学校の後輩がいつの間にかダメ人間になっていた件 作:タン塩レモンティー
最近、心なしか一色から送られてくるメッセージが多い。まぁ、流れで教えてしまったのが運の尽きだったが。そして、俺が煩わしいと感じないくらいの絶妙なバランスが保たれている。もし狙ってやっているのだとしたら、一色は既に俺の性格や好みを把握しているということであり、中々侮れない。
あざとさどこ行った。……いや、むしろあざといのか。
俺は一色から送られてきたメッセージを改めて確認してみる。そこには、毛布に包まれて、幸せそうな笑顔を浮かべている一色の画像が添付されていた。
全くもって、あざとい女である。
他にも、時々送ってくる少し過激な自撮りも問題だ。流出したりすれば後悔することになるからやめろと言っているのに……
いくら俺が鉄の精神を持っているといっても、所詮は人の身である以上限界があり、最近は少々煩悩が溢れ始めている。
そんな煩悩を少しでも祓うため、俺は初詣に来ていた。残念ながら除夜の鐘をもってしても煩悩を完全に祓うことはできないようだが、聴いていると何故か清らかな気持ちになるので、それなりに効果はあると思っている。
◇
「先輩、お待たせしました!」
一色が小走りで駆け寄ってくる。普段制服なのであまり目立たないが、一色の胸は意外に豊かに見えるので、そこそこ注目を集めていた。
「一色、わざわざ走らなくても俺は逃げないぞ」
「はぁ、はぁ……、で、でも、先輩のこと待たせちゃってましたし、なるべく急がなくちゃって……」
待ち合わせの時間は23時30分だったので確かに遅刻ではあるのだが、5分程度なら誤差の範囲と言える。
イメージとは違って律儀な一色らしいのだが、結果として俺は周囲の男達から敵意を向けられることとなったため、少し複雑な気持ちになった。
「俺もさっき着いたばかりだから。まずは深呼吸しろ」
「は、はい……」
ラジオ体操のようなモーションで深呼吸を始める一色に少し笑いそうになったが、ギリギリ無表情を保つことができた。
最近、どうにも表情が緩みやすくなっている気がしてならない。原因は間違いなく一色だと思うのだが、正直それを認めるのも癪で仕方がなかった。
「ふぅ、あの、ところでお米ちゃんはまだ来てないですか?」
「小町は遅れるってさ」
そう言って、スマホのやり取りを見せる。一色は口角を上げたような気がしたが、気のせいだろう。
「でも、それだと、わたしと先輩二人きりってことになっちゃいますけど、いいんですか?」
「仕方ないだろう」
ぶっきらぼうに言い返す。去年は偶然出会った川崎一家と初詣をした。俺に気を遣ってくれたが、本当はしたくなどなかっただろう。大志はどうでもいいが、けーちゃんが喜んでくれたのはまぁよかった。だから今年も一応誘いはしたが、無理に来るなと念は押しておいた(余計なお世話だったが)。
「……それは、喜んでいいのか」
一色が複雑な顔で呟くが、俺の反応を求めているワケじゃなさそうなのでスルーしておく。
「いえ、これはチャンスと思うべきですよね!」
「何がチャンスかわからんが、変な期待はするなよ」
一色に好意を向けられているのはわかるが、俺にはどうにも恋愛感情ではない気がしている。どちらかというと、兄を慕うような感覚というか……
「期待はしちゃいますよ! だって、初めてのデートですよ!?」
「デートではないだろう。これは初詣だ」
「初詣デートです!」
「……そうか」
まあ、世間的に見ればそうなのかもしれない。しかし、俺の目的はあくまで煩悩を祓うことなので、実際は真逆の状況と言えるだろう。ただ、それを一色に言ってしまうのは野暮かもしれないので、ここは空気を読んでおく。
「じゃあ一色、はぐれないよう手を繋ごうか」
「え、ええっ!?」
「ああ、ほら」
俺が手を差し出すと、一色は恐る恐るといった感じで手を乗せてくる。
「それじゃあ、行くぞ」
「は、はい」
