下水道の獣   作:あらほしねこ

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地下下水道

 一切の光が届かない地下下水道、その暗闇に滲み浮かぶような微かな蝋燭の光に揺れるふたつの人影が、息の詰まるような異臭と澱んだ水音の中を音もなく進んでいく。

「この辺りは一度毒気が漂っていたことがあるんだ、あの標本の匂いは覚えているね?それが少しでもしたら、すぐ引き返すよ」

「はい、お師匠様」

「それと、防毒面はちゃんと持っているね?もし私が蝋燭を消したらそれが合図だから、落ち着いて打ち合わせ通りにやろう」

「はい、お師匠様」

 退役軍人の言葉に、半闇狩人は腰の後ろに提げた円筒状の雑嚢を確認する。その中に入っている鴉の嘴のような防毒面は正直不気味ではあったが、今着ている革の防具と同様に、師からの大切な贈り物。粗末にするはずがない。

 闇人の血が半分流れる自分にとっては、完全な闇の中も薄暮程度には見渡せる。しかし、只人である師はどうだろうか。地下下水道に潜ることになったその日、師が用意した明かりらしい明かりと言えば、細い蝋燭を仕込んだカンテラひとつ。

「私は大丈夫だよ、若い頃、訓練したからね」

 自分の危惧を読んだ察したかのような師の言葉、そういえば、初めて会ったあの時も師は松明を灯してはいなかった。

「危ないから、本当は蝋燭も使いたくないんだけどねぇ」

「え、どうして……ですか?」

 明かり、というか、視界はあるに越したことはない。いくら、訓練を積んで、暗闇の中を見通せることができるとしても。

「うん、こういった不潔な場所にこもる毒気の中には、窒息してしまうものだけじゃなくて、火をつけたら爆発するものもあるんだよ」

「えっ……!?」

「それが、あの時覚えてもらった標本の匂いさ。ともあれ、今のところ、毒気は無し。大鼠や黒蟲の群れもどこへやら。こんな感じなら、ずっと続けばいいのにねぇ」

 靴音ひとつ立てずに歩く退役軍人の周囲を警戒するように、短弓を油断なく構えた半闇狩人が続く。今のところ、数匹程度で徘徊する大鼠や黒蟲はいたが、こちらに気づかれる前に、ことごとく半闇狩人の短弓で仕留められた。

「やっぱり、君がいてくれると助かるねぇ、仕事がはかどるよ」

「ありがとうございます、お師匠様」

 退役軍人の言葉に、半闇狩人の耳が躍るように動く。しかし、その手は、つがえた矢をいつでも引き絞れるよう備えている。そして、時折、蝋燭のかすかな光を反射して、金色の瞳がおろしたての金貨のように光る。

「こちらこそどういたしまして、ああ、そこは石積みが崩れて横穴になっているから気を付けて」

 退役軍人が注意を促す声に、半闇狩人はぎょっとして壁から距離をとる。師の言うとおり、横穴から不意打ちを受け、耳をかじられて青ざめた大狸のようになるのは御免だった。

 一方で、ほぼ順路を記憶しているのか、時折こちらに注意を呼びかけながらよどみなく進んでいた退役軍人の歩みが止まる。

「お師匠様……?」

「さて、ここから先は、まだ行ったことのない区画だ。何があるかわからないから、慎重に行くよ」

「はい、お師匠様」

 退役軍人は、暗闇の中も意に介さない様子で書きかけの地図を広げると、細く削った木炭で何かを書き込んだ後、未知の領域に向かって歩き出した。

「今でこそ当たり前のように使っているけれど、これでも一応昔の遺跡だからね。この町ができた時に調査はしているだろうけれど、なにぶん昔の話だ。昔そうだったからと言って、今日もそうだとは限らないからね」

 確かに、こんな不潔な場所、一度作ってしまったら、わざわざまた入りたいとは思わないだろう。人が手を加えるのは、決まって何かが起こってから。これは、どんなことにも言えること。

