はじめてのダンジョン探索を終えた日から1ヶ月、私は毎日ダンジョンに潜っていた。安全マージンを取りながらも、階層を一つずつ突破していく。
戦闘スタイルもある程度は確立できたように思う。上層でも危険度が低い階層で実戦経験も豊富と言えないが、だんだん体も自然と動くようになってきた。
だが、あくまでもここは上層それを忘れてはいけない。出現するモンスターは、殆どが知能を有しているとは言えない。中層に入っていけばヘルハウンドなど、多対一に持ち込もうとするモンスターも少なくない。スキルに頼るような状況になってしまえば、いずれ限界がきて命を落とす。そのためにもしっかりと武具の扱いや状況把握能力を鍛える必要がある。
だが、武具の扱いも状況把握能力も簡単に身につくものではない。世の中には習得という言葉があるが、行動や知識は習って得ることにより、自分で使用することが可能である。
つまりだ。私が高度な武具の扱いも状況把握能力を身につけるにあたって足りていないもの、それは経験である。
(まぁ、それは当たり前か。)
と考えられるのは何もおかしなことではないだろう。今の私は駆け出し冒険者。言ってしまえば冒険者の中でも何の活躍もない有象無象の一人である。
経験が足りていないのは当たり前であろう。一級冒険者であろうと、最初は誰もが駆け出し冒険者だったはずだ。高度な武具の扱いや状況把握能力を今の私が求めても短時間で習得するのは難しいだろう。経験というものは、必然的に時間が必要となってくる焦らずに行くに越したことはない。
上級冒険者と下級冒険者は、保有しているスキルや魔法、アビリティに大きな差がある。これは、簡潔に言えば経験の差であろう。
だからなのだ。上級冒険者は、下級冒険者に比べて数が少ない。ダンジョンに殺される前に経験できたものこそが、上級冒険者であり、それが強さたる所以なのだろう。
そう考えると、成長速度の補正とは改めてとてつもないものだと感じる。補正の具合にもよるが、年単位かかるような経験が短い時間でできるのだ。ヘスティア様の言う通り、神の興味が向くから開示するべきではない。秘匿するべきだからというのも納得できる。
本来であれば、冒険者が強くなるには長い経験もしくは上質な経験値を必要とする。だが、稀に短い期間で上質な
剣姫は、ダンジョンアタックばかりしていると有名であるが、それだけ経験値を貯めても一年かかるのである。
ここまで長々と考えてきたが、要するに多量の
ここで誰もが考えるであろうことを私も考える。冒険せずに多量の
一つ目、武具の質で勝負。オラリオにおいて、最大派閥の鍛治ファミリアであるヘファイストスファミリアで作られる武具は、上級冒険者でも愛用している人も多い。早い段階で上質な武具を手にすることは、他の冒険者と比べて有利にもなり、ダンジョン探索においても足りない経験を補ってくれるだろう。だが、これは致命的な欠点がある。莫大な資金がかかるのだ。ロキファミリアなどの資金が潤沢なファミリアでなければ、この案は難しいだろう。
二つ目、上級冒険者との試合。死ぬ危険がないとは言えないが、限りなく低確率に抑えることができる。さらに経験値に加えて、上級冒険者の戦闘方法、剣術や体術などの技術も得ることができる。これも、大手ファミリアの冒険者の方が容易にできるだろう。私の場合、ファミリアはともかく知り合いにも上級冒険者はいない。ヘスティア様と親交のあるミアハファミリアの団長にナァーザさんという冒険者がいるが、彼女は、冒険者稼業は事実上引退している。教えを乞うのは難しいだろう。
いずれの方法も取ることのできない私は、レベルアップまでダンジョンに潜り続ける他ないだろう。現段階で四階層付近を探索しているのだが、エイナさん曰く、私の階層突破速度は速いらしい。大した怪我もなくほぼ毎日ダンジョンに潜っては、ドロップアイテムと魔石を換金する日々。
(あれ?やっていることが剣姫と変わらないのでは?)
