動く船は確実に前に進んでいることを感じさせる。隣を泳ぐカモメ達をどかして先導する姿は傲慢に見える。木造の船をばんばんと波打つも動じないこの連絡便には何故か大砲が置かれていた跡が残っていた。もしかしたらこの船は昔は大海原でのモンスターの討伐に使われていたのかもしれない。
メイリンは今までのが思い出したかのように疲れが噴き出し船上で寝込んでいた。道中で食べたスイーツと少し前に食べたおにぎりだけでは心足りずこれ以上の消耗は彼には許されていなかった。
船に乗っている者達は大半が乗組員と今回初めてのメイリンには分からぬことだが不思議に感じていた。連絡便だからだろうか?曖昧で不確定な理由を植え付けてそれを自分自身で鵜呑みにした。後は特段気にすることもない一般人。メイリンの目には映らない。彼の目に映るのはあの老人のような圧倒的な強者達。此処にはそれが居ない。
メイリンはこの船に乗る際にそれを感じれなかったことだけが今も深く印象に、残念に思っている。だがメイリンの目に映らないだけで実際にこの船には幾人かのハンターが搭乗しているのだが実力はメイリン程ではなかった。彼の目に映らないとはそういうことだ。
「あの坊主、こんだけ船が揺れているのに起きる様子もねーな…感覚イカれちまってんのか?」
「昨日乗ってからあれだ。余程疲れが溜まってんのかもしれねーぜ」
乗客の男が隣の知り合いらしき人物と会話をしだした。内容はメイリンについて触れており少し観察しながらの随分と曖昧で質素な会話だった。
二人ともハンターのような格好をしており大柄な方がランポスの装備にゲリョスの素材を使われたハンマーを持ち、それよりも小さい男はドスゲネポスの片手剣にケチャワチャの装備を着込んでいる俗に言う“駆け出しハンター”と呼ばれている部類に入る連中だった。彼らが装備に使っている素材の元のモンスター達も初心者用に勧められるものばかりだった。
けれど初心者でも駆け出し者でも分かる。あのメイリンという男は“オーラ”を醸し出している。まるで毒を持つキノコが派手な警戒色で自分は危ないと無言の圧を押す感覚に似た何かを感じる。いや、男達が感じているのはそれよりももっと厄介なもの。あれは毒キノコのように派手な警戒色は持たない。唯一の弱者を寄せ付けない王者のオーラだけが彼の
よっぽど心も知性も持ち合わせない毒キノコの方が親切だった。
「近付きたくねぇな……」
「同感…」
男達は渋々唾を呑み込むと音を立てぬように静かに足取りを船内へと進めた。その理由は単純明快。メイリンから逃げるためである。誰だって空の王者“リオレウス”と対峙すれば並のハンターなら臆病になって逃げてしまう。世間一般的にはそれは正しい判断と評され、この状況でもそのリオレウス同様の評価が付くだろう。この場ではメイリン=リオレウスなのだ。
二人の勇敢で妥当な行動のその後から同じように危機察知能力能力高い人物から船内へ足を進め始め、長年この船に乗ってきた船乗り達も始めてみる嵐外での“船上から人が消える”という事態が発生した。
船乗り達が最初に目につけるのは満場一致で
ただ、この大海原の、船の上ではメイリンから会いに行くのではなく、大抵の場合が“向こう側”から無差別に襲ってくる。
「大変だーっ!!東の方角に飛竜の姿を捉えたぞーっ!!至急!!至急!!」
船中に警鈴と荒々しい切羽詰まった船乗りの怒鳴り声が響いた。その五月蝿さと異様さにメイリンは目を覚ます。
すれば遠くに空をの飛ぶ煌めきが一番に目に入る。一言で言い表せば“黄金が飛んでいる”。
煌めく金塊の集合体は明らか船の何倍もの
「駄目だぁ!!避けられねぇ!!」
黄金が先程までは小粒程度の大きさの筈だったのに気付けばメイリンの目にはくっきりとその細かな輪郭まで全てが映っていた。