「―――お師匠様」

 半闇狩人の緊張を含んだ押し殺すような声に、退役軍人は歩調を緩めながら、フランジメイスの柄を確かめる。

「今、微かだけど、人の声が聞こえました」

「本当かい、まさかオバケじゃないだろうね」

「そこまでは……でも、確かに、あっちの方から聞こえました」

「他に何かわかるかい?」

「ごめんなさい……それ以上は、わかりません……」

「うん、でも、誰か迷っているのかもしれない、注意しながら探しに行こう」

「はい、お師匠様」

 退役軍人は、カンテラを左に持ち直し、右手にフランジメイスを構える。そして、左腕に固定した小盾をカンテラごと隙なく掲げ、音もなくマントを翻しながら歩みを早める。

 初めて見る、戦闘に備えた師の姿に、半闇狩人は、感動でじんと全身が痺れるのを感じながらも、油断なく師の後に続いた。

「GURURU………」

「GYUIGYUI………」

 20歩ほど先に蠢く無数の塊。死骸か何かにたかる大鼠と、おこぼれを狙う黒蟲が周囲で様子を窺っている。そして、実に面倒なことに、それが一杯になって通路を塞いでいた。

“―――撃っていいですか?”

“―――頼んだよ”

 事前に入念に打ち合わせをした、指先と手元の動きだけで意思を伝える合図をかわした後、半闇狩人は文字通り矢継ぎ早に矢を射かけ、放たれた矢は大鼠の心臓や耳穴を直撃し、たちまち数匹が短い悲鳴と共に石床に転がる。

「GYUGYUGYU!!」

 食事の邪魔をされた怒りにまかせ、生き残った大鼠数匹が突進してくる。それらを前に、退役軍人は、喉笛めがけて飛びかかってきた最初の一匹の頭蓋をフランジメイスの一撃で粉砕し、返す勢いで続くもう1匹の横っ面に振り抜いたメイスの一撃をお見舞いした。

「GYAGYAGYA!」

 仲間の死骸を踏み台にして飛びかかる大鼠を小盾の縁で殴りつけて叩き落し、足元に噛り付こうとした大鼠の鼻面に鉄板を仕込んだブーツの爪先がめり込む。

 そして、悲鳴を上げて石床の上に転がった大鼠の耳や目に、すかさず半闇狩人の放った矢が突き刺さり、奥まで達した矢じりは大鼠の脳漿をかき回した。

 あっという間に大鼠の群れが全滅し、不利を悟ったのか。それとも、慌てなくても餌は手に入ると思ったのか、黒蟲達はその場から離れ、様子をうかがうように動きを止める。

「ただの共食いか、良かった良かった」

 大鼠たちがたかっていたのは、今しがた蹴散らしたものより倍近い大きな個体。老衰か、怪我をして動きが鈍ったところを狙われたのか。その時、仕留めた大鼠から手早く耳や尻尾を切り落としていた半闇狩人が、それこそ子牛ほどもある大鼠の死骸をみて、思うところあるような表情を浮かべた。

「お師匠様、中を調べてもいいですか?」

「うん?じゃあ、お願いするとしようか」

 半闇狩人は、一言告げて師に了承を得たあと、食い荒らされた大鼠の腹を手にした小刀で素早く割き広げ、臓腑の中身を確認する。そして、猟師らしく手慣れた様子で腑分けして、犠牲者の遺留物がないか確認する半闇狩人の手際に感心しつつも、退役軍人は油断なく周囲を警戒しながら尋ねた。

「確かに、これだけ大きいのは珍しいけれど、何か気になることがあったのかい?」

「昔、父と狩りをしていた時、仕留めた獣から人の骨や遺品が出てきたことが何度かありました。さっき聞いた声もそうだけど……念のためにと思ったんです」

「なるほど、確かに、言われてみればそうだね」

 退役軍人は、猟師としての経験に基づく半闇狩人の着眼点にうなずきながら、周囲の地形や状況を記憶し、一息ついたらここも書き加えねば、と呟く。

「よし、それじゃあ、先に進もうか。いずれにしても、君の聞いた声というのが気になるからね」

「はい、お師匠様……あっ」

「どうかしたかい?」

「ごめんなさい……見落としがありました、これです」

「ふぅむ………」

 半闇狩人が差し出した、大鼠の歯の間に挟まっていた紐につながっていた、黒い板切れのような何か。歯形で多少削れていたが、それは紛れもなく黒曜の冒険者認識票。

「これはこれは……なんと気の毒な……」

「お師匠様、やはり、この先に何かあるかもしれませんね……」

「そうだね、でも、残念だけど、今日はここまでだよ」

「……えっ?」

 どうして、と尋ねる前に、半闇狩人の耳は、その理由を察知した。

「お……お師匠様、すごい数です・・・!」

「やはり、今の騒ぎを聞きつけられたようだね。私たちにしろ、そこに転がる死骸にしろ、ここじゃあまたとない御馳走だ。さあ、帰るよ!」

「は、はい!」

 暗闇の奥から、山津波のように押し寄せてくる足音と不快な鳴き声。退役軍人と半闇狩人は、弾かれたように元来た道を駆け出した。

 

