや、何、弟子を置いて帰ろうとしてるんだぁい?ベアトリス」
「はぁ?弟子ぃ?こいつが?ハッ、とうとうボケたかしら?ロズワール」
「それはこっちのセリフだぁよ。君は先程『今からベアトリスが隠れ、そして隠れたベアトリスを見つける』これを条件に弟子に向かえると言ってたじゃぁないか」
「あ」
「その様子だと、忘れていたようだぁね」
最後の言葉にどこか呆れを含ませながらベアトリスの俺の弟子入りの条件を引き出し、それを達成したことを告げた。しかし、
「あ、あれは、『扉渡り』の不調が理由であってベティーにはなんの問題もなかったかしら」
「ベアトリス、君はなぁに言ってるんだい?君の発動させた術式である以上君の責任だぁろう?仮に、君に非がなかったとしても。それでも見つかった、という事実には変わりないだろう?そぉれとも?君ほどの大精霊が契約ではなかったとは言え約束を反故すると言うのかい?」
「ムググググググ」
なんとか、先程のことを無かったことにしようとするベアトリスの言い分をことごとく論破していく。ていうか、どんだけ弟子を取りたくないんだよ。仕方ない、強くはなりたいけどこれ以上は時間の無駄だしね。
「あの、ロズワール様。もう大丈夫です」
「いいのかい?」
「はい、これ以上ベアトリス様に迷惑をかけるわけにもいかないので」
「はあ、わかったぁよ。じゃあ、お疲れ様、明日は遅刻しないよぉに」
「はい、本日はありがとうございました」
俺はそう言うと先程よりも風通しの良くなった食堂を今度こそ後にすべくベアトリスの横を通り過ぎてドアに手をかける。すると、
「おい、待つのよ」
どういうわけか呼び止められた。おいおい、勘弁してくれ。権能を使って分裂できない以上、これ以上は時間の無駄なんだよ。
内心、殺意が芽生えながらも聞くだけ聞こうとベアトリスのほうを見る。
「なんでしょうか?」
「もう一度、もう一度だけ、さっきと同じ条件をクリアしたら弟子入りを許可するのよ」
は?どゆこと?ベアトリスの発言に疑問を覚えていると。
「おやぁ?どうゆう風の吹き回しだい?ベアトリス?」
「ふん、このままだとベアトリスの名に傷がつくそう思っただけなのよ」
ああ、なるほどね。つまり、自身の沽券に関わるから今さっきの言葉を撤回したってわけね。ということは、
「もう一度、機会を頂けると?」
「そうなのよ」
不服そうにどこか上から目線で語りかけるベアトリスを見て、少し、というかだいぶ釈然しない気持ちになった。まあ、でも。
「は、はい!よろしくお願いします!」
これに乗らない手はないな。
「じゃあ、さっきと同じようにベティーが扉を閉めたら開始なのよ。今回は自動で発動している『扉渡り』に座標を選ばせるのではなくベティー自らが隠れる場所の座標を決めて発動させる。さっきとは比にならないほど見つけるのは困難になる。それでもやるかしら?」
「もちろんです」
「ふん、じゃあ初め、なのよ」
そう言うとベアトリスはドアを閉めた。俺はその後を追うようにドアを開ける。するとそこには先程あった『禁書庫』は消え失せ遠くまで続く廊下とドアが目の前に広がっていた。いやいや、待て待て。庭からこっち来る時とは違う場所に移ると思ったけどドアの数が予想の三倍は多いよ?見つけんの無理くさくね?
