エイナさんとのお出かけから一月程度。以前よりもダンジョンに行く頻度を下げ、完全な休養日を設けるようにしていた。あのままの生活を続けていけば、いつか限界がきて精神状態もおかしなことになっていただろう。エイナさんは、それを見越して買い物という建前を作り、私に休養を与えてくれていたようだ。
実際に、心にゆとりがあることも大事だと思う。ヘスティア様も言っていたが、エイナさんと買い物に行く前の私はどこか行き急いだような表情をしていたらしい。何かあったか聞かれたので、素直に答えると、ヤキモチを焼いたように「今度、ボクとも行くんだよ?」という少しだけ圧を感じられるように言葉をかけてきた。思えば、ヘスティア様と出かけることもあまりなかったので、今度一緒にお出かけしようと思った。主神の願いを叶えるのも、眷属の仕事であろう。
それからのダンジョン探索は順調だった。これまでの私のダンジョン探索を一言で表せばそうなる。大きな怪我をすることもなく、槍の扱いにもなれ、立ち回りといったものを理解できたからであろう。日々のダンジョン探索のおかげで、ステータスもほとんどがG、何個かはFになったため、5階層より下に下りて探索範囲を広げることにした。
勿論、エイナさんの許可も得た。新人冒険者が二月ちょっとで、6階層より下の階層に降りることは危険となっている。パーティを組まずにソロでダンジョンで潜っている冒険者は尚更だ。無謀とも言えるだろう。少々強力なスキルもちである私にも当てはまることである。
そんなわけで、多くの駆け出し冒険者や下級冒険者の間では、5階層と6階層の間で大きな壁があると言える。
何故6階層以降から危険度が増すのか。その要因として挙げられるのが、出現するモンスターの差異である。
まず6階層。これまでの階層で出現しなかったモンスター、ウォーシャドウ。二足歩行の影のようなモンスターであり、新米殺しと呼ばれるモンスターである。これまで出現していたコボルトやゴブリン、ダンジョン・リザードやフロッグ・シューターとは危険度が段違いと言われる。
ギルドで聞いた話では、少なくない数の駆け出し冒険者が痛手を負わされている。だが、私が最も恐れるのはこのウォーシャドウではない。
私が最も恐れるのは、7階層より出現するキラーアントとパープル・モスである。キラーアントの集団戦法とパープル・モスによる毒の状態異常。ソロの私にとっては脅威になりうる。この二匹を軽視して二度と地上に戻って来れなくなった冒険者も数多くいるだろう。
このように、階層を突破すればするほどダンジョンというものは危険度が増していく。だが、それ以上の恩恵を得ることができる場所でもある。
多少の蓄えはあるものの、それでも経営難とも言える我がヘスティアファミリアに潤いを与えるには、より深い階層に潜る必要がある。ヘスティア様曰く、私が危険な状況に陥ることはなるべく避けたいらしい。私が指定した期日にも帰って来なければ、あの優しい女神様のことだ。それなりの行動を起こしてくれるだろう。
そんなわけで、最新の注意を払って6階層へと潜っていった。
ー○○○ー
正直に言おう。ウォーシャドウは大したことはなかった。いや、一般的な駆け出し冒険者から見れば大したことはないなんてことはないだろう。十分脅威になり得る相手であると思う。
だが、私の脅威になり得る相手かと言われたら話は別になる。確かに、槍術のみで相手をするのならば多少は歯応えのある相手であろうことは間違いなかった。
だが、
ウォーシャドウという新米殺しを殺したことにより、私は一層の自信を身につけた。ソロでも通用するということが実感できたのである。
ダンジョン内で、他の冒険者に会うことも少ないわけではなかった。観察する暇がある時に観察してみると、駆け出しに見える大抵の冒険者は、ウォーシャドウ相手に手こずっていた。
このことにより、私の自分自身に対する認識は、駆け出し冒険者の中でもそれなりの実力を持っているという認識から、かなりの実力を持っているという認識に変わっていた。また、
故に、6階層を早々に突破し7階層へと降りることになった。だが、私は知らなかった。順調だったダンジョン探索において、最初の地獄を味わうということを。
ー○○○ー
第7階層での探索も、6階層と似たような感じで進んだ。6階層と異なり、パープル・モスの毒に十分注意するという制約はあったが、今のところは何事もなく進んでいる。
中層以降は、モンスターの出現率が跳ね上がると聞く。したがってモンスターを捌き切ることも容易ではないだろう。それは、ソロであろうとパーティであろうと変わらない。現に全滅しているパーティは珍しくもないのだ。
だからと言って、中層だけが危ないわけではない。上層部であろうと同じダンジョンには変わらないのだ。
そのことを確認しようとした際、私の目の前にあるモンスターが現れた。
(透き通った青い4枚の翅・・・)
現れたのは、上層部で目にすることができる
故に遭遇したら殆どの冒険者は、討伐対象とし狙いを定める。それは、私も例外ではなかった。なんとしても討伐し、稼ぎの足しにしなくては。だからであろう。ここが第7階層であり、キラーアントとパープル・モスのが出現する階層であることが、すっかり頭から消え失せていたのである。
私の視界から消えていきそうなブルー・パピリオを追いかけ、第7階層の奥に進んでいく。なんとか袋小路に追い詰め、戦闘を開始する。
「
放たれた水の弾丸は、相手が認識する前に相手の身体を撃ち抜いた。ブルー・パピリオは消滅し、魔石とドロップアイテムである翅だけが残る。思わぬ収穫にほくそ笑む私だったが、次の瞬間には何故か恐怖を覚えた。
(なんだ?この妙な緊張感は。私は何を忘れているの?)