千を超える黄金の刃を身に纏い、鋭利な角を生やしてあの空の王者リオレウスと肩を並べる程強力な飛竜。
その巨体は船の上を游ぎ、刃の雨を降らした。床に穴を空けて突き刺さり肉体に浴びた時の恐怖を抱かせた。
そしてその刃の主である飛竜はたった今、メイリンの目の前に降り立った。
その正体は千刃竜“セルレギオス”。
その刹那、メイリンは理解する。
この
好戦的な性格。強きを求める根性。
二人に邪魔は決して入らない。誰もこの
周りの船乗り頑張って感じたのは二体の“モンスター”による命よりも誇らしいプライドと、飽くなき強さを求める思想の衝突であった。
「やろうか」
▽▽▽▽▽
メイリンが望んだのは間違いなくこの状況であった。
地形には多少の不満が残るが
彼は太刀を袋から取り出し抜く。淡い銀を輝かせながら光を鋭く尖らせる。二つの刃を露見させる。
剥き出しの刃がセルレギオスを捉えると彼も臨戦状態に入り鱗の一枚一枚を波のように
そして開始の合図は先程突き刺さったセルレギオスの“刃鱗”の破裂によって打たれた。
ドンッと両者がその場から瞬く間に動くが出遅れたのはメイリンだった。闘ったこともない相手の未知なる攻撃。摩訶不思議な性質に気を取られ先手を相手に譲ってしまう。
セルレギオスはその強靭な翼脚で広範囲に薙ぎ払いを仕掛けるが後から動いた筈のメイリンには命中せず、後ろに下がっていた。
メイリンは強く踏み切り、その刹那にはセルレギオスの懐に潜り込んでいた。天賦の身体能力の凄まじさを露にする。そして船内に逃げ遅れていた船乗りはその瞬間、人生で一度も体験したことの無いものを得たのだった。
なんとも信じがたいことだった。それは“音がメイリンよりも遅くにきたこと”だった。つまりメイリンよりも音の方が遅いということになるがそれは違う。今のでメイリンが音速を、音の壁を破ったことはあり得ないこと。事実、彼が本気で音速を超えようとするのなら出来ない話ではないが今のは確実に違っていた。
では一体何故?それは脳の処理が一瞬、一秒にも満たない程の感じれることの無い時間、脳の情報処理が狂ってしまったのである。脳は一瞬だけメイリンが音速よりも速いと誤認してしまったのである。そしてそれは船乗りに直接伝えられ音が後から聞こえるといった異常な事態が発生したのであった。
その事態が起こったのは船乗りだけではなかった。セルレギオスもその小さな脳で異常事態を引き起こしてしまった。それでも近付いたメイリンに応戦しようと体を動かせたのは飛竜の意地か、はたまた強者として身に付いた反射的行動か。
しかしどれもこれもメイリンに追い付くにはまだ足りなかった。どれも一級品の
メイリンの柄を握る手には大きな反動が返ってくるが音の壁を破らない限り、この程度で済むことは理解している。
けれどもこの
しかし天才メイリン、ここで攻撃せず次の好機を待つほど小さな男ではない。足に重心を掛けて太刀を鞘に一度納める。狙うは先程よりも強烈な一撃【抜刀】を叩き込む。
メイリンは“笑った”。今相手しているのは自分よりも強い存在。もし勝てば自分はもっと強くなれると確信していた。負かしてみたくなった否定してみたくなった。目の前の強者の存在を。闘いの意味はそれぐらいでいい。笑うのは
「俺よりも強いんなら耐えてくれよ、好敵手!!」
その光のような速さでメイリンは直進し、まともに目では追えぬ馬鹿げた速度を保ちながらセルレギオスに近付く。セルレギオスも何もしない訳ではなく、角を振り回すのを中断してまた鱗を靡かせた。正面からメイリンを迎撃するつもりだった。
しかしセルレギオスの前には何処を捜しても標的であるメイリンの姿が無いのだ。在るのは大きく何か打ち付けられた凹んだ舟板。セルレギオスは鱗を靡かせるのを止めた。