少し、目の前の光景にゲンナリしながらも一個一個ドアに触れどのドアを開けるか考え続ける。その度にこの弟子入り条件の無理ゲーっぷりに文句が頭によぎる。見つけるために二つ三つほど思いつく。
一つ目、権能を使い見つける。当然だが論外。ベアトリスを作ったのは『強欲の魔女』と呼ばれているエキドナである。今でさえ、ギリギリ気付かれていないというのにこれ以上魔女因子を用いて、権能を使えば流石にバレる。
二つ目、魔力を用いて見つける。これは一つ目よりはマシな案であるがほぼ不可能だと思っている。そもそも、見つけ方についてなのだがここ4年の間に習得した週刊少年ジャンプで絶賛不定期連載中のある意味伝説の漫画を参考にした技を使用する。やり方はシンプルで本来人間が体の周囲数ミリ〜数センチくらいの間隔でまとっている魔力の間隔を故意的に広げることで、魔力の範囲内に入ったものの形や動きを察知できるようになるという技術。これはだいぶ便利でエピタフのころは魔力が尽きるまでの間常時発動させ続けていた。魔法などの反応に特に敏感なのだが流石にベアトリスが彼らに対する対策を練っていないとは考えにくい。現に発動させているが一切の反応がない。
うーん、ある程度、考えてみたがどれもあまりいい案とは言えないなぁ。ちくせう。もうここはあれだ、勘でいこう。
「せい」
ドアを開ける。不発。はいぃぃぃぃ!詰みがほぼ確定しましたね!やばいなぁこれ。だったらもう、これしかない。え?方法?やり方は単純かつシンプル。ただひたすらベアトリスのやりそうなことを思い深い思考の海に浸り集中する。
すると、頭の片隅にふとある出来事が思い浮かぶ。2年前、いつものように自分同士で殺し合いを続けていた時のこと、あの時一瞬だけこの行動をとったら死ぬと思えた瞬間があった。勘だけであれば流石に気のせいで流せたが今思うとその時の『死』の形までイメージできていて、実際にその通りの行動をとって死んだ。当時は死に慣れていなかったため忘れていたが、今は……。そう思いドア触れる。すると、頭にドアを開けた先には『禁書庫』が存在せずそれを知った俺は膝から崩れ落ちる、というイメージが浮かんだ。なんだこれ?そう思い他のドアにも触れる。すると、また同じイメージが頭に浮かんだ。
まさか、いや間違いない。どれが正解か間違いなのか答えが見えている。いやいや、待て、あり得ないだろ。俺は似たような能力を前世の漫画で見たことがある。それは『金色のガッシュ』と言う漫画に登場する能力である『アンサートーカー』という能力である。
『アンサートーカー』とはどんな状況や疑問、謎でも、瞬時に「答え」を出せる能力。仮に戦闘中ならば、どのようにしたら相手に攻撃を当てられるか、どのようにしたら相手の攻撃をよけられるかなどの「答え」が出せる。本家本元の答えを出すスピード、答えの精度の高さは某仮面の反逆者や新世界の神、やる気の無い忍者やモンキー顔の大泥棒でさえアンサー・トーカーには敵わない、といったほどだ。流石に本家本元と比べれば精度は落ちているはずだと考えられる。
だが、あり得るのか?そんな御伽噺のような能力が。一応、バレない程度に権能を使い確かめたが権能由来のものではないことがわかる。では、何故?そう思った瞬間、理由がすぐに浮かんだ。理由は大雑把であったが何十何百何千回と死に続け生存本能が自衛のために生み出した能力らしい。本当か?と疑問に思ったがそれ以上にこのタイミングでこの能力はありがたい。そう思い、俺は片っ端からドアに触れる。20を超えたあたりでようやく『当たり』のイメージが浮かんだ。半信半疑になりながらもドアを開ける。すると、
「見つけました」
「そうなのよ、この勝負お前の勝ちかしら。全く腹立たしいなのよ」
そこには顔を歪めたベアトリスがそこにはいた。当たった、つまりこの能力は本物だ。新たに得た能力に内心狂喜乱舞しながらもベアトリスに念のため問う。
「では、これよりあなたの弟子、ということでよろしいのでしょうか?」
「当たり前なのよ。ここでさっきの話は無しにするほどベティーは恥知らずじゃあないかしら。望み通り、お前は今日からベティーの弟子なのよ」
その答えに俺はガッツポーズをして喜んだ。やべぇ、素直に嬉しい。このまま、魔法の扱い方など様々なことを聞くべく『禁書庫』に足を踏み入れようとしたがひどい頭痛に襲われた。何事かと思い考えるとすぐに答えは出た。理由はアンサートーカーもどきの乱用で脳がオーバフローしていた。元々、無意識下で使用していたらしいが少し無理して意識して使った結果、脳に負荷がかかったらしい。ていうか、痛いって思ったの久しぶりだな。痛みには慣れたつもりだったんだけどなぁ。少し他人行儀に自身の状態を考えて今はまだベアトリスから魔法を学ぶべき時ではないと悟る。
「申し訳ありません、ベアトリス様。私は今こちらに来てから頭痛がひどくて魔法の授業はまた今度ということにしていただけませんか?」
「……まあ、いいのよ。この条件をクリアした褒美なのよ」
「ありがとうございます、ベアトリス様。いや、先生!」
「ッ!」
「では、失礼します!」
俺はそう言うと禁書庫を抜け出し自身の部屋に戻り、頭痛に悩まされながらも眠りについた。
◇
「ベティーが、先生?そんな風に呼ばれる日が来るとは思わなかったのよ……」
どこか遠くを見るように呟く。そして腕を伸ばし、脚立の反対側――いつも彼女の座る足掛けとは対面の足掛けから、乗せていた本を抜き取り、掻き抱く。
「お母様、ベティーはどうすればよいのですか……」
縋るように、迷子の子供のように、抱いた本を胸に抱えて、ベアトリスの小さな声が静かな禁書庫に響き渡る。
腕に抱かれる黒い装丁の本は、彼女になにも答えてくれなかった。
あけましておめでとうございます。