セヴァストーポリより愛をこめて   作:横澤青葉

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こんにちは、さやうなら

20xx年。人類は未曽有の危機に陥っていた。

突如、謎の勢力「深海棲艦」によって七つの海すべての制海権が突如失われた。 太平洋貿易は使い物にならなくなり、オーストラリア、アメリカ大陸は孤立、日本は韓国を通してなんとか貿易が継続できているものの、それもいつまで保つかわからない。

 それは地中海も例外ではない。地中海貿易でなんとか耐えてきた*ベルベル=アラブの国々はシリアを通ってヨーロッパまで迂回しなければならないため、経済の動きが遅くなっている。 そんな経済基盤の弱い北アフリカ諸国では反乱がおこっている。

 周りを海に囲まれているインドネシア、マレーシアなどでは反乱が多発、無政府状態一歩手前である。

 

 そんな状態を、日本の科学者が一変させた。 「艦娘」という存在である。

 特殊装甲と弾薬により、深海棲艦との戦いは一転するかと思われた。

 

 しかし、この発明には致命的な欠点がある。

 生身の人間、それも「女性」が一人で使わなければならない、ということである。 女性のほうが男性より海上での身体操作が容易だからである。 

 化け物相手に奮戦するが、やはり生身の人間なので、身体の損傷や、最悪海に沈むことだってあり得る。 艦娘専用の温泉により、損傷した人体はナメック星人のようにもう一度生えてくるが……

 これは世界中で倫理的観点から議論が飛び交っている。 容認派と否定派の溝は埋まらぬまま、深海棲艦の出現から三年が経とうとしていた。

 今日も太平洋で、大西洋で、地中海で、インド洋で、戦いは続いていく。 何か心に、大きなわだかまりを抱えながら。

 主よ、運命に翻弄された、憐れで、そして美しい彼女たちに救いの光を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここが……」

 

 私――あきつ丸は、ついにセヴァストーポリにたどり着いた。 政治闘争の最前線だとしても、やはり*ポリスの名を冠する都市は格が違うのである。

 にしても、

 

「物騒だな……」

 

 空気はどんよりとしている。 私は大通りの道を、海に近づくようにまっすぐ歩いていく。 アジア人が珍しいのかしらないが、じろじろと私の方を見てくる。なんだか嫌な目である。

まぁいい。私は任務を遂行するだけだ。 焼かれた新聞が散乱する大通りを真っすぐ行くと――

 

「こっちです、こっち」

 

 明らかに日本語で、誰かを呼ぶ声がする。 私は辺りを見回してみる。 アジア人はいない。

 いや、この声――

 

「こっち、こっち」

 

 

 

 

「あきつ丸……さんで、よいですか?」

 

 この訛りはあるが、やはり流暢な日本語。 電話で聞いた提督の声だ。 提督という職業は日本語ができないといけない、とは聞いているが、ここまで流暢だと何だか怖い。 

 ゲルマン人の、モンゴロイドの血が入っていない、そんな顔をしていた。

 

「はっ、あきつ丸であります、なにとぞよろしくお願いいたします、提督殿」

 

 私は教わった敬礼をしたが、提督は「あぁ、そういうのなくてもいいよ」と言った。

 

「さ、行きましょうか」

 

 提督は私の前を歩く。私と同じような歩幅とスピードで。 

 しばらく歩くと、だだっ広い大きな敷地が見えた。 

 U字型の土地に大きな燃料タンクや工廠、そして哨戒用の船、そしてロシア国籍のミサイル巡洋艦……

もしかしてここが……

 

「ここが鎮守府、いや、海軍基地」

 

 

 

 

 

「日本、大宮駐屯地から参りました、強襲揚陸艦あきつ丸と申します!よろしくお願い致します!」

 

 

「というわけで、よろしく頼むよ」

 

 三階建ての執務室で改めてあいさつをする。 執務室は完全に提督殿の自室のようになっているようだ。執務用の机に椅子がドアの目の前にある。 天井の半分くらいの高さの壁からバスタオルがかかっているので、壁から移動式の壁の向こうにはベッドや生活用品が散乱していると推測できる。

 そんな机の周りには洒落たタンスがあり、年代モノのワインが高級なバーのように並べられていた。

 

 「今日は特にやることがないので、旅の疲れもあるし、ゆっくり休むといい」

 

 といって、私に自室のカギを渡した。 

 

「あの、秘書艦はいらっしゃらないのでありますか」

 

「あー、まぁうちそんなに仕事ないし、僕一人でできるし、大丈夫だよ」

 

 なんだかはぐらかしたようにそう言った。「さあ、行った行った」

 

 

 

 

 

 

 怪しい。

 怪しい。

 普通、新入りに大した説明なしでとりあえず自室のカギだけ渡す?とんでもない。これは絶対に何か――

 

「わっ!」

 

「うわっ!!」

 

 肩がぶつかってしまった。と、同時に、無数の紙が舞い散る。 私は慌てて舞い散る紙々を拾う。

 

「す、すみませ――」

 

「あ、あれ、初めてみる顔だね」

 

 茶髪をツインテールにした、私と同い年か少し下の少女。白い制服の上に、水色の小さいポンチョを羽織っていた。 ロシアの軍服だろうか。

 

「は、はい、自分、本日よりここへ着任しましたあきつ丸と申します」

 

「あたしはタシュケント」

 

茶髪の少女はそういって、しゃがんで紙を拾いながら私をじっとみつめた。 舐めまわしているようだ。 

 

「大変なところに来ちゃったね、君」

 

「じ、自分ですか?」

 

「うん」

 

 タシュケントは「君以外に誰がいるんだい」と言って笑った。 「ここはデモもスリも暴言も火炎瓶も何でも飛んでくるよ」

 

「か、火炎瓶」

 

「うん、ちょっとした戦地だよ、ここ」

 

 タシュケントはそう言って笑った。 戦地では見せないような、爽やかな笑いだった。 

 私は、彼女の「本来の姿」を、まだ知らなかった。

 

 




*ベルベル=アラブ 北アフリカ、アトラス山脈以北にあり、地中海世界の一端を成している国々。チュニジアアルジェリアなど。
*ポリス ギリシャ語で「都市」。 
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