次の瞬間、セルレギオスにえもいわれぬ激痛が背からほどばしる。鋭利な刃物が肉体を刺している。セルレギオスに代わって例えるなら電撃。雷が背中に落ちたみたいな痛さ。
セルレギオスは急いで振り返ると自分の背中に太刀を突き立てている消えた筈のメイリンの姿がある。まだあの悪魔の微笑みを浮かべている。
セルレギオスはすぐに全身の鱗を逆立ててメイリンを離れさそうとしたものの、逆立てた鱗達がメイリンに到達する前に彼は自身から太刀を抜いて離れたのだった。誰が見ても今の状況は鱗達の攻撃を耐えて居座ることが線形な判断だった。
けれど彼は発想がイカれている。常人とはかけ離れた“何か”を持っている。天賦の身体能力、凄まじい反射神経、イカれた発想力。並のハンターでは比べ物にならない。
メイリンは羽毛のように音を立てずにセルレギオスの目と鼻の先に着地する。それも背を向けたままの状態で太刀も鞘に納めている。
───圧倒的無防備。警戒心すらも今の彼に在るかどうか怪しい程の危機感ゼロの姿を
油断──?挑発───?罠──?人の思考ならばこれ程深くまで至る。寧ろ警戒心が強まるには仕掛けられた側の人間。“何かがある”と不安でやまない。
ただ仕掛けられた側が人間であればの話であってモンスター達はこれ程“絶好のチャンス”を逃す手はなかった。ピンチはチャンスとはよく言ったものだが“チャンスはピンチにも成りうるのだ。”
セルレギオスの噛みつき攻撃がメイリンの肌に触れようとした瞬間、淡く鈍い光が一直線に目の前を通り顔が熱くなる。顔を垂れている筈の出所不明の液体が物凄い風圧で後ろへ飛ばされてゆく。人間の足元に目をくれてやれば刃が舟板の酷く打ち付けられた。それも鮮血を帯びて。
『─────────ッ⁉️』
目に入る程眉間から溢れ出す液体が口元を伝う。熱いのだ。噴き出す血も生暖かく、気持ち悪い。全身の鱗が鳥肌のように発作的に逆立ちする。あまりにも唐突過ぎる出来事に目を丸くしてしまう。
「んぁ……?ちゃんと見れなかったのか?折角アンタの目の前で魅せてやったのによ…」
メイリンは太刀を抜いて【抜刀】を叩き込んだ。その速度は音の壁を破っていた。
目で追えぬ、音でも感知できず、積み重ねてきた勘も役に立たない現実に
視界がぐらりと途切れそうになるが歯をくいしばって意識を保つ。
セルレギオスは一度、前に自分以上の実力者と殺し合いを交えた事があった。それは嵐を纏う鋼の竜だった。一目で悟る。あれは生物の度を越えている。これと同じ様にあいつらはその枠に収まろうとしない。真の強者とは一定の枠には収まり切らない者達の事だろう。
ただ、今の相手は枠に収まり切ってはいなくても自分よりも遥かに小さい
セルレギオスはその黄金染まる翼をはためかせ、船上に暴風を引き起こしながら空に舞い上がる。既に位置は帆よりも高い場所へ上り詰めている。
「飛ぶなんて…卑怯──」
何か言いかけた言ってはならぬ下品な戯れ言。殺し合いを知らないクソ素人が吐く戯れ言じゃないか。それだけには成り下がりたくない。
だからメイリンはハッキリその言葉を口にした。
「
メイリンはフラりと風に拐われ後ろへ下がると大きく舟板を蹴る。そして宙に金属の一部の何かが僅かに浮かび上がりそれを拾い上げた。
それは古いバリスタ弾であった。錆びて、欠けて、使い古されたモリと偽っても疑いようが無い程、落ちているバリスタ弾。
それをメイリンは拾い上げた。
「俺はコイツを楽しむさ」
またメイリンは不敵な笑みを浮かべている。
読了ありがとうございました。
ようやく本編の導き星の方でもメイリンの出番が来そうなのでこっちも本腰を入れていどむつもりです。