乗せられた一色の手を軽く握り直し、階段を上っていく。その間一色は完全に無言だったが、気まずいという感じにはならなかった。一色がどう感じているのかはわからないが、俺は悪戯が成功した子どものような気分になっている。
ただ、少しからかい過ぎだとは思うので、ある程度落ち着いたら手は解放してやろうと思った。
「あっ」
階段を上ってすぐのところで甘酒を配っていたので、一色の手を引いて巫女さんに近づいたのだが……
「アンタ達……、そういう関係だったの……?」
その巫女は、なんと川崎だった。彼女はやや剣呑な雰囲気を発しているが、文字通り不安の意味合いが強いように思える。完全に誤解なのだが、どうしたものか。
一番いいのは繋いだ手を放して深い意味は無いと説明すればいいのだが、このタイミングでそれをすると一色が凹む可能性がある。それに加え、川崎を意識していると勘違いされる恐れもあるので得策ではない気がする。
ということで、俺は一色と手を繋いだまま誤解を解くプランを選択した。
「誤解だ。これは人混みではぐれないように手を繋いだだけで、深い意味は無い」
「……アンタがそう言うならそうなんだろうけど、その子は違うでしょ」
川崎にそう言われ、一色は顔を真っ赤にして俯いてしまう。いつもの一色だったら「そうでーす♪」とか言って堂々としているのだろうが、一体どうした?
「あまりからかってやるな。それより、川崎こそこんなところで何しているんだ?」
「あたしは……、言ったでしょ、バイトよ」
確かにそう言っていたが、まさか巫女のバイトだとは思わなかった。
「全く……、なんでよりによってここに来るのよ。去年はアンタの家の近くの神社だったでしょ」
「今年は目的があったのでな」
川崎の言う通り、去年は家の近くにある神社で年を越したのだが、今年は除夜の鐘を直接聴くという目的があったので寺を選んだ。
「だったら最初から言いなさいよ! 聞いてれば、絶対に来させなかったのに……」
「何故だ?」
「何故って、こんな格好見せたくないからに決まってるでしょ!?」
どうせ川崎は来ないと思っていたので、どこに初詣に行くかは伝えていなかった。その結果、川崎は去年と同じ所と思い油断したらしい。
「かなり似合っているぞ」
巫女服は和装の一種なので、引き締まった体つきの川崎とは相性がよく、非常に見映えがいい。川崎の髪型は銀髪のロングのため大和撫子というイメージはないが、これはこれで和洋折衷となり魅力を増しているように思える。
「そ、そ、そんなワケないでしょ!?」
「そんなワケある。なあ一色?」
「え、あ、はい。川崎先輩、とっても綺麗です……」
一色にまで褒められたことにより感情が処理しきれなくなったのか、川崎は半ば強引に甘酒を押し付けると足早に立ち去ってしまった。
「そんなに恥ずかしがることでもないと思うけど」
「先輩! 人によって感じ方なんてそれぞれです!」
「……、確かにそうだな」
人の悩みを聞いて「そんなの大したことない」とか「その程度で」とか言ってしまう人間は多いが、一色の言うように人によって感じ方はそれぞれ異なるのだから自分をベースに考えるのはご法度である。
本人にそのつもりがなくても、結果的に人を傷つけることにもなりかねないため、注意が必要だ。
「……まあでも、川崎先輩は先輩に似合っているって言ってもらえて、嬉しかったと思いますよ?」
「それならいいんだがな」
俺は過去、川崎をその気にさせてキレられたことがある。今回は一色にも意見を求めたので大丈夫だろうが、あとで小言を言われるくらいはあるかもしれない。
「さて、甘酒も貰ったことだし、端の方で鐘の音を聴くとしよう」
「あ、はい!」
あと20分ほどだが、人混みを離れて鐘の音にじっくり聴き入りたかった。
◇
「除夜の鐘の音って、なんだか落ち着きますよね」
「そうだな」
俺はそれだけ言って会話を切り上げ、あとは黙ったまま鐘の音に意識を傾ける。一色には気まずい思いをさせてしまっているかもしれないが、今は煩悩を祓うのに集中したい。
しばらくそうしていると、一定の間隔で鳴らされていた鐘の音が止んだ。
