学校の後輩がいつの間にかダメ人間になっていた件 作:タン塩レモンティー
「いいじゃんL〇NE交換するくらいさ~! 折角の新年なんだし?」
「なんであたしがアンタ達に個人情報渡すのさ!」
「そりゃ仲良くなるためでしょ。winwin的な?」
川崎に触れようと伸ばされた手を、寸でのところで掴んで制止する。
「やめておけ、怪我をすることになるぞ」
「ああ? なんだよお前?」
「俺はこの巫女の知り合いだ。悪いことは言わないから手を引け」
と言っても、この手の輩が簡単に退くとは思えない。少し怖いが、俺は残りの二人を目で牽制する。
「てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
「いや、違う。文字通り、あのまま手を出していたらお前は怪我をしていた」
「どういう意味だよ」
「この巫女は柔道の有段者だ。それも全国区の。もし触れてたら、今頃投げ飛ばされていたぞ?」
俺の言葉に、男三人はわかりやすく反応を示した。一人は身構え、一人は身を退き、俺に腕を掴まれた男は明らかに動揺している。
てっきり俺の言葉を疑うものと思っていたが、意外にもあっさりと信じてくれたようだ。恐らくだが、川崎の整ったスタイルから何かスポーツをやっているだろうということくらいは予測していたのかもしれない。
「い、いやいや、女の子が男を投げ飛ばすなんてできるワケが……」
「あたしは無差別級にも出たことがあるから、アンタよりも体のデカい女子を投げたことだってあるけど」
「……マジで?」
「こんなことで嘘ついてもしょうがないでしょ」
いや、ハッタリとしてなら意味はあると思うがな。まさか、普通の女子の口から無差別級なんて言葉が飛び出すとは思わないだろう。
「……あ~っと、お兄さん? この手を放してくれない?」
「もう手を出さないなら、解放しても構わない」
「お前は何様なんだよ!」
男が、掴まれた腕とは逆の手で殴ってこようとする。その時、あまりにもタイミングよくサイレンの音が聞こえて止まった、ような気がした。
「おい! 行くぞ!」
男が急に動き出し、別の男を呼びつける。
「お、俺達はもう行くんで、手を放してやってくれませんか!?」
肩を貸した男の顔がかなり緊張した様子だったので、俺は何も言わず手を放してやった。
「え? いや、ちょっ」
肩を貸した男は一発蹴りを入れてそれを黙らせると、強引に引っ張って距離を取った。
「馬鹿野郎! パトカーのサイレン音だ!」
「え? お、おう……」
男二人は、そそくさとこの場を去っていった。ちなみに、もう一人いた男は揉め事の気配を感じ取ったのか、とっくに逃げている。ああいうのが生き残りやすいタイプなのかもしれない。
振り返ると小町が立っていてスマホの画面を見せながら、ピースしてた。見ると、不審者対応アプリで、サイレン音もそれだったらしい。俺には向けないでくれよください。
「大丈夫か?」
「この流れで普通に会話始めようとしないで! ……とりあえず、助かったわ」
「気にするな。困ったときはお互い様というヤツだ」
川崎は何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言い返してこなかった。であれば、今度こそこちらの案件を聞いてもらおう。
「それで、恩を着せるようで悪いが、こっちも今少し困った状況でな。一つ確認したいんだが、この辺で休憩できる場所あるか?」
「休憩って……、なに? あの子を連れ込む気なの?」
川崎が赤面している。おい、ナニ考えてる。
「川崎は何か勘違いしているぞ。俺が言っているのは文字通りの休憩できる場所だ。実は一色が酔っ払ってな」