 

「いやぁ、今日は大活躍だったじゃないか。おかげで本当に助かったよ」

 町外れの小川の洗い場で、装備や衣服を洗濯しながら、退役軍人は上機嫌な声で隣の半闇狩人に話しかける。

「あ、ありがとうございます、でも……」

 それでも、自分が足手まといにならなければ、師ならば、あの大群を蹴散らして先に進むことができたのではないだろうか。

「夢を壊して申し訳ないけれどね、私だってあんな大群の相手は荷が重いよ。というより、今までだって、ああいった手合いからは逃げるのが一番だったからね」

「そう……ですか」

 もしかして、師は人の心が読めるのだろうか。半闇狩人は、自分が後ろ向きな考え方をするたびに、師にたしなめられつつも、励まされていることを思い出す。自分なりに、もっと自信をもって、前向きになろうと努力しているつもりなのに、やはり、うまくいっているとは言い難い。

「一番大事なのはね、逃げ道を確保しておくことなんだよ。強い軍隊というのはね、前に進むだけじゃなくて、後ろに進むのも上手いんだ」

 師の言葉に、半闇狩人は目を瞬かせる。それは、自分が小さい頃、父から聞かされた戦の話や街角で唄う吟遊詩人の英雄譚からは、決して出てこなかった話。

「木登りと一緒だよ、登り方だけ上手でも、降り方を知らないと大変なことになるからねぇ。子猫ちゃんが高い所から降りられず、困って泣いているのを見たことないかい?あれは、降り方を知らなかったから起こった悲劇なんだよ」

 退役軍人は、洗い終えた装備やマントに顔を近づけて臭いを確かめると、ある程度妥協したような表情を浮かべる。それにしても、紅玉色の色眼鏡だけをかけて、いつもの黒塗りのサレットと面頬がない師は、当然のことだが印象が違って見える。

 別に、秘密にして格好をつけようとしているわけじゃあないからねぇ。と、照れるように笑っていた師の顔は、かつて受けたという火傷の痕が痛ましくもあり、師の顔に消えない傷を与えた相手に、ふつふつと怒りの情動が沸き起こる。

 しかし、それはきっと、師は望まぬこと。と、どうにか気持ちの整理をつけながら、もう一度師の横顔を見やる。その引き締まった首筋や顎周りは、相当鍛えられたのだろうと想像できる。そして、若くはないが老けてもいない。要するに、年齢が読めない。

(お父さんと、いっしょくらいなのかな……)

 そんなことを考えながら、半闇狩人は、純度の高い酒精を含ませた布切れで装備を拭っている退役軍人の横顔を見つめていた、とその時、

「君も、これで装備を拭いておきなさい。弓や革の防具は水で洗えないからね、他の装備も、まだ黴菌が残っているから念を入れて消毒しておきなさい」

「は、はい、お父さん」

 そう返事をした瞬間、半闇狩人の顔は炎が噴き上がったかのように熱くなる。

 やってしまった。

 思わず息をのみ、半闇狩人は両手で顔を覆い、背中を丸くしてその場にしゃがみこむ。そんな、彼女の熱く火照る小さな三角形の耳に、師の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

「いやいや、そう言って貰えると嬉しいよ。私も、君のお父上に恥じないよう頑張らないといけないねぇ」

「あ、あの……その、ごめんなさい、お師匠様・・・」

「謝ることなんてないよ、私だって子供のころ、たまに先生をお母さんと呼んでしまったことがあるからねぇ。とても優しくて聡明な先生だったよ、懐かしいなぁ」

 昔を懐かしむ師の言葉に、半闇狩人は、師の子供時代を想像する。どんな子だったのだろう、やっぱり、いつも明るく笑っている、楽しい男の子だったんだろうか。

「さて、それじゃ、洗濯物を干したら報告に行こうか。あの認識票はちゃんと持っているね?」

「はい、お師匠様」

 君が見つけたものは、君が責任をもって保管するように。という師の言葉を忠実に守り、帯革にくくりつけた雑嚢の中に収めておいた認識票をもう一度確認し、半闇狩人は気を引き締めるようにうなずき返した。