「今のが、最後の一回だったみたいですね」
除夜の鐘は寺ごとに鳴らすタイミングや期間などが異なるが、この寺は比較的ポピュラーなタイプで大晦日に107回鳴らし、108回目は年を越してから鳴らす。
今のが最後の一回ということは、年が明けたということだ。あちらこちらから歓声が響き渡り、花火も上がる。
「あけましておめでとうございます! 先輩!」
「あけましておめでとう。一色」
一色は空になった紙コップで口を隠すようにしながら、嬉しそうに笑っている。一体何がそんなに嬉しかったのか……
「なんでそんなに楽しそうなんだ?」
「だって、新年早々先輩にご挨拶できたんですよ?」
「いや、それの何が楽しいんだ?」
「わかってないですね先輩! わたしは今、先輩が今年になって一番最初に挨拶をした人物になったんですよ!? それはつまり、先輩の今年一番になれたってことなんです!このわたしが!」
「お、おう」
確かにそうなのだが、そんなに力説するような内容なのか……?俺の主観では大したこととは思えないが、一色にしては珍しく語気が強いので何か重要なポイントなのかもしれない。
「それと同時に、先輩がわたしの今年初めての相手になったんです! だから、責任とってください!」
「……えぇ」
そう言って一色は、衝突するような勢いで俺に抱きついてくる。場合によっては後ろに倒れてもおかしくない威力である。
「おい……、流石に今のは驚い……っ!」
「うへへ~♪」
俺の胸に頬擦りしながら幸せそうな笑顔を浮かべている一色。
その普段とは違う大胆さと、先ほどの謎の言動から、一つの答えが浮かんでくる。
「一色、お前……、酔っているな?」
「え~? 酔ってなんかいませんよ~?」
完全に酔っているヤツの返事であった。原因は間違いなくさっき飲み干した甘酒だろうが、まさかそれで酔うとは……
「せんぱ~い、なんだか疲れて、足に力が入りませ~ん」
「だから、それは酔ってるからだ」
「違いますよ~、えへへ~♪」
今のは別に喜ぶポイントでもなんでもないのだが、一色は嬉しそうに顔を摺り寄せてくる。それと同時に押し付けられた双丘が、腹の辺りでこねくり回され、複雑にカタチを変えていた。
(いかん……)
先程祓ったハズの煩悩が、再び俺の中で目覚めようとしていた。煩悩を完全に祓うことは不可能とされているが、まさかこんなにも早く復活してくるとは……これでは、何ために除夜の鐘を聴きに来たのかわからなくなってしまう。
俺は意識的に一色の胸から視線を外すことで、迫りくる煩悩を遠ざける。幸い? 感触についてはコートの厚い生地越しなのであまり感じない。視覚情報がなければ邪な気持ちも込み上げてこないだろう。
「せんぱ~い♪」
……否だ。圧倒的質量の前では、たとえコートの厚い生地でも感触は消せても柔らかな雰囲気までは消しきれない。それに加えて、一色の甘い声が聴覚まで刺激してくるため、一気に限界が近づいてくる。
酔っ払いの相手は同性に任せるのがセオリーなのだが、今は小町も川崎もいない。川崎は探せばいるかもしれないが、バイト中のアイツに頼っていいものか……
このままでは社会的にもマズイことになりかねないため、せめて休める場所くらい提供してもらいたい。
川崎を探して視線を彷徨わせると、意外にもすぐに発見することができた。というか、男達に絡まれていた。
「一色、少し離れてくれ」
「いやです~! 離れませ~ん!」
この大きな子どもをどうするべきか……。ん? そうか!
「おい一色、もし離れてくれて、ついでにここで少し大人しくしていてくれれば、ご褒美をやるぞ」
「えっ!? ご褒美ですか!?」
「ああ。だから離してくれ」
「はい!」
どうやら俺の作戦は上手くいったようだ。つか、チョロくないか。
「よしよし良い子だ。それじゃあ、ちょっとの間ここでじっとしててくれ」
「わかりました! えへへ~、ご褒美ぃ~♪」
幸せそうに笑っている一色を一旦放置し、一秒でも早く川崎の元へ向かう。
いかがだったでしょうか。