川崎も半分冗談のつもりだったのだとは思うが、自分で振っておいて顔を赤くするくらいなら最初から言わないで欲しい。
「酔っ払ったって、まさか酒飲ませたの?」
「いや、さっき渡された甘酒で酔ったらしい」
「え?」
「残念ながら」
川崎は少し呆れつつも、そういうことであればと寺の離れにある小屋に案内してくれた。なんでもバイト用の着替え場所兼、休憩室として提供されているらしい。住職には川崎の方で話をつけてくれるそうだ。
「無理を言ってすまなかったな」
「……別にいいよ。それより、本当にここでおっぱじめたりはしないでよ」
「安心しろ。そのくらいのリスク管理は出来る」
何の保証もないが、手を出さない自信はある。
「出されなきゃ出されないで惨めな気持ちになるんだからね?」
と言われても、聞いてしまったからにはそう簡単には忘れられない。女はそういうものなのだろうか。
「よくわからんが、わかった。それで、一色を送っていく件だが……」
「……あと1時間くらいで上がりだから、それまで大人しく待ってて」
川崎はそう告げると、俺の返事も聞かずに出て行ってしまった。やはり機嫌を損ねてしまったのかもしれない。一体どう反応すれば正解だったのかはわからないが、考えたところで答えは見つからないので意識を切り替えることにした。
「せ~ん~ぱ~い~! ごほうび~!」
とりあえず、まずはこの大きな子どもの対処について考えることにしよう。
「せんぱ~い、早くご褒美~!」
一色は蕩けた表情でうわ言のように「ご褒美~」と繰り返しながらゴロゴロと畳の上を転がっている。
完全に幼児化しているようだ。
「一色、こんな所でゴロゴロすると服が汚れるぞ」
古くなった畳は表面がボロボロになり、衣服にゴミが付きやすい。というか、既にボロボロと畳カスが衣服のアチコチについてしまっている。
「言わんこっちゃない……」
俺は一色を座らせ、服に付いたゴミを払っていく。本当に子どもの面倒を見ているようだ……
「せんぱ~い、体じゃなくて頭を撫でてくださ~い」
一色は撫でられてると勘違いしたのか、自分の頭を差し出してくる。
「別に撫でてるつもりはなかったんだがな……」
俺は一色の整った髪の毛が乱れないよう、なるべく優しく頭を撫でてやる。一色はしばらくの間に蕩けた表情で頭を撫でられていたが、急に口をすぼめ不満そうな顔になる。
「先輩、これだけじゃご褒美になりません!」
「……じゃあ何をすればいい?」
「膝枕してください!」
一瞬何を要求してくるか警戒したが、聞いてみれば大したことない内容で少しホッとする。
「そのくらいなら全然構わないぞ」
「わーい♪」
脚を正し膝をポンポンと叩くと、一色は嬉しそうに声を上げて膝に頭を乗せてくる。
「せんぱ~い、頭を撫でるのも続けてくださ~い!」
「ああ」
これくらいで満足してくれるのであれば安いものなので、言われるがままに要求に応えてやる。いつまでこうしているつもりかという点は少し気になるが、まあ30分くらいすれば流石に飽きるだろう。
(しかし、この状態を川崎に見られるのは少々気まずいな……)
今のこの状態は、誰がどう見ても恋人同士のようにしか見えないだろう。事情を知っている川崎であっても、誤解する可能性は十分にある。川崎がどれくらいに戻ってくるかは不明だが、10分ほどで切り上げた方が良いかもしれない。
「なあ一色――、おいっ!?」
「先輩のにおいー♪」
時間制限を告げようとした瞬間、一色が頭の向きを変えうつ伏せ状態になる。そしてその状態で深呼吸でもしたのか、下半身にじんわりとした温かさが広がる。
何とも言えない怖気が背中を走る。股間のニオイを嗅がれるという極めて変態的なシチュエーションに加え、ダイレクトな刺激が色々マズイ。というか、股間を嗅いで人のニオイというのは酷くないか?