そんなわけで、本日も換金所に顔を出し少量の
ー○○○ー
換金を終え、冒険者ギルドの窓口にいるエイナさんに顔を見せる。別にわざわざ顔を見せなくても良いのだが、生存報告は大事だ。ギルド職員は、数々の冒険者と会いそして別れてきた。ある日突然担当していた冒険者が死んでしまうことなどありふれている。そう考えると、エイナさんは若いのによく働いていると思う。
「お疲れ様です、エイナさん。本日もお仕事ご苦労様です。」
「ウミちゃんおかえり!その格好、今日もダンジョンに潜ってたの?」
やや疲労が見える顔で話すエイナさん。窓口業務といっても、荒くれ者や個性的な人間の多い冒険者の相手は疲れるのだろう。
「そうですね。今日は四階層まで降りてきました。やはり、三階層に比べると少し敵も手強くなったような気がします。」
「うーん、本当は四階層には降りてほしくなかったんだよね。あ、勿論ウミちゃんの実力とか準備を疑ってるわけじゃないのよ?駆け出し冒険者の中では、ウミちゃんってすごく念入りに準備するタイプだし。駆け出し冒険者にありがちな無鉄砲さも全然ないから、他の駆け出し冒険者よりも安心しているんだけどね。やっぱり女の子だし年も大人とは言えないじゃない?」
確かに駆け出し冒険者、それも成人前の子供がダンジョンアタックばかりしていたら、誰でも心配するだろう。エイナさんの気持ちはもっともだと思う。
「心配かけてごめんなさい。でも、怪我もないし危険といったこともなかったので大丈夫ですよ?ただ、ローブとかが傷んできましたので、そろそろ替え時かなぁ?と思っていますね。」
「確かにねぇ。モンスターからダメージもらってないにしては、ウミちゃんのローブって結構傷んでるよね。ローブ自体は今のウミちゃんなら余裕で買えると思うんだけど・・・ ウミちゃん、貴方毎日そのローブ着てるわけじゃないでしょうね?」
途中までは顔に疑問を浮かべていたエイナさんであったが、後半から何やら少し怒ったような雰囲気であった。何故であろうか。
「? ええ。ほぼ毎日ダンジョン探索に行っていますしローブは毎日着ていますよ。勿論一着を使い回すのは難しいので二着を使い回しています。どうしました?何か私変なこと言いました?」
私が話すにつれ、エイナさんの顔が段々と悲しみを帯び、少し怒ったような顔つきになっていった。
「ウミちゃん!貴方の話を聞く限り、普段からこのローブしか着ていないってことでしょ!それじゃダメよ!ダンジョンアタック云々については、もう剣姫二世みたいな感じで呼ばれているけど、このままじゃ剣姫以下になっちゃうわよ。」.
捲し立てるエイナさん。その気迫に多少ビビる私。
(いや、そんなことよりも、まさか剣姫二世なんて呼ばれてるの私。)
心外である。当時の彼女がどれくらいの頻度でダンジョンに潜っていたかは知らない。聞く限りでは、無表情でモンスターを殺しまくり、ダンジョン以外に興味がなかった様子。私自身、そこまで無表情だとは思わないし、別にダンジョンだけに拘っているわけではない。浴場巡りとか港町に行ってみたいとか色々な願望を持っているわけだ。
「だからねウミちゃん。もう少し自分を磨くことから始めよう?流石に年頃の女の子が、ローブ二着と部屋着?は持っているのよね?だけしか持っていないなんてはっきりいって異常なのよ!もっとおしゃれすべきよ!このままじゃ思考が剣姫と一緒になっちゃうわよ!?」
ボロクソに言われるレベル5の冒険者である剣姫。そこまで酷いのであろうか?ロキファミリア所属と聞いているから、他の冒険者がなんとかしそうな気がするが。
まぁ、エイナさんの言うことも理解できる。だがしかし、ダンジョンというものは、私にとって興味関心の巣窟でもあるのだ。前世にはダンジョンなどない。オラリオの住民にとっては存在していることが当たり前かもしれない。だが、オラリオで十数年生きてきたとしても、その神秘的なものが興味関心から外れたことなどなかったのだ。サポーター稼業をしていた当時でさえ、死と隣り合わせの状況でも、ダンジョンに入るだけで自然と気分は高揚していた気がする。
つまりだ。私がダンジョンに毎日潜ろうが仕方がないのである。私のためでもあるし、ヘスティアファミリアのためでもある。
普段着、おしゃれ云々に関しては、まぁ、エイナさんのいう通りだろう。十五歳という年齢は、前世でいえば高校一年生程度の年齢だ。花の女子高生が、ローブ一つで街中をウロウロしていると考えると流石に色々とまずいだろう。前世でいう化粧云々の話以前の問題だ。