 

 

 ギルドに戻り、今回の結果を報告し終えたふたりは、酒場の片隅に席を構えると、軽食と飲み物を交えながら、今日あったことのおさらいをする。しかし、その表情はどうにも晴れない。

「まさか、昇級したばかりの冒険者だったとはねぇ……しかも、白磁等級の冒険者ふたりを引率していたとは」

「だとすると、残りも……」

「とても残念だけど、可能性はあるね」

 はっきりとは言わないものの、師の言葉に半闇狩人は微かに表情を曇らせる。あの認識票の持ち主の一党が、あれだけの大群に遭遇していたとしたら、生還はまず絶望的だろう。

 たかが大鼠、たかが黒蟲というが、それが山津波のような勢いで襲い掛かって来たらどうなるか、それは、自分自身が身をもって思い知らされている。

「これは、少し本腰を入れて作戦を練らないといけないようだねぇ」

 ため息交じりに呟いた退役軍人は、腕組みをしながら、紅眼鏡の奥で何かを組み立てるように思考を巡らせている。そして、半闇狩人も、思案する師の妨げにならないよう、極力物音を立てないように努めつつ、その言葉の続きを辛抱強く待つ。

 そして、ややあってから、退役軍人は腕組みを解くと、いつもの調子で半闇狩人に声をかけた。

「こうなると、ばあやのお知恵を拝借するしかないねぇ」

「ばあや……ですか」

「うん、まずは試し、ちょっと買い物に行こうか」

「お買い物……ですか?」

「うん、ちょっと必要なものがあるからね。君も、何か欲しいものがあったらいいなさい」

 思いがけない師の言葉に、半闇狩人は慌てた様子で首を振る。

「あ、いえ!わ、わたしは大丈夫です!防具も買ってもらったばかりだし……!」

「そうかい?ともあれ、まだ日も高い。散歩がてら、行ってみようじゃないか」

「は、はい、お師匠様!」

 

 

「そこをなんとかお願いできないだろうか、次の仕事に、どうしても必要なんだよ」

「あんたの言いたいことはわかるけどね、何度も言うようで申し訳ないが、こっちも信用で取引をしているんだ。申し訳ないが、融通するわけにはいかないよ」

 店の主人は、巨体を折り曲げながら粘り強く頼み込んでくる、この黒ずくめの大男と、その傍らに控える闇人の少女に視線を向けながら、胡散臭いものを見るような表情を浮かべる。

 入店の際の礼儀に従い、兜は外し顔を見せてはいるものの、顔中に生々しい戦傷が刻まれている黒騎士。そして、それに忠実に付き従っているのは、闇人の狙撃弓兵か。

 そんな彼らが所望してきたのは、よりにもよって黄燐。こんな辺境の地では希少な物資ということもあるが、それ以前に、猛烈な劇物でもあるそれを一斤ほど買いたいという。

 無礼を承知で言えば、この二人組、噂や伝聞で伝え聞くような、祈らぬものに与する邪教の軍団員そのものにしか見えない。もっとも、人を見かけで判断するのは、長い商売歴において御法度ではあることはわかっているし、一応、冒険者であることは、認識票で確認できた。しかし、白磁等級などその辺にいる一山いくらの無頼の輩同然であり、担保なしで信用するにはあまりにも危険すぎる。

「だから、何度も言うようだけどね、白磁等級の冒険者には売れないんだ。どうしても、というなら、あんたたちの身元を保証してくれる人間を連れてくるんだね」

 店主の無慈悲な正論が、退役軍人と半闇狩人に向けられる。こうなると、もう彼らにしてみれば、返す言葉がみつからない。

「……仕方ないね、ご主人、手間を取らせてしまって申し訳なかった。さあ、君、帰ろうか」

「……はい、お師匠様」

 もはやこれ以上粘っても、状況は改善しないどころか、店主の疑念をより強くするだけ。退役軍人は、この場は諦めると、店主に礼儀正しく一礼してから、半闇狩人を促してその場を立ち去る。