「待たせたわね――って!?」
そして、おおよそ考え得る限り最悪のタイミングで川崎が戻ってくる。川崎の目には、股間に顔を埋めている一色の頭を俺が押さえつけているように見えたことだろう。
「ア、アンタらナニしてるのよ!!」
そう叫ぶと同時に、履いていたであろうスニーカーが飛んでくる。俺はそれをなんとか片手で受け止めることに成功した。てか千葉の球団、キャッチャー育ってくれよ。
「川崎、誤解だ」
「それのどこが誤解だって言うのよ!」
「本当なんだ。おい一色、起き上がって誤解を解いてくれ」
寝ている……だと……?この状況で寝るとか、どういう神経をしているんだ?実は酔ってなどおらず、俺のことを困らせようとしてるとしか思えなくなってきたぞ……
「川崎、本当に誤解なんだ。近付いて確認してくれ」
「なっ……!? ナニを確認させる気!?」
「いや、だから無実だということを確認してくれ」
「そう言って、見せつけようとしてるとか……」
「俺にそんな趣味はない!」
俺の言葉を信用した……というワケではなく、単純に落ち着きを取り戻したらしい川崎は、恐る恐るといった感じで近付いてくる。
「……寝てるの?」
「みたいだ」
「この子、アンタの股間の匂いを嗅ぎながらどんな夢を見てるのかしら」
「……想像したくもない」
◇
「一色を背負って帰ること自体は構わないが、無断で家の場所を知ってしまうのは問題あるんじゃないか?」
「別に、この子は気にしないでしょ。それに、知ったところでアンタは何もしないんだから問題ないじゃない」
「まあ何もするつもりはないが」
恐らく川崎の言うように、一色は自宅の場所を知られても気にはしないだろう。しかし、それはそれとしてやはり無断というのは少し抵抗がある。なんとなくモヤモヤするので、あとで自己申告するとしよう。
「……ねえ」
「なんだ?」
しばらく無言で歩いていると、川崎の方から声をかけてきた。
「アンタ的には、どうなの?」
「どう、と言われてもな。俺の勘違いでなければ好意は持たれていると思うが、正直判断できない」
これは嘘偽りない俺の本心だ。一色については正直色々心を揺さぶられている自覚があるが、それが幸せにつながるのかはわからない。若気の至りかもしれない。
「……ややこしく考えすぎでしょ。アンタらしいっちゃらしいけど」
「川崎的にはどう思う? アイツは本気だと思うか?」
「その子は間違いなく本気でしょ」
「どうして断定できる? 一色はあざといけど憎めない妹みたいな存在だとは思う。けど、アイツは依頼をきっかけに接していくうちに、謎の信頼感が生まれた結果それを恋愛感情と勘違いしている……と俺は予測している」
「だからややこしく考え過ぎだってば! 勘違いだろうがなんだろうが、今の本気には変わらないでしょ!?」
「それはまあ、そうか……」
その人のためを思ってと意見を挟むのは少々おこがましいかもしれない。
「全く……。それに、一番大事なのはアンタの気持ちでしょ? 二人がどうのじゃなくて、アンタがどう思ってるかって話」
「……俺は一色のことも悪くないと思っているし、川崎に対しても、大体同程度の好意を抱いている」
「……って、は!?」
深夜の住宅街に、川崎から出たとは思えないほどの大声が響き渡った。
「おい、近所迷惑だぞ」
「ア、アンタが変なこと言うからでしょ!?」
「別に変なことは言っていないぞ」
「と、とりあえず確認するけど、アンタの言う好意っていうのはアレよね? 友達としてってことよね?」
「そうだが?」
川崎が顔を真っ赤にして固まっていた。息をするのも忘れていたのか、少し呼吸を乱している。走っても滅多に息を乱さない川崎にしては珍しい光景だ。やはり慣れないことはしないに限る。
「安心しろ。一色は俺が手を出さないことをわかったうえで遊んでいるだけだ。それぐらいはわかる」
「でも、この子はなかなかヤヴァイんじゃない? さっきとか股間に頭突っ込んでたし……」
「その話はやめてやれ。恐らく本人が一番ショックを受けている」
「いや、流石に本人が聞いている前ではやめておくけど……」
「もう遅い……」
俺は川崎の肩に手を置く。いつの間にか、一色の幸せそうな寝息が聞こえなくなっていた。俺の言葉に反応してピクピクと動いていたし、まず間違いなく――狸寝入りである。
いかがだったでしょうか。