「剣姫だって、ダンジョンアタックばかりしてて一定層の人からは、はじめはやばい奴呼ばわりされてたのよ。ただねぇ・・・あそこの主神はあのロキだからね。中身はともかく、身だしなみは今のウミちゃんと違ってすごく整えていたわよ。それこそ、ファンが大勢できるくらいにはね!」
なるほど。剣姫はどうやら良い眷属たちに恵まれていたらしい。そして、主神ロキもエイナさんの言い方はあれだが、まぁ、良い主神なのだろう。
「なるほど、エイナさんの言うことはよく分かりました。つまりですね、このまま行くと私は当時の剣姫以上にやばい奴呼ばわりされることになると。そういうことですね?」
「そうだけどそうじゃない!確かにウミちゃんがやばい奴呼ばわりされるのは不味いわよ!私が言っているのはウミちゃんの意識の問題よ!フードが付いたローブだからダンジョン内ではよくわからないかもしれないけど、ウミちゃんは私からみても可愛いのよ!勿体無いじゃないの!」
ふむ、ローブをかぶっているのは、万が一スキルがバレた時に関する顔バレ防止策だったのだが・・・ エイナさんの言う通り、ローブばかり着ても怪しいやつとしてマークされかねないだろう。
だが、エイナさんはオシャレに関して勘違いをしている。
「エイナさん。私は別に自分を着飾ることに興味がないわけじゃないんですよ。ただですね、ヘスティアファミリアの資金的に私がおしゃれをする余裕が「ないわけないよね?ウミちゃんはもう一月もダンジョンに潜っているんだから。他の駆け出し冒険者に比べて稼いでいるみたいだし。ヘスティア様もアルバイトしているんでしょ?貯蓄云々はともかくとして、ウミちゃんが私服買ったり、色々する余裕も少しくらいあると思うんだけど?」・・・。」
うん、認めよう。確かに私は、ダンジョンという神秘に身を投じ、女の子の生命さんとも言える外見云々を疎かにしてきた。だって、ダンジョン探索普通に楽しいし。分かるでしょ? 好きなこととか趣味とかに熱中しすぎて他のことが疎かになってしまうやつ。まさしくそれなのだ。
「はぁ・・・ 着飾れば男が放っておかないくらいに可愛いと思うんだけどなぁ。・・・そうだ!ウミちゃん、明日時間あるかな?」
「明日ですか?明日はダンジ「たまには息抜きしないといつか壊れるよ?明日時間あるよね!よし服買いに行くよ!」はい・・・。」
何を言っても無駄という感じだ。今後、こうなったエイナさんに遭遇したら関わらず逃げようと誓った。
ー○○○ー
翌日の昼間、待ち合わせの場所でエイナさんを待っていた。昨日エイナさんに言われたことについて考えてみると、ローブが私服というのは改めて不味いと感じた。服を買う機会を作ってくれたエイナさんに感謝しなければ。
「ウミちゃーん!こっちこっち!」
どうやらエイナさんも到着したようだ。普段の佇まいと似つかない可愛らしい格好だ。おそらく仕事人間であろうエイナさん、これほどまでに自分を着飾ることができるとは。
「こんにちは、エイナさん。いつもと違って可愛らしい格好ですね。眼鏡もかけていないということは、眼鏡は仕事の時限定ですか?」
「こんにちは、ウミちゃん。今日は結構気合入れてきたんだよ? 眼鏡は、仕事だけじゃないんだけど今日は外してきたんだよ。」
服装を褒められたからか嬉しそうな顔をするエイナさん。同性に褒められて嬉しいものなのだろうか?それにしても、眼鏡をかけていないと随分と雰囲気が変わるものだ。
「ウミちゃんは・・・相変わらずなんだねぇ。ローブは着ていないみたいだけど、それ部屋着でしょ?もっとおしゃれしないと。」
ご名答。今日の私はローブではなく部屋着である。エイナさんに言われるまでは、部屋着という認識はなかったわけだが。おめでとう私の服。君は私の部屋が第一号に選ばれたぞ。
「ぜ、善処します。それより、今日はどういった感じの予定なんでしょう?エイナさんが服飾店に案内してくれると思って全然調べずに出てきてしまったわけですが。」
「うーん・・・とりあえずウミちゃんの服を見繕って時間があれば装備とかも選んであげようと思ったんだけど・・・ウミちゃんって駆け出しにしては、装備品云々の扱いとかはほとんど完璧なのよねぇ。ま、とりあえず服を見に行くのよ!」