薄暗いダンジョンも相まってか、嫌な予感がする。何か致命的な見落としがあるような。そう思った直後、私がいる袋小路に鱗粉のようなものが流れてきた。
(パープル・モスの鱗粉!)
それに気づいた時には、毒が私の体に入った後であった。急いで解毒剤を飲もうとするも、それをさせない刺客が現れた。
キラーアントである。数は1匹、2匹ではない。少なく見積もっても20匹はいるであろうことが目視できる。
ここで私は、現在進行形で陥っている危機について初めて認識できた。ブルー・パピリオに目が眩み、警戒を怠ってしまった結果、パープル・モスの毒を受け、複数のキラーアントに囲まれてしまったのだ。
状況は、想定していた最悪よりも悪いと言えるだろう。毒を受けながら、この数のキラーアントを捌き切るのはかなり難しい。加えて、キラーアントはピンチになると仲間を呼ぶ習性がある。なるべく増援を呼ばせないように倒さなければいけない。
上層部でここまでピンチになるのは珍しいことだろうかと考える。パーティで探索する冒険者はまだしも、ソロだとどうしても警戒しきれない場合がある。ソロで潜る危険は、モンスターとの対面だけではない。そのことを肝に銘じておこう。
さて、現状ここを切り抜けるにはスキルをフル活用するしかないだろう。毒の回った身体への負担は計り知れないものだが、やらなければ死んでしまう状況なのだ。覚悟を決めると同時に、エイナさんが口酸っぱく言っていたことを思い出した。
「冒険者は冒険してはいけない。」
冒険は常に危険が付き纏う。死の危険を対価に莫大な経験値やお金などの球を得る。それが冒険というものであろう。
私は今、冒険者になって初めて冒険しているのだろう。この窮地を突破し、生きて帰ることができれば、違う自分になることができるだろう。
赤い目を不気味に光らせ、ガチガチと大顎を鳴らしながら迫り来るキラーアント。お前は食料だと言わんばかりの圧を発している。
私も、
故に動きは最小限にしなければならない。余計な動きは体力を消耗する。ここを抜けて体力が尽きるようでは、上の階層にあるウォーシャドウに殺される。
キラーアントの大群と毒を扱かうパープル・モスを同時に相手にするのはひどく骨が折れる。特に、キラーアントは確実に殺し切らなければ増援を呼ばれるためタチが悪い。
この窮地を乗り越えるには、モンスターの群れを一撃で葬り去る高威力の攻撃か、道を作る攻撃が必要になる。手っ取り早い方法は前者であり、
よって、今の私にできるのは、私にできる最大火力を相手に対して放つことだ。私の体力が持つかが問題点だが、背に腹はかえられない。
そもそも、私の不注意でこうなってしまったのだ。覚悟を決めて腹を括るしかないだろう。
ガチガチと大顎を鳴らしながら威嚇するキラーアントの群れ。戦闘開始は、キラーアントが襲いかかってくるところから始まった。
間合いを図り、槍を使って対処する。数というのは時に暴力となる。だが、袋小路という地形が今回に限り私の味方をした。周りに遮蔽物がなく、広々とした空間であれば、四方八方から押し寄せ、私は数の暴力ですり潰されていっただろう。
最大火力を放つための時間さえ稼げればいい。戦闘と並行してその作業は骨の折れることだがやるしかないのである。
何匹もキラーアントを討伐している気がするが、数が減っている気がしない。おそらく増援を呼んでいるのであろう。
時間をかければかけるほど有利になるのは相手だ。毒と疲労による体力の低下が1番痛い。
あともう少しというところで、キラーアントの鉤爪が私の左腕を捉える。血飛沫が上がったため怪我の深さは浅くないものだろう。これでは、左腕はもう正直使えそうにない。
(痛い。痛い。痛い。)
想像していた痛みよりも激しい痛みが私を襲う。今まで生きてきた中でも1、2位を争うほどの痛みだ。冒険者になる上で、覚悟してきたことだが、それでも一時的に冒険者をやめて逃げ出したくなるような痛みだ。
そんな激痛を堪えていたが、準備は遂に整った。今から放つ技は、今の私の身体では負担の大きいものだろう。そう易々と何発も放てるものではない。
そんな技だからこそ、ここで活路を見出せなければ私の負け。虫どもの餌になってしまうことであろう。そうなってしまえば、ヘスティア様は勿論のこと、エイナさんだって悲しむだろう。今の私は、ダイダロス通りで暮らしていたあの頃とは違う。帰りを待ってくれる人たちがいるのだ。
喜べ虫ども。これが今の私にできる精一杯の技だ。