 こうして、退役軍人と半闇狩人のふたりは、街の薬屋や錬金術師を訪ねて回り続け、交渉に交渉を重ねた。しかし、日が暮れるまで歩き続けた彼らの努力は、現実の前に虚しく崩れ去ることとなった。

 

 

「やはり、簡単には手に入らないねぇ……しかも、ものだけ見れば劇薬だし、白磁等級の冒険者には、そうそう売るわけにはいかないんだろうねぇ」

 行く先々で、取り扱っていないと誤魔化されるのはまだいい方で、中には露骨に売買を断られたりもした。信用という白磁等級の限界と現実を前に、早々に計画が頓挫しそうな状況に、退役軍人は牛乳を満たしたジョッキ片手に大きなため息をつく。

「申し訳ありません、お師匠様。もしかして、わたしが……」

 闇人だから、そう言わんとした半闇狩人の言葉を、退役軍人は優しく遮る。

「なんでも自分のせいにするのはよくないよ?それを言ってしまえば、私の顔なんて、醜いことこの上ない。槍使いの彼のような美丈夫なら、まだ望みもあったかもしれないよ」

 苦笑しつつも寂しそうにつぶやく師の様子に、半闇狩人は、どう言葉をかけていいものか、まったく見当もつかず唇をかみしめる。

 師の素顔を醜いなどと思ったことは一度もない。しかし、師という人間を知らない者から見れば、どのように見えるか。その程度もわからないほど、彼女は世間知らずではないつもりだったが、半端な慰めは却って師を侮辱するのではと思うと、それこそ良い言葉が探し当てられなかった。

「白板の誉れ無き身の哀しさよ、だねぇ……」

 そんな師を前に、半闇狩人は何か力になれないか、再び懸命に思考を巡らせる。しかし、自分の持つ限りの知識では、どれも代案になり得るか確信が持てない。いずれにせよ、罠や狩りに使ったことのある毒草を、必要な量を求めて野山を巡るなどとは、あまりにも時間がかかり過ぎて現実的とは言えるものではない。

「なにつまんねぇことで悩んでんだよ、アンタ」

「やあ、君か。おかえり、首尾よくいったみたいだね」

 冒険から帰ってきたと思しき槍使いと魔女のふたりに、退役軍人は気持ちを切り替えるように明るく挨拶を返す。半闇狩人も、さんざん師にたしなめられてきたおかげで、内心はともかくとしても、礼儀正しく頭を下げた。

「んなことより、必要なモンが手に入らねぇんだろ」

「え?ああ、実はそうなんだよ。やはり、白磁等級では、使い道を説明しても信じてもらえなくてねぇ」

「そりゃそうだろ、暗殺やらなにやら、そんなのの片棒なんざ、誰も担ぎたかねぇからな」

「それはそうだよねぇ、まあ、仕方ないさ。他の手を考えてみるよ」

「だから、必要なモンがあるなら、依頼すりゃいいだろうがよ、冒険者様に」

「―――あ、そうか」

 槍使いの言葉に、すべてがつながった退役軍人の顔が明るくなる。もっとも、面頬と色眼鏡に遮られ、その場でそれが分かるのは半闇狩人くらいだったが。

「そうか、その手があったか!いやぁ、君、良いことを教えてくれてありがとう!お礼と言っちゃなんだけど、夕食を御馳走したいんだが、どうだろう?」

「それより急いでんだろ?今ならまだ受付も開いてる、行って依頼の相談をする方が先だろうがよ」

「ああ、そうか、確かにそうだね。では君、このお礼は後日、改めてさせていただくよ」

「だから気にしなくていいから、早く行ってこい早く。窓口閉まっちまうだろ」

「わかった、本当にありがとう」

 槍使いの助言に、退役軍人は彼に深々と頭を下げた後、いそいそと受付窓口に向かい、その後を、親に付き従う仔狼のように半闇狩人が追いかけて行く。

「直接……買って、きて、あげる、って、言えば……いいのに」

「そんなんじゃねぇよ」

 含むような笑みを浮かべる魔女の言葉に、槍使いはことさら大げさに槍を担ぎなおしながら、素っ気ない言葉を返す。

「んな簡単なことに気づかねぇから、いい歳こいて白磁なんだよ」

 


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