そういってエイナさんに連れられ歩き出す。歩いていると、たくさんの視線がエイナさんに向かっているのを感じる。特に男の視線が多い。なるほど、ギルドでの様子もそうだが、どうやら相当にモテるらしい。本人はそのことを自覚しているのだろうか。ハーフエルフで容姿はもちろんのこと、本人の性格もギルドでの様子を見る限り素晴らしいものだ。
そんなことを考えながら、近況について語り服飾店に向かっていく。
ー○○○ー
服飾店に着いた。まぁ予想はしていたが、案の定着せ替え人形にされた。それもかなり長時間。
店員さんやエイナさん曰く、私を着飾るのが大層楽しいようで、エイナさんは次から次へと、店員さんも似合いそうな服を見繕ってくれる。
着せ替え人形になり数時間、やっとこれだ!というものが発見された、
「おぉ〜!ウミちゃん、これいい!すごく可愛い!」
「かなりお似合いですよお客様。」
エイナさんと店員さんにオススメされたのは、両方を露出した白をメインとしたワンピース。胸元には赤いラインが入っており、赤と青が白を際立たせるような絶妙な配色だ。うん、買うならこれ一択だろう。
「エイナさん、決めました。これにします。」
「うーん、いいと思うよ!実はウミちゃんに1番似合いそうなのこれかなぁって思ったし。それじゃあお会計済ませちゃおうか。」
服の代金を支払い、その場で着替えて帰る。うーん、昨日までの私がいかに酷かったか分かる。
店内を出て、いい時間なので手頃な酒場に入り、エイナさんと談笑しながら料理を食べることにした。料理とエールを一杯頼む。前世では、15歳だと未成年飲酒として犯罪になるのだが、流石オラリア。誰も気にしていないようだ。
食事を終え、そろそろ解散しようとエイナさんに持ちかけようと考えていると、エイナさんから話しかけられた。
「ウミちゃん、今日はありがとうね!」
お酒も入っているせいか、少し顔が赤くなっているエイナさんからお礼を言われる。
「いえいえ、お礼を言うのは私の方ですよ。私の買い物をエイナさんに手伝ってもらっただけですから。」
「いやいや、私もウミちゃんを着せ替え人形にするの楽しかったからね!ところでウミちゃん、プレゼントがあるんだけど。」
そう言うと、エイナさんはラッピングされた細長い箱を私に差し出した。
「え!?いいんですか?ありがとうございます。なんか貰ってばかりで申し訳ないです。」
私がお礼を言うと、何故だか少しだけ暗い顔つきになりながらエイナさんは返答した。
「いいのよ。冒険者はね、本当にいつ死ぬかわかんないのよ。ある日、担当していた冒険者が死体で帰ってきたり、装備品しか帰ってこなかったりっていうのは珍しい話じゃないの。だからね、少しでも楽しかったと思えたり笑えたりする思い出を作りたいのよ。勿論、ウミちゃんは簡単には死なないと思うけどね。さ、開けてみて!」
暗い表情から一転して、早く開けろと言わんばかりの表情になったエイナさん。なるほど、冒険者ギルドの受付業務も精神的に苦痛を背負う仕事なのだろう。
「では、開けさせていただきますね。」
包装を綺麗に取り除き、細長い箱を開ける。出てきたのは、真紅の長めのリボンだった。
「ウミちゃんって髪長いでしょ?青い髪に映えそうだし、おしゃれもそうだけど、戦闘中に邪魔になってないかなぁと思って!よかったら使ってみて欲しいの!」
なるほど、確かに最近長髪が少し鬱陶しいと思っていたところだ。リボンを結び、前世でいうポニーテールのような髪型にする。
「うん!ばっちり似合っているわ!大成功ね!」
どうやらエイナさんのお眼鏡にもかなったらしい。
「ありがとうございます。破れないように大切に使わせていただきますね。」
ダンジョン探索ばかりの日常で良いと思っていたが、今日みたいな日常も悪くない。
そんなことを思いながら、エイナさんに激励を貰って別れた。目指すは、我がマイホーム廃教会である。
ー○○○ー
「ただいま帰りました、ヘスティア様。」
「おかえりウミ君。ってなんだいその格好!?すごく似合っているじゃないか!・・・はっ!さては男か?ウミ君、白状してもらうぞ!」
なにやら誤解したヘスティア様に、今日のことについて根掘り葉掘り聞かれたのであった。
(うん。こんな日常も悪くない。)
突発的デートイベント。過保護なエイナさんと絡ませたいだけだった。買った服装については、萌えもんのカイオーガの服をイメージしていただくとなんとなく分かるかと。