「
右手で槍先を前に突き出し、ポケモン世界のカイオーガでは覚えないであろう最高威力の水技の名前を叫び、溜めていた力を解放した。
ー○○○ー
槍先から放たれた水の砲撃が終わる。辺りには、キラーアントの群れもパープル・モスも存在していなかった。代わりに、存在していた証と証明できる魔石やドロップアイテムが多く落ちており、至る所にできた水溜りと共に戦闘の激しさ、いや私のスキルの激しさを物語っていた。
その数は50を超えており、えもいわれぬ恐怖感を抱くには十分だった。
そんなことを考えながら、魔石とドロップアイテムを無視して帰ろうとするも、怪我をした左腕と、スキル使用後の脱力感で思ったように体が動かない。早くこの階層を去らなければ、新たなキラーアントが生まれ落ちてくるだろう。
そんなことを考えながら、動かない肉体を無理やり動かし上層は通じる階段へと向かう。これ以上スキルを使えば、今の身体では命を削ることになる。
解毒剤を飲みながら、足を動かす。今日は地上に帰ったらすぐに寝ようそうしよう。
そんなことを考えた時、ピキピキと音を立ててダンジョンの壁が割れていく。新たなモンスターが生まれ落ちる前兆だ。
徒歩から全力疾走に切り替え、急いで逃げる。世の中には、逃げるが勝ちという言葉があるが、こういった状況下で使うのであろうか。
とにかく敵にかまっている暇はない。少し格好がつかないが逃げさせてもらう。まだここは7階層。地上までは気が抜けない。
ー○○○ー
毎日飽きずにダンジョン探索を行うロキファミリアのアイズ・ヴァレンシュタイン。そんな彼女に付き添い、リヴェリア・リヨス・アールヴは一緒にダンジョンへと潜っていた。
「アイズ、そろそろ武器はメンテナンスに出しておけ。しばらく出してないだろう?そのまま使っていると近いうちに壊れるぞ。」
「分かってる。この剣は明日メンテナンスに出すよ。だから「明日は、メンテナンスに出すんだろう。休養日にしろ。顔に少し疲れが見えるぞ。」・・・嫌。」
全くこの子は・・・ そんなことを考えながらもリヴェリアはアイズを心配していた。15のアイズに比べて自分は何倍もの期間を生きている。故にリヴェリアが、同じファミリアの家族とも言えるアイズを気にかけるのは当然のことであった。
そんなダンジョン探索の帰り道、第7階層へと辿り着いたところで彼女らは違和感を感じた。
「リヴェリア、あれ。」
「水溜りだな。それも一つや二つじゃない。モンスターとの戦闘の後にしては、少し変だな。ここまでの水属性魔法を使える冒険者は、レベル1にはいない。派閥争いか?」
疑問に思いながらも、第6階層へと続く階段に向かっていく。すると、驚くような光景が広がっていた。
「リヴェリア、魔石。」
「本当だな。これで派閥争いという線は無くなったな。明らかにモンスターを倒すために魔法を放ったのだろう。試し撃ちか、それとも打破のためか。」
「試し撃ちは多分ないと思う。試し撃ちならここまでのモンスターを一度に倒す必要はないと思う。」
「だから、窮地を打破するために魔法を放ったと。だが、ここまでの魔法はレベル1の冒険者には放てないだろう。これが中層であればレベル2や3の冒険者という線もあるが。」
「でも、レベル1の冒険者が魔法を使ったと考えれば辻褄が合う。そうじゃなきゃ、魔石とドロップアイテムを回収しない理由がわからない。余程追い詰められていたのかな。リヴェリア、どう思う?」
「分からん。少なくともこの階層でここまでの威力の魔法を放つエルフはいないだろう。すると、レベル1のヒューマンがこの惨状を作ったということか?おもしろい。あったら是非ロキファミリアに勧誘したいものだ。」
「本当にレベル1がこれをやったのなら私も興味がある。どうしてこんなすごい魔法をレベル1で使えるのか。」
「やれやれ。お前の好奇心は、結局強さに行き着くのだな。まぁいい。魔石とドロップアイテムを回収して帰るぞ。換金してうちのレベル1の冒険者にでも渡せば、それなりに喜ぶだろう。」
「分かった。すぐ集めて、帰って換金したらじゃが丸君食べたい。」
「全く、お前という奴は・・。」
ウミ=キオーグルが立ち去った第7階層では、ロキファミリアの精鋭の二人による会話が行われていた。
勿論、ウミ=キオーグルはこのことを知らない。自分がロキファミリアの冒険者に興味を持たれたことなど微塵も考えていなかった。
川㟢の発想力では、ハイドロカノンの漢字が思いつきません。